白銀樹を捨てた女   作:Aa_おにぎり

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#9 一二〇年前Ⅸ

オルクセンという国をどう思うか。

 

そんな質問をされたことは今まで一度もないが、私だったらこう答えるだろう。

 

 

ーー神に愛されたかのように名君に恵まれた国。

 

 

今代の国王であるグスタフ・ファルケンハインの名を新聞ではよく目にするが、先王アルブレヒトⅡ世の時代というのも中々の傑物である。

通常、この時代における多民族国家というのは後々の民族自決の意識改革によって多くが分裂をし、内戦を起こすこととなる。

 

この騒乱の始まりはグロワール革命やセンチュリースター独立戦争などがその発端であると言われており、特に前者に関しては後に人間族で『諸民族の春』と呼ばれる市民革命が星欧各地で勃発した。

あの時期の星欧はびっくりするほどに危険であり、思わずセンチュリースターに逃げるように船の乗ったものだ。まあ結局、その後にキャメロットから独立したセンチュリースターも内戦になって慌てて逃げる羽目になったのだが…。

 

話を少し戻して、人間族に対して我ら魔種族。

私が知っている限りでは白エルフ(アーブル)黒エルフ(デック・アーブル)を始め、豚頭(オーク)やドワーフ、コボルト、大鷲、巨狼といった見るからに別々の顔を持ち合わせている民族に対し、オルクセンは前二つ以外の民族をまとめ上げた多民族国家である。しかし人間族のこの混乱があっても、オルクセンの中で戦争が起こったとは一切聞いていない。つまりはそれだけ治世が優秀であるということだろう。

 

優れた多民族主義を始めたのは先王であると言い、その後に諸々の諸制度を設定したのは現国王であると調べた。

例えるなら、家の基礎を作ったのが先王で、その上に堅牢で巨大な建物を作ったのが今の国王というべきだろう。

 

「それ比べたら、我々はログハウスだな…」

 

そこで彼女は、今走っている機関車に揺られてノアトゥンからティリオンに走る路線に乗る。この国にはキャメロットのような大廈高楼の建物はほぼ無く、蛇口を捻ったら水が出てくるような整った設備などはほぼ無いといっていい。実に長閑な景色である。ログレスやリュテスと比べたらお話にもならない。

 

特徴的な耳の無い白エルフである彼女は、キャメロットの旅券を使って入国をしていた。私は同族からも魔術通信を使わなければ人間族と勘違いされるため、この技が使えた。おかげで税関でも怪しまれることがなかった。

 

久しぶりに帰国をした私は、このままティリオンで列車を乗り換えて南部に向かう。

久しぶりの帰郷であり、今回は土産物にスコッチ・ウイスキーにラム酒、グロワールのボトルも持ってきていた。

特に喜ばれるのはウイスキー。私たちのようなエルフは酒にとても強いため、火酒(ヴィーナ)を平気でショットでいただく。

かくいう私も色々と飲んできたが、格別なのは蒸留所に直接行って飲むものである。何物にでも言えるが『出来立て=一番美味い』のである。熟成にしたって、熟成したてのものは美味い。

 

「ブレンデッド飲みたいなぁ…」

 

昔、蒸留所で一杯だけ飲んだ二五年もののキャメリッシュ・ブラックバーンは最高であったと記憶している。あの時は一杯の値段の高さに狼狽してしまい、二杯目を貰うことは無かったが、今も時折り思い出されるほどの味わいを持っていた。

 

「…」

 

帰りに乗り込んだ汽車はそのまま首都のティリオン中央駅に到着をする。

キャメロットに技術者によって建立されたそれは、街の景観を壊さないために中心からは少し離れた場所に存在する。

国内最大の湖であるシスリン湖の畔に作り上げられたこの街は、まるで御伽噺に出てくる街そのものであった。

 

「ティリオンね…」

 

何度も私はここを通過したものだ。始めは乗合馬車、後に同じ場所に馬車鉄道と続いて次に蒸気機関車である。

キャメロットで始まった産業革命、グロワールで始まった市民革命。それらの革新的な変化を迎えた人間族は、こんな恐ろしいものを簡単に作れるようになってしまった。

 

「んん〜、やはりこちらの方が空気が透き通っているわね」

 

ログレスや他の星欧諸国の工業化を達成したどの国においても言えることだが、基本的にこの時代に環境問題などというのは存在しない。いや、まだその概念すら誕生していないかもしれない。

 

いつの時代でもそうだが、環境汚染に関する問題というのは必然的に生産力を落とすことと直結してしまう。なので産業機構はこれを良しとしない。そもそも環境汚染など民族問題と同じで、どこでどんな物質がどんな作用をするのか、彼らには分かったものではない。かつてフロンガスがオゾン層を破壊した事があるように、意外な物質が意外な化学反応を見せるのだ。

 

「(まあ、それにしたってオルクセンの法律は先を行きすぎているような気がするが…)」

 

ここエルフィンドでは一応、キャメロットの新聞も購入が可能である。二日ほど前のものであるが…。外来の新聞など、キャメロット語とエルフィンド語ではまた違うため、そういった情報収集を行う人か、海外に興味のある物好きでなければまず読まない。

彼女が読んでいる記事はオルクセン王国の新しい浄水場の開設式典に国王が参加したというものだった。

 

「浄水場…か」

 

少なくともまだ上下水道すら完全に未発達のこの時代で、井戸ではなく川から水を引いて清潔な水を提供しようというのだ。いまだにエルフィンドでは井戸水が当たり前だというのに…!!

 

「(それに環境保護に関する法律も作られている)」

 

正確には工場から排出される排液に対し、フィルター装備をしなければいけないという法律。補助金も出されるというが、この時代にそんな先進的な環境保護法なんて聞いた事がなかった。

 

 

まるで未来視の能力を持っているかのような先見性がある。

 

 

おかげでオルクセンの発展は星欧中でも異常とも言える発展具合である。少なくとも骨粉を用いた肥料の輸出量は一位を誇っており、私もキャメロットの商人が持ってきたものを買って村で試験的に使っていた。

 

「オルクセン王国国王、グスタフ・ファルケンハイン…」

 

銅版画の新聞にはその名と共に彼の姿を写した絵が残されている。この時代、まだ写真を紙に印刷する技術はないが、もうあと数十年もすれば銅版画も消えてしまうだろう。

 

「貴方は、何者ですか?」

 

彼女は思わず顔も知らぬ人物に対し首を傾げ、ファルマリアに向かう急行列車に乗り込んだ。

 

 

 

現在のエルフィンド王国は首都ティリオンを中心に氏族単位での常備軍を備えている。しかし最大でも二〇〇〇名規模、他国では旅団クラスの部隊が細々と編成されており、実態は貴族お抱えの常備軍のような形である。

 

「下手にグロワールの近代軍制を真似たからか…」

 

ファルマリアに向かう列車の中、私は今のこの国の軍隊に関して思うところがあった。

現在のエルフィンド陸軍は海軍と違ってグロワール式の近代軍制を取り入れようと先代の陸軍大臣が制度導入を行なった。しかし各氏族は軍権が中央政府に持っていかれる事を危惧してこの要求を拒否した。しかし周辺各国の軍制改革に遅れをとるまいと中央政府は各氏族に対し、折衷案という形でグロワール式の軍制を自軍に組み込んだ結果、各都市にある衛戍地からチマチマと小さな軍団が小出しで出されるという歪な軍制となってしまった。地方自治が盤石であると言えば聞こえは良いが、その実態は有力氏族が軍権を掌握している、あまり好ましく無い軍備であった。

 

対する海軍はキャメロット式を完璧に真似た綺麗な中央集権型の軍隊を揃えており、優れた軍政家がいたものだと感心した。

 

後年に『地方自治は民主主義の学校である』という有名な文言がキャメロットの政治学者から発表されるだろうが、これは典型的な悪い例となるに違いない。

 

この国において軍というのは争うことを目的に存在する穢れた存在。ロザリンド会戦以降に、国境警備隊から一度完全に白エルフがいなくなったあたりから段々と暗雲が立ち込めていた。

 

ロザリンド会戦の後、この国は新たに迫害をした。

対象はコボルト族。彼らはこの国の北岸にフンデ同盟という国を持っており、彼らに対し彼らが代替して行っていた徴税権を剥奪。半島から追い出した。

ドワーフの排斥から何年かだったかはすっかり忘れてしまった。だが、その時から黒エルフからの物品取引の窓口をしていた私は知り合いのコボルトを中心に南に逃した。コボルトは魔術通信が使えたので、その知り合いから蜘蛛の巣状に情報を伝えてもらって、彼らをドワーフの頃と変わらず、南に逃した。

 

そして今から七〇年ほど前には、大鷲族と巨狼族の駆逐のための補助金が政府から発布され、各地で黒エルフによる狩りが行われた。流石にこの二種族は私も会った事がなかった為に市役所に死体として運ばれたのを見たのが最初であった。

 

「(エルフを増やすための放逐か…)」

 

ドワーフからは治金、コボルトからは商才、大鷲と巨狼からは空と山を奪った白エルフ主導の拡大政策。この国は耕作に向いた土地が他の星欧と比べても少なく、私たち(白エルフ)は他の者を追い出す事で耕作地の確保と、生存域の確保を行なってきた。

おかげさまで今のベレリアント半島には白エルフと黒エルフしかいない。

 

「(愚かだが、この時代なら仕方あるまいか…)」

 

そこで私は読んでいた旅行記をパタリと閉じる。

読んでいたのは一〇年ほど前に発行された『エルフィンド旅行記』。あのイザベラ・バードが執筆した本である。かなり詳細に記されたそれは、本人達からしてもよくできたものだと感心するほどであった。

正直、今までこの一二〇年という間で多くの民族を放逐してきた白エルフは、次も放逐を開始するだろう。今までもそうだ。

 

「(特に最近は収穫量が減っていると聞くし…)」

 

長い事キャメロット人として繕っていたからか、私がキャメロット人といっても誰も違和感を覚えない。ありがたい事に商会にいる事から仲間の内からそういった話を聞いていた。

 

「まあ、まずはファルマリアに着いてから考えるしかないか…」

 

そこで彼女は陽が落ち始めて来た窓の外の景色を見た。

 

 

 

 

 

そして陽もすっかり落ちた頃になって列車はファルマリアのベラファラス湾の畔にある中央駅に到着をする。

私は乗っていた急行を降りると、そのまま市街地の商店街にある小さな二階建ての事務所のドアを開ける。この時間帯、エルフは特に夕食を大切にする為に退勤をして家で夕食を摂っている頃合いだ。そんな時間であるにもかかわらず、この事務所には灯りが灯っていた。

 

「お帰りなさい。商会長」

「全く…私はただのお目付役でしょうに」

 

入って早々にそう挨拶をされ、ややテンプレだなと思いつつ私は事務所で書類仕事をしていた白エルフを見た。

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