アルフレッドと知り合って二週間ほど、その間キアステンは何度もアルフレッドと顔を合わせて食事を共にしていた。
美術品コレクターである彼とは色々と話が合い、ついつい盛り上がってしまう。彼が好むのは一星紀ほど前のグロワール美術。今でも自分の屋敷に収集をしているという。私の趣味である道洋美術はまだまだと言った具合であったが、庶民ですら芸術を身近に嗜んでいたと言う秋津洲の文化に驚いていた。
「おはようございます」
「ごきげんよう。アルフレッドさん」
間も無くセンチュリースター合衆国の寄港地、ニューヤーク港に到着する予定である。そこでキアステンは二日前に船長に完成した絵画を渡して、画材を片付けて鞄をベルボーイに持たせていた。完成した絵は気に入ってもらえた様子で、サイズに合う額縁を探してくると言う。
「もう到着をしてしまいますな」
「ええ、あっという間でしたわね」
船は三段膨張式蒸気機関を使用した事でこの船は効率よく北星洋を横断していた。そして視界の先には朝露の中にぼんやりと浮かぶ市街地の影が見えていた。
「(まだ摩天楼が立つ前の景色か…)」
その都市の見た目といったらキアステンのイメージとは全然違う印象であった。今から二〇年ほど前にも訪れていたが、あの頃からあまり大きな変化は見受けられなかった。
まあ、もっともな話をすると国が真っ二つに分かれたままである為、南部の豊富な農作物を使えなくなった事も北部の工業化に若干の停滞を見せてしまった要因だろう。
「貴女とお話しできてよかった」
「私もですわ。また今度、何処かでお食事でも致しましょう?」
「是非、いつでもお呼びください」
アルフレッドは頷くと、船は曳船によって岸壁に接岸を終えて乗っていた乗客達は次々と下船を開始していく。
三等客室に入っていた多数の乗客達の大半の移民達はそのままエリス島の移民局に向かう。入国をする私たちは入国管理局の方に向かって旅券を提出する。
「目的は?」
「観光です」
彼女はドレスを纏っており、入国審査官がオルクセンのパスポートを確認すると、判子を押して返してくる。
「ようこそ。センチュリースター合衆国へ」
荷物検査も終えて入国を果たすと、彼女はそこで見える都市の光景を前にまた新たな絵画のネタができたと思いながら荷物を持って彼女はニューヤークから目的地まで向かう汽車に乗るため、市街地にあるグランド・セントラル・デポまで向かう。
そしてその後ろで移民局からは出ていく人々もいた。夢と希望を持ってこの国に来たはいいものの、南北に分かれてしまった事で西部開拓を諦めて帰国する者たちである。
工業国である合衆国は今でも南部の帰還を狙っており、しかし連合国との経済的な断裂は既に修復不可能なほどであった。
市街地では大勢の市民が行き交い、その中で彼女は駅で目的地に向かう。
そして合衆国の広大な工業化によって達成された長大編成の機関車に乗り込んで彼女は名刺を見る。船内でアルフレッドから貰った名刺だ。
「まさかロスチルドとはね…」
彼女はそこで苦笑して名刺に記された彼の名前を見た。
アルフレッド・チャーチル・ド・ロスチルド
それが彼の名前である。
ロスチルドと名前を聞いてすぐにピンと来てしまった。彼はあのロスチルド家の人間だ。と言うより、この道を突き進んでいて違和感を感じないはずがない。
彼はキャメロットでも有数の資産家であり、銀行を運営している名家ロスチルド家の三男である。余りに歳の割に若いことや、彼に結婚願望が希薄であったことなどからすっかり失念していた。おそらく彼の言っていた銀行という名はN・N・ロスチルド&サンズ。ログレスでも名門の投資銀行だ。
合衆国に投資に来たというのならまだ理解できるし、オルクセンの汽船で訪れたいのも分かる。しかしなぜ私と被るのか。
「運命力ってやつなのかねぇ…」
彼女はそこでゆっくりと走り出す列車の客車で窓の外を見ながら黄昏ていた。
今回、キアステンが合衆国を訪れたのはいうまでもない。この国にまたとある投資をしに来た為だ。
その都市の名はメロン・スクエア。戦後より積極的にこの国に投資を行ってきた彼女は、ファーレンス商会やオルクセンの各企業とは違うやや天邪鬼な投資を行っていた。
シルヴァン運河の開通に伴い、荒れる北海を通らずともロヴァルナなどに船を回せる恩恵は大きく、すでに購入していたシルヴァン運河公債は利益となって手元に残っていた。
「…」
そしてキアステンは合衆国の駅に到着をすると、そこで出迎えの人を見た。
「お待ちしておりました。キアステン・ラーセン様」
駅の待合室で彼女を出迎えたのは、一人の男であった。
ベレリアント半島での業務の整理が終わったステン商会は国内で得た利益やオルクセンからの租借料を用いて国外の各企業、特にセンチュリースター合衆国に投資を行っていた。
「随分と発展しているのですね」
「ええ、貴方がたの投資がなければここまで大きな発展は見せておりません」
乗り込んだ自動車に乗り込んだ後に同乗する出迎えたエンジン電気照明会社の社員はそう言い、彼女を良く出迎えていた。
八年前、この国で電球に関する特許を取得していたこの会社に対し、ベレリアント半島の買収した企業の諸整理を終えたステン商会は、キアステンの指示でこの会社の株を購入した。科学技術の発展著しい今日においてキアステンはすでに石油事業会社のベース・オイルに投資を行い、多額の利益をもたらしていた。
たとえ国が半分に分断しても、元々発展していた五大湖周辺で発展した工業地帯は十分な地盤を持っていた。
「キアステン様」
「うん」
態々発明されたばかりの蓄電池で動く電気自動車に乗って案内をされる彼女。
意外かもしれないが、電気自動車の発明は星暦八三〇年代にキャメロットで行われている。電気機関車も星暦八三五年に発明されている。ガソリン自動車よりも電気自動車は発明されており、当時は最初の時速一〇〇キロの夢も見られていた。
「お待ちしておりました」
そして四輪の電気自動車を降りると、そこで一人のスーツを纏った初老の男がキアステンを出迎えた。
トマス・アルバート・エンジン。
合衆国切っての発明家であり、ステン商会が投資を行っている会社の一つであった。
国際的に信用の高いオルクセン・ラングは、この国のモルガン通貨よりも喜んで受け入れられていた。長年のグスタフの治世による賜物であり、その恩恵にあやかっての投資であったが、おかげでステン商会はこの合衆国で多大な利益を生み出していた。
「久しぶりね何年ぶりかしら?」
「戦争の前ですので、二五年ぶり程かと」
そこで彼は微笑んでキアステンを見る。昨年、キネトグラフを発明して改良した蓄音機をキアステンに献上していた。
「まさか私の絵を蹴飛ばした男の子がこんなに成長するとはね」
「ははは、そこは若気の至りということでどうかお許しを」
彼は帽子を脱いでキアステンに苦笑すると、キアステンに握手をしてから抱擁を行う。
「よくぞお越しくださいました」
「うむ。早速で悪いけど、君の作った品々を見せてくれるか?」
「どうぞこちらに」
会社の社長自らが牝を案内することに他の社員は驚いていたが、出資者である彼女はその対応に特段違和感を感じることもなく施設に案内をされていく。
エンジン電気照明会社はその名の通り電気製品を作っており、世界で初めて電球を発明していた。この時、フィラメントには竹で作られ、秋津洲の竹が最初使われていた。
「これがキネトスコープね」
「はい。試作型を完成させたばかりです」
自信満々にトマスはキアステンに紹介をすると、彼女はそこでその試作品を見させてもらう。
初期の映像記録装置は流石に大きく、これからもっと小さなものが出来上がると思うと、彼女は軽くそれを見た後に次の発明品を見て行った。
「素晴らしいわね」
「ありがとうございます」
トマスはキアステンに頭を下げると、彼女は投資をした際のリターンを十分に受け取ってた。
戦後に本格的に保有していた資産を投じて事業拡大を指示していた彼女はこの合衆国で荒稼ぎをする著名人であった。ベレリアント半島でライヴァルであったレマーリアンを輸送業界で勝利した後、彼女の目は北星洋を超えたこの合衆国にあった。
「悪いわね。次にまた出資をした企業に行かなければならないから。今晩、食事をしたら失礼させてもらうわね」
「いえいえ。私も久しぶりにお会いできて嬉しい限りです」
彼はそう言って出資者である彼女に笑みを見せた。彼女が実質的な会長を務めるステン商会はこの国にラングを持ち込んだ運輸業者で、港では専用に設計されたステン商会所属の貨物船が出入りをしていた。
彼女達はこの国の金融企業との争いもあったが、いまいち信用のおけない北モルガンよりも安定した価値のあるラングを使っての出資をしてくれるため多くの投資先で信用されていた。
少し前まで内戦の際の不換紙幣の回収に難儀していた政府であったため、ラングの流入は自国通貨の価値低下を危惧する要因となっていた。
ベース・オイル出資から始まったステン商会の合衆国進出は確実に、着実に政府の首根っこを掴もうとしていた。すでにこの国の発行する国債にも手を出している辺り、本格的にその目処が立ったとも言えた。
「いかがですか?」
「ええ、とても素晴らしいわ」
トマスの紹介でレストランで食事を摂るキアステン。船舶分野ではオルクセンやキャメロットなどの強力な同業他社がいる中で、石油輸送で利益を上げている船舶事業。いずれは本格的な貨物輸送に参画する予定であった。
すでにステン商会の石油タンカーを見て北オルク汽船などが同型船舶の発注を行ったそうで、新しい石油輸送航路の構築が急がれていた。まだ本格的な石油の時代が来る前に、オルクセンの石油輸送事業を抑えたいのが今のステン商会の船舶事業の方針であった。
「また出資を考えさせてもらうほどには素晴らしいわ。ベレリアントで作っているホテルにも使わせてもらうわ」
「ありがとうございます。ラーセン様」
トマスはキアステンの継続的な出資を前に頭を下げていた。