合衆国に訪れ、投資先の企業に挨拶回りにきたキアステン。すでにこの国にはステン商会の現地法人が用意され、石油輸送を主に行っていた。
まだこの地はファーレンス商会なども目につけておらず、オルクセンは昔よりセンチュリースター南部連合と取引をよくしていた。
キアステン・ラーセンがこれほどまでに合衆国に投資を行ってきたのには、ある理由があった。
まだ表立っては言わなかったが、彼女は旅立つ前。グスタフに己の構想を話していた。
「造兵廠?」
「そう。南北に分かれたままのセンチュリースターだけど、北部の工業力を活かしてオルクセンの造兵廠に仕立ててしまいたいと思っているわ」
「ああ、民主主義の兵器廠だね?」
南部で硝石などを多く輸入しているオルクセン。そのため、この国は歴史的に見てもセンチュリースター南部連合と友好関係にあった。
「まだこの国の商会は北側についてそれほど注目をしていない。しかし工業力は持っている」
「しかし西部開拓も満足に行っていないような状態だぞ?危険ではないのか?」
グスタフは積極的な投資を画策し、すでに始めていた彼女に少し危惧をしたが、キアステンは軽く首を横に振る。
「生憎、西部で金鉱脈が見つかったっていう話。まあ、国土面積自体はセンチュリースター合衆国の方が広いから」
彼女はそこで内戦で別れてしまったとはいえ、不換紙幣の回収に勤しんでいる両国。特に南部連合は戦時中の紙幣増刷によって悪性のインフレを招いていた。
「それに曲がりなりにもあそこは工業国よ?ちょくちょく紛争やっているとはいえ、投資先はいくらでもある」
彼女はそう言い、早速石油事業と鉱山事業に投資を行い、リターンがあると言ってきた。
「まだ半島で争っているのにか?」
「だからこそよ。半島内でライヴァルを抑えておいたままにして、私たちは海外に目をむける」
当時はまだレマーリアンとの輸送分野の競争が行われており、どちらが半島の輸送分野を独占するのかで熾烈な競争が行われていた。しかし彼女とステン商会ではまず歴史と規模がまるで違ったと言っても差し支えなかった。
すでに半島の林業は黒エルフ族放逐や、戦後のどさくさに紛れて一気に買い占めており、戦前には自前で鉄道路線建設も始めていたほどである。むしろ戦後に頭角を表した一介の商人がまともに戦っていたのが恐ろしい話であった。それほどまでに彼女は才能があったのだ。
「
「ふふふっ、経済でこの国を縛るわけか」
「ええ、私たちの知っているアメリカを子飼いにできるチャンスなのよ?」
「なるほど…」
前世からの性であるのか、彼らですらわからなかったが、彼女のやろうとしていることには非常に痛快さを感じてしまう。
それに経済的に合衆国の手綱を握れるとなれば、これほど美味しいこともないだろう。
「面白い。成果が上がることを祈っているよ」
「えぇ〜、そこは手伝ってくれるとかじゃないの?」
グスタフにキアステンは苦笑して言っていた。
「流石にが出てきたら合衆国は警戒してしまう。こう言うのは、君たちだからこそできると思わないかい?」
「いきなり正論ぶち込んでくるなよ。確かにそうだけど」
キアステンは盟友にそう言い、オルクセンと言う国の思うままに作り変えてしまおうとと言う数十年単位の計画にグスタフも同意していた。
その日も彼女は数多に投資を行った合衆国の企業の視察に訪れていた。
「こちらは新たに発明した交流発電機でして…」
「ふむ…」
巨大な発電機を前に説明を受けるキアステン。その企業の名はウェストハウス・エレクトリック社といい、交流発電機を製造している合衆国の電装系企業であった。
そして彼女に直接説明を行なっているのはミーコ・テスラ。この交流を発明したオスタリッチ出身の技術者である。
南北に国が分かれたせいか四、五年ほどこの国は技術発展が遅れているようにも思われていた。なにせあのテスラがステン商会の投資を受けているのだから。
彼の発明した交流発電機は、この企業が特許使用料と研究費を用意していたが、いささか研究費用が足りなかった様子であったのだ。そこでラングを抱えて訪れたステン商会に彼は飛びつくように投資を受けた。
見返りは彼への投資後に発明した特許料の三〇%と優先的な発明品の利用。この半額以下の金額が彼をさらに投資を受け入れやすい要因としていた。
「分かりました。契約を行いましょう」
「ありがとうございます」
感心した様子でそう言ったキアステンにミーコは帽子をとって頭を下げる。
直流電源を推すトマスと、交流電源を推すミーコ。
双方に実質的な投資を行ってきたキアステンは内心でこの後の電流戦争だけには巻き込まれたくないなあ、と避けられない願望を抱きながらこのウェストハウス社で孤立感を味わっていた彼と継続投資の契約を行う。
因みにトマスにはキアステン名義で、ミーコにはステン商会名義で投資を行っていた。
今は合衆国の東海岸諸州を巡って投資先を見ているキアステン。これから彼女は西海岸にある金鉱山や炭田も巡る予定であったため、旅程は年単位で組んでいた。
「(しっかし忙しいわね。私)」
自分で決めておいて何だがと彼女は思った。正直、ステン商会から応援をもっと呼んでもらおうと思っている所存である。この国に入国をしてから二ヶ月以上が経過し、星暦八八九年に入ってしまっていた。
「これからもよろしくお願いしますわ」
「はい。よろしくお願いします」
契約をした紙を受けとり、継続的な投資が決定したことでミーコは安堵したようにキアステンに頭を下げる。
「助かりました。私はもうあなた方に頭が上がりません」
「お助けになるのでしたら十分ですわ」
彼女は満足げに言ってミーコを見ると、そこで今後一〇年に亘る継続的な投資を行う契約を部下に手渡す。
「頼んだわね」
「分かっております」
キアスてんの後に派遣されてきた白エルフ族の従業員は頷いて契約書を丁寧にしまうと、彼女はオルクセンの銀行から十分な資金提供を彼に始める。そしてそこで発明された高圧変圧器や送信機などは、オルクセンに優先して送られるようになった。
「ふぅ、流石に疲れるわね」
「よくお一人でこの業務を回せたと感心してしまいます」
工場を後にし、軽く肩を回して彼女は言うと、隣で秘書係として派遣された白エルフがもはや引いた様子でキアステンを見ていた。
「二ヶ月後にはホテルが完成して一時帰国です」
「で、その後に今度はベース・オイルの石油精製工場よね?」
「ええ、休み無しです」
「うへぇ、流石にキツイねぇ」
そんな事を話しながら彼女は目の前の馬にまたがる。わざわざオルクセンから連れてきたオリエンスだ。だいぶ歳をいっているはずだと言うのに、相変わらずの気性難を披露して健康的な様子を見せていた。
「よし、大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
キアステンはそこで後ろに乗った部下に確認を取ってから馬を走らせ、衰えを見せぬ勢いでオリエンスは駆け抜けていく。
この本格的なステン商会による合衆国への投資に一番の危機感を募らせたのは、ファーレンス商会などのオルクセンの企業であった。
元々ベレリアント半島南部で輸送業を行い、林業を独占していたかの社は製紙産業においてオルクセンを圧倒していた。いずれはファーレンス商会に届くのではないだろうかと思わせるような勢いのステン商会に、オルクセンの各企業は合衆国にそれほど金の卵が眠っていたのかとこの頃から進出を始めていた。
「急げ!白エルフに先を越されるぞ!」
泡を食ったように彼等は合衆国に飛びつき、そのことに気がついてグロワールやキャメロットもその後を追いかけ始めていた。
何せ今までは南部連合との関係を強化していた影響で彼等は合衆国の工業地帯には目を向けていなかったのだ。両国共に内戦中に発行をした不換紙幣の回収に難儀をしており、国内産業は低迷していたと認識していたからだ。
しかし合衆国はステン商会のラング資本の投資によって合衆国政府は不換紙幣の回収を行うことができるようになっていた。
対して農業大国であり、綿花やコメなどの大規模農場による奴隷労働によって成り立っていた南部連合はこの動きに危機感を抱いていた。今まで漫画などの重要な取引相手であったキャメロットやオルクセンが急速な工業化を達成しつつある合衆国に注力が行って仕舞えば、元々農業に頼りきりであった南部連合は自然崩壊してしまう。もとより経済的な格差が生まれている中で、これ以上差が開くことは国家存亡の危機に繋がった。
「くそっ、このままでは…!」
南部連合政府は机を叩いて恐怖していた。奴隷労働で成り立っている農業国の南部連合は、国境線から見える北部の工業化の煙を目の当たりにして恐慌状態にあったと言って良かった。
元々内戦中に国内の鉄道路線はズタボロになっており、その復旧もついこの前に大量の鉄道公債を発行して完了させたばかりであった。
「農業を近代化させるのだ!オルクセンのように!」
そして南部連合の判断は素早かった。より効率的に利益を生む為、今度は農業公債を発行して国内のプランテーションの急速な近代化を推し進め、その結果多くの黒人奴隷が職を失う事となった。
既にオルクセンの優れた農法はこの国の農業の生産性向上に一役買っており、既にオルクセンは食料自給率七割超えを達成していた。もはや農園の自由経済に任せていては合衆国に取り残されてしまう事となり、元々の工業力の低い南部連合はさらに取り残されてしまうこととなり、黒人奴隷を大量に抱えてちまちまと綿花を収穫させる方法では非効率であった。
人種差別を堂々と行っている南部連合は、この時期から農業近代化による黒人排斥を行い、職に溢れた元奴隷達は生きるために国境を超えて合衆国に流れ着いた。
後年の言葉で表すなら、逆張りのように当時の合衆国は非人種差別制度をとっていた事で、合衆国は南部連合から逃れてきた黒人奴隷達を安い労働力として雇用することができていた。