星暦八八九年二月中旬
その日、ベレリアント半島南部にグスタフ・ディネルース夫妻の姿はあった。
「ほぅ、これはまた…」
駅にセンチュリースター号で向かった彼は、そこで思わずその施設を見上げて感嘆する。
ファルケンハイン大鉄橋を超え、シルヴァン川を超えた先で彼は友人から招待されていたのだ。
「ようこそおいで下さいました」
駅で出迎えたのは正装姿のキアステン。
「意外だな。そのような服を着るとは」
「滅多に機会はございませんわよ?」
グスタフはそう言って可憐な最新の流行を取り入れたベージュのレセプションドレス。見ていたディネルースがその豪華さに思わず驚いてしまうほどであった。
「どうぞ。ホテルまでご案内いたしますわ」
そこで彼女は駅前に停車させていたガソリン自動車に二人を案内する。この車両はグスタフ夫妻専用車両で、ヴィッセル社が制作した特別車であった。
二人はそこで運転手が手元のハンドルを握りながら二人を目的地まで輸送する。
「楽しみね」
「ああ、彼女の夢が叶う瞬間に立ち会えるのだからな」
駅まで自社所有であるために、ホテルまで専用道路が用意される最高の環境が出来上がっていた。
この地区はグスタフが整備した自然保護法によって、半島に残された最後の原生林であるために国立公園に指定された場所であった。
国立公園に指定される前にホテル建設が始まってしまっていたためやや手遅れ感こそあったが、原生林の中に造られたホテルはなるべく自然を壊さないように設計されていた。
「おお…」
「あれか」
そして石畳で整備された専用道路を抜けると山間の奥、ヘレイム山脈を見渡せる山の近くにそのホテルは建設されていた。
「こちらがホテル・ベレリア。伝統的なエルフィンド様式を採用したホテル第一弾でございます」
真新しい建築は煉瓦作り三階建てで、伝統的にエルフィンド王室でも使われた建築様式を採用したホテルである。エレントリ館を参考にしつつモダナイズされた設計で、全室に電球を備える設計である。さすがに全室暖房装備は厳しかったが、いつでもそのように改装が可能な事前準備はされていた。
車寄せで国王夫妻が降りると、ホテルの支配人に挨拶を行ってから真新しいレッドカーペットの上を歩いてホテルに入る。
「いいホテルだな」
「彼女は相変わらずやることが派手だ」
ディネルースは苦笑気味にそのホテルを見上げてティリオンで見たような光景に振り返ってみると、そこには噴水が整備された池まであった。
「当ホテルは伝統的なエルフィンド様式建築を採用したホテルとなっておりまして…」
そこで支配人のエルフ族が説明をする。中ではオーク・ドワーフ・コボルト・巨狼・大鷲などオルクセンに住まう魔種族の他、人間族も招待をされていた。皆、顔ぶれは一流で名のある者ばかりである。
「流石だな」
「完全会員制ホテル。資金のほかに誰かの推薦状がなければホテルにすら入れないとはな」
このホテルは一切の取材もお断りの完全に外界と切り離すことを目的に作られたホテル。富豪や貴族が自分の持つ別荘や離宮に飽きたら使えるホテルであり、従業員ももちろん超一流を謳うために良い人材が集められていた。
「おお、我が王!」
「シュヴェーリン!この悪党!お前も呼ばれていたか!」
そこで家族総出で訪れていたシュヴェーリンにいつもの挨拶の後に抱擁をしあうと、そこでこの新しいホテルを見上げる。
吹き抜け二階建ての広いホールでは完成記念パーティーが開催され、オルクセンワインやグロワールワインの一級品が惜しみなく提供されていた。
「いつ着いたのだ?」
「一番に到着いたしました。何せ我が親友からの招待ですからな」
その後に彼は笑うと、グスタフは散々酒の席に付き合わされていると言っていた親友の顔が過ぎった。今も昔もだが、ほぼほぼオルクセンにいなかった彼女は、帰るとすぐに拉致をされるようにシュヴェーリンに呼ばれて酒を飲まされていた。
何か事あるごとに彼女を呼んだり会いに来たりして彼はキアステンと親睦を深めていたのだ。
「お楽しみになられておりますか?」
すると彼らに話しかける人物が一人。噂にしていたキアステンだ。
「素晴らしいホテルじゃないか」
「お褒めに授かり光栄ですわ」
そこで早速シュヴェーリンはドレスを纏っていた彼女に驚きながらもこのホテルの出来栄えに感嘆していた。
「なんだ、らしくないではないか」
「普段からあんな姿ではありませんのよ?今日はベレリア・グループのお目付役でございますの」
シャンパンをグラスに持って彼女は微笑んだ。肌に艶のあり、胸が元々大きい彼女は、見た目も相まって多くの人間族からも親しみやすい人物として話しかけられることが多々あった。
「ふはははっ。なるほど、今日は『錬金術師』というわけだな?」
「ええ、そのように思ってくだされば」
最近つけられた付けられた渾名に彼女は頷くと、最新のドレスを纏っていた彼女にディネルースが話しかけた。
「そのドレスはいつ新調を?」
「一昨日ですわ」
彼女はそう言い長めの引き裾を前に優雅に歩く。これで華やかさを一層強めていた。
「すごいな。そんなドレスを仕立てていたのか」
「ええ、ティリオンに腕が良い者がおりますので」
「今度、教えてくれるか?」
「構いませんわ」
屈託なく話せる友人としてディネルースはキアステンに服の話をすると、グスタフはこの新しいホテルの施設を見て感想を呟く。
「すごいホテルだ。ほかにもこれほど施設が充実しているとはな…」
「施設は広いですぞ。何せまだ私も回りきれておりませんのでな」
「それほどか。それは楽しみだ」
そこで彼はこの完全会員制ホテルの構想を思い出す。
「このホテルをあと五つ、半島に作るらしい」
「ええ、お聞きしております。いやはや、彼女の話には驚かされるばかりです」
そこで彼は招待客の証拠であるピンバッジを胸につけていた。今回はキアステンからの直接招待や、招待客が推薦状を記して認められた場合にピンバッジが贈られていた。このホテルの会員証は過去二年の収入の他、家系図の提出も求められており、かなり厳しい審査を設けていた。
この厳しい監査のおかげで、他国の王族もこぞって密かに訪れる保養施設となった。
「今度我が国で国際会議が行われた際は、ここを会場にしよう」
「それは良いですな。このホテルは記者の出入りが原則禁止ですしな」
「ああ、秘密会議でも使えるぞ。ここは」
シュヴェーリンは痛快に笑い、グスタフも頷く。
グスタフの言う通り、後年にホテル・ベレリアをはじめとしたこのホテルグループはオルクセンで開催された数多くの首脳会議の会場に選ばれることとなる。
「では、私はこれで」
「ああ、また会おう」
「はい。夜をお楽しみにしていてください」
キアステンは頷くと、自信があるように答えて去って行った。
ホテルはいくつも宴会場が準備をされており、彼らはキアステンと別れてホテルを歩いていると、静寂が支配した宴会場があった。
「あれは?」
「ホテル開業記念のチェス大会です。公的な承認も受けた正式試合ですぞ」
「ほう、見ものだな」
そこで行われたチェス大会はオスタリッチから訪れた今の世界最強のチェスプレイヤーが試合を行っていた。
「今日はポルスカから訪れた人物と打っております。三年前のリターンマッチですな」
「見させてもらおう。どうかな?」
「そうだな。お邪魔させてもらおう」
ディネルース達にも確認を取ると、そこで彼らは会いていた椅子に座ってチェスの観戦を行う。
後年、このホテル・ベレリアで毎年行われるチェス大会は、世界で最も名誉ある大会として全世界のチェスプレイヤーが目指す最高峰の大会として認知されることとなる。
「ふむ…いい具合ね」
グスタフ達がチェスの観戦を行っている間、キアステンは外のバルコニーに立って双眼鏡を使って見ていた。
視線の先では平原の中を駆け抜ける八騎の騎馬。乗っているのは招待された人間族やエルフ族。
「なんとも贅沢な…」
その接戦な様子のポロを見て呆れたような、感心するような様子で見ていた観客が一人。
「お初にお目にかかります。ダリエンド・マルリアン閣下」
「ああ、初めまして。キアステン・ラーセン」
そこで彼女は招待客の一人であるマルリアンに挨拶をした。彼女はシュヴェーリンに推薦状を一筆貰ってこのホテルの会員証を貰っていた。
「こう言った場所は堅苦しくて敵わん」
「ええ、全くです」
全くもってそう思わせないような様子でマルリアンにキアステンは答えると、彼女はそこで豊満な肉体を持つ同じ白エルフを見上げる。
「噂は聞いておるぞ?戦時中からな」
「左様ですか」
「ああ、なにせ君たちの戦術を真似てオルクセンにさせたのだからな」
彼女はそう言い、ベレリアント戦争中にキアステンが実行したゲリラ戦術の事を言った。
「はははっ。なるほど、流石は閣下ですね」
「閣下はよせ。マルリアンで構わん」
マルリアンは堅苦しい言い方に面倒臭さを感じて、ましてや民間人であるキアステンにそう言った。
「マルリアンさん。当ホテルはいかがですか?」
「流石だ。一歩間違えたら悪趣味だな」
彼女はそこでホテル・ベレリアに招待されていた他の客を見る。
「ポロにテニスも用意するとはな」
「ここのおすすめはなんと言ってもポロですよ」
そう言い、他の招待客達も興味津々で見ているポロの試合。馬は全てが健康的で艶のある健康的な光沢を放っていた。
「オーク族用にペルシュロンを使ったポロも用意しています。大変好評ですよ?」
「ああ、私も見た。流石に迫力があったぞ」
やや気疲れした様子で彼女はホテル・ベレリアを見る。
「流石に疲れるな。これだけ有名人が多ければ」
「いかがです?ここのバーでしたら無い酒はないと言わせるほどですよ?」
「ほう、では試させてもらおうか?私の注文に答えられるのか」
キアステンの挑戦にマルリアンは不敵に笑う。見た目は幼い幼女のように見えるのだが、中身は三〇〇歳を悠に超えたオバh…ゲフンゲフン老練なお方である。当然、火酒を飲むことができた。
「ついでだ。あの戦法について色々と聞かせてくれ」
「…シュヴェーリン元帥と同じ事を聞かれれるのですね」
「あの爺さんと同じかよ…」
キアステンにちょっとだけマルリアンは落胆してしまった。