ホテル・ベレリアが開業を迎えたことで、キアステンの脳内の構想はすでに次の段階に向かっていた。
まずは建設し慣れているエルフィンド様式のホテルを開業させた彼女は、シルヴァン川に専用駅も設けたこのホテルの様子を伺う前に、すでに用地買収を済ませて新しいホテルの建設を指示していた。
「ふむ。後方の撹乱を行ったわけだ」
「ええ、最初の頃はうまく行っていましたよ」
ホテルのバーでマルリアンと会合したキアステンは、そこで複雑な注文に柔軟に答えていって驚かせたマルリアンと戦争中の事で談笑していた。
「確かに、君の戦術は洗練されていたよ。しかしなるほど。地雷を使って路盤ごとなぁ…」
「いいものですよ?戦前に鉱山の発破用に持ち込んだ爆薬に紛れ込ませましたから」
「だろうな。オルクセンの連中がこぞって採用するくらいだ」
マルリアンはそう言い、今は陸軍と内務省国家憲兵隊顧問を兼任していることでオルクセン陸軍の内情を知っていた。
元より優秀な軍人でシュヴェーリンとの交友もある身である。既にエルフ族白エルフ種で編成された師団や、コボルト族のように通信兵として配属されたエルフ族士官だっていた。
「聞いたぞ?あの爺さんに飲まされているって」
「ええもう、それは大変ですよ」
「だろうな。あの爺さん、今はどうしている?」
「ホテルにいるはずです。私が直接招待状を送りましたので」
そこで二人はバーでカクテルを飲む。二人はエルフ族らしくめっぽう酒には強いため、何杯飲んでも倒れることはない。
「ホテルはほかに何を作るんだ?」
「今建設しているのはイスマイル風・グロワール風・ロヴァルナ風の三つ。来年には華国風・秋津洲風を予定しています」
「ほう、道洋の国も取り入れるか」
「ええ、何せ秋津洲に関してはグスタフ王きっての要望もありましてね」
「なるほどな」
そこで少し興味有りげにして彼女はホテルを見て言う。
「なら出来上がったら訪れよう」
「ええ、ぜひお越しください」
そこで彼女は別の人物に話しかけられると、軽く挨拶をして行ってしまった。まあいい人とお話ができたかなと内心で思いながら彼女もグラスを飲み終えてからそれをカウンターのバーテンダーに返した。そして軽くホテルを散策すると、そこで目的の人物を見つける。
「フレン」
「おや、商会長?」
話しかけられたことで彼女はキアステンを見ると、彼女の纏っていたドレスを見て思わず驚く。
「…馬子にも衣装ですね」
「なんてこと言うんだよ」
確かに出自を見ればそうだが、それにしたって君もそうでしょうにと思わず突っ込まざるを得なかった。
キアステンは農奴、フレンは奴隷出身のエルフ族である。元々の生まれは褒められたものではないが、長年の経験が仕草や所作を一流に仕立て上げていた。フレンはすでに話していた人間族と軽く別れの挨拶をしてからキアステンに振り向く。
「しかし、無事に開業できてよかったです」
「ええ、本当にね」
そこで豪華絢爛な設備を整えたホテルを見る。最新の電飾を装備し、夜でも社交界が行える最新の設備を用意していた。
この地域特有の日光を多量に取り込むための大きな窓は、景観の良さと言う思いがけない副産物も相まって、中央広間は巨大な窓ガラスが雄大な山脈をその窓枠に収めていた。
「グスタフ王の他、キャメロットやアルビニーからも王侯貴族が訪れていますよ」
「ありがたいね。今後も使って欲しいものだよ」
中にはロヴァルナやオスタリッチ、アスカニアなどからも人間族が訪れて挨拶をしていた。ホテルの総支配人はまた別の者が担っているが、キアステンは『ステン・グループ』に改称した物流業者のお目付役として、何より合衆国で荒稼ぎをしている資産家として注目が集まっていた。
「お久しぶりでございます。キアステン様」
「お久しぶりですわ。ニューヤーク以来ですわね」
挨拶に来た招待客の中、彼女は直接招待したアルフレッドに会釈をする。彼はあまり着飾らない性格の彼女がここまで豪華なドレスを纏っていたことに驚きつつも、その美しさがより際立っていると見惚れてしまいそうになった。
「合衆国から飛んで参りました」
「あら、それは申し訳ないことを」
「いえいえ、キアステン様のご招待とあらば何処へでも向かいますよ」
ワインの入るグラスを片手に彼はキアステンを見る。彼は合衆国で新たな融資を行うために一時的に国を離れていたが、キアステンのホテルの招待を受けて『何事!?』と驚きつつも名前を調べて理解した様子でオルクセンを訪れていた。
「まさかステン・グループの創業者と言うのには思わず驚いてしまいましたが」
「はははっ、あまり目立つのは好きではありませんでしたので」
「いやいや、キアステン様のご活躍は私共の耳にも入っておりますよ」
彼はそう言ってからホテルのパーティーが行われている広間を見る。
「しかしどこを見て素晴らしいホテルです。まるで御伽話の世界を持ってきたような壮麗さです」
「そこまで褒められると、作った甲斐がありますわね」
そこで彼女は、彼女自身が招待をした証であるイエローダイヤモンドが埋め込まれたバッジを見る。
「この美術品は全てキアステン様が?」
「いえいえ、私は白の間に用意したものだけですわ」
「それはそれは…一緒に見てもよろしいですか?」
「もちろんですわ」
アルフレッドにキアステンは頷くと、彼は彼女をエスコートして記憶したホテルの構造を思い出しながら白の間に向かう。
「エルフィンドの木工細工を集めましたの。私の知り合いに職人がおりましてね」
「それは楽しみです」
ゆったりとした余裕を持って腕を取って二人は白の間に入ると、そこには床も天井も壁も、美しい木目で磨き上げられた木の空間が広がっていた。
「おぉ…」
宴会場の一つで小さな宴会場ではあるのだが、足元から寄木細工が永遠と床一面に敷き詰められた様は圧巻であった。
「この床は巨大なチェス盤としても使える大きさなのですよ?」
「ほう、それは面白いですな」
「いずれは巨大な駒を使ったチェスも考えておりますの」
そこで彼女の脳裏には人間将棋が過り、それに近い遊びを提案して実際に駒をこの市松模様のチェス盤に合うように製作させていた。
「さそ話題を呼ぶでしょう。楽しみが増えてしまいますな」
「ええ、私自身も楽しみにしている一つですの」
そこで二人は、キアステンが厳然した木工細工の芸術品を見る。どれも生きた人間を固めたような造形で、艶があることで生きた人間であった言っても驚かなくなりそうであった。
「ブロンズ像とも違う優しさに溢れていますな」
「ええ、木材の柔らかさが伝わってきますでしょう?」
「然り。耳をすませば吐息が聞こえてきそうです」
キアステンが厳選したと言うこともあり、アルフレッドはその彼女のセンスに感銘を受けていた。元より彼女は美しい容姿の女性だ。しかも魔種族の中でも文化や芸術を愛する白エルフ族。芸術品には目がないアルフレッドはそんな彼女の観察眼には何度も感嘆させられていた。
そして彼女の解説を受けながら白の間を抜けると、彼は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「外にはポロやテニスをする用意をしておりますの」
「なんとポロを完備とは…いやはや、これはここを離れるのに苦労をしてしまいそうですな」
「ふふふっ、でもアルフレッドさんはお仕事があるのでしょう?」
「ええ、なにせ合衆国で債権を買うことになりましてね。まあ、忙しい日々がしばらく続きそうですよ」
やや疲れた様子で彼は嘆息すると、その様子にキアステンは微笑みかける。
「大丈夫です。アルフレッドさんであれば上手くいきますよ」
「ええ、あなた様に言われると…お恥ずかしながら自信が湧いてきました」
「それはよかったですわ」
彼女も満更でもない様子で答えると、アルフレッドが提案をした。
「お部屋までご案内いたしましょうか?」
「あら、夜伽はご遠慮させてもらいまして?」
「無論です。私とて粗相は弁えておりますよ」
少し茶目っけに言うと、アルフレッドもそんな彼女の冗談に乗っかる形で話を合わせると、二人は客室に向かう階段を上がる。
「この後、キアステン様は?」
「もう何もお食事をした中です。キアステンで構いませんよ?…そうですね、合衆国に一度戻って投資を行なった企業の視察をしなければなりませんの」
「おお、ではその時にまたご一緒をしませんか?」
「そうですね…」
そこでキアステンは少し考えると、そこでホテルの客室の並ぶ館を歩く。
このホテルは完全会員制で、そもそもが選ばれた客しか泊まれないために部屋の等級に差がなかった。
今後作るホテルでは部屋に等級が加えられるが、ホテル・ベレリアには存在しなかった。
「いつ、ご出発なされますか?」
「二週間後にリヴァプールから出航する客船です。カンパニア号と言います。確かオルクセンにも寄港する予定ですよ」
間違えないように船の名前まで伝えると、彼女は頷いた。
「分かりました。私も予約をさせていただきますわ。今度はスイートルームで」
彼女はそう言うと、わざわざ自分と同じ部屋をとってくれる意味を誤解しなかった。前回の船旅では部屋の等級が違ったために食堂以外で話す機会があまりなかったため、その反省からくるものであった。あまり移動を着飾らないので二等船室に泊まるであろう彼女が、態々同じ階級の部屋に泊まってくれる彼女の好意にアルフレッドは心底感謝をすると彼女に言う。
「楽しみにしています。キアステンさん」
彼はそう言うと、そこでキアステンが宿泊をするホテルの部屋の前に到着をする。
「では夜に」
「ええ、夜の社交界でお会いしましょう」
そこでアルフレッドはキアステンと分かれると、彼女の泊まっていた部屋番号を脳裏に刻み込んだ。
そして部屋の中では、備え付けの電話を使ってキアステンはホテルのフロントから客船の予約を入れるように伝えた。
「一週間後に到着する客船カルパチア号のスイートルームに予約をしてくれるかしら?」
『畏まりました。すぐに手配いたします』
最新鋭の技術を備えたこのホテルは、全室に受付に繋がる電話を用意していたことも画期的であった。そしてコンシェルジュは完璧な所作で彼女に客船の予約を確認すると、すぐにホテルに常駐していた船舶予約の代理人に連絡をしてその日のうちにスイートルームの予約が取れたことが伝えられた。
その夜、晩餐会においても食事を共に摂った二人はそこで最後の締めに打ち上げられた花火を見て満足をした様子で、アルフレッドは翌日にホテルを後にしていた。