合衆国までの航路はオルクセンからおおよそ一〇日ほどで到着する。
その間、客船カンパニア号の中で二人は色々な場所を巡り歩いていた。
二人ともスイートルームに宿泊をしており、部屋の行き来は簡単で次第にアルフレッドは夕食前にキアステンの部屋まで迎えにくるようになった。
「今日もよろしくお願いしますね」
「はい」
彼女もアルフレッドには特段嫌がる様子もなく頷いて腕に手を通す。そして二人が夕食に赴くのをそっと部屋で彼女の支度を手伝っていた白エルフは見送る。
「…信じられない」
彼女は部屋が閉じられてから小さくつぶやいた。長年キアステンとは関わりを持っており、戦時中はパルチザンへの伝令役を仰せつかっていた彼女だが、こんな人間族の男との関わりなど意外も意外であった。
「(ドレスを新調した時点で色々と思ってはいたが…)」
彼女の中でのキアステンの印象と性格からはいささか離れてつつある目の前の光景。しかし微笑ましいので大騒ぎして話すこともないだろう。そして多分事後報告という形になるだろう。下手をすれば船内で…というパターンすら考えられた。
合衆国でも時折彼女は誰かに何度か食事誘われて消えることがあったが、これだったかと彼女は察した。相手はキャメロットでも有数の資産家の次男坊。
別にキャメロット人と白エルフ族の付き合いは歴史を見ても友好関係にあるので特段違和感を持たれることはない。現に今のオルクセンの時代に国策として人間族との結婚も奨励され、その例が確認されていた。
「こりゃ帰ったら祝い酒を準備しないとかな?」
そこで彼女は夕食から帰ってくるまでの間に彼女の荷物を片付けてながら、自分たちの上司の慶事を楽しみにしていた。
無論、その自覚をしていることはわかっていた。
これだけ長い期間この体と付き合って来たのだ。そりゃあ次第に精神だってこちらの方に持っていかれる。
基本的にエルフ族は皆が女だ。白銀樹から男児が生まれてきてもその印象はいまだに変わらない。
人間族と魔種族の結婚は今のオルクセンは積極的に奨励していた。世の中、恋愛は自由だ。人間族の中にはオルクセンの国民と結婚したい者だっているし、オルクセンの優れた農法や制度を目の当たりにして移住をしてきた人間族だっていた。特に帝政が崩壊し、混乱したグロワールからの移民が多い。
最近では優秀な技術力を得た合衆国にも多くの星欧からの移民が押し寄せており、この客船の三等船室にはその移民が乗り込んでいた。
「素晴らしい食事ですわね」
「ええ、我が国が誇る北星洋航路の客船ですからね」
食堂で二人は提供される鱈のマリネを前に話す。アルフレッドはまるで自分の事のように言うと、そのことにキアステンは少し笑ってしまう。
「ふふふっ、まるで船をお持ちのようですわね」
「おっと、そういう訳ではなかったのですが…」
アルフレッドは彼女に指摘をされて少し恥ずかしそうに顔を赤くする。緊張しているからなのか、酔っていたからなのか、それは分からない。
二人はグラスに注がれたスパークリングワインをすでに何杯も飲んでおり、キアステンはエルフ族であるために今も平然としていた。多分、ウォッカをリットル単位で飲んでも彼女は倒れないだろう。
「ははは、いけませんね。まだ魚料理が来たばかりですのに」
「ふふっ、そんな事はありませんわ。まだ夜は長いですもの」
彼女は微笑んでアルフレッドに答えると、次に肉料理が提供される。
最近はオルクセン客船の質の高さによって客足が持っていかれそうになっているが、負けじとオルクセンのように高品質路線にサービス業を真似しつつあるキャメロットの船。合衆国への移民を乗せながら『旅を楽しむ』をコンセプトにしていた。この客船はその方針変更後、最初の船舶として設計されていた。
そして肉料理が出ると、次にマスカットソルベが提供される。オルクセンが発明した生食を前提に作られたマスカット、ゾンネンシャインを使用したソルベであった。
「ゾンネンシャインは生食が良いのに…」
「ええ、ホテルで貰いましたが、あれは良いものでした」
アルフレッドもホテル・ベレリアで提供されていたオルクセンが生み出したマスカットを思い出す。優れた農学者でもあるグスタフが作り上げたそのマスカットはキャメロットでも話題を呼んだ果実であった。
提供されたソルベは口直しとはいえ少しばかり甘すぎるような気もしていたが、その後に出てきたローストされた豚肉の脂身が全て持っていってしまった。そしてサラダが提供され、口を整える。オルクセンの刻印魔法のおかげで新鮮な野菜が提供されていた。
最後の果物には旬のラ・フランスを使った一品が提供され、コース料理は終わった。
そして夕食を終え、多くの乗客達が船室に戻っていく中で二人は甲板に上がっていた。
「暗いですわね」
「ええ、何と言ってもここは北星洋ですからね」
その名の通り、上では満点の星空が見える。後ろ甲板でも夜には照明が照らされ、最新の電飾が床を明るく照らしていた。キアステンが投資を行ったことで合衆国が生産した電球は星欧にも提供されていた。
「いい景色ね」
「ええ、この先は星欧ですよ」
二人は甲板に立ち、キャメロットの旗がたなびくマストを見つめる。そこでは常闇の海面に船が作り出す航跡が残されていた。
甲板に他に乗客達の姿はなく、この時間ともなると大半の乗客は船室に戻っていた。船員は絶えず交代をしながら船の安全を確かめており、乗客達を確実に合衆国に送り届ける。
食事を終え、気分転換や新しい空気を吸うために出ていた二人。そこでアルフレッドは改めて自分が持っていた荷物の確認をしてからキアステンに話しかけた。
「キアステン」
「何でしょうか?」
夜の明かりが灯る客船の後ろ甲板。そこで彼の口調が変わったことを聞くと、彼女は彼を静かに見上げた。すると彼はジャケットのポケットからあるものを取り出す。
「これを、受け取ってもらえませんか?」
彼はそう言い、その小さな箱を開ける。装飾の施された革製の特別な箱で、中にはこの夜の中でも煌めいて光るダイヤモンドが埋め込まれた指輪が収められていた。そのダイヤモンドはとても大粒で、最近植民地になった南黒大陸の国家から持ち込まれたと理解する。
キアステンはその指輪を見て静かに、ゆっくりと頷いた。
「…ええ、ありがたく受け取らせて貰います」
「っ…!!」
そして彼女はその手を両手で取った。彼女の体温が感じ取られ、アルフレッドは思わず自分の心拍数が跳ね上がった。彼女はその指輪を受け取ってから薬指に嵌めた。
「いかがです?」
「…ああ、すごく美しいよ」
キアステンにアルフレッドは緊張からの解放と嬉しさのあまり涙が溢れながら彼女に両手を広げて抱擁する。
「これからよろしくお願いしますね?」
「もちろんだ。死ぬまで君を愛し続けると誓うよ」
優しく抱きしめると、彼女の胸の豊満な柔らかさを感じながらその温もりも感じる。
「…」「…」
二人はそのままお互いに抱擁をしあうとその後にキアステンが顔を上げる。その時、彼女はまるで年不相応な子供のような顔をしていた。
「で、この後はどうする?」
「どうする…か」
アルフレッドはそこで少し空を見上げる。
「…天に聞いてみようかな。君はどうする?」
「ふふっ、夜はお強いのかしら?」
「君を失望させないと約束するよ」
少し自信があるように彼は言うと彼女をエスコートする。その時、二人の腕に間に隙間は無かった。
「悪いけど、明日の朝まで遊んでくる」
キアステンは自分の部屋で片付けを行なっていた秘書に言うと、長い期間付き従った優秀な秘書は彼女の薬指の指輪を見て理解したように頭を深々と下げて理解すると、承知をして彼女を見送った。
「是非楽しんできてくださいね?」
「ええ」
古典アーブル語で言われてキアステンは頷くと、彼女はアルフレッドの部屋に入って行った。
合衆国に到着する頃、キアステンとアルフレッドの関係が恋仲から婚約に変わって数日が経った。
二人の関係の変化は、一〇日間と言う航海の中でも勘の良い人はすぐに気がついていた。
「もうすぐニューヤークか」
「早いものよね」
スイートルームで二人はお互いにスコッチ・ウイスキーを飲みながら話す。これから二人は一時的に別れなければならず、そのことを彼は惜しんでいた。
「帰ったらまず君の家に行こう」
「良いの?私の家って無いにも等しいのよ?」
「良い」
即答であった。六芒星教信者でもある彼はこの婚約の際に家名を捨てる覚悟で申し出ていた。なにせ相手はエルフ族で、しかも農奴であった歴史もある。しかし魔種族という長命で、家名が一代しか使われないことさえある種族との結婚ともなると、キャメロットでも色々と判断に困ることがあった。
「君の出自がどうであろうと、僕には関係のない話だ。いざとなったら家から出るさ」
「おお、すごい覚悟ね」
キアステンは改めてアルフレッドの覚悟を目の当たりにすると、その事実に少しこちらが当てられてしまいそうになる。まあエルフ族と結婚をしようとする時点でだいぶ覚悟を決めたに違いない。なにせほぼ確実に相手を残してしまうのだから。
「ふむ、このお返事をどうしたものかしらね…」
彼女はそこで少し考えると、彼は笑って答えた。
「じゃあ君の自画像が欲しいかな」
「…ふふっ、分かったわ」
彼女はそこで前にオルクセンの船でしたあの約束を思い出す。すぐに出てきたということは、下手したらあの頃から考えていたのだろう。
「私に一目惚れしたのかしら?」
「ああ、あの船でね。初めてだったんだ。絵よりも君の姿の方に興味がそそられたのは」
「ああ、これ?」
彼女は彼の話に自分の豊満な胸に手を当てると、彼は慌てて首を横に振って否定した。
「ち、違うって…」
「ふふっ、分かっているわよ」
「…もう」
揶揄われたことにアルフレッドは不満げに疲れたため息を吐いた。すると船室のドアがノックされて彼の侍従が呼びかけてきた。
「アルフレッド様、キアステン様。下船の準備が完了いたしました」
「うん。すぐに行くよ」
彼は頷くと、次にキアステンに言う。
「君はこの後何処に?」
「アリゾナの方に。昔の知り合いに呼ばれてね」
「…その知り合いとは何年来なんだい?」
「そうね…ざっと四〇年といったところかしら」
「はははっ、エルフの時間感覚には驚くしかないね」
アルフレッドは苦笑気味に彼女と手を取って立ち上がると、部屋を出る前まで二人は腕を組んだ。