「…で、君達は楽しい夜の時間を過ごしたわけだ」
やや呆れの中に羨望が垣間見えながらそのエルフ族はカップにコーヒーを注ぎ入れて持ってくる。
「あら、紅茶はないの?」
「生憎、この国じゃあキャメロットに対抗してコーヒー文化なのさ」
軽く肩をすくめて彼女はソファに座るキアステンを見る。態々東海岸から(時折視察も兼ねていたが)数ヶ月をかけて大陸横断列車に乗ってここまで駆けつけたことには思わず驚いてしまった。
「どう?こっちでの生活は」
「最高だね。全くもって医者冥利に尽きるよ」
そう言い、今はすっかり荒廃してしまった鉱山都市を窓から見る。
この地域は合衆国と連合国が領土問題で主張しあっている危険地帯であり、内戦で州が真っ二つに分かれてしまっていた。
「しかしどうやって国境を越えたの?ここは南部連合の領土よ?」
「外国人は普通に通れるのよ?」
「意外ね。睨み合ってるから通れないと思っていたわ」
ジョウェン・E・グッドフェローはそう言いコーヒーを飲む。彼女は合衆国との国境を越えてこの街に訪れており、久しぶりの再会に花を咲かせていた。
「ここに住んでどのくらい?」
「十年近くね。ここには八八〇年に来たわ」
そこで人気の少なくなってきた街を見る。街唯一の医者であり、エルフ族である彼女の元には今日も患者が訪れていた。
「そろそろ次の街に移動しようかとも考えている頃合いよ」
「なるほどね」
彼女の話にキアステンは頷くと、次に街を見る。
「すっかり銀も取れなくなった。今じゃあ、国が農業の近代化とか言って奴隷達を次々とクビにしているって話だしね」
「なるほど。通りで黒人達が国境を越えていくわけね」
そこで彼女は連合国と合衆国の国境にあった検問所で大量に列をなしていた移民を思い出す。
「何処かの誰かさんがボロ儲けしたのを見て、慌てて北部に投資がされた影響がこれだよ」
「へぇ、誰なんでしょうね?その人物」
「さぁ?話じゃあ、金髪碧眼で胸が大きくて、白い肌で、最近は婚約をしたとか言う耳の無いエルフ族って話だが」
ジョウェンはそう言うと次にキアステンに聞いた。
「で、最近の業績はどうなの?」
「鰻登りだって。この前、客船事業の参入が議題になったわ」
「良いねぇ、私も元々居ただけに嬉しく思うよ」
彼女はそう言い、ベレリアント戦争中に何度も負傷者を救った時のことを思い出す。キアステン率いたパルチザンの専属医として、半ば軍医のようなことを経験した彼女は、海を超えてこの大陸で医者として働いていた。
「で、防弾装備の開発はどうしたの?」
「ああ、今は友人が開発している」
彼女はそう言い、戦時中に見つけたスカーフが弾丸を防いでいた事例のことを思い出した。キアステンは彼女がその特性を見つけて思いついたと言う防弾装備の進展にやや驚いや。
「あら、やめちゃったの?」
「医療の方に集中をしたくてね。今度、論文を発表する予定なんだ」
彼女はそう言い、新しい治療法を記した論文の下書きを見せながら話す。彼女はキアステンの伝手で合衆国に渡ったのだ。そしてそこから長い期間をかけてこの街に流れ着いていた。
「あなたほどの腕なら、何処でもやっていけそうね」
「ええ、おかげさまでいくつかの病院からご招待が来ているわ」
彼女はそう言いその届いた招待状を思い出す。
彼女は最近、この街の近くの牧場で起こったあるカウボーイ達の決闘で負傷した者達の治療を行なっていた。
「次はロス・エンジェルスにでも行こうと思っているの。ここ結構給与良いし、かなり自由にさせてくれるみたいだから」
「それは良いじゃない。アグネス達からの評判も良かったし」
「そういえばあの子達は元気かしらね…」
そう言い彼女はグロワールの外人部隊に入隊して行った二人の白エルフ族を思い出す。一人は戦争中に思わず驚いて唸ってしまうほどの怪我をしており、やむを得ずエリクシル剤の投与を行なっていた。あれほどの裂傷や骨折などのありとあらゆる怪我をしていながら五体満足で生き残っているのを見て『これが奇跡か』と思わず口にしてしまうほどであった。
「元気よ。二人ともグロワールで仲良くやっているって話」
「ふふふっ、アグネスのことだ。向こうで懲罰でも喰らっていそうで怖いね」
「どうなんでしょうね。私も今度直接会いにでも行こうかしら」
彼女はそう言うとカップを傾ける。その時、部屋に差し込んだ太陽光によって右の薬指につけられたダイヤモンドが反射した。大粒で、まず間違い無くこんな場所には不釣り合いな指輪だった。
「狙われないでよ?ここら辺は治安悪いから」
「ええ、だから出る時は手袋をしているわよ」
受け取った婚約指輪を前に彼女は余裕な表情で答えると、そこで持ち込んでいた
「金持ちだねぇ。最新の拳銃とは」
「あら、.38ロングコルト弾を使う強力な一般よ?使いやすくて重宝しているの」
「そもそも星欧有数の資産家が秘書も無しにこんな場所にくるな」
ジョウェンは至極真っ当な意見を言うとキアステンは言った。
「あら、せっかく友人に会いに来たのになんて言い草よ」
「何を言うかねぇ。こっちだってまさか国境を越えてくるとは思っちゃいないよ」
彼女はそう言うと、キアステンは笑って言う。
「でも会えて良かったわ。元気そうで何より」
「ええ、故郷もうまくやっているらしくて安心したわ」
ジョウェンはそう言い、順調にオルクセンの支配下になって発展をしている故郷の話に安堵した様子であった。
「帰らないの?」
「ええ、まだまだこっちで長くやらせてもわうわ」
彼女はそう言ってこの生活に充実しているような顔をしていた。それを見てキアステンも安心した様子で微笑む。こんな寂れかけの鉱山都市にいると聞いていたので、もし帰るのに困っていたらお金を出そうと思っていたのだが、その様子がなかったことが彼女を何よりも安心させていた。
「何かお金に困ったら言ってちょうだいね?資金はいくらでも出すから」
「ありがたいよ。でもしばらくは食って行けるから安心して頂戴」
ジョウェンはそう言うと、ここで一泊をした彼女を見送るために家を出る。近々、合衆国に移動するという彼女はオリエンスに跨ったキアステンを見上げる。
「お前もだいぶ歳だろうに。よくやるねえ」
ジョウェンはそう言って老体となってしまったオリエンスを見る。彼はベレリアント戦争前から彼女の忠実な僕として多くの戦場を共に駆けていた。その横暴な性格はよく知られたところであり、彼女も蹴り飛ばされないように彼を見ていた。するとオリエンスはそんな彼女に答えるように軽く頭を振った。
「…ふふっ」
ジョウェンは軽くオリエンスに微笑むと、その後に街を後にするキアステンと共に見送った。
この馬とも長いこと付き合ってきた。もう馬齢にすれば軽く二〇は行ってしまう。普通であれば老馬として死ぬのを待つだけのような状態だが、この年でも彼は主人を乗せてあるうことができるほどである。
船に乗せてもびくともしない豪胆な精神を持ち、黒エルフ族や他の馬から別々の意味で恐れられていた馬。暴れん坊な性格だが、キアステンを主と仰いでからは今もなお寄り添い続けていた。
「…綺麗な景色だ。そう思わない?」
その道中、国境を越える道を歩きながら彼女は言う。
嘗て内戦で真っ二つになってしまったこの国は、主義主張、思想の違いから今も合流する気配を見せない。北部と南部でまるっきり主要産業が違うこともその断裂に拍車をかけていた。
「全く、世は移り変わるものだ。今や私も婚約者だとさ」
そう話すと、オリエンスは軽く鼻を鳴らして答えてくれる。
「ふふっ。ああ、分かっているさ。旦那を置いていってしまうこともね」
彼女はそう言って婚約を受け入れた時の覚悟を振り返る。彼の熱意は本物だ。無論自分とてその好意はわかっていたし、自分でもその自覚はあった。
「無論、分かっていて受け入れた。人間族を夫にする事の恐怖も、全部受け入れるつもりだ」
これから何年彼と付き合うとこととなるのか、それは分からない。既に夜伽を過ごした仲でもあるので何は…。
「やれやれ、これじゃあ私もグスタフのことを言えんな」
彼女はため息混じりにそう溢すと、国境が近づくにつれて次々と長い列が出来上がっているのが確認できた。その正体は連合国で農場で働いていた元奴隷達だ。
急速な合衆国の重工業化を前に連合国は農業の急速な近代化を推進し、その際に過剰な労働力であった奴隷達を追放していったのだ。未だに奴隷意識が強かった連合国から追い出された彼らは、そのまま北に流れて行った。
皮肉なことにここで追放された奴隷達は、安価な労働力として西海岸を中心に広く分散して合衆国成長の礎となった。静かに出ていってくれるのであればと言うことでこの国境地帯は連合国軍も合衆国軍も武器を使って睨み合いつつも、厳かな空気感で移民局の列を見ていた。
キアステンは外国人であったため、外国人専用の検問所を通って合衆国に戻った。
「お帰りなさい」
旅券に山のように押された判子を見て入国審査官は言うと、キアステンも軽く会釈をしてから繋いでいた馬に跨る。
「さて、行こうか。オリエンス」
軽く撫でて彼に指示をすると、そこでオリエンスはいつものように軽く鼻を鳴らしてから歩き出す。
老体に鞭を打っているようで申し訳なくなる時もあるが、オリエンスは寧ろ乗せて走っている時の方が元気そうであった。
そして彼女達は国境に近い街に到着をする。この後、鉄道に乗ってまた新しい金鉱山に向かう予定であった。
「おぉ、珍しいな。お前さんがこんな事をするとは」
馬房を借りて馬を降りると、そこでオリエンスはキアステンの髪を喰んだ。いつもであればして来なかったことに軽く彼女は驚いた。
「…」
その時、彼女はオリエンスを見て察した。
「そうか…良いぞ。旦那には悪いけどね」
彼女はそう言うと、オリエンスは軽く笑うように鼻を鳴らして馬房の藁の上に座り込んだ。そして彼女はその隣に座って馬の体温を感じるようにその肌に触れると、彼は嬉しそうに目を緩ませて目を閉じた。
その夜、眩いほど煌めいていた満点の星空の元で彼は馬房で息を引き取った。
彼女は長年付き従ってくれた彼に感謝をして、その鬣と蹄鉄を回収して丁寧に埋葬をした。