星歴八八九年六月
まだ初夏の頃にキアステンとアルフレッドの正式な婚約が発表された。
無論、かの名門のロスチルド家の直系の結婚である。盛り上がらないはずがなかった。
「いやはや、商会長が身を固めるとは思うまい」
「いや、どうかな?あの人の事だ、きっと夫婦で走り回るんだろう」
話を聞いた面々は驚いた様子でそんな事を言っていた。結婚式は早く、来年には行われると言う。無論、この話はグスタフ夫妻も喜んだ。
「意外だな。彼女が結婚をするとは」
「良いことではないか。まあ、彼女が結婚をすることは意外であったがな」
軽く笑ってグスタフは厳かに行われると言う結婚式に参列する旨を伝える。一国の国王陛下が来ることにアルフレッドは驚き、キアステンはさして驚くことはなかった。
「キアが結婚だって」
「しかも相手はキャメロットの銀行家と来たもんだよ」
彼女の故郷となったヘンナ達の街では彼女の結婚に街を挙げて大騒ぎになった。無論ヘンナやクルヴィアンにも招待状が送付されていた。
「そんなに騒ぐことかね」
「そりゃあそうだよ!」
ヘンナ達が暮らしている家で荷物をまとめている中、キアステンは大きく頷かれる。
「キアが結婚って聞いて振り向かないエルフ族はいないよ」
「真顔でなんて事を言うのかね」
呆れた顔で彼女は合衆国から帰ってきた後に街に戻って荷仕度を整えていた。
「なるほど、君は本当に荷物が少ないんだね」
花婿が家に上がって花嫁を迎え入れるための準備を手伝うのが彼の家の慣わしだろうで、そこで彼は彼女が持っていた荷物の少なさに逆に驚いていた。
「この荷物の少なさが君の活発な足の源なのかな?」
「そうかも知れないわね」
家の外で停めていた車に彼女の荷物を乗せていく。
二人で話し合って婚姻後はオルクセンで暮らす事を決めており、ファルマリア郊外にエルフィンド様式の良い家が売られていたのでそれを買うことにしていた。
元々はその地域を収めていた地主のものだったそうだが、持ち主が戦後のオルクセンの農地改革によって没落をしたのだという。
何はキャメロットの晩餐会などにも顔を出す予定であるが、既に彼の兄弟とは顔を合わせていた。
『アルフレッドが嫁さんを連れて帰ってくるとはなぁ』
『初めまして、キアステンさん。それからおめでとう兄さん』
兄と弟、二人の兄弟がいる彼はこれでもかと祝福を受けた。
ログレスにある彼の邸宅では彼の友人でもあった元キャメロット首相ビーコンズフィールドも訪れて驚いた様子であったが、この婚姻を喜んでいた。
何せ長命な魔種族のとの結婚である。家柄を参考にできないためにキャメロットの上流階級達は合衆国でボロ儲けをしている彼女への評価に困っていた。
だがエルフィンドとキャメロットの歴史的関係から概ね好意的に受け止められるようになった。
「結婚式はあの場所でしたい。君に囲まれているような場所だからね」
「ふふっ、分かったわ」
堂々と彼は言うと、彼女は微笑んで頷いて車に乗り込む。ハンドルを握るのはキアステンだ。まだ慣れていないと言うことでアルフレッドは彼女に運転を任せていた。
「出すわよ」
「うん、分かった」
そこで二人は車に乗り込むと、ヘンナ達が見送りに来た。
「結婚式でまた会おうね」
「うん。絶対行くから」
そこで彼女は仲間年を共にしてきた親友が家から出て行くことに少し寂しさを感じつつも、彼女の幸せを感じて笑顔になってしまう。
彼女の心底嬉しそうな顔を見て仕舞えば誰だって同じ事を思うはずだ。
「やれやれ、もう行っちゃったのね」
「幸せそうで何よりだよ」
ヘンナ達はそう言い、荷物をまとめて家を後にしたキアステン達を見送った。
式自体は婚約後から約一年後の八九〇年の春に行われた。それまでにオルクセンの婚姻届は出してあったのだが、盛大かつ厳かに式は行われた。
会場はホテル・ベレリアの『白の間』。彼女が監修を行ったホテルで最も小さい宴会場だ。
招待客の顔ぶれも二人の友人関係を考えれば相応に格式が高くなり、当日は警護にオルクセン陸軍部隊が担当するほどであった。
「おめでとう」
「ありがとうございます。グスタフ国王、ディネルース王妃」
結婚式に参列した国王陛下夫妻に挨拶を行う彼女はエルフィンドの伝統衣装を纏っていた。
結婚式の際、長い事女しか生まれて来なかったエルフィンドにおいて少し困ったことがあった。それは成婚の際にどのような手順で成婚をすべきなのか詳しい資料がなかったことである。
通常のアルフレッドの家の通例に準じた婚姻をしようかとも言われてたが、どうせならエルフィンド様式で出て欲しいとアルフレッドの強い要望があった。
その為にお互いに婚姻の儀を執り行う際にはアルフレッドは白い燕尾服を纏った。キアステンの純白を表現する為に仕立てた純白の服で、キアステンは伝統的なエルフィンドの薄緑を使用したドレスを纏っていた。その美しさは思わず参列者ですら唸らせ、身につけたダイヤモンドをあしらった装飾品が見劣りするほどであった。
「美しいな」
「ああ、見ていて面白さも混ぜ合わせている」
グスタフとディネルースはそう言って婚礼の儀を行う二人を見ていた。
式も芸術を愛する二人らしい、遊び心を混ぜ合わせた意匠の施された内容だ。きっと組んでいて楽しかったに違いない。二人の結婚はオルクセンの国王やキャメロットの元首相、並びに両国の軍や政財界の重役が駆けつけたことでホテルには一個中隊の陸軍部隊が警護を行い、取材を行おうとした記者達を睨み返していた。
キアステンは個人的に持ち込んだ最新の撮影機材によって、二人はホテル広間の強烈な太陽光線が差し込む広間で夫婦並んで写真を撮る。
「まあ、あんなに密着をして腕を組むなんて…」
そこで密着して撮影をしていたことに眉を顰めるキャメロット側の参加者もいたが、オルクセンではグスタフがディネルースと手を握り合った絵がとても著名であったために眉を顰められることはなかった。これもまた文化の差異かと内心で感じながらグスタフはこの新しい夫妻に何を贈ろうかと考える。
二人はその後に化粧直しで着替えて晩餐会を開くと、そこでウイスキーやシャンパンなどが贅沢に振る舞われた結婚式は、珍しい立食式のパーティーであった。
「この方が気楽でよろしいでしょう?」
「いやぁ、これはこれは。面白い結婚式だ」
全く新しい結婚式の形に参加者達は戸惑いをしながらも、多くの人と交流ができるこの形式に概ね好印象であった。
「こりゃあ便利だ」
「しかし立ち食いとは…」
「良いではないか。これもまた二人の遊び心と言ったものだ」
そんな話をしながら離れずに宴会場で招待客達と談笑する夫妻を見るキャメロット側の人々。
「いやぁ、めでたいもんだ。お主が結婚とは」
「全くありがたいことにですわ」
「ふはははっ!これからも楽しみでならんわい」
シュヴェーリンは談笑して豪快に笑った。会場には彼の好きなキャメリッシュ・ブラックバーンも用意され、立ちながらグラスを傾けていた。
「いつもの長机よりもこちらの方が好きな人物と話しやすくて良いな…今度誰に結婚を相談された時は提案するのもありかな」
「それはありがたいですわ。この様な式を広めてくださるなんて」
そう言い、好きな人物やこれを機に関係を持ちたい人物などと簡単に話しかけることができる立食形式に感嘆するオルクセン側の招待客達。ゼーベックなど現職の大統領まで参加しており、懐かしい顔ぶれも混ざっていた。
「あーもうだめ。緊張しすぎて倒れそう」
「安心しろ。私もだ」
そして会場の壁の近くでげっそりと疲れた様子のヘンナにクルヴィアンが頷く。ファルマリア州の知事まで勤め上げた彼女であったが、半ば外交の場とも化しつつあった式場を前にため息を漏らす。
「流石にお相手もそうだが、キアもキアだな。現職の大統領に国王夫妻までいる」
「まあ、キアは前々から国王と仲は良かったと聞いているけど…」
彼女はそこでどう言うわけなのか、異常なまでに仲が良いキアステンのグスタフの関係を思い出す。初めて二人が出会ったのはネヴラスの野戦病院。そこから始まった二人の仲は、普通以上の関係がある様な気がしてならなかった。
「なんであんなに仲がいいのか…」
「波長が合うのだろう?元々国王陛下とキアは似た様な雰囲気があるでは無いか」
「…確かに」
自分達に林業を始めさせて豊かな生活を教えた彼女の偉業を思い出して頷く。
「まあ、どちらにしても彼女の幸せを我々も祝おう」
「ですね」
何せ町の名前に彼女の名前が使われるほどだ。それほどの偉業を彼女はエルフ族に与えていた。
ラーセンベルクと名付けられたあの町は、今や国内でも有数の製材工場と家具工場を備えるシルヴァン川東部河口域有数の河川都市だ。
「こんなに良い日を迎えられるとはね…長生きはするもんだ」
「全くですね」
二人はそう言い、常に笑顔で受け応えているキアステンを見ていた。
「無事に終わったわね」
「ああ、みんな祝ってくれてありがたい」
夜が明けるまで文字通り一晩中続いた晩餐会を締めに結婚式を終え、ファルマリア郊外の邸宅に帰ったキアステンとアルフレッドの二人。大成功とも言えるほどひたすらに祝福を受けた夫妻はそれぞれ名前に互いの家名を加えていた。何せキャメロットとオルクセンの国境を超えた結婚である。
ことアルフレッドは名家に数えられ、実弟は王室から爵位を与えられるほどの家柄の血族であるため、最初こそ二人は緊張していたが、彼がオルクセンに住むことも受け入れてくれた様子であった。
「これからどうする?」
「うーん、どうしようかしらね」
優れた資産家でもあるキアステンだが、こと身の回りに関して自信がない様子であった。料理は並大抵である為、家事も満足かと言われると自信がなかった。一応、この屋敷を買った時に従者となってくれる者をグスタフから紹介してもらった。家ではアルベルト達に教育をされたコボルト族やエルフ族の従者達が結婚式から帰って、祝いの品として贈られた品々を整理していた。
「食器はこちらに、装飾品はこっちに」
相手が相手だけに贈呈品もまた多く、その整理に使用人達は最初の仕事として丁寧に分けて行く。
「今日、どうかしから?」
「…うん、良いよ」
式を終え、数多くある部屋の中で夫妻が暮らす為の居間でキアステンからのお誘いにアルフレッドは彼女の酒と同じくらい強い夜に少し緊張しつつも、彼女をお姫様抱っこをして寝室に向かった。