星暦八九七年四月
キアステンがアルフレッドと結婚して少しした頃、彼女は再び合衆国にその身を置いていた。
「おかーさま」
「ん?どうした」
彼女の足元には一人の少女が彼女の服の裾を掴んで見上げていた。名をアルミカと言う。アルフレッドと同じブラウンの瞳に金髪で、エルフ族特有の尖耳を持つ少女だ。現在四歳。
「外の景色を見たいの?」
その問いに彼女は首を横に振った。彼女はエルフ族と人間族の間に生まれた最初の子供だ。ハーフエルフとも言われ、二人の間の第一子であった。
彼女の事はログレスにいた頃に判明した。
最初は小さな変化であったのだが、ザワークラウトやピクルスが妙に欲する様になって発覚したのだ。このことに対しアルフレッドは全力でこの子のことを隠し通そうとし、一族もそのことに同意してくれた。
そしてキャメロットの北側の遠い地方まで移動して産むと言う徹底ぶりでアルミカは産声を上げた。無論大変であったが、その分可愛さも増えて行くばかりである。元々魔種族の子供ができにくい体質が祟って、魔種族の子供は生まれるだけで街中で大騒ぎである。
「よっと」
その腕に子供を抱え、自分と同じ視線まで持ち上げると、そこで見えてくる街の景色を見せる。
「ボストンよ」
「ボストン?」
「そう、遠い国なの」
オルクセンの家から子供を連れて旅立った彼女。アルフレッドは結婚した年に元々居た投資銀行を退職すると、新たにステン・グループの会計監査長に就任した。これは彼が本格的にオルクセンで活動することを内外に知らしめていた。実際、婚約後から彼の保有資産が次々とオルクセンに移動されていた。
短命である人間族が重役を務める為、ステン・グループはその対応に迫られていた。
「おかーさまが言ってた国?」
「そう、合衆国よ」
彼女はそこで子供と共に何度目かの合衆国への入国を果たす。
アルミカが誕生した直後、私たちは国に帰り彼女をオルクセンの子供として育てた。無論、帰国して最初に向かったのはラーセンベルクだ。
極めて不本意ながら、私の名前がつけられた街に戻ってヘンナの家の戸を叩いた。
「お、久しぶり〜」
相変わらず彼女は明るく彼女を出迎えると、その腕の中に抱えられた赤ん坊を見て目を見開いていた。
「…えっ!?赤ちゃん!!」
「そうよ、私とフレディの子供。アルミカって言うの」
「なっ、たっ…」
彼女は淡々と情報の暴力で殴られると一時的に脳が固まってしまった。そして脳が理解を追いつくと、
「大変だーーー!!キアが子供作って帰ってきたーーっ!!」
まずは驚愕して大声で叫んだ。取り敢えず子供が起きるだろうとまず彼女の頭にチョップを喰らわした。
このことはオルクセンでも当時話題を呼んだ。まだエルフィンドで誕生していた男児は早くても結婚可能な年齢を迎える前であった為、元々月経の症状があった彼女が産んだ子供は、元々の出生率の低さと相まって記事になった。
元々、キャメロットの資産家との結婚であった為国内ではめでたいと喜ぶ声もあったが、グスタフ国王夫妻の間で子ができない問題について問題となっていた時期でもあった為にアルミカの事を記者達はこぞって追跡しようとした。
そんな状況を抑えたのがグスタフであった。キアステンとアルフレッドの子供にこれ以上の負担をさせる訳にはいかないと記者に過度な取材を行わせない個人情報保護法を制定させていた。
象徴的立場であったが、その圧倒的な人気から議会で絶大な影響力を持っていた彼は、記者からの不満を受け止めつつも、秘密警察で仕入れた情報を隠匿した理由と同じ理由からこの法律を制定させていた。この法のおかげで家族は比較的穏やかに子供を育てることができた。
『すまないグスタフ』
『何の何の。流石に目に余る行為は見過ごせないからね。ただアルミカさんを定期的にここに連れてきてくれるかい?』
『分かった』
彼とはそんな約束をして彼はアルミカを見てハーフエルフ種と魔種族大全に新たに独自の種族の枠を設けた。
後年、人間族との関わりで急速に数を増やすこととなるハーフエルフ。人間族と同等以上の寿命でありながら、純粋な魔種族によりも早く寿命を迎えてしまう。魔術を使える者とそうで無い者とおり、また多く枝分かれしてしまう。
記録上最初のハーフエルフであるアルミカ・ロスチルド・ラーセンは、グスタフの言う通りに彼女は生まれてから何度も国王官邸を訪れていた。
その時、ディネルースもアルミカをまるで自分の子供のように可愛がっていた。
その時、彼女の目に映っていた羨望の眼差しは今でも眼に焼きついている。今の所、ディネルースが妊娠をしたと言う話は一度も聞いていない。二人のことだ。子供が欲しいと思うに決まっている。
しかし、自分が介入をした以前に生まれたエルフ族の面々に生殖能力があるかと問われると疑問だ。私の場合はこの肉体が特殊な構造をしているためにこの変化が訪れていた。
だがいずれは二人の間に子供ができることを切に願っていた。
合衆国のボストンに到着をした彼女はすぐに子供と共に鉄道に乗り込んでデトロイトに向かう。今回の入国目的である合衆国の友人からのお誘いに応えるためだ。
「お呼び立てして申し訳ありません」
「いえいえ、友人に招待されて答えぬわけにはいきませぬわ」
そこで駅まで迎えにきたトマスに笑顔で答えると、彼はそこでずっとキアステンの後ろに隠れていた一人の少女を見る。
「初めまして。お嬢さん」
彼はそこで膝を曲げて少女に顔を合わせてアルミカに挨拶をした。その顔は孫を見ているような優しさがあった。
「おじさん…誰?」
「ん?君のお母様のお友達だよ」
トマスはそう言うと、次に立ち上がってキアステンに話した。
「しかし驚きました。まさかご成婚をされ、子供までお持ちになられるとは…」
「可愛い私の娘だ。手を出したら…分かっているわね?」
「ふふふっ、それは何よりも恐ろしいことですな」
トマスは世で最も恐ろしいものを聞くと、思わず苦笑気味にアルミカにプレゼントするものを考える。彼女が結婚をしたと聞いた際、彼は彼女に自ら発明した蓄音機を贈呈していた。彼にとってみれば海を超えた遠い星欧の話であるため、彼はすぐに結婚式に参加できなかった。おまけに結婚式にはオルクセン国王やキャメロット元首相が来ていたと聞いてからは尚更行かなくて良かったと思っていた。
「で、わざわざ呼んだ理由は?」
「ええ、実は貴女様に是非紹介したい男がおりましてな」
トマスはそう言うと、子供を連れて歩き変わるキアステンを車に案内する。
「へぇ、貴方が紹介したい人なんているのね」
「ええ、面白い男ですよ?特に合衆国の主要企業を抑えている貴女様であればお気に召されるかと」
「ふむ…それは興味があるわね」
キアステンは軽く頷いて資産家としての顔つきで膝の上に娘を乗せる。まるで人形のように扱ってくるのでアルミカは少々この時の母親は鬱陶しいと思っていた。
「私の会社に就職した興味深い男でしてね。優秀な技術者でして、去年のパーティーで知り合いました」
彼はそういうと車を止めてドアを開ける。そして最後にトマスは軽く彼女に注告を入れた。
「ただ、その男は反六芒星教主義者ですのでお気をつけを」
「…分かった」
キアステンは頷くと、そこで彼女は自分の知る知識を前に紹介されるのが誰なのかを予想しながらレストランに入ると、そこで二人は椅子に座る。
「おとなしくね」
「うん…」
愛娘に軽く注意をすると、彼女はそこで絵本を開いて二人で読みながら待っていた。
呼んでいたのは古くからエルフィンドに伝わる物語。ベレリアント半島で育てていたアルミカはキアステンとアルフレッドから幼い頃から十分な教育を施していた。その一環として彼女にはキャメロット語と低地オルク語の二カ国語を教えていた。
「お待たせしました」
そこで絵本を読み聞かせているとトマスが話しかけ、その隣に一人の男を立たせていた。
「ヘンリル・フォードです。今回、彼をご紹介させていただきたいのです」
「お初にお目にかかります。キアステン様」
そこで紹介を賜ったヘンリルは少しばかり緊張をした様子で挨拶をすると、その妖艶で至って普通の優しい母に見えるレストランで料理を待つ女性を見た。これで一〇〇年以上を生きてきた魔種族なのかと言われると驚いてしまう。なにせエルフと言っても彼女には尖った耳がないのだから、キャメロット人と言われても頷いてしまう雰囲気があった。
「ええ、初めましてヘンリル・フォードさん」
そこでキアステンも子供を横に会釈をすると、彼女はそこで食事と共にトマスの仲介を受けながらヘンリルと話す。
「それで?今日はどのようなお話を?」
「は、はい。自動車を発明しようとしておりまして…」
「ふむ…お話ししてくれますか?」
「是非」
彼女はそこでヘンリルから己の構想を話す。その目は煌めきを持った希望に満ち溢れた顔をしていた。彼は世界中の人々が自動車を持って出かける事を望んでいた。
「…分かりました」
その話を聞き、静かに彼女は頷くと彼に言う。
「何年契約を結べば宜しいかしら?」
「っ…!!ありがとうございます。キアステン様」
彼はその前向きな返答に感謝をする。彼は友人トマスに連れられ誰と話すのかと思ったが、キアステンであれば納得だ。合衆国の資産家の中で彼女ほどこの国で著名な魔種族は居ない。エルフ族白エルフ種で国内の有力企業に多大な影響力を持つ彼女は、大統領さえ彼女に話すのは気を使うとさえ言わせるほどであった。
そんな人物から投資をしてくれると聞いて彼は震えた。
彼女のことは知っている。反六芒星教の立場である為に六芒星教信者と結婚をしたことは知っている。しかしエルフ族に子供を成すことはできない事も知っている。
彼女の隣で絵本を読んでいるエルフ族の少女もそうなのだろうと判断し、自分の中で目の前に座る女性の好意や、何より友人のトマスの顔を立てるために彼は投資を受けた。
そして後年、一度倒産をしつつも長らくの融資を受けた彼は世界初の安価に生産可能なT型フォードを発明した。その最初の工場生産車をヘンリルは多額の投資をしてくれたキアステンに献上した。
オリエンス号と名付けられたそれは、長年にわたって彼女の愛車として走り抜けた。
それからと言うもの、キアステン・ロスチルド・ラーセンは合衆国にて多大な貢献を果たした。
名門ロスチルド家の一員として、彼女はアルフレッドの妻として長年キャメロットとオルクセンの経済的な橋渡し役として君臨し、経済力を持って彼女は国を支えた。
そのアルフレッド・ロスチルド・ラーセンは第一次星欧大戦の最中に亡くなった。良き夫であったと今でも自信をもって言える。晩年までオルクセンで暮らした彼は、その前に亡くなった兄弟達に続くように亡くなった。長年の戦争によって相続税が高くなってしまった兄弟と違い、オルクセンで亡くなった彼はその影響を受ける事なく莫大な財産を私やアルミカに残した。
『この後も素晴らしい人を見つけてくれ。この世界には、僕より君を幸せにしてくれる人が必ずいるはずだ』
彼はそう言い残して妻子に看取られた。無論、分かっては居た事だがそれでも二人で泣きそうになったものだ。埋葬は遺言に従ってキャメロットの一族の墓で行った。
そして彼の残した莫大な財産が多額の税金によって持っていかれなかったことが、ロスチルドの没落を辛うじて没落から堪えさせていた。その事も理由の一つとなって、私達はオルクセン・ロスチルド家として正式にロスチルド家の末尾に加えられた。
私はアルフレッドが亡くなってから暫くの間、彼の遺言のように新しい夫を探すことはなかった。何せこの人生の中であれほど煌めいていた時期は無かったからだ。
無論、その遺言の事は他の一族の者達も知るところであり、私の憔悴具合を見て再婚を勧められた事もあったが、全てお断りさせてもらっていた。
娘は私を気遣ってくれて結婚をした後もファルマリアの屋敷に訪れてくれた。
そんな日々を過ごしていたある日、グロワールのロスチルド一族の家からある男が私の元を訪ねた。その男は私を見て婚約を申し込んだ。勿論最初はお断りをした。だが何度も彼は私の元を訪れて婚約を申し出た。
『貴女様が右隣に立つアルフレッド様を愛しておられるのはご存知です。ですので私を貴女の左隣に置かせていただけませんか?』
彼はそう言ったものなので、私は諦めてその申し出を受け入れた。二度目の成婚だ。時期は第二次星欧大戦が終わった頃だ。
グロワール人と再婚をした私は彼と子供を産んだ。今度はとても珍しい双子だ。無論、誰もがこの子供のことを快く迎え入れてくれた。
ーーー星歴九五四年七月。
「お母様!」
「うん、どうした?」
ファルマリアを一望できる丘の上の邸宅。そこで一人のエルフ族の少女が活発に庭を走り回っていた。
庭では昔から馴染みの侍従達が剪定を行っており、その隙間を縫うように子供達は庭を駆け回っていた。
「あまり走りすぎるなよ。転けるぞ」
キャメロット風のアフターヌーンティーを楽しみながら夫が呼びかけると、丁寧に整備された庭を走って彼女を同じような容姿の男児が追いかけて走り回っていた。
一応、ここで完結ということで。
短い期間のご愛読ありがとうございました。
毎度ながらの思いつきだったのですが、思いの外長く書くことになりました。
高評価をもらえて筆がついつい乗った結果です。感想を見て嬉しくなりながら書かせてもらいました。
追加で書きたいものが浮かんだら出すかもしれません。
ではまたの機会にお会いしましょう。