NTE 〜雨上がり、ココアの匂い。ココちゃんとレインマンの幕間任務〜   作:空山 零句

1 / 1



 今書いている別作品の息抜きも兼ねて、ミントと男主人公の鑑定士くんの幕間短編を書いてみました。バトル書くのたのちいね。

・ゲーム本編第3話〜第4話頃を想定した、原作メインストーリーの大筋は改変しない幕間のお話です。

・鑑定士は男主人公、名前は「零」としています。

・原作ゲームの台詞や用語を一部拡大解釈・補完する形で書いています。
・現状、公式資料として確認できるものがまだ少なく、主にゲーム内描写を参照しているため、公式設定と相違する部分があるかもしれません。その場合はご指摘いただけるとありがたいです。

・ミントとの恋愛関係性多め、独自解釈・独自の異象事件あり。
・投稿タイトルはハーメルン向けにしています。
・NTE沼ってる人、自由に感想書いていってください。
・この物語はフィクションです。実際の人物、団体等とは関係ありません。


 では、ミントと鑑定士・零くんのイチャラブ&バトル短編、お楽しみあれ。


 







第1話「ココアの匂いと、焦げた桜雨」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作:Hotta Studio

「NTE: Neverness To Everness」

 

 

著:空山 零句

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 " Wer mit Ungeheuern kämpft, mag zusehn, dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird. "

 " ────Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein. "

 

 

「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ」

 

「お前が長く深淵を覗くならば」

 

 

 

 

 

「──────深淵もまた等しく、お前を見返すのだから」

 

 

『善悪の彼岸』(第146節)

フリードリヒ・ニーチェより(1886)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NTE

 

- Jenseits von Gut und Böse -

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

「ココちゃんー!! こっちこっち!」

 

「ミント、お待たせ!」

 

 橋間地の中心。桜の木々が生い茂り、細かい桜の花弁が風に舞う。僕はその中で、軽く息を整える。そうして桜を眺めながら橋の真ん中で待っていた少女────ミントへ声をかけた。

 春の風は心地良い。橋の上に並ぶ桜が一際風に揺れ、薄桃色の花弁が漂う中、ミントの耳がぴくりと動くのが見えた。互いに目線が合う。すると彼女の尻尾がぶんぶんと振れた。ミントの表情も、瞬く間に一気に輝く。

 

「待ってないよ! 全然待ってないっ、あたしが先に来てただけだから!」

 

 ミントは両手を広げて、ぐるりと橋の上で回る。ご機嫌なその顔には、待ちきれなかった子どものような無邪気な笑みが浮かんでいた。

 猫耳の先が少し赤い。こういう所は、初めて出会った頃から何一つ変わらない。そんなことを思いながら、僕は苦笑する。

 

「えへへぇ、ね、ココちゃん! 今日はどこ行く? あたしね、アイス食べたいっ! あとね、骨董品屋の近くに新しいクレープ屋さんできたって聞いたの!」

 

「またアイス食べるの? この前みたいにお腹が緩くなるよ?」

 

「あははっ! だいじょーぶ! ほらこないだも言ったでしょ、その時はホットココア飲みに行けばいいんだよ!」

 

「ふふっ、言ってたね。……参ったな、永久機関がある意味誕生しちゃう?」

 

「そうそう!! あたしチョコミントならいくらでもいけるんだから♡」

 

 そうして何となく発した軽口に、ミントは胸を張った。その拍子に胸元までふよん、と無邪気に揺れて、本人はまるで気にしていない。僕だけが少し目のやり場に困って、視線を桜へ逃がす。「……」

 やれやれ。困ったものだと思う。だけどミントは、そんなこと知りもしないかのように、僕の腕へ自分の腕を絡ませてくる。この子の距離感、どうなってるのかな。本当に。

 

「あ、でもさでもさ、先クレープ行こ? 混む前に! お昼すぎると並ぶんだって、白蔵(ばいざん)隊長と九原(じょえん)先輩が言ってた!」

 

 満面の笑みを浮かべながら、そうしてミントは僕をぐいぐいと引っ張る。

 

「そ、そっか。それは、早めに行かないとね」

 

 異象の力を得た少女だからこそなのか、年頃の少女のそれとは思えないほど強い。解く理由も特に無いけど、妙に小っ恥ずかしい。これじゃまるで、と僕はそれをふと考えたところで、耳が少し熱くなる。考えないことにした。目線を木々に向けて誤魔化す。

 そうして桜並木の橋を二人で渡っていく。

 すれ違う通行人が微笑ましそうに振り返るのは、桜の下を歩く少女の尻尾と耳のせいか、それとも僕とミントの距離感の近さのおかげなのかは分からない。

 

「ねえねえココちゃん、今日のあたしの髪型どう? ちょっとだけ変えてみたの、気づいた?」

 

「え?」

 

 すると彼女はニヤニヤしつつくるっと横を向いて、腰まである長さのロングヘアをわざとらしく揺らしてみせる。

 空の青のような細かい青緑の髪色の毛束が細かく宙へ浮き、その色は桜の花びらの景色に溶けてしまいそうな程に綺麗だ。

 

「えっ、……あぁ……ほんとだ。えっと、髪型、いつもよりなんか細かく結ってる?」

 

 いつもはストレートのまま下ろされているはずの長い髪。

 だけど、今日に限っては両サイドの耳横に細かく結われた捻り編み込みのガーリーアレンジがされているのがよく見ると分かった。思わず僕は、彼女の髪型をじっと見つめる。

 

「そおそお!! さっすがココちゃんっ!! えっへへ〜、よく気づいたね! 昨日ちぃちゃんに教えてもらったの! サイドの編み込みってやつ!」

 

 ミントはさぞ嬉しそうに、まるでご機嫌な犬さながら耳をぺたんと倒す。そうしてもう一回くるっと回ってみせた。

 どちらかというと彼女の立ち振る舞いは猫のそれに近いはずなんだけど、こういう時のミントはテンションを高くしてしっぽを振りまくる犬のそれだ。

 

「似合う? ねぇねぇ似合ってる? えへへへへぇ♡」

 

「ふふっ。似合ってるよ。……なんか、やけにご機嫌だね?」

 

 僕の視線になにやら気を良くしたのか、ミントの足取りが更に軽くなっていく。桜の花びらがミント色の髪と混じるように風に舞い落ちて、まるで最初からそこにあったかのように景色を象る。

 やっぱり、通行人の何人かが思わず振り返るほどには、その光景は絵になっていた。

 

「だってぇ、きょーは久しぶりにココちゃんと遊ぶ日だもん! ご機嫌にもなるよぉ〜!」

 

 ミントは当然のようにそう言い放って、ぴょんと一歩先へ跳び出る。それから振り返って、逆光の中でにっと笑った。その笑顔に後光が差しているのは、桜のせいだけじゃない気がする。

 ────その時だった。

 橋を渡りきった先の交差点、クレープ屋がある方角から、何やら人だかりができているのに僕とミントは気づく。

 人々が足を止めて、ざわざわと騒いでいるのが見える。何かを指差す者、スマホを構える者。明らかに普通の雑踏とは違う空気が漂っていた。

 

「……ん?」

 

 ミントの足が止まる。耳がアンテナのようにくるっとそちらへ向いた。持ち前の圧倒的な鼻腔を活かすように鼻をひくひくさせ、目を細める。

 

「んんっ、待って、ココちゃん。なんか……変な匂いする。焦げ臭いっていうか……あと、なんか異能(アノマリー)っぽい気配?」

 

「え?」

 

 彼女の声のトーンが、ほんの少しだけ低くなった。ミント色の瞳が、人混みの奥をじっと見据えている。同時に、ポケットの中が震えた。

 

「! ヴェルテハイモー値が変動してる!?」

 

 アルフェード局長より渡された観測機が振動し、通常時においては確認出来ない濃度のヴェルテハイモー値の数値を手元の機器から僕達は確認する。

 周囲の空気が振動し、それに呼応する空気は、やけに湿っぽくなっていく。

 

「………っ、まさか、これ……!」

 

 付近が春の気候から途端に気候が歪み、一気に世界が色を変えていく。まるで梅雨の時期のそれのように。

 雨粒が肌に当たるたびに痛い。


 付近の店の看板の色は、雨に滲んで、曖昧に黒ずむ。

 影がネオンに纏わりつく。色のあった街並みが、黒白の異象空間へ少しずつ塗り替えられていく。まるで、現実と虚構の境目すらも、ゆっくりと侵食するかのように。

 やがて子どもの泣き声は水の中みたいに歪む。
 近くのクレープ屋の甘い匂いが、焦げた雨の匂いに塗り潰される。

 そして、人集りの向こう。「たすけてぇ、誰か!! だれかあ!!」と泣き叫ぶ二人の幼児達の悲鳴が響く。

 幼い子どもたちの背中の服ごと吊り上げる黒い爪。おどろおどろしく輪郭がユラユラと揺れ動き、現実と虚構の最中で黒い傘を片手に佇む『生物異能(バイオアノマリー)』───間違いない。

 

「……アイツ、“レインマン” か!!」

 

 空が暗い灰色に塗り潰されていく。

 数秒前まで澄み切っていた春の青空はもうどこにもなく、頭上には重苦しい雨雲が渦を巻いていた。異常気象──いや、これは異象災害だ。

 

「っ……!! 行こう!! ココちゃん!!」

 

「了解!!」

 

 僕────俺は、それに呼応するように叫ぶ。

 ミントの表情も一瞬で切り替わった。さっきまでの無邪気な少女の顔の面影は、そこには最早影も形もない。素早く返答し、全速力で走り出す。石畳の鈍い音が鼓膜に響き、思考すらも弾け飛ぶ。

 俺達は互いに腰を素早く曲げ、前傾姿勢のままその現場へ急行する様に駆ける。 

 頬、額へ暴風が押し当たる中、互いに孤盤(こばん)を展開────ミントは双剣を、俺はカタナを、一瞬の光の瞬きと共にそれぞれの利き手に握り締める。

 

「ココちゃん、あの子たち……! まずいよっ、人質に取られてるよ!?」

 

「ッ!! 小癪(こしゃく)なことを……!!」

 

 なんなんだ、あいつは。

 あのレインマン──従来のタイプより、凄まじく大きい。単純に目測だけでも約二倍。通常、レインマンは人とそんなに体躯は変わらないはず。

 

(アイツ……どうなってる!? なんなんだあの大きさ!)

 

 あの大きさは、少なく見積もってもLvIII。最悪、IV相当の生物異能に等しい。二メートルは優に超えている。

 黒い傘の下から覗く顔はのっぺりとした影のようで、感情というものが一切読み取れない。

 人集りはざわめき続ける。

 悲鳴をあげる女性、助けたいのに足が竦んでいる様子の出店の男達の合間を俺達は無理矢理通っていく。ミントは異象管理局より支給されるIDカードを掲げ、声の限り叫ぶ。

 

「ごめんなさいっっ、通して!! 通ります! 異象管理局、異象収容執行隊二課所属の者です!!」

 

「ッ……ココちゃん!! あたしが突っ込む! でもあの子たち巻き込んじゃう……! どうしたらいい!?」

 

 雨粒がぽつりと頬を打っていく。一滴、二滴──それが瞬く間に土砂降りへと変わっていく。子どもたちを掴む黒い爪を捉えたまま、ミントは俺へ訴える。

 

「───…………どうする、………っ」

 

 コンマ数秒の思考の中、俺はレインマンを見つめ、右手の武器を硬く握り締める。レインマンそのものは、通常大した強さじゃない。ミントと二人なら、十二分に撃退し、収容は可能な範囲の相手。

 けど問題は、対象によっては、狡猾かつ危険な形でごく稀に無関係な一般人を巻き込む習性を見せる個体がいるということ。コイツは、その亜種の可能性がある。

 そもそも、おかしいんだ。

 通常、レインマンは基本的にこんな人混みで目立つような形で出現は殆どしない習性のはず。一体何故。

 

(……コイツら、何が目的なんだ!?)

 

 どんな狙いでコイツらが動くか分からない。下手な手出しをすればあの子達にも危害が及ぶ。最悪、死にも繋がりかねない。判断を間違える訳には行かない。

 

(どうする。どうすれば……このままじゃあの二人の子達にも危険が及ぶ。気を紛らわす形でこいつらを誘導しないと……ッ)

 

(でも、それよりこの住人達を一刻も早くレインマンから遠ざけなきゃいけない。どうすればいいんだ、これ!)

 

 住人を守り、尚且つ人質に取られた子どもたちを安全に、確実に助ける為の打つ手が一瞬の間に浮かばない。思考が追いつかない。

 クソ、人質の子さえレインマンから離せたら一瞬の間に詰められるのに。答えが出ない。こうなれば、一か八か賭けに出るしか─────そう、歯を食いしばった、その瞬間。

 

「はいはい、皆さん下がってー! 危ないですよー!」

 

「!?」

 

 それは、聞き慣れた声。背後から飛んできた。

 人混みを縫うようにして現れたのは、紫と黒を基調とした艶やかな衣装を身に纏い、魔女の様な大きな帽子と共に二丁拳銃を腰に携えた女性の声。

 

「鑑定士さん、ミントちゃん! 無事かしら!」

 

 ─────まさか。

 

 その女性は、にこやかな笑顔を振りまきつつ群衆を誘導し始めている。その手際は見事なもので、パニック寸前だった人々が次々と後方へ下がっていく。

 俺たちは揃ってその姿を視界に捉えた途端、目を大きく見開き、思わず互いに華やぐ。

 

「うそお……!! 九原(じょえん)先輩ぃいいっ!?」

 

「九原さんっ!! 来てくれたんですか!?」

 

「たまたまよ! ステーリー急便に向かうドライブ中にヴェルテハイモー値が大きく上昇したのを確認したのと、分かりやすく周囲の空気がこんなふうになってるんだもの!」

 

「話は後よ、二人とも! こっちは任せて。一般人の避難は私が引き受けるから、そっちに集中して!」

 

「……!! はい!!」

 

 チャンス。九原さんの登場で道が開けた。レインマンとの距離、約十五メートル。雨脚は更に強まり、視界が悪くなってきている。

 爪が子どもたちの頬に迫る。このまま逃げられたらアウトだ。一気に腕を叩っ斬り、そのまま収容する────!!

 

「……ココちゃん! あたし、左から回り込む。あいつの注意を一瞬でも逸らせれば、あの子たち引っ張れると思う! 右から頼める?」

 

 低い声で囁くように言いながら、ミントは双剣の柄を握り直す。雨に濡れた毛先から雫が落ちる。

 

「了解……行くよ! ミント!」

 

「うん!!」

 

 そして、次の刹那。

 俺たちは、一気に動き出す。

 俺たちは同時に地面を蹴った。俺は右へ、ミントは左へ、石畳を打つ雨音の中、暴風のような雨粒が頬を叩く。それを無視して、二つの影が交差するようにレインマンを断つ為に突貫する。

 

「はぁぁああっ!!」

 

 ミントが先手を取った。閃光のような速度のまま、左側面から双剣を振りかぶり、斬り上げる一撃。胴体へ攻撃を受けたレインマンの意識がそちらへ向く──その時。

 左の黒い爪がわずかに緩む。ナイスだ、ミント。子どもの片方が地面に落下する。今だ─────間に合え!!

 

(枠決め──────……残滓(ざんし)を一掃するッッッ!!)

 

「おおぉぉぉっっ!!」

 

 俺も一気に間合いを詰め、残されたもう一人の子どもを掴む爪目掛けて、一気にカタナを振り下ろす。

 異象の奇点目掛け、無形、無声の闇ごと、光を纏った刃が黒い腕を断ち切る。奴の片腕は惨めに吹き飛ぶ。

 

「うっ、うわぁあああぁああああっ!!」

 

 そしてそれを機に、子どもは三メートル近くの高さから堕ちていく。悲鳴を上げ、宙へ放り出されていく男児。

 

「ッ!!」

 

 それを俺は咄嗟に空中で彼を抱き止める。

 だが、レインマンは痛みに怯まない。むしろ、切断された腕が雨に溶けるように再生し始めるのが視界の端に映り込む。

 

「ッ!? 何……!!」

 

 なん、だって。

 しまった、まずい。通常個体よりも圧倒的に再生が早い。

 傘の下から覗く影のような顔が、ぎょろり、と一気にこちらを向く。黒い、狂気と黒闇を孕む表情が、俺の眼を捉えた。

 

「────────ァ※△AVQhcs※……アAa%6vb~dfkic※※※※※!!」

 

「……ッッ!!」

 

「ココちゃんっ、後ろ!!」

 

 背後へ目を向ける。

 奴は残った触手の様な腕を瞬きの間に伸ばす。その瞬間、雨粒が弾丸のように硬質化し、俺と子どもを目掛けて無数に飛来しようと瞬時に狙いを定めた。

 ────コイツ。コレはLvIV相当の局所環境干渉。周囲の雨そのものを武器に変えてくるタイプか。腕の中には子ども。回避が取れない。ヤバい、せめてこの子だけでも────。

 

「させないッッ!!」

 

「っ!?」

 

 その刹那、ミントは双剣の片割れを投擲した。

 投げ飛ばされた刃は硬質化し宙に浮く雨粒ごと、さながらブーメランのように弧を描いて奴のもう片方の腕を弾き飛ばす。それにより、辛うじて俺と子どもは攻撃を免れる。

 

(ミント……助かった!!)

 

 そして、それを合図に彼女はレインマンへ光のような速さで突撃─────一気に距離を詰める。怯んだレインマンは、その反応に追いつけない。

 

「キャッチ……!! やっと隙を見せたね……喰らえ……!!」

 

 彼女は、主の元へ還るように左手へ舞い戻った双刀の片割れを力強く掴む。目を大きく剥き、全集中した意識を、奴を断つ事のみに専心するように。

 双剣へ『霊異能』の薄緑の輝きを瞬時に纏わせ───────

 

「ミント最終奥義ッッ!!」

 

「サンダー無敵トーマス……旋回疾風斬ッッッ!!!」

 

 ───────相も変わらず、ネーミングセンスは壊滅的。だけど、その威力は本物。その輝きには、初対面の時から何度も助けられた。

 

 斬撃の爆音が、一気に街並みに衝撃波と共に周囲に響く。爆ぜた一撃は、周囲の雨粒をまとめて吹き飛ばし、濡れた石畳に白い霊光の軌跡を刻む。

 

 双剣から放たれた薄緑の霊光は、交差するようにレインマンを斜めに斬り裂く。

 

 両腕を飛ばされた黒い体躯が大きく仰け反り、傘が吹き飛ぶ。奴の輪郭がぐにゃりと歪む。やがて、実体と非実体の境界が崩壊していく。

 レインマンはノイズ混じりのまま、声なき悲鳴をあげる。聞くに絶えない絶叫が、周囲の空気に木霊していく。

 

「────────※△※※※ァ゛uffyyu※c%urAaaaaaaaaX%hv%ustiudrd~gejb*rkdgi─────%Xbァガ────!?」

 

 今だ。子どもを片腕で抱えたまま、空いた右手で収容用の端末を取り出す。

 

「収容ッ!!」

 

 次の瞬間。光の帯がレインマンを包み込み、抵抗する間もなくその黒い影は端末へ吸い込まれていった。

 最後の一瞬。

 影の口元が、俺からはかすかに笑ったように見えた。

 

「…………はぁ、はぁ、っは、……」

 

 雨が止む。今更のように全力疾走で駆け抜け、奴と戦った際の反動のような呼吸の乱れと、全身の毛穴から湧くような熱が体を襲う。

 汗が、安堵して弛緩した僕の近くで立つミントの頬から浸り落ちていく。先程までの光景が嘘のように晴れ間が差し込んで、濡れた石畳に光が反射し、虹と光のカーテンが映り込む。周囲で見守っていた人々から、どよめきと歓声が同時に上がる。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 ミントはいよいよ膝に手をつき、肩で息をしていた。びしょ濡れの髪が頬に張り付いて、サイドの編み込みが半分(ほど)けかけていた。

 

「二人ともよくやったわ!! 怪我はないかしら?」

 

 群衆の避難を完了させた九原さんが、小走りで駆け寄ってくる。

 

「何とか……かなり手強い “レインマン” でした。相当手練れなのか。僕一人では、正直子どもを助けられるか危うかったので、ミントと九原さんのおかげです」

 

「ふふ、お礼なんていいのよ。たまたま通りかかっただけなんだから。……でも」

 

 九原さんは俺────いや、僕の腕の中で泣きじゃくる子どもへ視線を落とし、そっとしゃがみ込む。

 

「ほら、もう大丈夫よ。お姉さんたちが悪いの追い払ったからね」

 

「ッ………うっ、うぁあぁぁん!」

 

 男児は九原さんの顔を見て一瞬びくりとしたが、すぐにその温かい声に安心したのか、わんわんと泣きながら彼女にしがみついた。

 よしよし、と優しく九原さんはその子を撫でた。

 もう一人の子ども──最初に落下した方の女児──は呼吸は安定している。見たところ幸い怪我もなかった。無論、命に別状はなさそうだ。僕とミントは一気に胸をなでおろす。

 

「よ、よかったぁ〜……」

 

「………ふー……」

 

 そのまま、へなへなとその場に座り込むミント。双剣が光の粒子となって消えていく。息を整えながら僕もカタナを手から離す。すると、それに呼応する様に刃もまた姿を消した。

 やがて、張り詰めていた空気が一気に弛緩する。晴れ間から差す光が濡れた地面を温め始めていた。

 

「えへへぇ……はぁっ……はぁ、あたし、奥義決めちゃった……今日もキレッキレだったなぁ……」

 

「九原さん、見ててくれた? あたしの最終奥義、めっちゃ効いたでしょ?」

 

「ふふ、相変わらず技名のセンスはアレだけどね」

 

「えっ、カッコよくない!? サンダー無敵トーマス──」

 

「はいはい。まあ技名はともかく、威力は申し分なかったわね。偉いわ、ミントちゃん。……でもまさか、また報告書でその名前を書く気かしら」

 

「えっ、ダメ? かっこいいのに……」

 

「ふふっ。一度、技名の検討が必要ね。────それより」

 

 九原さんは濡れた帽子の鍔を指先で持ち上げながら、晴れ間の戻った空を仰いだ。その目が一瞬、鋭く細まる。

 

「LvIV相当のレインマンが、こんな人通りの多い場所に突然現れるなんて。しかも子どもを狙うなんて、ね。……ちょっと妙だと思わない?」

 

「………………」

 

 僕はそれを聞いて、無意識に眉間に力が入る。それもそのはず。九原さんの言う通りだ。

 

 レインマンは本来、降雨を伴う局所的な環境侵食型の異象であり、実体と非実体の境界が曖昧な厄介な存在。

 奴らがこんな活動をするなんて、J.T.F(統合タスクフォースチーム)からの報告でもほとんど聞いたことがない。いったい、どういうことなんだろう。

 腕の中で泣きじゃくっていた男児が、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。もう一人の女児の方も、母親らしき女性に抱きしめられて大声で泣いている。

 女性は「ありがとうございます、ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいか!」と泣きながら何度もこちらへ頭を下げてきた。僕は男児を落ち着かせながら、ゆっくりと一緒に立ち上がる。そうして、女児の親御さんへ笑顔でお辞儀を返す。

 

「無事でよかったー!! 怪我はしてない? よく頑張ったね!!」

 

 そう言ってミントは無邪気な笑顔で母親の手を握る女児と男児の頭を撫で回す。二人は安心しきったように微笑む。

 ……二人とも無事。結果だけ見れば上出来だ。収容も出来た。だけど、九原さんの指摘は的を射ていた。レインマンは本来、廃墟や雨天の路地裏といった人気のない場所に基本発生する。そして、Lvは大概III相当が良い所のはず。

 だというのに、こんな昼間の商業区画。

 しかも明確に人間を標的にして現れた例は、この最近僕の知る限りの情報ではほとんど聞いた事は無い。考えても、まるで情報の点と点が線で繋がらなかった。

 ここ最近、この手の出来事は別に今回に限った話ではないとはいえ、こうも続くと困る。

 ミントもまた、打って変わって険しい表情で顎へ手を添え、うーんと唸る。

 

「確かに……あたしも変だなって思った。あいつ、最初からあの子たち狙ってたよね。逃げる素振りもなかったし。基本、レインマンはここまで分かりやすく人を襲うことってあまりしないはずなんだけど」

 

「……レインマンは、本来は環境侵食型。実体と非実体の境界が曖昧なタイプの異象。ここまで人間を明確に狙うタイプじゃないはずですよね、九原さん」

 

「……そうよ。私も知る限り、鑑定士さんの言う通り。その認識で合ってるわ」

 

「………この件、管理局に報告した方がいいわね。(ほとり)さんにも共有しておいた方がいいかも。鑑定士さん、伝えておいてくれるかしら? 私もそろそろジェンソンの元へ戻らなきゃなのよね」

 

「はい! もちろん………ん?」

 

 九原さんがスマホを取り出したその時、僕の端末が短く振動した。画面には通知が一件。

 差出人は───────アルフェード局長だって?

 

『至急連絡を。同種の事例が本日午前だけで既に三件報告されているLvIV異象『レインマン』亜種について質問がある』

 

「………なんだ、これ? アイツら、LvIVで固定されてる……!」

 

「え? どうしたのココちゃん?!」

 

 不思議そうにミントはこちらへ顔を寄せてくる。僕の中で疑問は湯水のように一気に溢れてくる。なんだ、これは。局長からわざわざこんな形で連絡が来る? 緊急伝達ってことなのか。

 

「…………………!?」

 

 思わず、僕は目を見開く。そこに書かれていた内容は目を疑うものだった。

 端末の画面をスクロールする指が止まらない。局長からのメッセージは続けて六件。リアルタイムで届く。

 

『場所はいずれも橋間地商業区画。時間帯は昼前後。共通点としては周囲に異能奇点の残滓反応が微弱ながら検出されていること』

 

『加えて、突如として急激にヴェルテハイモー値を上昇させながら一般人へ襲い掛かっているというこの二点だ。さながら、自らの存在を誇示でもするような個体のようにな』

 

『故に、何者かが意図的にレインマンを誘導している可能性もJ.T.Fの報告によると考えられる』

 

『既に異象ハンターにおいて重軽傷を負った者の報告も聞いている。現在、これらレインマンの亜種は暫定でLvIV異象として扱っているが、場合によってはLvVへの格上も検討段階だ。その場合、こちらでもE.T.D(禁制機動隊)からの精鋭を割かなければならない』

 

『それもあって、今回は異例の形だが、現在エイボンにも調査依頼を出している。何せ、こちらもここ最近は深刻な人手不足だからな』

 

『よって鑑定士の君にも異能奇点、及び原因調査を頼みたい。明日以降、私の方でも収容六課、及びE.T.Dよりファルディーヤか、白蔵(ばいざん)のどちらかを向かわせる予定だ』

 

「……………」

 

「どうしたの、鑑定士さん。そんな顔して。何かあった?」

 

「…………九原さん、これ」

 

 僕は端末を九原さんへ向けた。彼女は画面に目を通すにつれ、その柔和な表情が徐々に硬くなっていく。

 

「今回のようなケースが同日で三件……しかも異能奇点の残滓ですって? 偶然にしては出来すぎてるわね」

 

「ちょ、見せて見せて!」

 

 ミントが横からひょいと覗き込む。「うへぇ」と顔をしかめた。

 

「つまりさ、これ、もしかして誰かがわざとレインマンここに呼び出してる可能性あるってこと?」

 

「その線も有り得る、ということよ。……鑑定士さん。この感じ、おそらく局長から報告は行ってるでしょうけど、……一応(ほとり)さんに共有してもらえる? あと」

 

 九原さんは腰の二丁拳銃を軽く叩きながら、いつものお姉さん然とした笑顔を引っ込めた。代わりに浮かんだのは、ステーリー急便の配達員としてではなく、情報収集のプロフェッショナルとしての顔だった。

 

「私も少し独自に探りを入れてみるわ。一般人にまで被害が出てるとなると、話は別だから……ジェンソンと一緒にね」

 

「……あたし達はどうする? ココちゃん」

 

「………そう、だね」

 

 雨上がりの街は何事もなかったかのように賑わいを取り戻しつつあった。だが、その平穏の裏で何かが(うごめ)いている。奇点を操作できる存在か、なにかの手によって。

 いや。まだ断言はできない。そうと決まったわけじゃないんだ。

 でも。

 

「………」

 

「─────どう、しようか」

 

 これはいったい、何が起こっているのだろう。

 僕はそうして、間もなく黄昏時を迎える空をミントと眺めながら、次のことを考えることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












Jenseits von Gut und Böse

訳:『善悪の彼岸』
フリードリヒ・ニーチェ




有名過ぎますね、コレ。
今回はこれをテーマの短編連載を書こうかと。もうひとつの方が最優先なので、いつ更新するかは未定です。

需要あったら、続き書くかもしれません。とりあえず勢いで書いちゃったので置くだけ置いときます。

もし良ければご感想をお待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。