杖をついて歩く。
この行為に心理的拒否感を持つ人は意外に多い。
年寄りに見られたくない。
身体障害者と自分で認めたくない。
怪我の説明を求められるのが億劫だ。
理由は様々。
そんな人達のニーズに応えようという男が一人。

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杖をついているとバレない杖開発日誌

医療機器メーカーに勤める内村忠夫は頭を抱えていた。

同じ会社の営業部より、

「病院から、『杖が必要な人が持ち歩くのに抵抗が無い杖を作ってくれないか?』と言われたから、考えてみて」

と依頼されたのだ。

 

杖をついて歩く。

これがなかなかに抵抗感があるという声は以前よりあった。

年配の方に聞くと、

「わしはまだまだ若いもんには負けん!」

と無駄に負けん気を発揮させてしまい。

身体障害者の方に聞くと、

「自分が身体障害者だと認める様で悔しい」

と言う理由で敬遠してしまうらしい。

怪我をして一時的に杖に頼らざるを得ない人も、

「いちいち症状やら怪我の事を聞かれ、説明が面倒だ」

と敢えて杖を使わずに怪我が長引くなんて事まであると言う。

登山で使う杖は皆んな平気で使うのに、

日常生活で杖に助けてもらうのは潔しとしない。

そう言う人が、驚くほど多くいるらしい。

 

そういった人達が気兼ねなく杖を持ち歩ける

そんな杖を開発しろというのだ。

ちょくちょく話題になっては、

花柄模様でおしゃれにしたり、

材質をアルミ製にして細いシャープなデザインに変えたり、

使う時以外は折り畳んでしまえる様にしたりと、

改良は重ねているのだけど、未だ抜本的解決には至っていない。

なんと言っても杖そのものに対するイメージにネガティブな

ものが多いのだから、そこを解決しないとユーザーの拡大は

難しい。

その上、最近は百均ですら杖を取り扱っているという。

これは競合他社の多さを物語っている。

競合が多ければ当然価格競争が起きる。

要するに対して儲かる商品では無いという事だ。

だから開発コストもあまりかけられない。

外部のデザイナーに頼む予算なども無いから

自分達だけで考えなきゃいけない。

だけど、内村も開発部として受けた依頼ではあったが、

あくまで今までの仕事と掛け持ちだから、

そんなに時間を割く事も出来ず、

これというアイデアを出す事が出来なかった。

 

そんな内村が休日に家族で京都に行った時の事だ。

観光地として世界的に有名な京都だけあって、

街には外国からの観光客が溢れていた。

ふと内村の子供が、

「パパ!あれ見て!」

と言うので見て、内村は一瞬ギョッとする。

子供が見る方向にいた外国人観光客が日本刀を持っていたのだ。

しかしすぐにそれが、日本刀風の傘だと気づいた。

「ははっ、あれはな、傘なんだよ。」

と子供に説明しつつ、

その本物そっくりに作られた刀の柄の様な傘の持ち手に

「それにしてもよく出来ているね」

と感心すると同時に、何やらアイデアが舞い降りた。

「なるほど、杖にネガティブなイメージがあるなら杖だと分からなくすれば良いんだ!」

そう叫ぶと、

「でかしたぞ!」

と息子を高く持ち上げてやった。

 

次の日、内村は早速アイデアをまとめる作業に入った。

杖を杖だと分からなくする。

杖を何か別のものに擬態させるのだ。

その上で杖として使っても周りが気にしないもの。

既に昨日このアイデアを考え出した時点でそれは決まっていた。

それは「傘」だ。

傘は長い為、横に持って歩くと前後の人に当たって危ない。

そこで多くの人達は傘を縦に持つのだ。

そうすると長い為、地面に傘の先が当たる。

それならばいっそと杖の様に地面につけて歩く人が一定数いる。

まさに杖に擬態させる為に生まれてきたと言っても過言では無い。

それが傘だったのだ!

新しい杖の開発はここから一気に加速する。

傘に模した杖。

と言えばなんだか大変そうだけど、平たく言えば、

杖としても使える傘を作れば良いだけなのだ。

もっと簡単に言えば、折れないようシャフト部分を固く、丈夫な

材質に変えれば良いだけ。

しかも、杖の材質については既にいくつも商品を抱えている

内村の会社にとっても、これは有り難かった。

シャフトの強化に続いて、傘としての機能にも着手した。

あくまで「傘」としては最低限度で良い。

なんと言っても優先するべきは杖としての「耐久性」と

「使い易さ」なのだから。

一応は傘として使える程度の部品や強度だけ残し、

あとバッサリと切り捨てた。

そして傘としても使える杖、

「あくまで杖です」が完成した。

 

新商品「あくまで杖です」は当初あまり売れなかった。

あまりに傘に擬態し過ぎて、店内で杖としてお客さんから

認識されなかったのだ。

しかし、とある足に障害があるユーチューバーが、

自らのチャンネルで取り上げた事で少しずつ認知され始め、

売れ行きも右肩上がりとなっていった。

特に、日頃の不摂生で通風になってしまった人や、

年甲斐もなく調子に乗って足を捻挫してしまった人など、

あまり世間的に大っぴらにしたく無いという人達に、

「通風になった事を家族に悟られ無いので重宝してます!」

「同僚から『何して怪我したんです?』と聞かれずに済んで助かりました!」

と喜びの声が多く届いた。

中には、

「子供がすぐに傘に寄り掛かって潰すので、あくまで杖ですを与えたところ、折らずに使えています!」

と予期せぬニーズすら取り込む事が出来た。

そして、ついにはその年のグッドデザインアワードで大賞に選ばれる。

 

会社からも金一封が出てホクホク顔の内村。

しかし、その目は既に次なる商品のアイデアに向いていた。

次なる商品は「キャリーケース型手押し車」。

高齢者の方々の転倒防止用に使っている手押し車をキャリーケースに

擬態させようと言うのだ。

内村忠夫の挑戦はまだまだ終わらないのであった。

 


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