地方ライブを終えたPと清夏が同じホテルの部屋に入ってしまうお話。
NIA~STEP3の間くらいの時系列。
大阪でのライブを終えたあたしたち。頑張った疲れを癒やすために浪速の美味しいご飯を食べて、後はホテルで寝るだけ……だったんだけど。
「その、重ね重ね申し訳ありません清夏さん。まさかこのようなことになってしまうとは……」
「い、いやいや。Pっちが謝ることじゃないっしょ!」
ホテルのミスだとかで二部屋取ったはずが片方が埋まっていて、あたしたちの部屋は一つだけになって。
他のホテルで泊まれないかPっちが調べてくれたけど、既に遅い時間だったのもあって見つからず。
『清夏さんは予約していたホテルに向かってください。俺は漫喫なりネットカフェなりで何とかします』とか言い出すPっちを『Pっちにもちゃんと睡眠を取ってほしい』とどうにか引き止めて。
それで、今。
あたしたちの前には、一つきりのベッドがあった。
あ、あれ?
もしかしなくてもコレ、Pっちと一つのベッドで寝るってこと??
い、いや。分かってた。頭では分かってるつもりだった。覚悟もしてたつもり。
でもいざ部屋にたどり着いてしまうと急に実感が湧いて、パニックになってしまいそうだった。
「清夏さん、俺は別に床でも全然……」
「な、ななな何言ってんのPっち! そんなのネカフェ以下じゃん! ホテル来た意味ないって!」
「しかし、それでは清夏さんも落ち着いて眠れないでしょうし……」
「だ大丈夫だし!? Pっちは変なことしないって信じてるから?! へ、へーきですけど?!」
いや全然ムリ! 今だってもう緊張で心臓バクバク目ギンギンだもん! ライブの時より緊張しちゃってる!!
でも、Pっちに床で寝させるほうがもっと嫌だ。Pっちがあたしの体を大事に思ってるのはわかるけど、あたしだってPっちには体を大事にしてほしいって思ってるんだから!
「………わかり、ました。では、汗を流して早く寝ましょう。清夏さん、お先にどうぞ」
言いながら、Pっちが財布とスマホを手に取る。
「Pっち…どこいくの?」
「コンビニです。上がったら連絡してください。何か買ってほしいものはありますか?」
「じゃ、じゃああたし、ジャスミンティーがいい」
「ノンカフェインのやつを探しておきますね」
シャワーのお湯で冷や汗とか、ホテルについてから何故か滲み出した汗を流していく。
一通り流し終えたあたしは、胸元で飛沫が弾けるのをぼーっと眺めていた。
(なんだか、ずっと夢見てるみたい)
色んなことに現実感がなくて、ちゃんと床に立ててるか自信がないくらい。
(Pっちは、あたしに変なことしたり、しない。……たぶん)
Pっちのオトナなところを信じる気持ちに嘘はない。ケド、それと同じくらい―――
もし、ベッドの中でPっちに迫られたら。
抱きしめられて、愛を囁かれながら求められたら。
あたしは―――きっと。
(断れない……ううん。断らない……だろうなー……)
何かされてもいい。健全なプロデューサーとアイドルの関係が終わってしまっても、その先に進めるのなら。
『それでもいい』。なんて考えてしまうくらいには、あたしの中でPっちは大切で、離したくない存在になっていた。
(っと、いけないいけない。早く上がってPっちにもシャワー浴びてもらわないと)
頭をぶんぶん振って雑念を追い出す。シャワーから上がって身体を拭いて――念入りに歯磨きして――、手早く寝る前のケアを済ませ、備え付けのガウンを着てPっちに連絡。
戻ってきたPっちからジャスミンティーを受け取ると、入れ替わるようにPっちが脱衣所に入っていった。
ベッドに腰掛けて、ペットボトルに口をつける。
「んー……やっぱダメかぁ」
リラックス効果を期待して買ってもらっちゃったけど、あんまり効いてる気がしない。単に効果が弱いのか、この状況へのドキドキのほうが強いのか――
さああ、と。シャワーの音がかすかに聞こえた。
「!!!」
肩がびくりと震える。壁越しの1m先で、扉一枚で隔てられた部屋の中で。Pっちが一糸纏わぬ姿でシャワーを浴びている。
フィクションの中で何度も見たことあるシチュエーション。お話の中ならこの後、二人は……。
(い、いやいや。だからPっちはそういうコトしないってば! いつだってあたしを大切にしてくれて、だから今回だって……)
でも。
それは単に。
Pっちは、あたしの容姿を褒めてくれる。でも、それはなんというか客観的な話で、Pっちがあたしの事を好きかまでは言ってくれないし、からかい混じりに聞いても答えてくれたことは無い。
「っ……」
なぜか胸が苦しくなって、ガウンの胸元を握りしめる。
綺麗だと思うことと、恋愛感情を持つことは同じじゃない。もしかしたらPっちはあたしの事―――
「お待たせしました。清夏さん」
「ひゃひ!?」
モヤモヤとネガティブ思考をしてたら、いつの間にかPっちが脱衣所から出てきてた。
あたしと同じガウンを着ているだけなのに、普段とまるで雰囲気が違う。いつもはカッチリとスーツを着こなしてるから、首元が見えるラフさがギャップになってて。
日焼けのない首元の白い肌がほんのり赤くて、なんだかアダルティな―――
「清夏さん? 何か変でしょうか」
「!! い、いいいいや!? なんでもないですケド?!」
ついついPっちの鎖骨周りをガン見してた顔を慌てて逸らす。うああ、これじゃあたしの方がPっちをえっちな目で見てるみたいじゃん……!
「……大丈夫ですか? やはりベッドは清夏さんが」
「だっ、大丈夫だって! ほら、早く寝るよPっち! 夜更かしは身体に悪いんだから!!」
空いたペットボトルをゴミ箱に捨てて、シーツを捲りあげてベッドに潜り込む。Pっちと向き合えなくて、背中を向ける感じになった。
「……わかりました。お言葉に甘えて失礼します。少し狭くなるので、我慢できなかったら言ってください」
「〜〜っ」
Pっちは、どこまでもあたしを第一に考えてくれてる。けどそれはいつだって、プロデューサーとしての気遣いだったように思えて。
あたしは、Pっちの気持ちを何も知らない。そんな感覚に囚われていた。
一つのベッドで、背中合わせであたし達は横になっている。もう、二十分くらいは経ったと思うけど、やっぱりっていうか案の定っていうか。Pっちはあたしに何もしてこなかった。
その間、あたしはずっと寝付ける見込みもなく、ぐるぐると悪い考えばかり頭のなかで繰り返して、気分を沈ませ続けていた。
寝なきゃと思うほどに、眠気は遠ざかっていく。ライブの疲れも、今のあたしには何も齎してくれなかった。
邪魔になるかもと思って我慢していたけど、もう限界で。あたしは遂に、口を開いてしまう。
「ねえ、Pっち。…起きてる?」
「……はい」
遅れた返事。眠いのかな、それとも応えるべきか迷ったのかな。Pっちの頭の中を想像してみても答えは出てこない。だってあたし、Pっちの事何も知らないから。
「ご、ごめんね? へーきって言ったのに、こんな調子で……」
「それについては気にしていません。清夏さんが十分に休めるかだけ心配です」
「………」
また、それだ。
あたしのプロデューサーだから、あたしの心配をしてくれる。けれどもそこに、Pっちの気持ちはあるの?
(Pっちは、あたしの事異性として見てるの……?)
声に出せたら、どれだけ良かったか。でもできっこない。リーリヤみたいに、がむしゃらにはなれない。
「眠くなるまで、さ。話に付き合ってよ」
「いいですよ」
だから、こんな聞き方になってしまう。
「Pっち、今日のライブ…どうだった?」
「素晴らしかったですよ。清夏さんの踊りに誰も彼も釘付けでした。関西圏のファンも増えるでしょう」
「……そっか」
そうじゃない。あたしがPっちから聞きたい言葉は。
「Pっち的には……どう?」
「? ですから素晴らしかったと」
「そうじゃ、なくて」
少し落ち着いていた心臓の鼓動が、また強く鳴り出す。Pっちの方に顔を向ける勇気もないままに。
「Pっちは、その。あたしのどんな所が魅力だと思う?」
「まず、ダンスパフォーマンスの能力は清夏さんの持つ大きな長所です。同学年……いや、初星学園全体で見ても既にトップレベルの実力がある。加えてビジュアル面も、陽光とその陰を内包する二面性は見る者を惹きつける―――」
「も、もういいよPっち。ストップ!」
気恥ずかしさからシーツで口元を隠していたので、もごもごしつつもPっちの評論を止めさせる。
ダメだ。またプロデューサーとしての言葉。
ごめんね、ウザいよね。でも、もう、あたし、聞くまで止まれない。
「清夏さん?」
「違う、違うの。あたし、が。Pっちに聞きたいこと」
「申し訳ありません、意図を汲めず」
「―――ッ」
謝らないで。
悪いのはあたし。間違ってるのはあたし。
なのにPっちに謝られたらあたし、もっともっと――惨めになる。
「謝らないでよッ!」
「!?」
背を向けたまま吐き出した声は、あたしが思っていたより大きくて。『ああ、感情が決壊するってこういうことか』と他人事みたいに気付いた。
「Pっちは今、何とも思ってないの!? あたしは思ってる! 最初からずっと、ドキドキして! Pっちと背中が触れ合って、『男の人の背中って熱いんだ』とか、『リーリヤとの時よりベッドが狭く感じる』とか! 」
堰を切ったようにムシャクシャした気持ちが吐き出される。泣きそうなくらいみっともない、あたしのねじ曲がった感情が。
「Pっち……あたし、魅力無いかな。Pっちにとってあたしは、ただの担当アイドルでしかないのかな……」
あーあ、あたしって面倒くさい。自分から誘っておいて、こんなことばかり考えて……。Pっちに甘えて、縋って、依存しまくって。挙句に癇癪起こして。
嫌いに、なっちゃったかな。嫌い、に―――
シーツを握りしめて足を畳んで、縮こまってPっちの言葉を待つ。あたしの想像を裏切ってくれることを浅ましくも期待して。
長い――あたしの体感だけど――沈黙があって。
「……これは、独り言です」
「?」
「担当アイドルの前では努めて冷静でいるよう心がけていますが、プロデューサー科の一年なんて所詮は未成年の青二才なんです。誤った欲望をいかに抑え込んで、プロデュースの熱意に変換するか、日夜苦労する程度には未熟。今だって爆発してしまいそうな何かと必死に戦っている最中です」
突然耳にたたき込まれた情報は、予想もしていなかったもので。
「へ? えっ」
するり、と。Pっちの――男の人の両腕が、あたしの肩を抱きよせる。いつの間にかPっちは身体を翻し、あたしに向けていた。
「我慢しているだけなんですよ、俺は。我慢していると悟られないくらい、我慢しているんです」
耳元で吐き出される、Pっちの言葉一つ一つに、熱が篭っていた。
まるで、立場が無ければ今すぐにでも――なんて、考えてそうなくらいの熱が。
「当然です。俺はプロデューサーで、貴女はアイドルだから。傷付けるような真似を、してはならない。だから、押し込んでひた隠しにしているんです」
「………ぁ」
夢かと思うほどにあっさり両腕が解かれる。
「今回は、俺が我慢しすぎたせいで清夏さんを悲しませたようなので、本音を言いました。……これっきりですよ」
「P、っち――」
ようやく聞けたPっちの本音。言葉もだけど、ほんの短い間だけ回された腕に、抱き寄せられて背中が埋まったPっちの胸板。その全ての熱にあてられたように、全身がかあっと熱くなる。
だから、かな。熱に浮かされたあたしは、ついつい考えちゃった。
「――Pっちは、あたしを傷付けたいんだ?」
今すぐ、Pっちに求められたい。
Pっちの我慢の壁を壊して、あたしの身体と心―――大切な気持ち。Pっちにさらけ出して、Pっちのものにしてほしい。
Pっちの身体が震えたのが、私の背中に伝わってくる。図星なんだ。
「言ったでしょう。してはならないと――」
Pっちの言葉を待たず、あたしも身体を返して向かい合う形になる。
暗くて良くは見えないけれど、何かを堪えているような雰囲気があった。
「Pっち……あたし、まだ時々思い出すんだ。怪我した時のこと。思い出しては、怖くなって」
「……清夏さん」
嘘じゃない。思い出すのも、怖いのも本当。だけど言うほど深刻には捉えてない。あたしにはPっちがいるから。
でも、Pっちには効果てきめんみたい。声から真剣に心配する気持ちが伝わってくる。
ああ、あたしって悪い女だ。トラウマさえダシにして、Pっちの優しさに付け込んでる。
「仕方のない事です。心の傷を癒すには長い時間がかかるものですから」
「そーだね。でも、あたし知ってるんだ。もっと手っ取り早い方法」
「……何を」
どくん。どくんって。心臓がうるさく鳴ってる。頭は沸騰しそうなのに驚くほどすらすらと言葉が出ていた。
「上書きするの。怪我のことなんて覆い隠しちゃうくらいの、深くて重たーい傷で」
「!」
Pっちも気付くよね。こんなのただの建前だって。
だけどそうでしょ? 担当アイドルのために手を出さないってことは―――
「落ち着いてください、清夏さん。それは、正しい療法ではありません。より適切な――」
Pっちの首に腕を回す。抱き寄せたりはしない。ただ引っかけるだけ。
近付くのはあたしから。
首を伸ばして。そっと、耳元で囁く。
「わかってよ、Pっち」
「っ」
あたしは、もう
Pっちもそうでしょ?
アイドルとしてのあたしを大事にしてくれるのは、Pっちのいいところ。
でも。
「これ以上――恥かかせないでよ、バカ」
「…………、………っ」
「ひゃっ!」
急にPっちの腕があたしの腰に回って、押しつけるように抱き寄せられる。ぎゅう、と身体が密着して、背中合わせの時より直に体温が伝わってくる。
「……可愛らしい、悲鳴ですね」
「……うざ」
それに、腕にこもったちょっと痛いくらいの力。『もうあたしを離さないぞ』って、宣言されてるみたい。
Pっちの胸で視界が埋まって、ちょっと苦しくて少し怖くて。でも心が満たされて、とんでもなく嬉しい。
「清夏さん、こちらを見てください」
「? ―――っ」
顔を上げるとPっちと目が合って、思わず息を呑んだ。
目が、ギラギラしてる。あたしだけに向けられた、灼けるような欲望を秘めた瞳。
「流石にそこまで言われては、俺ももう後には引きません」
「ぴ、Pっち……」
Pっちがあまりにも堅物だから、あたしは見誤ってたのかもしれない。Pっちがあたしに向けてた思いの丈を。
「お望み通り、上書きしましょうか。怪我のことなんて、欠片も残らなくなるまで―――」
引き込まれる眼差しに見惚れているうちに、Pっちの顔がすぐそばにあって。
「ぁ……んむっ」
あたしの頭に手を回しての、ちょっと強引な口付け。
初めてだったソレは熱くて、甘くて。それと―――ジャスミンの香りがした。
Q.続きは?
A.あなたの心の中に