『勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録』の二次創作。

※自己解釈あり

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待機指令:信頼という毒

 国王のお膝元である王国。その城下町の繁華街を抜ける。すると雰囲気が一転し、通りはスラムと言っても差し支えないものと変わった。生気の無い瞳で俯く男性、物乞いをしては蹴り飛ばされる子ども、息をしていない赤ん坊を抱きしめている女……この世の地獄の坩堝(るつぼ)の様だ。

 男は1人、歩く。この場にふさわしくないほつれの無い服を着た偉丈夫で、堂々としていて何一つ咎められる事など無いという風に、清廉潔白を身に宿していた。その表情は口角が上がり、ともすれば柔らかな微笑みにも見えそうだが、数秒も見続けていればそれが間違いだったと気付けるだろう。その仮面は張り付けた様な薄ら笑いだった。

 

「……様。ライノー様!」

 

 男の背後から声が掛けられる。路地裏から姿を現したのは全身をマントで纏った人物。かろうじて声から大人の男だという事が読み取れた。

 偉丈夫は一瞬、マントの男の全身を値踏みする様に見渡すと、すぐさま薄ら笑いを取り戻した。

 

「やぁ。ひょっとして…きみがこの素敵な招待状の送り主かな?」

「このような場所にご足労頂き、ありがとうございます。私はゲラルトと申します」

 

 マントの男はお辞儀をしてからフードだけ取る。30代程のごく一般的な男性だ。ただ、顔の右半分に大きな焼け跡が目立つ。右目は眠そうに大きく垂れ下がっているが、左目は大きく見開かれていて差異に驚かされる。

 もっとも偉丈夫の男…ライノーは焼け跡など見えていないのか、少しも表情を変えずに質問を続けた。

 

「季節の挨拶もせず不躾だが、これでも自由な時間が限られた身でね。それで? 僕に大切な話があるとか」

 

 ライノーはこの国の戦争に従事しているが兵士ではない。『勇者』だ。この国に於いて勇者とは共有財産であり人権を有してもいない。

 ゲラルトと名乗った男は急かされても特段気分を害した風もなく、慎重に、壊れ物を扱うが如く懐から取り出したものを差し出した。

 

「貴方に…これをお渡ししたいのです」

 

 それは一見すると只の飴玉程の大きさの玉。色は黒だが、くすんだ黒とでも表現しようか、あまり自然界では見ない色をしている。

 

「これは?」

 

 怪しむ事もせず玉を受け取ると、数回手の平で転がしてから尋ねる。ゲラルトは再びフードを被るが、その口元がほくそ笑むのが見て取れた。

 

「名称は我々も知りません。入手経路もこういった場所、とだけ言っておきましょう。重要なのはその効果です」

 

 納得の返答ではないが、止める事もせず手で先を促した。先程から見てライノーはわかったが、ゲラルトは話したくてうずうずしているのだ。

 

「この玉…その内部にはある力が込められているのです。それは曰く『女神殺しの毒』」

 

 飄々としていたライノーの表情が、『女神』という単語を聞いた途端に変わった。張り付けた笑顔こそ崩れていないが眉が歪んでいる。その小さな変化にゲラルトは気付けていない。

 

「その玉の内部には女神の奇跡の力に反応して針が撃ち出される機能が備わっています。直接近くにいなくてはなりませんが、針が命中さえすれば自動的に返しが掛かり、決して! どんな手術でも取り除く事は出来ません!」

「楽しそうに話すねぇ」

「そして! 女神が奇跡の力を使う度にこの針は反応し、女神の肉体に喰い込み、苦痛を与えます! ()()()()()()()!」

 

 もはや悦楽を隠そうともせずに演説をするゲラルト。見開いた目はさらに大きく開き、いまにも目玉がこぼれ落ちそうだ。

 

「…殺さない? 女神殺し、なのにかい?」

「よく質問してくださいましたライノー様。そこなのです! この毒は女神を殺さない…しかし女神とはその性質上、契約者の為に奇跡を行使し続ける存在なのです!」

 

 力を使う度に苦しむ女神。しかし女神は自分を省みず力を使い続けるだろう。ライノーはピンときた。ゲラルトの真の狙いが誰なのか。

 

「そうか。君が関心があるのはザイロ・フォルバーツだね」

 

 ザイロ・フォルバーツ…現在の勇者部隊のメンバーの1人で、そして女神テオリッタの契約者でもある男。そして、ライノーのお気に入りでもある。

 

「さすがの視点の鋭さですね。その通りです」

 

 少しも悪びれもせずゲラルトは答えた。この男は目前の偉丈夫も勇者部隊の1人だという事をわかっているのだろうか。

 

「私の目的は、あ、あの…にく、憎らしい男、を…! く、苦しめて! …苦しめて! くる、くる! …しめる! 事に、あります…!」

 

 突然ゲラルトは自身の顔の半分、焼け跡を手で掻き毟り始めた。痒みを取り除きたいというより、表面に張り付いた汚物を引き剝がしたいかのように。段々と指に力が込められて皮膚からは血が流れ落ちる。それでも辞めようとはしない。

 

「聞かせてくれるかな? 君とザイロの因縁を」

「えぇ…えぇ、えぇ……っ! 私は今でこそこのようなみすぼらしい様相ですが、少し前までは宝石商を営んでおりました。貴族のお歴々をお相手する誇らしい仕事だったと自負しております。あるとき、地方に住まう方の為に出張していたときです。そこで魔王現象に侵されたフェアリーどもに襲われたのです!」

 

 長々と独白するゲラルトをライノーはまばたきせずに見据えている。その目は舞台の上の役者を観ているようでいて、見定めてもいた。

 

「警護の騎士たちに戦わせましたが、多勢に無勢…状況は悪くなる一方でした。そのとき現れたのです。空から……フェアリーたちへの爆撃と共に!」

「ザイロだね」

「左様です! 勇者なぞおぞましい反逆者だと思っておりましたが、()()は使いようだと学びました! フェアリーはまだ残っていましたが、これで助かった! ……と、そう思っていた矢先に、ヤツは言ったのです……」

 

 

「…ここはまだ保つな。おいベネティム! ここは護衛の騎士に任せる! 俺はこの先の村の救援に向かうッ!」

 

 

「……耳を疑いました! あろうことか、我々を差し置いて下層民を優先するなど! 元騎士だという話ですが、なんと恥さらしなッ!!おかげで手持ちの宝石の大半を失ってしまった!」

 

 独白を終え息を荒げていると、それこそ役者に向けるような拍手を送るライノー。内容というよりは啖呵に向けたものだが。

 

「素晴らしい! それこそまさに人が人に向ける感情というものだろう! ひょっとして、君のその顔の焼け跡も、そのときに負ったものなのかな?」

 

 わざとらしい仕草で自身の頬をぺちぺちと叩く。ともすれば相手を煽っているようにも見えるが、あまりにも自然で優雅さまで香ってくる為にやはりゲラルトは気付けなかった。

 

「あぁ、いえ…これはその後の難民キャンプに立ち寄った際に、炊き出しをしていた女が具無しのスープを渡してきたので咎めたら、何を考えているのか焼けた石を押し付けられたのです。これだから野蛮な下層民は……」

 

 焼けた石程度ではここまでひどくはならないだろう。傷口からバイキンやら病原菌、もしくは魔王現象によるなにかが紛れたのかもしれない。

 当時の事を思い出して怒りが再燃したのかブツブツと恨み言を呟いているゲラルトだが、そんな事はライノーにとってはどうでもよかった。

 

「うん。いいよ。きみの提案に乗ろう。その毒をもって女神テオリッタを苦しめ、勇者ザイロの輝きを曇らせようじゃないか♪」

 

 同僚殺しを持ち掛けられたハズだが、それを二つ返事で了承してしまった。真意は誰にもわからないが、選択肢を与えられればより享楽的な方を選ぶ。それがライノーという男だった。

 

「おぉ…わかっていただけましたか! 崇高な作戦の為ならば民家のひとつやふたつを撃ち崩す貴方様ならば何が正しいかを正確に判断していただけると信じておりました! それではお願いいたしますライノ──―」

 

 ドズッ

 瞬間──耳馴染みの無い音が響いた。張り付いた笑みで差し出されたライノーの右手を迎えようと、ゲラルトが手を出しながら一歩近付いた、そのとき。

 

「……えっ? ……なんっ…アレ……?」

 

 ゲラルトの言葉はかすれていた。それもそのはずだ、心臓のすぐ横の辺りにライノーの腕が刺さり、貫通しているからだ。咄嗟の事で事態が呑み込めていないのかしばし放心していたが、痛覚と新たに開いた身体の穴のアツさが現実に引き戻した。

 

「な……なにを、やっている、んだ…! キ、サマぁ……はぁっ!?」

 

 いまだにライノーの表情は変わっていない。それが何かの手違いであるかを否定する。太い腕は突き刺さったままで出血もほとんどしておらず、腕を抜こうという抵抗も徒労に終わり絵面はまるで百舌の早贄のようだ。

 

「いやぁ…長々としてくれた口上も素晴らしかった。精一杯考えた作戦の実行に僕を選んでくれたのも大変喜ばしい事だよ。…でもね」

 

 そう言ってライノーの目線が下がる。俯いている訳ではなく、下にあるものに目を向けている。ゲラルトがゆっくりと首だけを下に向けると、それが見えた。

 白い花だ。ゲラルトの足の下敷きになったソレは。

 

「マーガレット…驚いたな。こんなにも荒涼な場所に力強く生えるなんて。マーガレットの花言葉は『信頼』。つまり君は、『僕との信頼を踏み躙った』という事なんだ」

 

 ソレが、ライノーの行動の答えだった。説明されて、終わっても、ゲラルトはひとつの事しか考えられない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 理解ができない。共感できない。まるで別の概念としゃべっているかのようだ。

 

「こんな…ゴブッ! …花、ごとき……魔王現象、風情が……ッ!」

「おや、知っているのかい? なら話は早いね。その魔王現象風情に、君たちの倫理が通用すると思う方がナンセンスだろう?」

 

 最期に、ゲラルトは力いっぱいに侮蔑の言葉と共に叫んだが、突き刺さったライノーの腕がそのまま天に向けられた為、発せられる事はなかった。

 そのときのライノーの表情は、この日で一番の笑顔であった。

 

 

 用事を終えたライノーが兵舎に戻ってくると丁度夕食時であった。どんな戦時でも食事時というものは人々に活気を与える。

 その中でも一際目立つ、甲高い声を放つ小柄な少女が目に入った。

 

「ザイロザイロ! 見て下さい! 完璧な配膳でしょう!? これは褒められてもおかしくない働きなのではないですか!?」

「…頼んでねぇよ」

 

 声の主は件の少女、女神テオリッタだ。その隣りで面倒くさそうな表情を隠そうともしない男は、当然女神の騎士ザイロ。

 テオリッタは賛辞の証明として頭をなでられる事を求めているらしく、ザイロの前に頭を突き出している。面倒ならばさっさと済ませてしまえばいいものを、ザイロは意地でもなでようとしない。

 その2人の後ろから、ライノーは近付く。

 

(…小さいな……)

 

 兵としては砲兵を務める偉丈夫のライノーの手は大きく、小柄なテオリッタの頭はすっぽりと収まってしまいそうだ。

 手が、伸ばされる。

 

「何だ」

 

 ライノーの手がテオリッタに触れる事はなかった。いつ気付いたのか、瞬時にザイロが立ち上がり間に入っている。武器こそ手にしていないが、その瞳には疑念が込められた敵意……いや、殺意に近しいものがあった。

 

「…やぁザイロ! 奇遇だね。せっかくだから一緒に食事でもどうかと思ってね。あぁ、もちろん…女神様もご一緒に……♪」

「…ぅ……あの、私は……」

 

 口ごもるテオリッタの答えを待たずに、ザイロは踵を返しながらさっさと口を開く。

 

「冗談じゃねぇ、飯に泥の味が混ざる。…行くぞ」

 

 食事を乗せた盆を拾い上げこちらを振り向きもせず行くザイロに、テオリッタは急いで付いて行ってしまった。残されたライノーはその後ろ姿を見ている。見えなくなるまでずっと。

 

(あぁ…やはりザイロ。君だ。僕のマーガレットは……)

 

 誰にも踏みにじらせない。決して、誰にも。

 

 

 了

 

 


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