五感を捨てて世界を救う。~色彩も、味も、温もりも。全部キミの明日を綴る火種にした~ 作:ねむ。
「――いっ!レ――どこに――っ!」
声が、聞こえる。
「――奥に――ないっ!」
ざわざわとした、葉っぱの音の中に。
たくさんの、人の声。
それに向かって、大声を出そうとして。
僕の隣で一緒に歩いてるハティが目に入って。
ぐっと、口を閉じた。
あの、たくさんの人の声は。
みんな狩猟隊の人たちだ。
たぶん、松明と一緒に、狩猟用の武器を持ってる。
だって、ハティのおかげで広がった僕の世界に。
松明の音と、少しだけ焦げたような匂い。
それと、鉄と鉄が擦れあうチャキチャキとした音が、聞こえる。
逃げようとは、思ってないけど。
なんだか、僕たちの逃げ場をなくしていこうと、しているみたいで。
お腹の奥が、すぅっと冷たくなる。
僕のことを心配してくれているはずだけど。
ハティを見たら、すぐに攻撃をしそうで。
僕に、止められるのか。
いや、止めるって、ハティを守るって、決めたんだ。
僕と一緒に歩いてくれるって。
僕を信じるって、ハティが言ってくれたんだから。
必ず、それに応えたい。
「ハティ……もうすぐ、狩猟隊の人が僕たちに気が付くと思う」
銀色の前に出て、彼の瞳を真っすぐ見る。
「たぶん、キミに武器を向けると思うんだ。……ほら、僕って今ケガとかしてるでしょ?」
木の枝で見えなかった、蒼と白の月の光が。
いつの間にか、僕たちを照らしていて。
「でも、ハティはなにもしないで。僕が絶対に、キミを傷つけさせないから」
小さな唸りと共に、頷いてくれて。
そのまま、振り返って。
声に向かって歩いていく。
僕の足音と、ハティが後ろをついてきてくれてる気配が重なって。
目を閉じて、大きく息を吸った。
草の匂いが、いっぱい広がって。
「くそ、レイドのやつどこに――」
瞬間。
草をかき分けてきた狩猟隊の人――ヴェインと、目が合った。
「ヴェインさんっ!?」
「レイドおまっ!」
まさか、こんなに近くまで来ていたなんて、思ってなかった。
ヴェインも、ひどく驚いているようで。
草をかき分けるために使っていた槍を、僕に向けていた。
でも、最初に会えたのがヴェインで、よかった。
「獣っ!?レイド待ってろ!今たすけ――」
「――待って!!!」
ヴェインならきっと。
僕の話を、聞いてくれる。
「なに言ってんだ!いいからこっちにっ!」
「お願いだからっ!!」
ヴェインは、今にも槍を突きだそうとして。
僕はそれと、ハティとの間で両手を広げる。
「……お前、自分がどういう状況かわかってんのか?」
「わかってるよっ!僕のことを心配してくれてるのも、わかってる!」
「怪我もしてるじゃねぇかっ!」
「ハティのせいじゃないっ!」
「はぁ……わかった。とりあえず、聞くだけ聞いてやる」
必死に、考える。
ここに来るまで、なんて言えばいいのか、ずっと悩んでいたけど。
どうすれば、わかってもらえるんだろう。
ヴェインは、槍を下げてはくれなかったけれど。
月の光で照らされた目は、怒ったりはしていなくて。
とにかく、なにか。
なにか、話を。
「ぼ、僕が森で……襲われてる、ところを……助けてくれたんだ……!」
「……その後ろの、獣がか?」
「獣、じゃなくて。ハティっていう……名前なんだ」
「今はそんなことどうでもいい。おい――」
ヴェインが、後ろを向いて。
気が付かなかったけど、松明を片手に持った別の人が、そこにはいた。
「村長様たちんとこ戻って、見つけたって報告してくれ。本人はあとから連れていくってのも一緒にな」
「で、ですがヴェイン隊長っ!後ろの獣もいますし、おひとりではっ!」
「いいから行け。ついでに森で探してる連中も、予定通り呼び戻してくれ」
「ですが――っ!」
「はぁ……あの獣がやばいやつなら、今頃俺たちもレイドも生きてねえだろ。大人しくしてくれてんのも、見ればわかるだろ?わかったらとっとと行け」
松明の明かりが、だんだん遠ざかっていく。
何度か僕たちのほうを振り向いていたけど、ヴェインが手を振って。
草と土を踏む足音が完全に遠ざかった頃に、ヴェインは大きくため息をついた。
「たくっ……お前なぁ」
僕たちのほうに向けていた槍を、肩に担いで。
「俺が見つけたからまだいいものを、他のやつだったらどうするつもりだったんだよ」
「……同じことを、してたと思う」
「お前なぁ……」
ヴェインは頭を掻いて。
僕と目線を合わせてくれるように、膝に手をついた。
「まあいいさ。んで?本当のとこはどうなんだよ」
「……ハティが、襲われてた僕を……」
「あー、違う違う」
目の前で、手を振って。
今まで見たことないくらいの、冷たい目を僕に向けた。
「そんなウソはいいんだよ。正直に全部言ってみな」
その言葉を聞いて。
目を、見て。
背中に、氷を直接押し付けられたみたいに。
足元から、震えた。
「仮にだ」
ヴェインが、指を一本立てて。
「そこの獣が、本当にお前を助けたとしてだ」
僕と同じだけど、少し黒が混じった藍色の瞳が。
光っているように、見える。
「じゃあなんでお前は、この森に、一人で来たんだ?」
どうしよう。
どうすれば、いいんだろう。
考えても考えても、答えがわからなくて。
ヴェインを見つめ返すことしか、できなくて。
「なぁレイド。この『迷いの森』は危ない場所だって、散々言ってきてるよな」
どこまでも静かな、声。
怒っているような、棘は持ってなくて。
僕のことを、考えてくれてるっていうのが。
伝わってくる、その声。
「そんなに怪我もして、服だってボロボロだ。エララさんが見たらなんて思うか。お前ならわかんだろ?」
でもやっぱり。
僕を真っすぐ見つめてる、目だけは。
凍えるような冬の日よりも、鋭く感じて。
「なんで村の規則を破った。真面目なお前がなんでやったのか、俺にはわからん」
「それ……は……っ」
村の規則。
十五になってから初めて、『迷いの森』に入れるようになること。
覚えてる。
母さんからも、ヴェインからも、他の大人の人たちからも。
何度も何度も、聞いたこと。
僕だって、こんなことになるなんて、思ってなかった。
でも、だけど。
見捨てることなんて、僕には出来なくて。
だって。
だっ、て。
「……よばれ、たんだ」
「は?」
「呼ばれたんだよ……っ!ハティに……っ!」
「お前……まさかあの遠吠えか……?」
頭と喉の奥が、熱くなって。
自分でも、わけがわからないけど。
「たすけたかったのっ!」
「……」
わからない。
ポロポロと、熱いものが零れ落ちて。
僕は、なにを言ってるんだろう。
息を吸うたび、喉がひゅっと鳴って。
まばたきをすれば、見えるものが歪む。
ヴェインの顔も、滲んでいて。
それでも、じっと見つめていると。
ハティが、いつの間にか、僕に身を寄せてくれていて。
その温かさが、僕に伝わってきた。
「……はぁ……お前のそういうとこ、エララさんに似たんだかねぇ」
ヴェインが、頭を掻き毟って。
「わかったわかった、俺の負けだ。だからそんなに泣くな」
硬い手が、僕の顔を拭ってくれる。
ちょっと痛いけど、温かい手。
「まぁ、なんだ。少なくとも、俺の目から見たお前らは問題ないが、俺の一存で決めるわけにもいかねぇ」
僕の頭を撫でながら、ヴェインはハティを見ていて。
「とりあえず、お前らを村長様んとこに連れてくのが先だわな。えーと……」
「……ハティ、だよ」
「そうそう、ハティな。お前も大人しくしてるしな」
ハティを見る目は、鋭くて。
いつ襲われても良いように、準備してるみたいだったけど。
僕の頭を撫でてくれた手は、不器用で、優しかったから。
嫌なことは、考えてないと、思う。
「……その、あれだ。ハティが、レイドを助けてくれたんだろ?……世話、かけたな。本当にありがとう」
そう、優しい声で言って。
ヴェインは、頭を下げた。
じっと、見つめていたハティが、小さく鳴いた。
「こちらこそ、だって」
「……あん?こいつがそう言ったのか?」
「……うん」
一瞬、ヴェインが固まって。
「はっはっはっ!そうかそうか!よくわからんが、まあいい!」
大きく、笑って。
今度は、僕の肩に手を置く。
「なにはともあれ、だ。無事でよかったよ、レイド」
「……うん、ごめんなさい」
「いいんだよ、もう。お前が無事ならそれでいいんだよ」
風が、またざわざわと吹いて。
「おら、帰るぞ。エララさんも、ルルちゃんも、泣くほど心配してたんだ。しっかり、顔を見せてやらないとな」
「えっ、ルルも?」
「おう。レイドお兄ちゃんが走って森に行っちゃったって騒いでたんだ」
胸の奥が、どくんと響いて。
階段を走ってたときの、声が。
「……あれ、ルルだったんだ……」
「お前なぁ……気づいてなかったのかよ……」
「……うん……ごめんなさい……」
ヴェインは、俺に謝んなよ、なんて。
顎を触りながら言って。
「まぁ、それはいいさ。村長様も来てるから、すっげー怒られる覚悟だけしとけよ」
「うっ……ヴェインさん……」
「はっはっ!しっかり怒られろよ、レイドくん」
バシバシと、僕の背中を叩いて。
そのまま、草をかき分けて先に進んでくれる。
僕は、ハティと目を合わせて。
お互いに頷くと、それに続いた。
グウィン様に怒られるのは、嫌だけど。
ヴェインに、わかってもらえたのが、嬉しくて。
少しだけ、足が軽い、気がする。
( 'ヮ')<ヴェインの兄貴……!