五感を捨てて世界を救う。~色彩も、味も、温もりも。全部キミの明日を綴る火種にした~ 作:ねむ。
ガサガサ、ガサガサと。
葉っぱの音の中に、いくつもの話す声が聞こえる。
ヴェインが先を行ってくれるから、森に来たときよりも歩きやすくて。
「夜なのによく転ばないね」、って聞いてみたら。
「慣れだ慣れ」、なんて。
すごく、ヴェインらしかった。
でも、松明のあかりと。
人の、話し声が近づいてくると。
足が、すくみそうになって。
村の人たちは、敵じゃないはずなのに。
ヴェインの鋭い目を思い出すたび。
この先に、進みたくなくなる。
ハティは、ピタッとくっついてくれていて。
なにも言葉としては感じないけど。
傍で、僕を支えてくれているのが、すごく嬉しい。
森を抜けて、白い不変石の境界と。
いくつもの橙色の光。
さっきまで聞こえていた話し声は。
水を打ったようになくなって。
パチパチとした松明の音と。
時々聞こえてくる布や鉄が擦れる音だけが残っている。
「……ほれ、行くぞレイド」
「っ!……うん」
僕が動けなくなっていたのを見たヴェインが。
背中を押してくれて。
村の入口から、僕らを囲む壁のように居る人たちの真ん中。
グウィン様が居る場所に、手を引かれて進む。
周りを見る勇気が、なくて。
ぎゅっと目を瞑りながら。
心の中に広がる、ハティの見てるもの。
それも、見たくなくて。
「そこで止まるがいい」
「っ」
グウィン様の声がして。
誰かが息を呑んだのも、聞こえた。
「ヴェイン・ヴェラ・コル。ご苦労だったな。よくぞ、我らが未来を連れ戻した」
「……当然のことをしたまで」
「ふむ。……ならば」
かつん、と。
土の地面があるはずなのに。
硬い杖を突く音が、響いて。
「そこなる獣も、当然のことか?」
ひゅっと。
喉が、鳴って。
思わず、前を見た。
グウィン様の目。
ヴェインとも。
母さんのとも。
全然、違う。
生きてるって感じがしない。
どこまでも空っぽな、その瞳。
「あ……っあ……っ……このこ、は……っ」
「レイド・ヴェラ・コル。我らがか弱き未来よ。可哀想に、身体が震えておる。よほど、恐ろしいことがあったのだな」
ひゅぅ、ひゅぅ、と。
「――その震えを抑え、息を整えてからでも、遅くはない。今は、儂に譲るが良い」
息が、うまく、出来なくて。
「して、ヴェイン・ヴェラ・コルよ。狩猟隊の長としての言を聞こう」
「……私の目からは、危険ではないと――」
グルルゥ、と。
少し前から、すごく低い唸り声と。
僕を傷つけようとするなっていう、想いが、流れてきて。
うまく動いてくれない目で、見ると。
ハティが、僕より前に、出てて。
「はっはっはっはっ!危険と捉えなかったとっ!」
今にも、グウィン様に飛びかかりそうに。
低い姿勢を、していた。
隣から、ヴェインのバカヤロウって言葉と。
舌打ちの、音。
「――儂の目からは、どう見ても危険に見えるぞ?」
「は……てぃ……っ!」
言うことを聞いてくれない手で、銀色の毛を握って。
今は、ダメだ。
グウィン様は、大きく笑ってたけど。
松明のあかりと、月の光で見える、目は。
全然、笑っても、いないんだ。
「……グウィン様、誤解があるようです」
「ほう、誤解と来たか。ふぅむ、まぁよい。ヴェインよ――」
また、かつん、と。
嫌な音が、鳴って。
「そなたの優秀な遣いから、危険な獣と聞いておってな」
「――なっ!?」
ヴェインと、一緒にいた狩猟隊の、人。
どこか固い顔を、していて。
「のう。勇敢なる狩人である、モリーナ・ヴェラ・コルよ」
「……わた、しは……っ」
「なに。先ほどのことを、そのまま言とすれば良いのだ。さあ、胸を張るが良い」
聞こえてくる声も、震えていて。
「……っ、は、い……村長、様……っ!わ、わたし、と……ヴェイン、隊長は……っ!」
橙色の、松明が揺れて。
火の粉が、舞っていた。
「そこなる、けもの、にっ!襲われている……レイド、くんを……たすけ、ようと……っ!」
「うむうむ、もうよいぞ。よく勇気を振り絞って言を発してくれた。さすがは、勇猛なる狩猟隊の一員である」
隣から、ミシッと音が、聞こえて。
「さて、我らが村の誇らしい狩猟隊の長よ。モリーナ・ヴェラ・コルの言に、異はあるかね?」
心臓が、どくどくと、うるさい。
見える景色が、どんどん滲んできて。
「……くっ!」
「そら、どうした。黙っていてもなにも始まらぬぞ」
杖の音が、近づいてくる。
グウィン様が、『迷いの森』の暗さよりも。
どこまでも、昏くて。
ヴェインよりも、背は高くない、はずなのに。
木よりも、大きく見える。
「ふぅむ。沈黙は是とみなす他あるまいな」
「……くそっ!」
ヴェインが、槍を地面に突き立てながら前に出て。
僕を、背中で隠した。
「なにをしているのかね」
「……ご覧の、通りです……っ!」
「ふむ。そなたはモリーナ・ヴェラ・コルの言が、否と申すのだな?」
「そうでは、ありません……っ!この獣は、伝承の獣……であると、思いますっ!」
「ほう?」
ざりっと、土を踏む音と。
ひそひそと、声が、重なって。
「そなたは、そこの獣がそうであると?」
「……はいっ!……村の危機にあら――」
「――名は、血脈の誇り」
どこまでも静かな声が。
僕の耳に、嫌に、届いて。
「我らがヴェラ・コルの名に、恥じぬ言を期待したのだがな」
「……っ!」
「そなたの言は、よくわかった。しかし、儂の一存で決めるわけにもいくまい。幸い、ここには我らが未来を心から憂う、皆が集まっておる」
ひときわ大きく、杖の音が、響いて。
「皆の衆。この獣は危険か、危険ではないか。どちらかな?」
ざわざわ、ざわざわと。
音が、おおきくなる。
みみを、とじて、しまいたくて。
こんなところに、いるくらい、なら。
ぎゅっと、ぎんいろを、だきしめて。
にげだ――。
「――レイドっ!!!」
あ。
ああ。
かあさんだ。
母さんの、こえ、だ。
「どいてっ!!通してっ!!!どきなさいっ!!!!」
「エララさん、落ち着いてっ!」
「私の息子があそこで泣いてるのよ!?邪魔をしないで通しなさいっ!!」
声が、近づいてきて。
銀色から、顔を、上げると。
母さんが、すぐそばに、いて。
「レイド……っ!ああ、わたしの可愛い子……っ!」
思いっきり、抱きしめてくれた。
「こんなに、怪我をしてっ!ごめんね、私がもっとしっかりしていたらっ!」
「かあ……さん……っ」
ぽろぽろ、ぽろぽろと。
すごく、熱くて。
寒かったのが、嘘みたいで。
「かあさんは……ぼくのこと、しんじてくれ、る?」
「そんなの当たり前じゃないっ!」
「エララ・ヴェラ・コル。なにを――」
「――だまってなさいっ!」
母さんが、大きくて。
あたたかくて。
「ぼく、たすけたかったんだ……」
「そう。レイドは、良い子ね」
「このこも、ぼくを……たすけて、くれたんだ……」
「そうなのね。もう、大丈夫よ。あとはお母さんと、ヴェインくんにまかせなさい」
「……ぅ、ぁぁっ」
抱きしめてくれてた手が。
藍色の手が、離れていって。
代わりに、ハティが。
「あなたも、うちのレイドをありがとうね」
クゥ、って柔らかく鳴いて。
僕を、覆ってくれた。
「エララさん……」
「ヴェインくん、少し付き合ってもらうわよ」
「ぬぁーっ!……たく、レイドは愛されてんなぁ」
「当然よ、大切な家族なんですもの」
「ははっ、まぁ俺も似たようなもんか」
ふたりが、前に居てくれて。
「貴様ら……自分たちがなにをやっているのか――」
「『冷藍の手』を辞めます」
「なぁっ!?」
「はぁっ!?」
ざわめきが、大きくなったと思ったら。
一気に、静かになって。
「エララ……貴様ぁ……っ!」
「レイドと、新しい家族を連れて、村を出ていきます」
「え、エララさん……っ!?」
母さんが、なにを言ってるのか、わからないけど。
ハティが、ぺろりと、頬を舐めてくれて。
「それがダメと言うなら、この場で認めなさい」
「そんなこと、出来るわけがなかろうが!」
「では、私たちはこの村を出ていくだけです」
だんだん、だんだん。
「……我が村を出たところで、行き先なぞ――っ!」
「私の行き先は、家族が笑顔でいられる場所だけよ」
うとうと、してきて。
「あー、村長様」
「……なんだ、ヴェイン・ヴェラ・コル」
「こいつ、ハティって言うんですがね。こいつがなにかやったら、私――いや、俺が責任を持って狩猟します」
ぎちっと、音が、した。
「ふむ……」
すごく、あたたか、くて。
「……今代の『冷藍の手』と狩猟隊の長が、そこまで……言うので、あれば……っ」
母さんの手が、また、僕に触れて。
「……仕方、なかろう……」
ふわふわ、ふわふわと。
あたたかい、なかで。
ぼくは――。
( 'ヮ')<やはり愛じゃよ。評価、お気に入りなど痛み入ります。