五感を捨てて世界を救う。~色彩も、味も、温もりも。全部キミの明日を綴る火種にした~   作:ねむ。

12 / 18
第六話(1)

 どろ。

 

 泥だ。

 

 灰色で、どこまでも甘い、匂い。

 

 それが、僕を。

 

「……やだっ!」

 

 身体が、動かない。

 

 足元から、泥が。

 

「母さんっ!ハティっ!たすけ――っ!」

 

 どろりと。

 

 灰色が、囲んで。

 

 そこに、いる。

 

 母さんと。

 

 ハティ。

 

「あ……あぁ……やだ……やだよ……」

 

 僕を、抱き締めるように。

 

「やめ、て……や、だ……」

 

 とけていく。

 

 ぜん、ぶ。

 

「――やめてっ!」

 

 バサっと、音が聞こえて。

 目の前に、いつもの景色が。

 僕の、部屋が、広がって。

 

 はぁ、はぁ、と。

 僕を包んでいた毛布が、湿っていて。

 母さんの作業場に居るときみたいに、居心地が悪い。

 

 すごく、あついのに。

 

 すごく、さむい。

 

 窓の外を見れば、いつもと同じ。

 青と、まばらな白。

 

 いつの間にか寝ていて。

 

 嫌な夢を、見ていたみたいだ。

 

 寝る前までのことは、覚えてる。

 ヴェインと、母さんの、背中。

 

 それと。

 

 チリっと、首が熱くなって。

 

 大きな、銀色の、ハティ。

 

 それこそ、夢を見ていたんじゃないかと、思うけど。

 首を触れば、指先に。

 何本も巻きついたような、糸の跡が。

 

 ハティとの、繋がりが。

 

 ひとつになったことは、夢じゃないってわかって。

 

 胸の奥が、温かくなった。

 

 湿って体に引っ付いてくる毛布をどけて。

 床に、足を下ろそうとして。

 

「こらっ!ハティ!」

 

 母さんの声と。

 ハティの、困ったような気持ちが。

 流れてきて。

 

 急いで、部屋を出た。

 

 起きたばかりで、体が、重くて。

 走っては、いけなかったけど。

 

 壁に手をつきながら、廊下を曲がると。

 

 暖炉の前で。

 藍色の手に、お皿を抱えて。

 それを守るように、変な恰好になってる母さんと。

 

 身を伏せながら、それを見つめるハティが、いた。

 

「……かあさんっ」

 

「レイド!?こら、まだ寝てなきゃだめよっ!」

 

 お皿を置いた母さんが。

 ハティに、「もう少し待ちなさい」って、言いながら。

 僕に、駆け寄ってきて。

 

「ぼくは、だいじょうぶ、だよ?」

 

「大丈夫じゃないでしょっ!もう、怪我だってあちこちにしてるんだから」

 

 母さんが、ぺたぺたと。

 僕の体を、さわって。

 

 そこで、はじめて。

 夢で見た、泥の甘い匂いじゃなくて。

 甘い中に、すこし苦いような香りが、鼻にやってきて。

 

 母さんの、手の先を見れば。

 すこし、陽の光が溶け込んだ、布の切れ端が。

 

 僕の体にたくさん、張り付いていた。

 

「……あっ」

 

「痛むでしょう?ほら、ご飯はもう少しかかるから、今はまだ寝てなさい」

 

 「出来たらお部屋に運ぶから」って。

 僕の頭を、撫でてくれて。

 

 その手を、掴む。

 

 やっぱり、つめたいけど。

 

 すごく、すごく、あたたかい母さんの手。

 

「あ、ご、ごめんなさい。痛かった、かしら?」

 

 母さんの声が、震えていて。

 

「……なまえ」

 

「名前……?ああ、もしかして、ハティのこと?」

 

「うん」

 

「ふふふ、そうよね。昨日、ヴェインくんに教えてもらったのよ」

 

 今度は、楽しそうに。

 

 また、僕の頭を撫でてくれて。

 

「ヴェインさんが……」

 

「ええ。本当に、良い子よね」

 

 同じ高さで、藍色の瞳と、目が合って。

 

「レイドも、良い子だから、お母さんの言うこと聞いてくれるわよね?」

 

「……うんっ」

 

「ふふ、本当に可愛いんだから」

 

 ぎゅっと抱きしめてくれて。

 くるりと、僕を振り向かせてくれた。

 

「ハティ、この子をよろしくね」

 

 クゥ、という鳴き声。

 ハティが、寄り添ってくれて。

 ちらりと振り返れば。

 

 母さんの胸元で、小さく藍色の手が揺れていて。

 

 それを見たら。

 きゅうっと、胸の奥が狭くなった。

 

 ハティの銀色に、手を置いて。

 廊下を、歩いていく。

 

 ――傷が痛むのか。

 

 羊毛の詰まった、柔らかい布の縁に座って。

 ハティの金色と、目が合った。

 

「ううん……ほんとうに、だいじょうぶだよ」

 

 すこし、じくじくとするけど。

 我慢、出来る。

 なにより、母さんに、心配をかけたくなくて。

 

 ――おまえの父と、母が、手当をしていた。

 

「……?ちち?」

 

 ――あのオスは、父ではないのか。

 

 誰のことだろうと、思ったけど。

 たぶん、ヴェインの、こと。

 

「ふふ、ちがうよハティ。ヴェインさんは、おとうさんじゃないんだ」

 

 一瞬。

 

 じりっと、頭の奥が、焼けて。

 

 ――大丈夫か。

 

「……ん。よく、わかんない」

 

 でも、すぐになくなった。

 

 ――……ヒトは、むずかしいな。

 

「……そうなの、かな?」

 

 足元に寄り添ってくれてる、ハティを撫でながら。

 片手で、頭をさする。

 

 なんで、焼けたんだろう。

 

 ヴェインは、僕のお父さんじゃない。

 

 僕は、最初から母さんと、ふたり――。

 

「……いたっ」

 

 また、頭の奥が、焼けて。

 

 ハティが、ふんって鳴いて。

 僕の後ろに上がってきてくれた。

 背中を、倒して。

 

「ごめんね。でも、ほんとうになんともないよ」

 

 じとっと見られてる、気がするけど。

 

「前までは、ぼくと母さんだけだったけど」

 

 銀色に顔を埋めて。

 太陽の香りを、いっぱい吸い込む。

 

「これから……今日、からは――」

 

 顔が、暖炉の火に当てたときみたいになって。

 

「――ハティも、かぞく、だよ」

 

 ハティの頭が、僕に当たって。

 

 それと。

 

 母さんに、抱きしめてもらったときのような。

 

 温かさに、包まれて。

 

 ふわふわと。

 

 すごく。

 

 あたたかい。

 

 がちゃりと、音がして。

 

「――おはようさんでーす」

 

 それと、ヴェインの声。

 びくっと、体が震えて。

 部屋の入口を、見ても、そこには誰もいない。

 

「あら、おはよう。はやいわね」

 

 母さんの声も、聞こえて。

 どくん、どくんと、胸が鳴った。

 

 金色と、目が合って。

 

「いやぁ、せっかくならエララさんの焼いたパンが食べたくてですね……」

 

「ふふ。もう、仕方ないわね。レイドたちのあとでもいいかしら?」

 

「それはもちろんっ!……ところで、レイドとハティは?」

 

 そうか。

 

「さっきレイドが起きたけれど、寝室に戻したわ。怪我もあるから、もっとゆっくりしてほしいのよ」

 

 これは。

 

「あー、そうですよね」

 

「ヴェインくん、狩猟隊は大丈夫なの?」

 

 ハティに届いてる、声だ。

 

「そっちは副長に任せたんで。まぁ、村長様の言いつけが優先ですわな」

 

 村長――グウィン様の、言いつけ。

 

 なにか、嫌なことを。

 

 言われたのかも、なんて。

 

「昨日の夜は、お互い相当危ない橋渡ったわけですし、これくらいは仕方ないってわけですよ」

 

「ええ。……ごめんなさいね」

 

「いやいや、謝らんでくださいよ。お目付け役って名目で、毎日エララさんに逢いに来れるんだ。俺はむしろ感謝してるんですよ」

 

「ふふ、もう……この子は……」

 

「むっ、俺は本気で言ってるんですよ?」

 

「はいはい、わかったわ」

 

 お目付け、やく。

 

 たぶん、僕と、ハティの。

 

「むしろ、おふたり……いや、ハティもいるから三人ですね。その間に、俺が入って邪魔じゃないか、心配で心配で」

 

「……ヴェインくんなら、いつでも歓迎だから気にしないでいいのよ」

 

 がばっと、毛布を頭からかぶって。

 

「おっと、そのいつでも歓迎っていうのは、もしかして……?」

 

「ふふ、そういうのじゃないわよ。それに――」

 

 ハティも、一緒に。

  

「……ん、その席がどうかしました?」

 

「……大事なものが、あったような気がしててね」

 

 湿っていた毛布は、乾いていて。

 

「……と、申し訳ない。これは俺が踏み込みすぎちまいましたね」

 

「……私こそ、ごめんなさいね。でも、ヴェインくんの気持ちは、ちゃんと伝わってるわよ」

 

 ぎゅっと、抱き着いて。

 

 それと。

 

 母さんの、言っていた。

 

 「お母さんと、一緒ね」っていうのを、思い、出して。

 

 ぎゅっと、胸が、苦しくて。

 

「……まぁ、『月節の宴』も近づいてますし、この任もそこで終わりってことになってほしいもんです」

 

「……ええ、そうね」

 

 太陽の、匂いが、広がる。

 

 僕の、せい、で。

 

 クゥ、と鳴き声。

 

「レイドには、黙っていてね。あの子、自分を責めちゃうだろうから」

 

「もちろんです。しばらく休暇で、暇だからってことにしときますよ」

 

 それと、ふたりの。

 

 小さな、笑い声。

 

 すごく、あたたかい、のに。

 

 すごく、さむくて。

 

 このまま、眠ってしまいたくて。

 

 銀色を。

 

 いっぱい。

 

 いっぱい。

 

 だきしめた。




( 'ヮ')<へいわなにちじょー。ふふ、へいわぁ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。