五感を捨てて世界を救う。~色彩も、味も、温もりも。全部キミの明日を綴る火種にした~ 作:ねむ。
風が吹き抜けて。
草と、木の枝が、ざわざわと。
空にある、いくつもの白は。
足元の、不変石の境界のようにも見える。
「おーいレイドー、置いてくぞー」
空を見ていれば。
ヴェインの声が、聞こえてきて。
「あ、今行くーっ!」
ハティは、僕とヴェインの間で。
時折、くぁっと欠伸をしながら。
一緒に散歩みたいな、ヴェインのお仕事をしている。
『月節の宴』の前にやる大事なことだって、言ってたけど。
ヴェインは、地図を見ながら。
時々、立ち止まったり。
不変石の地面を触ったり。
境界から、村の崖の壁まで歩いたりしてるだけで。
たぶん、銘剥が起きてないかを、見てるんだと思うけど。
なにをしているのか、よく、わからない。
「……ねぇ、ヴェ……ヴェイン……っ」
「ん-?なんだー?なにかあったかー?」
呼び捨てにしてみても、効果はなくて。
ずっと、地図を見ながら。
時々、別の羊皮紙に。
なにかを、書いたりしていて。
途中で、ポケットの中の。
コンパスが、熱くなったりしたけど。
取り出して確認しても、くるくる回ってるだけで。
そのときは、頭を振って、仕舞い直した。
ハティに、「つまんないね」って言えば。
欠伸で、応えてくれる。
くるりと、一周。
境界の上を、ゆっくり回って。
村の入口に戻ってきた、頃。
「……ふぅむ」
あんまり喋らなかったヴェインが。
「……もう少し……見た……いいか……」
本当に小さく、呟いて。
たぶん、ハティがいなかったら。
聞けてなかった、音。
「レイドすまん、途中で落とし物したみたいでよ。もう少し付き合ってくれ」
「……うんっ」
気づかなかった、ことにして。
ハティの銀に、手を置く。
ヴェインが、また歩き出して。
今度は、白い境界と、ふつうの地面の、間。
そのあたりを、ゆっくり、本当にゆっくり歩いてる。
ちらりと見える黒い藍色の瞳は。
地図と、境界と、地面を。
行ったり来たりしていて。
ハティがまた、くぁっと欠伸をして。
僕も、つられてしまう。
ぷかぷかと、うきそうになるけど。
お仕事の、とちゅう、だから。
なんとか、耐えないと、いけなくて。
「…………ここか」
ヴェインの足が止まって。
そのまま、崖のほうに歩いていく。
途中、地面を触っては、また歩いて。
それを何度か繰り返していた。
ぼーっと、見ていれば。
チリっとポケットがあつくなって。
取り出してみれば。
針は、やっぱりくるくる回っていたけど。
何度か、ヴェインの背中を。
その向こう側を、指していて。
「……ハティ」
コンパスを戻して。
声をかければ、すぐ側に。
さっきまで眠そうに、していたのに。
今は、全然。
そんな感じが、しない、僕の友達。
ふたりで、頷いて。
こっそり、ヴェインの後ろについていく。
境界から動くな、とか。
言われてないから、たぶん、大丈夫。
濃い茶色に、ところどころ緑がある地面。
草の匂いも土の匂いも、ちゃんとして。
「……なにも……ない?」
ヴェインは、もう崖の近くにいて。
大丈夫かな、と思っていれば。
「……?」
なんだか、少し。
変な、感じ。
ハティも、僕と同じことを思ったのか。
前足で、何度も同じところを踏んでて。
たしかに、地面なはず、なんだけど。
どこか色が、薄いような。
また、ポケットがあつくなって。
コンパスを取り出せば。
今度は、僕とハティのいる地面を、指してて。
震えも。
チリっていう感じじゃなくて。
すこし、重いような、感じがする。
やっぱり僕に、なにかを伝えようとしているような。
「んお、レイドにハティ。お前らいつの間に」
なんだろうって、考えながら。
コンパスの針が指す先が、変わって。
その先に、ハティと歩いていると。
いつの間にか、ヴェインの近く。
村の崖の、すぐそばに、いて。
「随分と年季入ったコンパスだなぁ」
「……見せたこと、なかったっけ?」
「おう、初めて見た――いや、でもどこかで――っ」
ヴェインが、顎に手を当てたかと思ったら。
すぐ、頭を押さえた。
「えっ、だ、大丈夫っ!?」
「――あー、大丈夫、大丈夫だ。本部の前でもなった頭痛だよ」
「たまにあるんだよなぁ」、なんて。
ポケットに、コンパスをしまったけど。
ちらりと、崖を見ると。
ハティと会った日の朝に。
ニコの近くで見た、一部分が白くなった岩、みたいに。
崖の、ほんの少しだけの、岩壁が。
しろく、なっていて。
足元が、一気に。
つめたく、なって。
これって、もしかして。
銘――。
「おーい、レイド―。元のとこまで戻るぞー」
はっと、息を吐いて。
耳の奥で、ドクドクと。
隣にいるハティに、手を置きながら。
地図を見ながら境界に戻るヴェインに、またついていった。
「……落とし物、あった?」
「……いや、見つからなかったな。すまんがもう少しだけ、な?」
こくり、と頷いたけど。
見えたヴェインの顔は。
怒ってるような。
なにかに追われてるような。
そんな、感じがして。
僕と話すときは、笑ってくれてたけど。
それも、無理をしているように、見えた。
「……僕も一緒に、探そ……っか?」
そう、聞いてみれば。
「いや、大丈夫だ。レイドはハティと一緒に、日向ぼっこでもしててくれ。あでも、俺の見えるとこでなっ!」
なんて。
太陽みたいな、笑顔だったけど。
手元の地図と、羊皮紙を見ればすぐ。
真剣な、顔。
ヴェインがなにをしているのは、やっぱりわからないけど。
さっきの、崖で見た、しろ。
あれと、ニコの近くの岩。
それと。
ハティと、出会った、あの場所。
あの、全部が、白くて。
真ん中の泥を、囲むように広がっていた。
円形の、広場。
そこと、繋がっているような、気がして。
泥が、村に。
近づいて、いるような。
ぎゅっと、ハティの銀を掴めば。
そっと、近くで寄り添ってくれて。
そのあたたかさが、すごく、嬉しくて。
不変石の、白い境界の上を。
ヴェインの後ろを離れないように、進む。
ヴェインは、それからも何度か、同じことを繰り返して。
「落とし物見つかったよ」、なんて笑って。
すぐ、村の入口まで、戻ってきた。
そのまま、羊皮紙になにかを書いていたかと思えば。
「あー、レイド。すまんが先に家に帰っていてくれないか?」
「……いいけど……なにか、あった?」
ヴェインは、頭を掻いて。
「……いや、なんにもない、大丈夫だ。ただ、地図を本部に戻さないといかないからよ」
そのまま、僕の目を見ながら。
「ちょっと、お前の家に行くのが遅くなりそうだからよ。すまんが、エララさんにもよろしく言っておいてくれないか?」
「……でもっ」
ぽんっと、頭に手を置かれて。
「だーいじょうぶだって!お前は先に帰って、エララさんに極上のスープを作ってもらっておいてくれ。俺も、すぐ行くからよ」
「……うん」
「よし、良い子だ」
頭を撫でられたけど。
ずきっと、胸の奥が、痛んで。
「また、あとでねっ」
「おう!」
手を振って、家に続く石段を上がる。
ハティは、僕の横で。
後ろを振り返れば、ヴェインはまた、羊皮紙になにかを書いていた。
ヴェインは、お目付け役っていうお仕事も、あったはずなのに。
僕とハティを、先に帰さないといけないくらいの。
なにかが、あって。
たぶん、それは――。
「……ハティ。走って、帰ろっか」
今は、とにかく早く。
母さんの顔が、見たくて。
たくさん、抱きしめて、ほしくて。
石段を、ハティと風になりながら。
急いで、駆け上った。
( 'ヮ')<なんか空気が重くなってきたな。