五感を捨てて世界を救う。~色彩も、味も、温もりも。全部キミの明日を綴る火種にした~   作:ねむ。

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( 'ヮ')<こちら本日三話目です。ご注意ください。


第一話(2)

 外の冷えた空気が、一気になだれ込んでくる。

 

 それを感じながら。

 一歩外に出て、大きく息を吸った。

 

 身体いっぱいにおいしい空気が広がって、すごく気持ちがいい。

 何度か繰り返して、大きく目を開けた。

 

 そこには。

 

 頭上に広がる、深い青と、まばらな白と、眩い光。

 足元には、足場で少し隠れているけど。

 空の彼方まで広がる、深い緑。

 

 家の扉から出て見える、この景色は。

 いつ見ても、胸がいっぱいになって。

 

 足場の縁まで歩いて、大きく背伸びをする。

 

 すると、空を飛んでるような気持ちになって。

 

 ――今日も、良い日になりそう。

 

 不思議と、そんな気になってしまう。

 

 そのまま、右を向いて。

 断崖に張り付いている、岩を力任せに削っただけの石段――『囁きの刻階段』を、一段飛ばしで駆け降りる。

 

 手すりもなくて危ないなって思うときもあるけど。

 こうやって降りるほうが、気持ちがいいから。

 

 時々、崖下から吹く風が石の隙間を通って「ヒュウ、ヒュウ」と。

 誰かが泣いているような音。

 それが少し苦手で、思わず耳を押さえそうになる。

 

「レイドー!おっそいぞー!」

 

 少し下の石棚から、聞き慣れた元気な声が響いた。

 

 ニコだ。

 

 石段と一体化してる平らな岩の上に座って、自慢の宝箱――ただのボロい革袋だけど――を広げているようだ。

 

「ごめんごめん。おはよう、ニコ」

 

「おうっ!」

 

 ニコは彼の名前のように元気に笑って。

 その目の前に座る。

 小さな石の牙が刺さって、もぞもぞと居心地の良いところを探す。

 

「いつから居たの?」

 

「うちすぐそこだから飯食ってからすぐ来た!ここが一番いい風が吹くからよぉ!んなことより、これ見てくれよ!」

 

 ニコが取り出したのは、親指くらいの大きさの、朝日を受けてキラりと光る不変石の欠片だった。

 

「昨日、村の奥の古い採掘場で見つけたんだ。これ、今までで一番硬いと思うぜ。ほら、触ってみろよ!」

 

 差し出された不変石の欠片を、指先でつまんでみる。

 

 ――硬い。

 

 指で強く押し付けても、当然のことながら凹みもせず、逆に僕の皮膚を押し返してくる。

 座ってる岩に打ち付けてみても、傷はひとつもつかない。逆に打ち付けられた岩の表面に傷がついて、少しだけ粉が舞った。

 

「本当だ、すごいね。ニコの持ってる石の中で、一番かっこいいと思う」

 

「だろ?これで次の『石拾い』大会は俺の優勝間違いなしだぜ!」

 

「ニコ、『石拾い』大会はその場で採った石じゃないとダメだからね」

 

 「そうだった」と、肩を落とすニコを見て、僕は少し笑った。

 その時、ポケットの中でまたコンパスが震える。

 朝のチリっとした感じじゃなくて、ズンっと体に響く感じの震え。

 

 取り出して見てみれば、針は壁側。

 石段に少し突き出している岩に向かっていた。

 

 そこを見れば、一部分だけ不自然に白っぽくなっていた。

 

 少し遠くて、よく見えないけど。

 表面から色がなくなって、乾ききった泥のような白さと質感。

 

「あん?なんだよレイド。まだそんなボロっちいコンパス持ってるのか」

 

「……うん。なんだかさ、捨てられなくって」

 

「ふーん、変なレイド。まぁいいや。そんなことよりっ!今日の約束、覚えてるよな!」

 

 ぐっと、僕のほうに寄って来るニコ。

 それが面白くて、少し笑ってしまう。

 

「ぷっ、も、もちろんっ。でも、母さんの手伝いしないとだから、そのあとでもいい?」

 

「ちぇー、仕方ねぇなぁ。そしたら負けたほうは、今度昼飯のパン半分こな!」

 

「え、それは嫌だよ。母さんのパンおいしいから、あげたくない!」

 

 僕たちは顔を見合わせて笑い合った。

 風が吹き抜けて、僕の漆黒と、ニコの赤混じりの茶色をぐちゃぐちゃにかき回す。

 

 その時。

 

「――よっと」

 

 空から、風と一緒に、人が降ってきた。

 

「うわっ!ヴェイン兄ちゃん、びっくりするだろ!?」

 

「ははっ、悪いなニコ!」

 

 降りてきた男――ヴェインは、腕を広げて。

 腕のあたりから腰まである、皮膜のようなものを見せる。

 

「『落とし羽』で飛んでたら、二人が見えてよ」

 

 はじけるように笑って、ニコと僕の頭を撫でてくれる。

 母さんとは違って、ちょっと痛いけど。

 やっぱり、ちょっと嬉しい。

 

「お前ら、朝から元気そうだなぁ!レイド、今度エララさんに礼言っといてくれ」

 

「母さんに?」

 

「おう!エララさんが染めてくれたこの『落とし羽』、すげぇ飛びやすいからよ。礼を言いたいんだが、いかんせん忙しくてな」

 

 ヴェインはそう言って、顎を撫でる。

 僕はなんだか嬉しくて、胸がいっぱいになった。

 

「う、うん!このあと母さんのお仕事手伝うから、話しとくね!」

 

「頼んだわ。さってと、俺はこれから狩りにいかねぇとだから、早ぇけどこの辺りでな。お前ら、変なことやって怪我すんなよ?」

 

「えーっ!ヴェイン兄ちゃんずるい!俺も連れてってくれよ!」

 

「だーめだ。十五になったらな。それまでは村ん中にいとけ」

 

 「ちぇっ」って拗ねるニコの頭を、ヴェインはもう一撫でする。

 その様子を見て、僕はまた吹き出しそうになった。

 

「そんじゃな!」

 

「はい。ヴェインさんもお仕事頑張ってね」

 

 そのまま手を振って、飛び降りていく。

 縁から顔を出して下を見ると、緑の中に一点だけの藍色。

 その藍色がだんだんと緑に紛れ込んで、少しすると見えなくなった。

 

「大人ってずりぃよなぁ。俺も『迷いの森』に行ってみたいぜ」

 

「もう、だめだよニコ。ヴェインさんも言ってたでしょ」

 

「わかってるけどさぁ。はぁ、俺も早く大人になりたいなぁ」

 

 ニコは、広げた宝物の中から小さな不変石を手に取って、いじっていた。

 

「僕もそろそろ行かなくちゃ。母さんが心配しちゃう」

 

「おうっ!またあとでなぁ!」

 

 ニコに手を振って。

 駆けだす前に、もう一度白くなった岩を見つめて。

 

「そうだニコ。あんまり、端っこに行っちゃだめだからね。風に飛ばされたら、帰ってこれないよ」

 

「わかってるって!レイドは心配しすぎなんだよ!」

 

 駆けだして階段を下りれば、ニコの元気な笑い声が風に吹かれて遠くなっていく。

 

 気にしないようにしてたけど。

 ひとりになると、どうしても考えてしまう。

 

 あの、白くなった岩。

 それと、朝とは違ったコンパスの震え。

 やっぱり、普段なら気にしないことだけど。

 

 なんだか、あの岩だけ刺繍から糸が一本ずつ抜かれてるような。

 最後には、ボロボロの綿くずになっていそうな。

 

 そんな、違和感がして。

 

 先週、『迷いの森』で狩りをしてた狩猟隊の人が。

 

 村に帰ってくる途中で、泥になって消えた。

 

 ニコと一緒に村の入口で見ていて、泥になりかけてた時に目をふさがれたけれど。

 ちらりと見えたのは、なんの色も無くなって。

 泥になる前の、狩猟隊の人の姿。

 

 その姿と、さっきの岩が重なって。

 少し、胸の奥がざわついた。

 

 泥になったら、元には戻れなくて。

 でも、こうして僕も、ニコも、それこそ村の人たちも。

 

 みんな、覚えてる。

 

 それなのに。

 母さんの、いつも焼いてるあの、三つ目のパン。

 

 泥になって消えたのなら。

 名前を、憶えてるはずなのに。

 記憶に残る、はずなのに。

 

 あの、母さんが優しく話しかけてた、席には。

 

 誰がいたのか、どうしても、思い出せなくて。

 

 それが、どうしようもなくて。

 喉の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

 

 一段飛ばしで降りていた石段も、なんだか足が重くて、一段ずつ降りる。

 よくわからないけど、気持ちわるい。

 

 その時、下のほうから声が聞こえた。

 

「――レイドか。なんだ、今日は元気がなさそうだな」

 

 村長のグウィン様だ。

 大きな不変石がついた杖を持って、石段の縁に立っている。

 

「……あ、グウィン様。お、おはようございます」

 

「うむ、良い朝であるな」

 

 僕は、この人が苦手だ。

 

 村の規律がどうとか。

 忘却がどうとか。

 

 でも、一番苦手なのは。

 

「なにがあったかは知らんが」

 

 その、色褪せた石板のような、藍色の瞳を見ていると。

 

「名は、血脈の誇り。我らが村、ヴェラ・コルの名に恥じるような真似は、するでないぞ」

 

「……はい」

 

 なんだか、自分の身体まで石になってしまいそうで。

 できれば、話したくない。

 

 村長の家は村の中間にあって、会わなければいいなって思ってたけど。

 ニコと話過ぎたから、しょうがない。

 

「エララにも言ったが、お前の家にある書庫の本。あれらの外から入ってきたものを、鵜呑みにせんことだ」

 

 僕は、俯くことしかできなくて。

 

 泥のこともあるけど、雨の日みたいに、すごくじめっとした気持ちになる。

 

「なにか用があるのだろう。そんなところで立ち尽くしていていいのかね?」

 

 鋭い瞳に見られると、びくっと体が反応して。

 頭を下げてから、急いで石段を降りる。

 

 グウィン様は時々、僕たちのことを、『人』じゃなくて。

 村という大きな『布』を直すための、『糸』みたいに見てる気がする。

 誰かが泥になったとしても、なんにも気にしないんじゃないかって。

 

 だって、この前の狩猟隊の人を見るグウィン様の目は。

 

 すごく、すごく、さめていて。

 

 思い出すだけで、僕は奥歯がガチガチ鳴るくらいの寒気を感じた。

 耳の奥で、自分の心臓の音が、ドクドクとうるさい。

 

 グウィン様の姿が見えなくなって、僕は大きく息を吐いた。

 石段の縁まで行って、下を見下ろす。

 緑の中に、青臭い藍色の蒸気が広がっている。

 

 母さんは、壁の内側を通って、もう作業場に着いているみたいだ。

 

 大きな釜を煮て、草から絞った青い汁で、みんなの服を染めるお仕事。

 母さんの指の温かさは、青い汁を絞れば絞るだけ、吸い込まれているんじゃないか。

 そんな、気がして。

 

 ――はやく、行かなきゃ。

 

 お仕事の手伝いもあるけど。

 母さんの作業場の奥。

 大きな釜の裏側にある、暗い『隙間』に、ずっと呼ばれてる気がする。

 

 母さんが焼いてるパンの理由も。

 僕の中に広がってる、よくわからない感覚も。

 あそこの『隙間』に、隠れているんじゃないか。

 

 なんとなく、目を逸らしてきたけど。

 

 今日は、いろんなことが、すごく気になる。

 

 自分の中の、『空白』を、埋めたい。

 

 僕は、見るのをやめて、また石段を降りる。

 

 母さんのお手伝いと。

 

 あの、くらい『隙間』と。

 

 藍色の蒸気が漂い始めた中を、一段飛ばしに。

 

 地下に広がる、光のない場所に。

 

 身体を滑り込ませていった。




( 'ヮ')<隙間になにがあるんだろうなぁ。
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