五感を捨てて世界を救う。~色彩も、味も、温もりも。全部キミの明日を綴る火種にした~ 作:ねむ。
天井に近い壁の隙間から、淡い藍色の光が灯った。
太陽の光とも違う、ポゥっと光るような。
そんな、淡い光。
視界が明るくなって、目を開いたり閉じたりする。
部屋の中を見渡してみると。
石造りの部屋の中に、本、本、本――。
部屋中に置かれた、天井まである棚の中にも。
そこら中の、床にも。
カビが生えていたり、傷がついていたり。
種類は色々だけど、とにかく本で埋め尽くされていた。
「……すごい」
家の部屋に所狭しに置かれた本よりも、ずっとずっと多いその本の数に。
ついつい、目が離せなくなった。
ふと、狭い『隙間』を通ってきたから。
ポケットの中に入れたコンパスが壊れてないか気になって。
取り出して見てみれば。
針が、ぐるぐると、回り続けていた。
それを見て、少し怖くなる。
無理やりポケットの一番奥に突っ込んで。
僕は、ゆっくりと本棚の隙間の道を。
散らばる羊皮紙を踏みつけながら、歩く。
カビの匂いと、埃の匂い。
その奥に、ずっとずっと深い、インクの匂い。
いくつ目かの、本棚。
母さんの手と同じ、藍色の本の中に。
一つだけ、村の下に広がる『迷いの森』みたいな。
森の色を溶かし混んだような、緑色の本。
周りの本よりも、少しだけ背の高い、その本。
他は揃ってるのに、そこだけ、違う。
ふわりと、風が吹いたような、気がして。
そこから目を、離せなくなった。
その、緑色の本を手に取って。
一気に、引き抜いた。
「……うっ、けほっけほっ」
パタン、と引き抜かれた本の隙間を埋めるように。
両側にあった藍色の本が倒れて。
それをちらりと見ながら、近くに積まれてた本の上に座る。
膝の上に載せた本を撫でると、革がザラザラと。
僕の温かさを奪おうとするように、吸い付いてくる。
その感覚に、ぞくっと震えて。
上手く動いてくれない指で、分厚い表紙を開いた。
乾いた羊皮紙がかさりと揺れる音と。
カビと、鉄錆が混じったような、強烈なインクの匂い。
喉の奥を、ザラりと撫でられたような。
すごく、嫌な感じ。
部屋を照らす淡い光が、僕の影を伸ばして。
表紙と、一番最初の頁の合間。
そこには――。
「えっと……古い、言葉……?」
誰かが殴り書いたような、文字の端が歪んだ言葉が並んでいて。
家で読んだ本の中の、古い文字の読み方を頭の中に浮かべる。
――われ、ら……はこ、の術、を。ことわ、りをゆ……がめる、の……ろい、を。ま、つだ、いまで……いみ、きらう。
なんとか読んだけど、よく、わからなくて。
それでも、これを書いた人の、嫌な気持ちは。
母さんの『リトスの雫』を潰すときの。
嫌な音と、同じようで。
すごく、胸が痛いから、わかった。
その文字をなぞると、指先が冷たくなって。
思わず、すぐに頁を捲った。
かさり、と羊皮紙の音がして。
古い言葉が、埋め尽くしている頁が広がる。
読める、けど。
びっしりと埋まってるのを見てると、頭の奥が急に冷たくなるような。
読みたいっていう気持ちが、急になくなっていく。
何度か頁をめくっても、それは変わらないけど。
時々、文字が塗り潰されていたり。
羊皮紙が途中で切れていたり。
すごい本かな、とは思うけど。
なんだか、見たらいけないものを見ているような。
そんな、気持ちになってくる。
どれくらいめくったかわからないけど。
突然、指が震えて、頁をめくれなくなった。
ヒトと、獣の、絵。
それを繋ぐ、赤い、糸
糸は獣の首から伸びていて、ヒトの手首につながっていて。
ヒトは立っているけど。
獣はその足元で。
ひどく、傷ついているように、見えて。
うまく動かない目を、上のほうに向けると。
そこには、古い言葉で。
――双糸、の……契約。
その下に、掠れて読みにくいけど。
――双糸を、むす……び……。……そのい、のち――。
「――つ、きる……まで。……ささ、げる……?」
そう、書かれていて。
もう一度、絵をよく見る。
僕とニコみたいに、仲良く手を繋いでるわけじゃない。
獣の首に巻き付いた、何本もの糸が。
生きるというものを、吸い取っているように、見えた。
喉の奥に、大きな石が詰まったような。
誰かとつながるっていうのは、一緒に歩くってことじゃないのか。
そう、思って。
よく、わからないけれど。
泣きそうに、なった。
絵の下に、藍色のインクで書かれた、詠唱。
一つ一つ、読み解いて。
最後の、一文。
「……っ、なん……じ、がさだ、め……わが、もの……なり……」
これは、言葉の意味は、わからないけど。
絵を見れば、わかった。
これは、繋がった相手を、自分のものにする、ものだ。
一緒に歩いて、一緒に笑って、一緒に泣くのが。
つながるってことだと、思うのに。
相手を、犠牲に、するなんて。
絶対に、間違ってると、思う。
ざわざわと、胸が騒ぐ。
指を、止められない。
頁を、めくる。
でも、そこは。
半分以上が、なにかで切り裂かれていて。
残っている部分には、針みたいなものを刺された。
ヒトの、絵
その横に、最初に読んだものと、同じような。
文字の端が、歪んでる殴り書きが、あった。
――こと、わ……りの、て……ついを、もって……だ、けり……。
きっと、ここを切り裂いた人は。
この絵を、消したかったんだ。
奥歯が、ガチガチと、震える。
この本は、きっと。
僕が読んだら、いけないものなんだ。
本を閉じたい。
でも。
僕の、指は――。
「……っ!?」
口を、押える。
身体の底から、酸っぱいものが、こみあげてきて。
その絵は。
舞台のような場所に、ヒトが縛られていて。
何本も、その体が見えないくらいの。
太い、太い、鎖で、縛られていて。
折れ曲がった体と、口――だと思うところから。
どろりと、ナニかが、垂れている。
本から視線を外して。
はぁ、はぁ、と胸に手を当てる。
体の奥が、痛い。
ドクドク、ドクドクと。
心が、暴れてる。
なるべく、絵を見ないようにして。
頁をめくる。
ぐるぐる、ぐるぐる、と。
ずっと、回ってる。
母さんの、棒を振り下ろす、あのお仕事。
花の肉が、湿った、あの音。
藍色の飛沫が飛び散って、全部搾り出す、あの景色。
それが、さっき見た絵と、重なり続けて。
僕の胸を、締め上げて来る。
ここに、書かれていることは。
良くないことだ。
絶対に、良くないことで、あるべきだ。
だって、そうじゃないなら。
母さん、は。
母さんの、仕事は。
命を――。
「――ちがうっ!」
そうだ、違う。
母さんは、村のみんなを、助けてるんだ。
その、母さんが。
母さんの命が、吸われてるなんて。
絶対に、違う。
だって、母さんの手は――。
温かいん、だから。
本をぎゅっと握りしめて。
ぐっと、体を丸めた。
最後の頁。
そこには、余白が多くて。
一つと、三つの文章。
――だんめ、い……の……ひぎ。
――はがれお、ちた……ち、んもくを、きけ。さりゆく、い……まを、わがこ……どう、にて、つなぎとめ、ん。
――かがや、くしろ、は……きょぜ、つの……あかし。そ、こに……あれ。
――わが、いん、くをもって。……ことわ、りを。ぬ、いとめ……ん。
それと、ところどころがよれていて。
すごく、読みづらい、小さな一文。
――これな、るは……ゆ、いいつ、の。ど、ろをと……める……す、べなり。
最後まで、必死に指で追って。
本を、閉じた。
喉の奥を、火箸で焼かれるような。
じりじりと、視界が狭まる。
この、本は。
誰かを、犠牲にする方法が、書かれているんだ。
そんなことは、絶対に、絶対に。
「――あっちゃ……いけない……っ」
手をぎゅっと握って。
膝に置いていた本を、放り投げる。
手をゴシゴシと擦る。
すごく熱いのに、すごく、寒い。
息が、うまく、出来ない。
頭を抱えて、膝を抱えて。
ぶるぶると震える体を、抱きしめる。
――わからない。なんで、震えているんだろう。
熱が、ひかない。
その時。
――ウオオオオォォォォォォォン……!
部屋の中に、地の底から聞こえるような。
大きな遠吠えが、聞こえた。
ぴたりと、熱が止んで。
思わず、顔を上げて、『隙間』のほうを見る。
頭が、真っ白で。
――ウオオオオォォォォォォォン……!
途端、体が、足が。
熱くなって。
走り出していた。
「――よんでる」
周りの本なんて、目に入らなくて。
あの狭い『隙間』を、気がついたら抜けていた。
藍色の目と、僕の目が合った気がしたけど。
それよりも、そんなことよりも。
今は、早く、速く、行かないといけなくて。
重い石の扉が、すごく軽かった。
外に出ると、真っ暗で。
冷たい風が、僕を撫でる。
ぶるっと、震えたけど、階段を走る。
ちらっと、手と、流れる赤が見えたけど。
すぐに、どうでもよくなった。
だって。
呼ばれた。
呼ばれたんだ。
急いで、行かなくちゃ。
「あっ!レイドお兄ちゃん!」
「――ごめんっ!」
誰かの声が、聞こえたけど。
急いでる。
こんなに階段が、長いと思ったことはない。
村の一番下。
昏い緑に続く、境界線。
全部を置いて。
そこに、行かなくちゃ、いけない。
( 'ヮ')<レイドくん!走るんだレイドくん!