五感を捨てて世界を救う。~色彩も、味も、温もりも。全部キミの明日を綴る火種にした~   作:ねむ。

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( 'ヮ')<隠し部屋ってやっぱりロマン。あ、こちら本日二話目なのでご注意ください。


第二話(2)

 天井に近い壁の隙間から、淡い藍色の光が灯った。

 

 太陽の光とも違う、ポゥっと光るような。

 そんな、淡い光。

 

 視界が明るくなって、目を開いたり閉じたりする。

 部屋の中を見渡してみると。

 

 石造りの部屋の中に、本、本、本――。

 

 部屋中に置かれた、天井まである棚の中にも。

 そこら中の、床にも。

 

 カビが生えていたり、傷がついていたり。

 種類は色々だけど、とにかく本で埋め尽くされていた。

 

「……すごい」

 

 家の部屋に所狭しに置かれた本よりも、ずっとずっと多いその本の数に。

 ついつい、目が離せなくなった。

 

 ふと、狭い『隙間』を通ってきたから。

 ポケットの中に入れたコンパスが壊れてないか気になって。

 取り出して見てみれば。

 

 針が、ぐるぐると、回り続けていた。

 

 それを見て、少し怖くなる。

 無理やりポケットの一番奥に突っ込んで。

 僕は、ゆっくりと本棚の隙間の道を。

 散らばる羊皮紙を踏みつけながら、歩く。

 

 カビの匂いと、埃の匂い。

 その奥に、ずっとずっと深い、インクの匂い。

 

 いくつ目かの、本棚。

 母さんの手と同じ、藍色の本の中に。

 一つだけ、村の下に広がる『迷いの森』みたいな。

 森の色を溶かし混んだような、緑色の本。

 

 周りの本よりも、少しだけ背の高い、その本。

 他は揃ってるのに、そこだけ、違う。

 

 ふわりと、風が吹いたような、気がして。

 そこから目を、離せなくなった。

 

 その、緑色の本を手に取って。

 一気に、引き抜いた。

 

「……うっ、けほっけほっ」

 

 パタン、と引き抜かれた本の隙間を埋めるように。

 両側にあった藍色の本が倒れて。

 それをちらりと見ながら、近くに積まれてた本の上に座る。

 

 膝の上に載せた本を撫でると、革がザラザラと。

 僕の温かさを奪おうとするように、吸い付いてくる。

 その感覚に、ぞくっと震えて。

 上手く動いてくれない指で、分厚い表紙を開いた。

 

 乾いた羊皮紙がかさりと揺れる音と。

 カビと、鉄錆が混じったような、強烈なインクの匂い。

 

 喉の奥を、ザラりと撫でられたような。

 すごく、嫌な感じ。

 

 部屋を照らす淡い光が、僕の影を伸ばして。

 表紙と、一番最初の頁の合間。

 そこには――。

 

「えっと……古い、言葉……?」

 

 誰かが殴り書いたような、文字の端が歪んだ言葉が並んでいて。

 家で読んだ本の中の、古い文字の読み方を頭の中に浮かべる。

 

 ――われ、ら……はこ、の術、を。ことわ、りをゆ……がめる、の……ろい、を。ま、つだ、いまで……いみ、きらう。

 

 なんとか読んだけど、よく、わからなくて。

 それでも、これを書いた人の、嫌な気持ちは。

 

 母さんの『リトスの雫』を潰すときの。

 嫌な音と、同じようで。

 

 すごく、胸が痛いから、わかった。

 

 その文字をなぞると、指先が冷たくなって。

 思わず、すぐに頁を捲った。

 

 かさり、と羊皮紙の音がして。

 古い言葉が、埋め尽くしている頁が広がる。

 

 読める、けど。

 びっしりと埋まってるのを見てると、頭の奥が急に冷たくなるような。

 読みたいっていう気持ちが、急になくなっていく。

 

 何度か頁をめくっても、それは変わらないけど。

 時々、文字が塗り潰されていたり。

 羊皮紙が途中で切れていたり。

 すごい本かな、とは思うけど。

 

 なんだか、見たらいけないものを見ているような。

 そんな、気持ちになってくる。

 

 どれくらいめくったかわからないけど。

 突然、指が震えて、頁をめくれなくなった。

 

 ヒトと、獣の、絵。

 

 それを繋ぐ、赤い、糸

 

 糸は獣の首から伸びていて、ヒトの手首につながっていて。

 ヒトは立っているけど。

 獣はその足元で。

 

 ひどく、傷ついているように、見えて。

 

 うまく動かない目を、上のほうに向けると。

 そこには、古い言葉で。

 

 ――双糸、の……契約。

 

 その下に、掠れて読みにくいけど。

 

 ――双糸を、むす……び……。……そのい、のち――。

 

「――つ、きる……まで。……ささ、げる……?」

 

 そう、書かれていて。

 もう一度、絵をよく見る。

 

 僕とニコみたいに、仲良く手を繋いでるわけじゃない。

 

 獣の首に巻き付いた、何本もの糸が。

 生きるというものを、吸い取っているように、見えた。

 

 喉の奥に、大きな石が詰まったような。

 

 誰かとつながるっていうのは、一緒に歩くってことじゃないのか。

 そう、思って。

 

 よく、わからないけれど。

 

 泣きそうに、なった。

 

 絵の下に、藍色のインクで書かれた、詠唱。

 一つ一つ、読み解いて。

 

 最後の、一文。

 

「……っ、なん……じ、がさだ、め……わが、もの……なり……」

 

 これは、言葉の意味は、わからないけど。

 絵を見れば、わかった。

 

 これは、繋がった相手を、自分のものにする、ものだ。

 一緒に歩いて、一緒に笑って、一緒に泣くのが。

 

 つながるってことだと、思うのに。

 

 相手を、犠牲に、するなんて。

 

 絶対に、間違ってると、思う。

 

 ざわざわと、胸が騒ぐ。

 指を、止められない。

 

 頁を、めくる。

 でも、そこは。

 半分以上が、なにかで切り裂かれていて。

 

 残っている部分には、針みたいなものを刺された。

 

 ヒトの、絵

 

 その横に、最初に読んだものと、同じような。

 文字の端が、歪んでる殴り書きが、あった。

 

 ――こと、わ……りの、て……ついを、もって……だ、けり……。

 

 きっと、ここを切り裂いた人は。

 この絵を、消したかったんだ。

 

 奥歯が、ガチガチと、震える。

 

 この本は、きっと。

 僕が読んだら、いけないものなんだ。

 

 本を閉じたい。

 でも。

 

 僕の、指は――。

 

「……っ!?」

 

 口を、押える。

 身体の底から、酸っぱいものが、こみあげてきて。

 

 その絵は。

 

 舞台のような場所に、ヒトが縛られていて。

 

 何本も、その体が見えないくらいの。

 太い、太い、鎖で、縛られていて。

 折れ曲がった体と、口――だと思うところから。

 

 どろりと、ナニかが、垂れている。

 

 本から視線を外して。

 はぁ、はぁ、と胸に手を当てる。

 

 体の奥が、痛い。

 

 ドクドク、ドクドクと。

 心が、暴れてる。

 

 なるべく、絵を見ないようにして。

 頁をめくる。

 

 ぐるぐる、ぐるぐる、と。

 ずっと、回ってる。

 

 母さんの、棒を振り下ろす、あのお仕事。

 花の肉が、湿った、あの音。

 藍色の飛沫が飛び散って、全部搾り出す、あの景色。

 

 それが、さっき見た絵と、重なり続けて。

 僕の胸を、締め上げて来る。

 

 ここに、書かれていることは。

 良くないことだ。

 絶対に、良くないことで、あるべきだ。

 

 だって、そうじゃないなら。

 母さん、は。

 母さんの、仕事は。

 

 命を――。

 

「――ちがうっ!」

 

 そうだ、違う。

 母さんは、村のみんなを、助けてるんだ。

 

 その、母さんが。

 母さんの命が、吸われてるなんて。

 

 絶対に、違う。

 

 だって、母さんの手は――。

 温かいん、だから。

 

 本をぎゅっと握りしめて。

 ぐっと、体を丸めた。

 

 最後の頁。

 そこには、余白が多くて。

 一つと、三つの文章。

 

 ――だんめ、い……の……ひぎ。

 

 ――はがれお、ちた……ち、んもくを、きけ。さりゆく、い……まを、わがこ……どう、にて、つなぎとめ、ん。

 

 ――かがや、くしろ、は……きょぜ、つの……あかし。そ、こに……あれ。

 

 ――わが、いん、くをもって。……ことわ、りを。ぬ、いとめ……ん。

 

 それと、ところどころがよれていて。

 すごく、読みづらい、小さな一文。

 

 ――これな、るは……ゆ、いいつ、の。ど、ろをと……める……す、べなり。

 

 最後まで、必死に指で追って。

 本を、閉じた。

 

 喉の奥を、火箸で焼かれるような。

 じりじりと、視界が狭まる。

 

 この、本は。

 

 誰かを、犠牲にする方法が、書かれているんだ。

 

 そんなことは、絶対に、絶対に。

 

「――あっちゃ……いけない……っ」

 

 手をぎゅっと握って。

 膝に置いていた本を、放り投げる。

 

 手をゴシゴシと擦る。

 すごく熱いのに、すごく、寒い。

 

 息が、うまく、出来ない。

 

 頭を抱えて、膝を抱えて。

 ぶるぶると震える体を、抱きしめる。

 

 ――わからない。なんで、震えているんだろう。

 

 熱が、ひかない。

 

 その時。

 

 ――ウオオオオォォォォォォォン……!

 

 部屋の中に、地の底から聞こえるような。

 

 大きな遠吠えが、聞こえた。

 

 ぴたりと、熱が止んで。

 思わず、顔を上げて、『隙間』のほうを見る。

 

 頭が、真っ白で。

 

 ――ウオオオオォォォォォォォン……!

 

 途端、体が、足が。

 熱くなって。

 

 走り出していた。

 

「――よんでる」

 

 周りの本なんて、目に入らなくて。

 あの狭い『隙間』を、気がついたら抜けていた。

 

 藍色の目と、僕の目が合った気がしたけど。

 それよりも、そんなことよりも。

 

 今は、早く、速く、行かないといけなくて。

 

 重い石の扉が、すごく軽かった。

 

 外に出ると、真っ暗で。

 冷たい風が、僕を撫でる。

 ぶるっと、震えたけど、階段を走る。

 

 ちらっと、手と、流れる赤が見えたけど。

 すぐに、どうでもよくなった。

 

 だって。

 

 呼ばれた。

 

 呼ばれたんだ。

 

 急いで、行かなくちゃ。

 

「あっ!レイドお兄ちゃん!」

 

「――ごめんっ!」

 

 誰かの声が、聞こえたけど。

 

 急いでる。

 

 こんなに階段が、長いと思ったことはない。

 

 村の一番下。

 

 昏い緑に続く、境界線。

 

 全部を置いて。

 

 そこに、行かなくちゃ、いけない。




( 'ヮ')<レイドくん!走るんだレイドくん!
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