五感を捨てて世界を救う。~色彩も、味も、温もりも。全部キミの明日を綴る火種にした~   作:ねむ。

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( 'ヮ')<こちら本日二話目です。ご注意ください。


第三話(2)

「――うわあああぁぁぁぁっ!」

 

 声を出して、近づいていく。

 

 僕に、気づいてくれるように。

 

 助けに来たよって、気づいてくれるように。

 

 泥に、負けないように。

 

 狼の――いや、彼の瞳が、僕に気が付いて。

 一瞬、驚いたような、そんな気配がして。

 でもすぐに、低い唸り声が響いた。

 

 それはまるで、こっちに来るなと、言っているようで。

 お前まで巻き込まれるぞと、言われたような気がした。

 

 その奥、金の裏側に。

 

 『たすけてくれ』っていう言葉も、僕には、視えた。

 

「うんっ!僕が、助けに――」

 

 狼に、触れて。

 

 その泥に、灰色にも。

 

 触れて、しまった。

 

 べちゃっと、母さんが花を潰す音と似た。

 その音が、聞こえたとき。

 

 僕が、揺れた。

 

「ぁ……っ……ぁぁ……ぐ、ぅっ」

 

 自分が、持っていかれる。

 なににかは、わからないけど。

 

 自分の中にある、ナニかが、なくなっていくような。

 

 『僕』という存在が、雪のように溶け出していくような。

 

 『自分』というものが、薄くなっていく。

 

 うまく、立っていられなくて。

 ぐるぐると、目が回る。

 

 ひび割れた、灰色の地面が、近づいて。

 ぎゅっと、狼を、抱きしめた。

 

 低い、どこか温かい唸りが、聞こえた。

 

 生暖かい吐息が、僕にかかって。

 

 横目で、金色を、見た。

 

 それは、すごく悲しそうで。

 

 安心、させたくて

 

「……だい、じょ、うぶ……。ぼ、僕が……なんとか、する……から……」

 

 ぷるぷると震えて、うまく動かない手を、動かして。

 狼を、撫でる。

 少しでも、僕の気持ちが、届くように。

 

 でも、どうすれば、いいんだろう。

 

 このままだと、僕も――。

 

 ――嫌だ。そんなこと。

 

 だって、母さんが、一人になってしまう。

 母さんの焼いてくれたパンが、食べられなくなってしまう。

 母さんに、抱きしめられなく――。

 

 頭の中に、あの書庫で見た、絵が、視えた。

 

 ヒトと、獣が繋がった、絵。

 

 『双糸の契約』。

 

 それと――。

 

 ――なんじがさだめ……わがもの、なり……。

 

 だめだ。

 

 そんなこと、絶対に、だめなんだ。

 

 誰かと、繋がる、ことは。

 

 一緒に、『生きる』ってこと、なんだ。

 

 誰かを、なにかを犠牲に、するんじゃなくて。

 

 あの絵みたいに、一人と、独りじゃなくて。

 

 ふたりに、ならないと――。

 

 金色が、近づいてきて。

 

 その、優しくて、寂しそうな、いろ。

 

「……ぁあ」

 

 でも、どこまでも僕を、心配してくれてる、いろ。

 

「……キミも、そうなんだね」

 

 なんでかは、わからないけど。

 きっと、彼は――この子は。

 自分じゃない、誰かを。

 

 助けたんだと、思った。

 

「……ふふっ、僕と一緒……だね」

 

 僕も、この子も。

 もうすぐ、灰色に、なるのに。

 

 一緒に、笑えたような。

 

 そんな、気がした。

 

 ――ああ、そうか。

 

「……わかったよ。僕が、どうすれば、いいのか」

 

 ――はじめから、わかってたんだ。

 

「僕の半分を、キミに……あげる」

 

 ――だって、僕は。僕たちは。

 

「だから、キミの半分を」

 

 ――一緒だったんだから。

 

「――僕に、ちょうだい」

 

 手を、持ち上げる。

 

 狼の、目の前に、いくように。

 

「――言霊を、つむぐ」

 

 森を、広場を、目の前を。

 

 藍色の光が、覆い隠して。

 

 ――ひとりじゃない。

 

「わかたれた魂、ひとつの理へ」

 

 同じ場所で、同じ速度で。

 

 嬉しいことも。

 

 楽しいことも。

 

 悲しいことも。

 

 痛いことも。

 

「我が命を薪とし、汝の誇りをともす」

 

 僕の熱が、移っていく。

 

 この子の熱が、僕にやってくる。

 

 僕たちが、溶けあっていく。

 

 ひとりじゃなくて、ふたりでもなくて。

 

 ひとつに、なっていく。

 

「命脈尽きるまで――」

 

 全部、全部。

 

 ふたりで。

 

 僕たちで、歩いて。

 

 どこまでも、進んでいこう。

 

「――我らが、運命は……共にありっ!」

 

 瞬間。

 

 藍色の光が、僕たちを包んで。

 

 光の一粒一粒が、絡み合う糸のように。

 

「あ、がっ!ああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!」

 

 手首と、首じゃなくて。

 

 僕と彼の、首と首を、繋いでいく。

 

「ああぁぁぁっ!!!うっぐぐぅぅぁぁあああぁぁぁ!!!」

 

 それと、重さが。

 これはきっと、この子が、持っていたもの。

 

 体が、引っ張られて。

 起こして、いられない。

 

 大きな手に、絞られてるような。

 

 目の前が、ちかちかとして。

 

 すごく、痛い。

 

 でも、自分が消えていく、あの感覚はなくなって。

 

 体をぎゅっと抱えて、耐える。

 

 しばらくすれば、落ち着いて。

 はぁ、はぁ、と息を吐き出す。

 目を開けば、蒼と白の月と。

 

 空を覆い尽くす、いろんな色の。

 

 たくさんの星。

 

 それと、こちらをのぞき込んでくる金。

 

「ははっ……ね?……なんとか、なった……でしょ?」

 

 手を伸ばして、首筋を撫でる。

 彼は、気持ちよさそうに目を細めて。

 

「ここも、危ないよね。……でもごめん、ちょっと、動けなくて……うわっ」

 

 僕のことを咥えて。

 そのまま、泥が届かない。

 ずっと奥の、木の根元に運んでくれた。

 

「……ありがとう」

 

 そのまま、根元にへたり込んで。

 彼の頭を、撫でる。

 いつも僕が、母さんにしてもらってるように。

 

 彼は、じっと僕を見つめて。

 

 ――名が、ほしい。

 

 ぐぅっと唸り、僕の中で『声』が響いた。

 

 それに、驚く。

 

 彼の言いたいことが、直接。

 僕の中ではじけたんだ。

 これが、ひとつになったってこと、なのかもしれない。

 

「今のは……キミの声?」

 

 こくりと、頷いた――ように見えた。

 

 名、名前。

 

 考える。

 

 せっかく名前をつけるなら、良いものがいい。

 

 しっかりと、彼に合うものを。

 

 じっと、見つめると、銀色が輝いていて。

 ゆらりと、その銀が揺れているようにも見えた。

 毛の一本一本から、光が溢れているようで。

 

 そうだ。

 

 これしかない。

 

「キミの名前は……ハティ」

 

 首筋にぎゅっと抱き着いて。

 どくん、どくんと、強い震えを感じる。

 すぅっと息を吸えば、ふわりと、太陽の香り。

 

「――古い言葉で、『月を追いかける者』」

 

 顔を上げて、金色を見つめる。

 

 この金色が、僕は好きだと思った。

 

「暗い夜を終わらせて、新しい夜明けを連れて来る――銀」

 

 思い出すのは、窓から光が差し込む部屋。

 

 母さんの仕事場にあった、あの書庫よりも少ないけど。

 

 たくさんの本がある、でもいつからあるかわからない。

 

 家の中にあって、母さんも知ってるし、入れるけど。

 

 僕にとっては、宝箱みたいな部屋。

 

「本で読んだ、言葉なんだ。気に入ってくれると、嬉しいな」

 

 ふっと、笑って。

 

 その鼻に、自分の鼻を合わせる。

 

 彼の――ハティの息を、感じる。

 

「ふたりで、一緒に――生きていこうよ」

 

 瞬間。

 

 ハティの金に、すぅっと光が宿った。

 

 べろりと、顔を舐められて。

 

 首筋が、ちりっと熱くなった。

 

 ――ありがとう。

 

「ううん、僕のほうこそ」

 

 ハティの首筋に、顔を埋めて。

 

「キミのおかげで、キミを助けられた」

 

 太陽の香りを、吸い込んで。

 

「僕を呼んでくれて、ありがとう」

 

 伝える。

 

 目の奥がじんわりとしたけど、見られたくなくて。

 そのまま、ハティの気持ちの良い毛並みを楽しむふりをした。

 

 本当に、よかった。

 僕も、ハティも、無事で。

 泥にならなくて。

 

 今、こうして、お互いの震えを、感じられてる。

 

 泥になっていたら、こうできなかった。

 あの書庫で読んだ本は、良くないものだけど。

 

 読んで、本当によかった。

 

 これで、帰れる。

 帰りは二人だけど。

 母さんは、きっと。

 

 僕たちを、迎えてくれる。

 

 怒られるだろうけど、それでいいと思った。

 だって、なにもなくなるよりも。

 絶対、良いこと、だから。

 

 ハティの毛が濡れたけど、この子は仕方ないと言うように。

 鼻を鳴らしていて。

 

「……そうだっ!」

 

 また、木に体をあずける。

 

「まだ、僕のことを、伝えてなかったよね」

 

 ハティと目を合わせながら。

 

「僕はレイド。レイド・ヴェラ・コル。よろしくね」

 

 彼は頷いて、心の中によろしくと伝えてくれて。

 

 背中にあるのは、灰色になりかけてる木だから、冷たく感じたけど。

 隣にいるハティの熱が、僕を温めてくれていて。

 

 不思議と、居心地が良い。

 

「ふ、ふふふっ」

 

 自然と、笑いが出てきて。

 ハティも、くつくつと、笑ってくれているように見えて。

 

 しばらく、二人で笑っていた。

 

 お互いの無事を、祝うように。

 

「……ふぅ……ごめんね。まだ、動けなくて」

 

 ハティの首筋を撫でて。

 

「少し、休んでから。僕たちの家に、帰ろうよ」

 

 僕の横で、寛いでるハティに話す。

 

 心の中で、ハティが頷いてくれたのが、わかった。

 

 それに、また笑いそうになって。

 

 空を、見上げた。

 

 きらきらと、星が見える。

 

 蒼と白の月が。

 

 僕たちを、見守ってくれてるような。

 

 静かな、でも温かい時間が。

 

 ゆっくりと、過ぎていた。




( 'ヮ')<無事に救えたな!ヨシっ!
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