五感を捨てて世界を救う。~色彩も、味も、温もりも。全部キミの明日を綴る火種にした~ 作:ねむ。
――キラキラ、キラキラと。
星が、今にも落ちてきそうで。
「……ねぇ、ハティ」
横にいる銀の狼に、話しかける。
「空ってさ。……こんなに、綺麗だったんだね」
その気持ちの良い毛に、手を置いて。
彼の熱と、僕の熱を、繋ぐ。
もう片方の手で、自分の首筋を撫でる。
何重にも、糸が巻き付いたような。
そんな手触りが、して。
ふふっと、笑ってしまう。
一度、目を閉じて。
空気を、吸い込んだ。
泥の甘い匂いの中に、青臭い草の匂いが混ざって。
この場所に来た時の気持ち悪さは。
いつの間にか、なくなっていた。
ブツ、ブツと、泥がはじける音は聞こえるけど。
それも、今は遠くて。
目を開いて、ハティを見る。
銀色の毛は、月の光をそのまま吸収しているようで。
どこまでも輝いていて、透き通って見えた。
ゆっくりと、毛並みを楽しみながら。
首筋、僕と同じ場所を、撫でる。
僕のと、同じ。
何重にも糸が巻き付いたような。
ハティ自身の熱なのか、跡の熱なのかは、わからないけど。
ほんのりと、温かい。
僕と、彼が、ひとつになったっていう証。
ぐぅっと、小さな唸り声が聞こえて。
「ごめん、くすぐったかった?」
目を合わせながら、聞いてみたけど。
ずいっと、近づいて来た。
もっと撫でてもいいみたいだ。
それなら、と思って。
重い体を起こして。
ハティに思いっきり抱きついた。
すごく、ふわふわで。
すごく、暖かい。
息を吸えば、さっきまでの気持ち悪い匂いはなくなっていて。
ハティの、匂いが広がった。
銀色で、二つの月の光みたいなのに。
毛布を干したあとみたいな、太陽の香り。
それがどこまでも、落ち着く。
そのままハティにくっついていると。
すっと立ち上がって、歩き始めた。
ぼーっとそれを感じながら、視線だけ送る。
歩く先には、小さな狼がいて。
ハティとは違って、全然大きくはないけど。
たぶん、彼が助けた子。
ふたりが、鳴き声で話をしているようで。
僕には、よくわからないけど。
ハティの、気持ちが――。
『無事でよかった』
『今度からこんなところに来るんじゃないぞ』
――直接、伝わってきて。
胸の奥が、ぽかぽかと、温かくなる。
頬が、勝手に緩んで。
ぎゅっと抱き着きながら、ついつい撫でまわしてしまう。
小さな子は、大きく鳴くと、森の奥に行ってしまって。
また僕とハティの二人になった。
ハティは、照れてしまったようで。
僕と目を合わせてくれないけど。
なんだか、嬉しくて。
「……やっぱり僕ら、似た者同士だ」
体の重さは、いつの間にかなくなっていて。
でも全部がなくなったというよりは。
眠いときの体が重い感じじゃなくて。
水を吸った服を着てるようなときの、重さ。
ハティの背中から降りて。
広場の中央、銘剥の泥を見る。
僕が来たときよりも、少し広がっているように見えて。
このまま止まらなかったら、村まで――。
すぐに、頭を振って。
村の周りには、不変石の境界線もあるから。
この泥は、村には来れない。
そう、信じる。
「……ハティ……」
泥から目を離して。
「そろそろ、帰ろっか」
金色と目を合わせて、聞いてみれば。
低い鳴き声とともに、頷きを返してくれた。
月が照らしていた広場に背を向けて、暗い森を歩く。
どこから来たか、正直わからなくなってたけど。
ひび割れた地面に残ってた足跡をたどって。
真っすぐ、二人で歩く。
甘い匂いが、どんどん遠ざかって。
青臭い匂いが戻ってくるかなと、思っていたけど。
森そのものが、生き物になって吐き出したかのような。
洗い立ての布の香りがした。
それに、少し驚いて。
足を止めていたら、ハティと目が合った。
その表情は、どこか得意げに見えて。
「もしかして……」
さっき、ハティの気持ちが直接伝わってきたように。
「……この匂いも、教えてくれてるの?」
ハティが、前を向いて。
すぐ、頭の中に。
全然暗くない、森の、景色が。
ところどころ、淡い光が漂っていて。
どこまでも、蒼くて。
どこまでも、輝いていて。
とても、綺麗。
「これ……は……」
それと一緒に。
遠くのほうで、草を食べる音と。
なにかは、わからないけど。
獣の鳴き声と。
誰かが、叫んでる音。
僕の世界が、一気に広がって。
今まで見えていた、感じていたものよりも多くの。
数えきれない、わからないくらいの。
これが、ひとつになるっていう、ことなんだ。
ハティの――。
見えているもの。
吸い込んでいるもの。
食べているもの。
感じているもの。
――全部が、僕の中に、流れ込んできて。
「……すごい」
なんだか、よくわからないけど。
「これが、ハティ……」
すごく、すごく、胸がいっぱいで。
「……キミの、見えているもの、なんだね……っ!」
ハティの体に置いてる手を、ぎゅっと握る。
僕たちが繋がってるっていうことが、感じられて。
心から、嬉しい。
僕の見えているもの、感じているものも。
全部全部、届けたくて。
必死に、心の中で。
伝われと、願う。
すると、ハティが、慌てたように。
僕と目があったけど。
その目は、どこかじとっとしている。
どうやら、僕の思っていたことは。
無事、届いたようだ。
ふふっと、一つ笑って。
ハティの、表情とは違う。
嬉しいという想いを受け取って。
グルゥ、と唸る。
ハティの声を、聞いた。
( 'ヮ')<五感が広がって嬉しいね。