五感を捨てて世界を救う。~色彩も、味も、温もりも。全部キミの明日を綴る火種にした~ 作:ねむ。
ふたりで、歩く。
ハティの感覚が流れてくるのもあって。
ここに来た時とは、本当に違う景色。
どこか暗くて、でも明るかったように見えた森は。
今は、蒼と白の、光の粒がたくさんあるみたいで。
ずっとずっと、遠くまで見える。
木の葉っぱも、枝も、幹も、全部が綺麗に見える。
だから、広場に近いこの場所は。
余計、灰色に近づいているのが、よくわかって。
綺麗だなと思うけど。
どこか、寂しいようにも思う。
だって、やっぱり。
周りの木とか、土とかから、熱を感じないんだ。
生きてるっていう感じが、しない。
すごく、寂しくて。
心に、穴が開いたような。
なにかが足りない感じが、する。
僕の気持ちが伝わってしまったのか、ハティがすぐ近くに来てくれる。
その首筋を撫でながら。
「なんで、みんな灰色になっちゃうんだろうね」
そう、言ってみる。
答えが欲しいわけじゃなくて。
ただ、吐き出したかった。
ハティのわからないっていう気持ちと。
こんなものなくなってしまえば、という気持ちが。
僕と、重なって。
「……こんなところ、はやく出ていこう」
ハティの体に手を置いて。
灰色の中を、森に向かって歩く。
いや、森の中にはずっといるんだけど。
この、生きているって思えない場所を、そうだとは思いたくない。
ざりざりと、音がする。
その中で、遠くのほうから。
ほーっ、ほーっ、という音も聞こえてきて。
ハティのおかげで、ふたりぼっちじゃないんだって。
この灰色に染まっていきそうな森の中にも。
ちゃんと、生きているものがいることを、知れる。
泥は、怖いけど。
それでも、僕たちは、歩いて行けるって。
歩いていかないと、いけないって。
なんだか、そんな気になってくる。
でも、まずは。
それも、とても大切なことだとは、思うけれど。
「――ねぇ、ハティ」
一番、大事なこと。
「母さんに……」
絶対に、逃げられない、こと。
「……ぜったい……おこられる……よね……」
ハティは、よくわかってないようだけど。
僕にはわかる。
ハティのところに行くまでのことを、思い出せば。
怒られることしか、やってないんだ。
あのときは、急いでたから。
見ないふりを、したけど。
母さんの作業場で、絶対、見られた。
あの、書庫から続いてる『隙間』から出たところも。
急いで、作業場を、出たところも。
そのとき、母さんには、呼ばれてないはずだけど。
村の階段を走ってたときは、また別、だと思う。
よく、思い出せない、けど。
作業場を出た後、もしも母さんが僕を追ってたら。
『迷いの森』に入るところも、見られたかも。
母さんは、ずっと、優しいけど。
怒ると、すごく、本当にすごく、怖い。
それと、目が。
僕と同じ、藍色が、とても悲しそうで。
それを見ると、お腹の下が。
氷を入れたときよりも、冷たくなる。
村の決まりを破って、こんなところにいる。
ハティも、一緒に。
あと、ずっと、気が付かなかったけど。
体のあちこちが、痛くて。
ちらりと見れば、服がところどころ、破れていて。
『隙間』を通ったときにできた、石の角で引っかかれたような傷や。
地面に転んだ時に、擦りむいたような傷とか。
それが、たくさん、ある。
気が付いてしまえば。
全部が全部、熱くなってるように、思えて。
じんじんと、する。
「……いたたっ」
少し、転びそうになって。
ハティが、そっと寄り添ってくれる。
心の中で、少し休むかって、聞かれたけど。
「ありがとう、大丈夫だよ。それよりもほら、もうすぐでちゃんとした森だね」
先を、指でさせば。
灰色に近い白と、青く輝いてるように見える、緑の境界。
今いるところも、森だけど。
ここは泥に変わりかけてるところ、だから。
すぐ、境界を越えて。
体の奥が、すごく軽くなったような。
へたり込みそうになって。
ハティのほうに、寄りかかってしまって。
なにも言わないで、近くに寄ってきてくれて。
ふと。
僕たちは、たしかにひとつになったけど。
どうして、ハティは。
こんなに、僕に優しいんだろうって。
金色の瞳が、僕と合って。
――キミはオレを助けてくれたから。
心の中に、ハティの声が、想いが。
まっすぐな金色と一緒に。
一番大きく、はじけて。
胸の奥がぎゅーっと、締め付けられて。
それと一緒に、ぽかぽかと、温かくなって。
笑顔に、なる。
やっぱり、見られるのは、恥ずかしくて。
歩きづらくなるけど、ハティに抱き着いて。
走った後みたいに、どくどくとうるさい心と。
元に戻らない顔を、頑張って落ち着かせる。
ハティが、笑っているのも伝わってきて。
「……なんだよぉ」
ここから、逃げたくなった。
でも、この匂いを感じていると。
だんだんと、落ち着いてきて。
太陽の匂いの中に、深い草の匂い。
さっきまでいた、灰色の場所でずっとしてた甘い香りは全部なくなって。
ちゃんとした森の、空気がする。
耳をすませると。
ずっとずっと、たくさんの音が聞こえてくる。
きちきちっていう小さな音や。
かさかさと揺れてる、葉っぱの音。
なにかの獣の鳴き声。
それと。
僕を探している、たくさんの、人の声。
やっぱり、村のみんなには。
僕が、ここにいることは、知られている。
母さんか、僕に声をかけてくれた子か。
たぶん、どっちかが、伝えたんだと思う。
それか、走ってる僕を見た誰か。
ハティから離れて。
目を、よく開いて。
先を見る。
ハティのおかげで、よく見える森の先には。
赤と、黄色の光。
それも一つじゃなくて、指で数えられないくらいの、数。
うっすら、僕の名前のようなものも、ちゃんと聞こえて。
「ハティ」
その場に、止まる。
探されてるのは、想像してたけど。
こんなに多いとは、思ってなくて。
「……みんな、僕を探してるみたい、だね」
ハティの目を見る。
彼は首をかしげて、あれは仲間か、なんて。
それに、頷いて。
「僕だけなら、僕が怒られるだけ、だったんだけどね……」
ハティのことを、どう言えば、いいんだろう。
僕を助けてくれた子。
仲良くなった子。
なついてくれた子。
いろいろ、思いつくけど。
たぶん、僕のことを探してるのは、狩猟隊の、みんな。
どうにかして、ハティを。
守らないと、いけなくて。
僕が、怪我をしていなければ。
ボロボロに、なっていなければ。
まだ、よかったのかも、なんて。
――オレがいたら、よくないのか。
「そんなことないっ!」
考えてることが通じてしまったのか。
低い唸りが、響いた。
「ハティと僕はもう、一緒に歩いていくって決めたんだ」
まっすぐ、金色の目を見て。
「僕が、絶対に……なんとかするっ!」
方法は、わからないけど。
なんとか、認めてもらわないと、いけない。
「行こう、ハティ。大丈夫だから」
襲われていた僕を、ハティが助けてくれたって言えば。
なんとか、出来るんじゃないか。
そう、思う。
でも、もしもグウィン様が、いたら。
僕は、しっかり話すことが出来るのか、わからない。
母さんと、ヴェインなら、きっと。
話を、聞いてくれると、思う。
母さんは、きっといる。
だって、うっすらだけど。
流れて来る声の中に、いるような気がするんだ。
僕が、母さんの声を、間違えるはずがない。
頭の中で、ぐるぐる考えながら。
僕とハティが、離れないように、しないといけない。
でも、話を聞いて、もらえなかったら。
認めて、もらえなかったら。
最悪。
村を、出ることに、なっても。
僕が、必ずハティを、守るんだ
でも。
できれば。
できる、ことなら。
ニコのいる村から。
みんなのいる、村から。
なにより、母さんから。
離れたく、ない。
だから、僕が、なんとかしないと。
――レイド。
ハティが、低く唸って。
――キミのことを、信じる。
金色の瞳は、揺れてなくて。
それに、僕は。
頑張れるような。
元気を、もらえて。
「――うん。まかせて」
頭の中が、気持ちよく寝れたときのように。
重りが、なくなる。
ハティと一緒に、赤い色の点に向かって。
きっと、ふたりでいれると。
そう、願って。
風が、葉っぱを揺らして。
その隙間から、月の光が見えた。
( 'ヮ')<お母さんって怒ると怖いですよね。