白尾エリの召喚事故   作:スルメスメル

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不穏な影

 

──数日後

 

ワイルドハント芸術学院。第四寮四〇四号室。

 

「うぅ、信じたくないけど……あんなもの見せられた手前、もはや信じるしかないのよね……!でも、でも……」

 

「レナちゃん、まだ信じてないんですか?」

 

「そういうわけじゃないんだけど、うぅ……!」

 

レナが頭を抱え、蹲っている。

 

「だって、おかしいでしょ……?風が吹いてたのよ、風が。それに匂いもしたし、雲もあったし、土の感触もあった。五感で感じられる幻覚なんて、そもそも存在するわけもないし……あんなの現実と何が違うっていうのよ」

 

レナは膝を抱えて、ぶつぶつと呟いている。

 

そして俺は適当に淹れられた茶を一口含みつつ、彼女の様子を眺めていた。まあ無理もあるまい。

 

あの娘にとって、オカルトとはエリ達の戯言と切り捨てるべき類のものだったのだろう。それが目の前で、否定の余地すら無く現実として現れた。

 

仮にそれが幻覚であったならば、彼女もここまで取り乱しはしなかっただろう。だが、あれは間違いなくレナの五感が捉えた本物の現実だった。

 

それを否定するということは即ち、自らの五感を否定することに他ならない。

 

「ぐぬぬ……はぁ、分かったわよ」

 

レナは唸り、観念したように突っ伏した。

 

「とりあえず今までのことは認めるから、もう私の常識を壊さないで……」

 

「ふふんっ。やっと信じる気になりましたか!では、これからも私達と一緒に常識を壊していきましょうね。レナちゃん!」

 

「いや、壊さないでって言ったわよね!?」

 

レナの悲鳴のような声に、エリは元気よく拳を握っていた。そうして、しばらく──

 

少女達が思い思いに淹れた紅茶を啜り、場の喧騒が落ち着きを見せ始めた頃合いだった。

 

「提案があります」

 

それまで黙したまま、椅子に腰掛けていたツムギが静かに口を開いた。全員の視線が集まる。

 

「どうしましたか?そんな藪から棒に」

 

エリは小首を傾げ、帽子の鍔が揺れた。

 

ツムギの目が鋭くなる。

 

「アノスさんのことについてなのですが……私の意見としてはアノスさんの存在、そして諸々の事情を芸術評議会に先んじて伝えておくべきだと思います」

 

「……ふぇっ」

 

エリの口から、間の抜けた声が漏れた。

 

それを聞いて、レナとカノエもこちらへと顔を向けてくる。レナは「あー」と納得したような声を漏らし、カノエは静かに頷いていた。

 

「……えーっと、それはちょっと……」

 

「エリ、気持ちはわかりますが……」

 

ツムギは諭すような口調で続けた。

 

「ですが、考えてみてください。アノスさんは異界からの来訪者であり、なおかつ私達の常識を遥かに超えた力を持つ存在です。そんな事実が私達の中だけに留まる時間が長くなればなるほど、後で発覚した際の混乱は大きくなります」

 

「うっ……それは、確かに」

 

「特に──」

 

ツムギの視線が窓の外へと向けられる。

 

「それに学院の敷地内に得体の知れない存在が滞在していると分かれば、評議会はそれを脅威と判断する可能性が高い。最悪の場合、武力による排除も視野に入るかと」

 

「ぶ、武力って……アノスさんを?」

 

「あくまで可能性の話です」

 

ツムギは淡々と続ける。

 

「ですから、その前にこちらから先手を打って報告し、許可を取り付けておく。そうすれば、後々の面倒事を未然に防げます」

 

「うぅ……でも、ほら。評議会って、かなり融通が利かないというか……」

 

エリは魔導書を抱きしめ、口籠った。

 

要するに、面倒事を持ち込まれるのが嫌なのだろう。彼女としては、せっかく手に入れた本物の魔法使いとの時間を、評議会だの何だのといった事情で煩わされたくない。そういう顔だった。

 

「……エリ先輩。気持ちは分かるけど、ツムギ先輩の言う通りだと思うわ」

 

レナがぽつりと言った。

 

「あの花畑、他の寮の子達には聞こえてなかったみたいだけど……毎回毎回、上手く事態を隠せるとは限らないわよ。それに誰かに目撃されてから慌てるよりかは、先に話を通しておいた方がいいと思うし……」

 

「……私もそうした方が良いと思うな。エリちゃん」

 

そしてレナの言葉にカノエも頷く。

 

エリは三方向から説得されて、ますます魔導書を抱える腕に力を込めていった。

 

「……さて。アノスさんは、どう思いますか?」

 

やがてツムギが俺へと視線を向けてきた。

 

ふむ。俺としても断る理由はない。

 

それに騒ぎを起こすよりかは、穏便に話を通しておく方が後々の動きやすさにも繋がる。そして知識の中にある芸術評議会なる組織が、他校での生徒会に相当する組織であることも理解している。

 

だが、何より──

 

「闇雲に存在を隠し続け、後で発覚するよりは事前に情報を開示する方が遥かに合理的だ。俺としても断る理由がないな」

 

「ア、アノスさんまで……うぅ」

 

エリはとうとう魔導書に顔を埋めてしまった。

 

そこから、もにょもにょと声が聞こえてくる。

 

「……分かりました、分かりましたよぉ。行きます、ぐずん……」

 

しょんぼりとした声だった。

 

ツムギは満足げに頷き、レナはくすりと笑い、カノエはエリの背を優しく撫でていた。そして俺は再び茶を口に含みながら、暫しそれを眺めた。

 

 

 

 

 

 

──数時間後

 

詳細を語るほどの出来事は特になかった。

 

ツムギが手筈を整え、エリが渋々ながらも先導役を務め、俺は彼女達に連れられて芸術評議会の元へと足を運んだ。そこでは評議会長を務める雲類(うる)(わし)マナミなる少女と短く言葉を交わし、こちらの素性と来訪の経緯を簡潔に伝えた。

 

結論から言えば、話は呆気ないほどに纏まった。

 

マナミはこちらの説明を疑うこともなく、かといって安易に信じ込むこともなく、淡々と必要な情報を引き出し、必要な判断を下した。聡い娘だ。

 

最終的に、彼女は俺がワイルドハント芸術学院に滞在することを許可した。そして条件は幾つかあったが、いずれも要求として妥当なものだった。

 

学院の規則を尊重すること、生徒に危害を加えぬこと、必要に応じて評議会の聴取に応じること。いずれも俺が破る道理のないものばかりであり、応とも否とも答えるまでもなく承諾した。

 

そうして、滞在が正式に許可された後のこと。

 

「……えーっと、なんですけど」

 

エリが言いづらそうに口籠った。

 

第四寮四〇四号室の前。俺達はそこで立ち止まり、歯切れの悪い表情でエリは俺を見上げる。

 

「……あの、寮についてなんですけど。アノスさんの泊まる場所って、どうしましょう。そもそも私達の部屋に限らず、ワイルドハントの寮って女子生徒しか居ませんし。そこにアノスさんを泊まらせるのは、その、何と言いますか……」

 

「評議会にしては珍しく『部屋は各自で調整するように』との指示でしたが……現実として、この寮に空き部屋はありません。それに私達の部屋に同居していただくのは都合上、かなり難しいかと」

 

ツムギが眉を下げ、そう言う。

 

「かといって、廊下で寝ていただくわけにもいきませんし……」

 

「問題ない」

 

だが、そこで俺はツムギの言葉を遮った。四人の視線が一斉に集まり、エリが困惑を見せる。

 

「えっ。で、でも……」

 

すかさず俺は魔法陣を描き、魔力を発した。

 

すると、この寮の廊下に変化が起きた。ぐにゃりと廊下の先の景色が歪み、空間が引き伸ばされていくのだ。そうして空間の先に部屋ができた。

 

「「「……は?」」」

 

「これで宿泊場所の問題は解決した」

 

「い、いやいやいやっ!なんか途轍もなく強引な解決の仕方だったし、もうちょっと何か……ほら、方法はなかったのっ!?」

 

レナは驚きながらも、途端にツッコミを入れる。それに懐かしさを覚え、俺は僅かに微笑んだ。

 

だが、そんな俺を見たレナは「もう何も言わないわよ……」と、げっそりとした表情で俯く。

 

そして数分後。

 

俺達は別れ、各々の部屋に戻ることになった。

 

「──アノスさん。今日は本当に色々とありがとうございましたっ!また明日もお願いしますね」

 

「ああ」

 

エリは感謝を述べて深々と頭を下げ、それから三人を連れて第四寮四〇四号室へと戻っていく。

 

そして俺も自ら拡張した部屋へと足を踏み入れ、扉を閉めた。蝋燭の代わりに、机の上に置かれた小さな照明が淡く室内を照らしている。

 

寝台に腰を下ろし、俺は静かに息を吐いた。

 

──ふむ。

 

そして軽く魔眼()を細める。

 

部屋の中は静かだった。

 

そして隣の部屋からは時折、エリ達の楽しげな笑い声が漏れ聞こえてくる。レナが何かを諫める声、ツムギが叫ぶ声、エリの笑い声──カノエの不気味な笑声。しかし、俺の意識はそれらの音から離れた、もっと別の場所へと向けられていた。

 

俺は無言のまま、窓の外へと視線を投げる。

 

それは星空の更に向こう──世界と呼ばれる枠組みの外側たる領域。そこに、何かがあった。

 

それは魔眼()を凝らすまでもなく感じ取れる微細な干渉。糸のように細く、霧のように淡い。しかし、それは確かに俺へと向けられたものだった。

 

「……」

 

俺は更に魔眼()を細め、無言を貫く。

 

そうして、俺は根源の魔力を少しだけ解放した。それは、ただ無闇に解放するわけではない。滅びの魔力を<流川操魔(メイヴィア)>にて精密に操作し、その干渉元と思しき領域へ、限定的に滅びを垂れ流す。

 

俺とて、ただ無駄に千年もの時を過ごしていたわけではない。その膨大なまでの時間に見合った魔法技術の成長はしているのだ。そして最後に──

 

俺は胸に魔法陣を描き、手を突っ込む。

 

そうして自らの根源を掴み、そこから手を引き抜き、ゆっくりと拳を開いた。そこに浮かんでいるのは黒い球だ。深く、深く、果てしなく深い──凝縮された力の塊。いと深き漆黒の球体。

 

その魔法の名を、俺は呟いた。

 

「<深魔(アギド)>」

 

瞬間、世界が完全な闇に包まれた。




次回はキヴォトス散策回になると思います。
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