ミノタウロスの♀でダンジョンの中ボスを務めているメイちゃんはそろそろ番が欲しい 作:ムラムリ
そのドラゴニュートが、斬撃を飛ばすと同時に後ろへと跳んだ時点で、メイとウトは、これはユーリとは比較にならないと理解していた。
優れた種族に生まれてきた、その傲慢さなど微塵も感じさせない柔らかい口調。
けれどその内実は種族の性質のせいかきちんと好戦的で、体術と魔法のどちらに適性があるかと言えば魔法寄りだと言うのに、安全圏から一方的に鏖殺するのではなく、自ら前へと出て体術と魔法の両方を最大限生かして戦う事を好む。
なのにこのドラゴニュートは、種族として以上に鍛え上げられたユーリの素質を、
斬撃の軌道には嫌らしさがない。どの場所に追い詰める、避けさせる斬撃と当てにいく斬撃、意識の外から掻い潜ろうとする斬撃、そのような意図が全くなく、ただ目で見える相手に当てようとしてくるだけ。
加えて、斬撃と共に襲って来ない。障壁で全身を守るだなんてそんな消極的な防御なんてユーリはしない。
けれど……空中という安全圏から愚直に魔法を振るわれるだけでも、49階のドラゴンよりは強く、ユーリとは別に厄介だった。
そのウトと同じ程度の体躯のどこにそれだけの魔力が詰められているのかと思う程に、幾重に斬撃が飛んでくる。メイとウトは駆けながらそれを避け続ける。
斬撃を飛ばす為に障壁を張っていないものの、ドラゴニュートが最優先しているのは仕留める事ではなく2人から十分な距離を取る事——敗北の可能性を減らす事だった。
それでいて、斬撃の1つ1つはどれも当たれば致命傷なのは変わらない。
精神の削られようは、特にウトにとっては激しい。
メイも、そう多くない魔力を削られ続けている。腰の袋には薬が幾つか残っているものの、まず、このドラゴニュートに攻撃を届ける方法が見つからなければどうしようもない。
……先にあっちの魔力が尽きるならそれで良いんだけど。
そんな楽観的な希望に縋る訳にもいかない。
あのサブマスターもどきの出来る事の上限を見極めて、その隙を掻い潜って、殺す。
その為にも、防戦一方ではいけない。
僅かな余裕で、鉄球に属性付与をする。投擲の方が速さは出る。だとしても、距離を詰めなければまず避けられる。ウトが跳んで攻撃しようものなら、その空中で切り刻まれる。
「ウトッ!」
だから、メイはその鉄球をまずウトへと手渡した。
「これ、とりあえず持ってるだけで良い」
「分かったっ」
その上で私は、出来るだけ近付く。
……そう思っていたメイに対して、ドラゴニュートは、ふと目線を別の方へ向けた。
入り口の方。エロクーの死体。
「……っ」
案の定、ドラゴニュートはそれに向けて斬撃を放った。メイは走り、障壁と斧槍で受け止める。
「このっ、下衆がっ!」
メイが普段はまず言わないような事を叫ぶのに対し、ドラゴニュートはただ黙々と斬撃を振るう。メイの飛ぶ斬撃が来ても十分避けられる距離から。
「うっ、ううっ」
防げている。けれど、魔力が瞬く間に尽きていく。薬を飲めたとしても、全て飲んで防いだとしてもドラゴニュートの魔力は絶対に尽きない。
「どうせ、その中にもう1人くらい隠しているんだろう!?」
ドラゴニュートがせせら笑いながら叫んだその時。側頭から後ろへと生える一対の角の、一本がぺきりと音を立てて折れた。
「……は?」
落ちていく矢。後僅かでもずれていたら。せせら笑っていなければ。脳天に突き刺さっていた矢。
からんっ。
攻撃が止まる。ドラゴニュートは思わず全身を分厚い障壁で包み、辺りを見回すも、どこにも見当たらない。
遅れて届いてきた斬撃を防ぎ切ったメイは、その隙に薬を一気に飲む。魔力が回復する。
「どこ、だ? どこにいる??」
隠れる場所なんて、ない、はずだ。ドラゴニュートはこの石畳を敷き詰められた、円形のシンプルな戦場を見回す。でも、見当たらない。
その隙にウトは鉄球を投げ、それにメイが斬撃を合わせてくるのに、ドラゴニュートは慌てて避けた。
障壁を張るなら、攻撃は出来ない。障壁を張らなければ、どこに居るかも分からない誰かから唐突に矢が飛んでくる。
「う、くそ……」
ドラゴニュートは2人を見る。
斬撃を防ぐ障壁を展開しながら、こちらの障壁をまるで無いように全てを両断してくるミノタウロス。
目にも映らない程の速さで動き、全身に障壁を展開しておかないと背後から首を掻っ切ってくるであろうワータイガー。
そして、どこに居るのかも分からない、弓使い。
どれも簡単には殺せない。少なくとも斬撃を飛ばしているだけでは。
言ってしまえば……ドラゴニュートはエロクーの腹の中に誰か隠れているだろう、としか思えていなかった。
その目は死体に隠されなくとも
けれど……災厄に冒されたダンジョンを親として誕生したそのドラゴニュートには、別に優れた目があった。
再び属性付与した鉄球を渡しているメイと、それを受け取るウト。
「……」
疾く動いている姿ばかりで、きちんと見ていられなかったが……。
その目線に、ウトも、そしてメイも気付いた。
メイは小声で言った。
「避けてるだけで良いから」
「……そうだな」
この中で一番あの世が近いのは、既に事切れているエロクーではなく、ウトである。
それを気付かれた。
ドラゴニュートの斬撃は、再び飛び始めた。ウトと、そしてエロクーの死体へと、集中的に。