その美食屋、転生者につき 作:苦笑いの妖精
粘膜の道は幾重にも分かれ、侵入者を惑わせる。
なにせ壁が脈打つと構造自体が変わるのだ。全くの壁だったところに道ができたり、さっき通ってきた道が無くなったりする。
フローミで分かるのは唱えた時点の構造であり、一度変化すればそれはもう使えず再び唱えるしかない。
血管の位置や臓器の動きに合わせて道そのものが形を変えていく、さながら生きた迷宮のようだった。
四苦八苦しながら進んでいるとかなり広い空間に出た。野球場がすっぽり入りそうな程のここはどうやら胃らしい。
胃液らしき物は見当たらないが、だからといってあまり長く居たい場所ではない。見た感じ宝石の肉もあるようには見えないのでさっさと別の道へと行く。
空気は熱が籠り、呼吸をするだけで喉に湿り気が残る。あまり気持ちの良いものではない。早く目的の物を見付けて帰りたいものだ。
途中で道が急に収縮を始めた。
前後の壁が締まり、道が細くなる。逃げ道を探す時間は無さそうだ。スカラを重ねて使い、身体を横へ滑らせた。壁の皺へ入り込み、圧力をやり過ごす。ネチャリとした感触は我慢だ。
数秒後、道はまた広がった。天然のトラップをやり過ごした所でさらに奥へ進む。
頻繁にフローミを使い、未探索の箇所を潰していく。体表に近い外側は大体探索したがそれらしい物は発見できなかった。
そもそも宝石の肉はリーガルマンモスのあらゆる栄養が集約した結晶だ。であるならば、栄養の流れが集まる場所にある可能性が高い。心臓付近を目指す事にする。
血管の太い側へ向かうほど、足場は熱を帯びていった。
壁からは雨後の川のような激流の音が響く。道は何度も曲がり、時折、足元ごとゆっくり沈む。重要器官だけあってか頻繁に構造も変化し、フローミを使う間隔も短くなっていた。
枝分かれの多い通路を抜けると、少し広めの空間へ出た。
その瞬間に香る、新鮮な肉の匂い。
生臭さではない。火を入れる前の牛肉にも似た、赤身と脂の匂い。
食欲の赴くまま、匂いの濃い方へ向かうとレミーラの物ではない光の輪郭を見付けた。角を曲がる。そこには煌びやかな肉の塊が筋を張って浮いていた。
これが、宝石の肉…!
赤、桃色、金、白。部位ごとに色が違う。赤身の透明感。脂の艶。筋繊維のきめ。表面には宝石のような光沢があり、内側では血が通っているように脈打っていた。肉でありながら、複数の部位が一つへまとまっている。肩、ロース、ヒレ、バラ、モモ。そういった肉の性質が同じ塊の中に並んでいた。
宝石の肉はリーガルマンモスの体内で育っている、いわば生きた部位。無理に切り離せば本体へ負担が出る可能性がある。
今回の依頼条件はリーガルマンモスをできるだけ傷付けず、宝石の肉を確保することだった。
自動料理を使い、慎重に筋を剥がす。適宜ホイミやベホイミも使ってストレスを与えないように、少しずつ。…ホイミを使えば再生して無限に宝石の肉を捕れないか、少し期待していたのだが、流石にそこまで甘くは無いらしい。
じっくりと時間を掛け、無駄な傷やストレスを与えること無く筋から切り出した。
トリミングを施した宝石の肉を、事前にヒャドで作った専用の台座がある部屋へ移す。
これで鮮度を落とすこと無く、また傷むことも無いだろう。
改めてトリミングした跡を確認する。
リーガルマンモスの様子におかしな点はない。眠り状態も維持されている。残った筋はゆっくりと収縮していき、粘膜の内部へ沈んでいった。それを見届け、帰還する。
来た道を戻る必要はない。記録機器には宝石の肉の発見と採取が残っている。リレミトを使い、体外へ脱出した。
光が弾け、視界が高原へ戻る。
リーガルマンモスはまだ眠っていた。呼吸は安定している。傷もない。位置情報の発信器が基地側へ現在地を送っている。しばらくすると上空から輸送機が近づいてきた。トベルーラで帰ろうと思っていたが、その必要は無さそうだ。
記録機器が取り外されると、なんとなく自由が戻ってきた感覚になる。
しばらくして帰ってきた基地の格納庫には人が集まっていた。
IGO職員だけではない。研究員らしい白衣の姿もある。その中央にマンサムが立っていた。
マンションから宝石の肉を取り出す。その光景について聞かれたが、いつの間にか使える様になっていた、で通す。こちらが喋る気は無いと悟ったのか追求はなかった。
取り出した宝石の肉を自動料理ですっぱり半分に切断し、契約通りIGO側へ渡した。
研究員たちが慎重に切り分け、専用ケースへ移す。測定器がいくつも並び、温度、鮮度、組織の状態が確認されていった。マンサムはその横で肉を見ている。顔は厳めしいままだが、目は完全に食材へ向いていた。
どんな研究するんだろうな、なんて考えているとマンサムから追加の依頼を頼まれた。
内容はこの場で宝石の肉を使って料理して欲しいとのこと。
IGOへ納めた半分の肉は更に半分が研究用に回されるらしいのだが、残りはどうするか決まっていないらしい。
断る理由はない。
厨房へ移動し、宝石の肉を調理台へ置く。
自動料理が起動すると、部位を分ける様に刃が入った。
同じ塊の中から赤身、霜降り、脂の多い部分、筋のある部分、骨に近い旨みを持つ部分が切り出される。見た目は一つの肉なのに、包丁が入るたび別の肉へ変わっていく。
一皿目、ステーキ。
厚く切った赤身に塩だけを振る。鉄板へ置いた瞬間、音が広がった。脂は少ないはずなのに香りが立つ。焼けた表面は濃い茶色になり、切り口は赤を残す。皿へ移した肉から、透明な肉汁が滲んだ。
テーブルに座るマンサム達の前に置いた瞬間、まるで飢えたピラニアのような動作で口へと運ぶ。
肉を頬張り、噛んだ瞬間、マンサムは笑い声を上げた。
赤身の旨みはまるで大砲を受けたような衝撃であり、後から舌を脂の甘みが撫でる。それによって食欲の勢いは増し、衝動のままに噛むと、今度はヒレの柔らかさとロースの香りが重なる。
飲み込んだ後、マンサムは鼻から息を抜いた。評価の言葉を言う暇すら惜しいと二切れ目へ伸びる手が早かった。
ステーキが無くなる頃合いを見計り二皿目のローストを出す。
霜降りの部位を大きく残し、外側だけを焼き固める。中はゆっくりじっくり火が入り、肉汁が溢れる寸前の熱を通す。
薄く切り分けると断面には細かな脂が浮いた。肉汁は皿へ流れず、肉の中に留まっている。
一口食べた若い職員が、口を閉じたまま固まる。噛んでいるうちに眉が上がり、すぐに顔を下げた。仕事中だというのを思い出したらしい。
その隣の研究員は味わいながらも断面を観察し、それからようやく口へ運んだ。記録用紙へ何かを書き込もうとして手を止め、残りに手が伸びた。言葉へと変換する前に、もう一口が必要になったのだろう。
ローストを楽しんでいる最中に三皿目、シチューの登場だ。
牛スジの様な部位を選び、短時間で柔らかく煮る。普通なら時間が掛かる工程だが、自動料理の技術は留まる所を知らない。繊維を崩さず熱が入った肉が鍋の中でほどけ、スープに旨みが移る。具材はシンプルにする。肉の味を邪魔しない為に。
ステーキの時とは違う。肉そのものの力ではなく、溶け出した旨みを受けた顔だった。スープは重くない。だが深い。赤身の出汁、脂の甘み、筋から出るゼラチン質。それらが舌に残り、喉を通った後に腹へ落ちる。
マンサムは椀を空にした後、すぐにおかわりを求めてきた。
おかわりを持ってきつつ、四皿目、カツだ。
脂の多い部位を薄く叩き、衣を付けて揚げる。油へ入れた瞬間、細かな泡が立った。衣は薄い。肉の厚みはある。揚がったカツへ刃を入れると、衣の音が短く鳴り、中から肉汁が光った。
カツには欠かせないソースはレモンリリーのエキスが隠し味のさっぱり系。
濃厚かつ豊潤なソースも良いが、折角宝石の肉という肉自体に極めて高いポテンシャルがある素材を使っているのだ。
濃い味で押すのではなく、酸味で肉の旨味を引き立てながらも脂のクドさを押し流すようなソースにした。
ひと切れを口へ入れると衣の香ばしさの後に脂が来る。脂の重さが出る前に酸味が入り、味覚をリセットした上で噛むと宝石の肉の甘みが米を呼ぶ味に変わるのだ。
五皿目、肉寿司。
薄く切った部位を軽く炙り、少量の酢飯に乗せる。そして踊るほど辛いアミーゴペッパーの粉をほんの僅か振り掛ける。
米の酸味が肉の甘みを上げ、炙った脂が舌の上で溶ける。赤身の旨みは遅れて来る。そしてアミーゴペッパーの辛さが味を引き締める。一口サイズだからこそ味を楽しむ余韻が存在していた。
六皿目、ハンバーグ。
複数の部位を挽き合わせる。赤身、脂、筋、香りのある部分。それぞれの比率を自動料理が調整する。肉だけでまとまり、繋ぎは必要ない。丸めたものを焼くと、表面が固まり、中で肉汁が膨らむ。
ナイフを入れると、迸る肉汁が皿へ広がった。
噛んだ瞬間、肉の味をふんだんに含んだスープが溢れる。溺れないように飲み込み、歯を立てると確かな弾力と共に原始的な欲を満たす、非常にシンプルな旨味が舌を貫く。このハンバーグだけでも満点だが、これを米と一緒に食べたらもう限界突破だ。
生の状態で10キロはあった米が瞬く間も無く消えていく。
差し出された皿に山のようなライスを盛るが十秒と経たずに口へ運ばれる。ハンバーグの肉汁が絡んだ米は合法的な麻薬のようなものだった。食卓を囲むSP、研究員、職員、全員が自分の皿から目を離せない。
追加のハンバーグが焼かれると一斉におかわりのコールが行われる。苦笑を浮かべつつもそれに応える。
マンサムはステーキを食べ、ローストを食べ、シチューを飲み、カツを米で追い、肉寿司を指で摘み、ハンバーグを皿ごと抱える勢いで平らげる。
その食べ方は粗いが、雑ではない。
一口ごとに肉の違いを確かめている。噛む回数も、飲み込むタイミングも、皿によって変わっていた。ステーキでは肉の繊維を噛み切る。ローストでは脂の香りを鼻へ抜く。シチューでは椀を傾け、最後に残った沈殿した旨味まで舐め取るように飲む。
そして食べ終わるたびに大きく笑う。
その笑いで周囲の職員が肩の力を抜き、次の皿へ手を伸ばす。
研究員の中には、記録用の端末を片手に持ったまま食べている者もいた。味の記録を取るつもりだったのだろう。だが、入力欄は空白のままだ。文字にする前に皿が空になり、次の料理が来る。
自動料理は止まらない。
端材をミンチにし、薄い脂は炙って肉せんべいにする。
筋の残りは細かく刻み、スープの具へ回す。
焼き終わった肉汁はソースに変わり、残った米へ絡められる。それをガーリップの花弁と炒めれば宝石の肉のガーリックライスが出来上がった。
鉄板の上で米が踊る。細かく刻まれた肉の脂が米粒を包み、焦げた醤油の香りが立った。最後に散らされた黒胡椒が湯気に混じる。
マンサムは皿を受け取ると、スプーンを使わず匙のような勢いで食べ始めた。
米の一粒ずつに肉の脂が入っている。香ばしさが先に来て、次に肉の甘みが広がる。刻んだ肉片は小さいのに存在感があった。噛むたびに肉汁が出る。米の熱で脂が溶け、舌の上で味が繋がる。
肉だけではない。
米があるから進む。
米があるから次の肉が欲しくなる。
研究員の一人が空の皿を差し出した。続いて職員も手を上げる。SPまで無言で列に加わった。
次に出したのはしゃぶしゃぶ。
スープは肉の邪魔をしない程度。湯の中で薄切りの宝石の肉が揺れ、色が変わる瞬間に引き上げる。赤から桃色へ、そして端だけが白くなる。ほんの数秒で皿へ移す。
自家製のポン酢ダレと、ゴマだれ、そして味海の塩の皿を用意した。
マンサムはまず塩で食べた。
口に入れた瞬間、眉間の皺が消える。噛まなくても肉がほどける。脂は軽く、赤身の旨味が後から追いつく。次に二種のタレで味わうと、次の一枚を箸で持ち上げる。
最後に、宝石の肉の握り直しを作る。
肉寿司とは違う。
こちらは炙らず、刺しに近い薄切り肉を温かい飯に乗せる。上からほんの少しだけ肉汁の煮詰めを塗る。脂が飯の熱で溶け、艶が出た。
噛んだ瞬間に米がほどけ、肉が追う。炙りの香ばしさはない。代わりに宝石の肉そのものの甘みが前に出る。味は静かだが、後からじわじわと舌へ残った。
研究員たちはもう研究の事など忘れ、完全に食べる側へ回っていた。
もっとも、測定器は動いているし記録は取られているだろう。
しかし、今この場の中心にあるのはデータの事ではなく食事だった。
マンサムは最後に残ったシチューを大きな椀で受け取り、飲み干した。器を置いた時、厨房の空気が少し静まる。
そこでようやく食事会は終わった。
使った宝石の肉は半分の半分で1/4程度だが、それでも500kgは下らない量だった筈。なのに欠片も残っていない。半分以上はマンサムが食べてたとしても200kg位はここにいる職員9名で食べた事になる。それでいて普通に満腹程度なんだから…やっぱりグルメ時代は伊達じゃないな。
マンサムは腹を叩き、深く息を吐いた。
依頼は成功。
リーガルマンモスは生存。
宝石の肉は納品済み。
調理も完了。
その場にいたIGO関係者全員が、透明の料理人の捕獲と調理を直接確認したことになる。
厨房を出ると、格納庫の外には夕方の光が差していた。基地の壁は橙色に染まり、遠くで輸送機の音が響いている。
マンサムは最後に握手を求めてきた。
短いが力強い握手を交わし、それをもって今回の依頼は終わった。
宝石の肉という報酬を得れ、IGOとの繋がりも太くなった。
代わりに、今後はより難解な依頼が増える事だろう。
考えるべきことは増えたが、結局の所自分がやることは変わらない。
より旨い物を探し、より旨い物を捕り、それらを調理し、食べる。
その先に次の旨いものがある限りその歩みを止める気は無い。
ジュエルミート編なのですが…。実はあまり納得いっていないというか、何回も書き直したせいでえ、これ面白い?みたいな気持ちになっておりまして、後々に修正するかもしれないのでご了承下さい…。
また、その1でも書きましたが本業の方が忙しくなってきておりまして続きは恐らくかなり先になるかと思われます…。
つまり何が言いたいかというと…続きを書いて下さいお願いします!