傲慢の魔女『フラン』 作:オド・ラグナの対義語
集会場の重い扉が閉まり、廊下の冷えた空気がスバルの肌を刺した。
襟ドナとの緊迫した密談を終え、一つ大きなため息を吐き出したスバルの目に、壁に背を預けて静かに待機していた白い影が映る。
「──スバル、顔色が悪いが、平気かい?」
その穏やかで、しかしどこまでも真っ直ぐな声音に、スバルは一度深く呼吸を整えてから、小さく笑ってみせた。
「大丈夫だ。心配かけて悪い。……それと、取り越し苦労に終わってくれて良かったよ」
「いいさ、構わないよ。何事もなかったならそれに越したことはないんだ。……中であったことは、詳しく聞かない方がいいかい?」
「聞こえてなかったことにしてくれた方が、お互い波風は立たねぇかな」
スバルは隣に並んだ『剣聖』ラインハルトに向けて、わざとらしく肩をすくめてみせた。
偽物のアナスタシアに対し、有事の際の最大級の保険として部屋の外に控えてもらっていたのが、彼という世界最強の騎士だ。『色欲』の大罪司教、カペラの疑いがあったためだ。
すべてを見通すようなその青い瞳の持ち主には、中の会話は届いていただろうが、彼はあえて詮索しない。
「生憎、僕には中の話が聞こえなかった。だから、会話の内容を誰かに伝えることはできないよ。これは相手がフェルト様であってもそうだ」
「……サンキュな、本当に」
その張り巡らされた気遣いに感謝しつつ、スバルの視線は、ラインハルトの衣服へと注がれた。
先ほどの全体会議では状況の混乱もあって軽くしか触れられなかったが、改めて直視すると、その損耗ぶりは異様だった。
彼が身にまとえば国宝にすら見える近衛騎士の白外套は、あちこちが無惨に引き裂かれ、煤と泥に汚れ、凄絶な戦いの爪痕をこれでもかと主張している。
「アナスタシアさんからも聞いたし、一応さっきの会議でお前からもさわりだけは聞かせてもらったが。一番街で、大罪司教とは別の『傲慢の魔女フランダース』を名乗る金髪赤目の少女と、正面からやり合ったって。……お前がそんな風に服をボロボロにされて、一度は致命傷まで負わされたってのは、マジなのか?」
「……。その通りだよ。不甲斐ないことにね」
スバルの真剣な眼差しを受け、ラインハルトは微かに青い瞳を曇らせ、己の胸元へとそっと手を当てた。
「自らを『傲慢の魔女』と称する少女だった。まるで、フェルト様のような金の髪に赤目。手を握り締めるだけで建物や僕の体を破壊する凄まじい権能を振るい、あまつさえ──僕の命にさえ一度は届かせた。彼女は剣聖のような剣技、シノビの業、卓越した火の魔法で僕と渡り合った。……恥ずかしながら、僕は彼女を取り押さえることができず、取り逃がしてしまったんだ。二年前の砂丘以来だよ、これほどの無力感を覚えたのは」
最強の騎士が静かに吐露した、一度殺されたという衝撃の事実。
スバルは思わず目を見張った。本当に、ラインハルトを殺しうる存在だったのかという驚き。『強欲』の大罪司教であるレグルスは別として、そんな存在がいるとは。あのラインハルトを正面からねじ伏せ、その半身を爆破して逃げ切るほどの化け物。
背筋に冷たい戦慄が駆け巡る。
だが、ラインハルトを最も苛んでいるのは、敗北の事実そのものではなかった。
「けれど、不可解なんだ。彼女は僕を限界まで追い詰め、一度は死に至らしめながら……撤退するその時、彼女のその目から、大粒の涙をボロボロと流していた。去り際に祖父様を『ヴィルおにいちゃん』と呼び、幸福を祈るような言葉を残していった。討つべき邪悪であるはずの魔女が、さも、お祖父様を思っての戦いに臨んでいたように聞こえて……僕には、その理由が分からない」
「涙を、流しながら……?」
スバルの脳裏に、昼間の大水路沿いで、元の世界のアニメネタを嬉々として口にしながら自分の背中に飛びついてきた少女の姿が、鮮烈にフラッシュバックした。
ベアトリスの髪をわしゃわしゃと楽しそうに撫で回し、「死んじゃったら、私も悲しいからさ」と寂しげに笑ったあの温度。あの発言からしても、もしかしたら魔女教と関係があったのかもしれない。だが、だとすると襲撃をほのめかす発言は不可解だった。
エキドナの底知れない不気味さとも、大罪司教たちの会話すら成立しない本物の狂気とも、決定的に違っていたあの感触。あいつが、なんの理由もなくラインハルトを攻撃するとは思えない。
「ラインハルト。……その、フランダースってロリっ子の目的、お前の中で何か心当たりはないか?」
「今にして思えば、彼女の目的は、僕をあの場所に釘付けにすることそのものだったんだと思う」
ラインハルトは苦渋に満ちた声を絞り出すように続けた。
「彼女と遭遇したのは、ちょうどお祖父様とお祖母様の屍兵が戦っていた広場の手前だった。僕が、お祖母様の亡骸が魔女教にもてあそばれているのを目にしていれば……不条理を止めるため、すぐさま剣を振るい、お祖母様を眠らせていただろうから。死者は動かない、死者にその先はない。だからすぐさま割って入るべきだと、僕は考えたはずだ。彼女は、僕の介入を防ぎたかったのかもしれないね」
「──ッ」
ラインハルトの口から発せられたのは、一切の悪意のない正論だった。
けれど、それは同時に、ヴィルヘルムとテレシアが四十年の歳月を経て、最後にもう一度だけ純粋に刃を交わし、愛を伝え合うための奇跡の舞台を、一瞬で叩き潰していたはずの残酷な正しさでもあった。
あの金髪赤目の魔女は、それを知っていたのだろうか。
ラインハルトという『剣聖』が駆けつければ、すべては瞬く間に終わっていただろう。
だから彼女は世界最強をあの場へ縛り付けた。
──老剣鬼と剣聖の最期を守るために。
そんな考えは、あまりにも感傷的に過ぎるだろうか。彼女が転生者で、スバルに親しげに接してくれたから──。
(あいつ……どこまでお節介なんだよ……)
胸を突くような感情の嵐を覚えながら、スバルは「ヴィルおにいちゃん」という言葉の引っかかりを心に留めた。四十年前からの深い因縁──それは後で、あの老剣士に直接確かめなければならない。
スバルは思考の海から意識を引き戻し、いまだ困惑の余韻を残して佇む友の顔を見つめた。
ラインハルトの言う通り、彼のシステムじみた正しさは、時として人間の一番大切な感情を踏みにじることがある。スバル自身も、ユリウスとの一件でそれを味わったことがあった。幸か不幸か、その原因となった出来事は皆の記憶から消え去ってしまったようだが。
そして、その残酷な正しさを誰よりも自覚し、傷ついているのは、他ならぬ目の前の完璧すぎる青年自身のはずだった。
「……ラインハルト。お前がその場に縛り付けられたってことは、つまり……その、お祖母さんの最期には、立ち会えなかったんだよな」
少しの沈黙の後、スバルは慎重に言葉を選んで問いかけた。十五年前に亡くなったはずの祖母との、あまりにも過酷な再会と決着。最強の『剣聖』でありながら、その渦中に自分が行けなかったという事実は、彼の心にどれほどの影を落としたのだろうか。
だが、ラインハルトは微かに青い瞳を揺らした後、どこか自分を納得させるように穏やかに首を横に振った。
「彼女が去った後、僕はすぐに広場へ向かったんだ。そこにはもうお祖母様の亡骸はなかったけれど……お祖父様がすべてを終えて、そこにいたよ」
ラインハルトは蒼い瞳をまっすぐに、スバルを見やる。
「屍兵となった時点で、それはもうお祖母様とはいえない。あの時、剣聖を願った僕が──。お祖母様との別れは、僕の中でもう何年も前に済ませたんだ。──だから、大丈夫なんだ」
それは『剣聖』としての義務を全うしたという報告のようであり、同時に、一人の孫としての割り切れなさを無理やり押し殺したような、静かな声だった。
「……そっか。まあ、お前が大丈夫って言うんなら、俺はそれ以上言わねぇけどさ。フェルトに言えなくて、寄りかかりたくなったらいつでも言えよ。友達だろ?」
「──。わかった。そのときは遠慮なくそうさせてもらうよ、友達くん」
ラインハルトの微かな苦笑いを確認し、二人は共に、怪我人たちの集まる避難所へと足を戻していった。
避難所の重苦しい空気と喧騒が漂う廊下の曲がり角で、その遭遇は前触れもなく訪れた。
「──ッ」
前方から歩いてきた大柄な男が、ラインハルトの姿を認めた瞬間に、その赤鼻を怒りと屈辱で激しく引きつらせて足を止める。
アストレア家の現当主であり、ラインハルトの父親──ハインケル・アストレアだった。
「うわ、酒浸り親父……」
スバルが息を呑む中、ラインハルトは即座に居住まいを正し、一歩前へ出て深く頭を下げた。
「父上。……お怪我はございませんか。フェリスの治癒術はお受けに──」
「気、気安く声をかけるなッ!! この……ッ、化け物がッ!!」
はじめは口を濁らせたハインケルだったが、次の瞬間には、血を吐くような怒声を廊下に響かせていた。
その怒りは惨めで、狂おしいほどの劣等感と恐怖に満ちていた。
何より、彼の心を完全にへし折ったのは他でもない。目の前で、あの世界最強の息子がボロボロに引き裂かれ、一度はその体を破裂させ、死んだ光景を見てしまったことだ。
「なぜだ! なぜあの金髪の化け物を、お前ほどの呪われた力がありながら易々と逃がしやがった! お前は化け物だろうが! 世界最強の『剣聖』だろうがッ!! お前がさっさとあの魔女をブチ殺していれば、俺があんな、あんな惨めな這いつくばり方をしなくて済んだんだ! 俺がルアンナのためにどれだけ必死に……お前を失ったら、あいつの病室に誰が……ッ!」
拳を血が出るほどに握りしめ、自身の無様さと、息子を失いかけた恐怖によるパニックのすべてを、ハインケルは罵倒に変えて喚き散らす。
素直に心配したと言えない弱さゆえの、あまりにも歪んだ親の愛。
その悲鳴を、ラインハルトは反論一つせず、ただ静かに、悲しげに目を伏せて受け止めていた。
「申し訳ありません、父上。僕の未熟のせいで、貴方に恐ろしい思いをさせてしまった。すべては、僕の不徳の致すところです」
「チッ……いつもいつも、そうやって完璧な澄ました面をしやがって……! どいつもこいつも! ……クソッ」
ラインハルトのどこまでも完璧で従順な謝罪が、かえってハインケルの自己嫌悪をさらに狂おしく逆撫でする。耐えかねたように逃げ出そうと、ハインケルが背を向けた、その時だった。
「──そこまでにしなさい、ハインケル。……待て。待ちなさい。ハインケル、少しだけでよい。話を聞け」
音もなく廊下の向こうから歩み寄っていた影が、ハインケルの行く手を静かに遮った。
驚いて振り返れば、そこに立っていたのは、脇腹に血濡れの包帯を巻き、しかしその双眸に凪いだ水面のような輝きを宿した老剣士──ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアだった。
「親父……ッ」
十五年の復讐の旅を最高の形で終えたヴィルヘルムの心は、完全に凪いでいた。
ハインケルの悪態の裏にある狂おしいほどの恐怖も、ルアンナへの不器用な想いも、父親としてすべてを見抜いた上で、その歪みごと静かに包み込もうとしていた。
老剣鬼は、現任の『剣聖』ラインハルト、そして当主ハインケルの二人へ、あくまでも私情を排した公式な戦況報告として、静かに口を開いた。
「テレシアは魔女教の手によって不当に動かされていたが、今夜、完全に現世からの旅路を終えた。何者にも邪魔されることなく、尊厳を守られたまま、静かに眠りについた。……ラインハルト、お前が裏で、あの強大無比な『傲慢の魔女』を相手に、その身を挺して盾となってくれたからこそだ。お前がその魔女を食い止めてくれたからこそ、私は妻を看取る責任を果たすことができた。お前は役割を全うした。見事な働きだったと、私が保証しよう」
真実はどうであれ、ヴィルヘルムはラインハルトを称える。
「お祖父様……。僕は、お祖母様の戦場にすら駆けつけられず、ただ敵を取りこぼしただけなのに……」
「否だ。お前は私たちの、テレシアの最期を、命懸けで守ってくれたのだ」
ヴィルヘルムはふっと目を伏せ、孫の元へと歩み寄ると、その激しく損耗した白い衣服の上から、静かに、しかし温かくその肩へと手を置いた。
「お前にばかり『剣聖』という名の過酷な宿命を押し付け、アストレアを背負わせ、私は祖父らしいことなど何一つしてやれなかった。……ようやく、ようやく前を向ける。これからは、お前たちの成長を見守れなかった分も、一人の祖父として、ゼロからお前たちと向き合っていこうと思う。──どうか、向き合わせてほしい」
今さら失った時間が戻るわけではない。
だが、それでも。
残された時間で、お前たちと向き合いたいと思っている。
──許されるならば。
「──ハッ! 今更虫が良すぎるんだよ、親父!!」
ハインケルが、血を吐くような声で父親をなじる。
十五年前、そして十四年前、自分たち家族を放り投げて復讐に狂っていた父親が、今更家族を語るのかと。
だが、ヴィルヘルムはそのなじりを正面から受け止め、深く、静かに頭を下げた。
「ああ、お前の言う通りだ、ハインケル。今の私にはまだ、お前にすべての呪いを放り投げてしまった後悔を、こうして謝ることしかできない。本当に、すまなかった」
「な……ッ!?」
ハインケルは言葉を失った。
不意に脳裏へ浮かんだのは、まだ幼かった頃の記憶だ。
大きな背中。
剣を教える声。
テレシアが笑っていた家の風景。
とっくの昔に失われたと思っていたものが、胸の奥で鈍く疼いた。
ハインケルはそれを振り払うように歯を食いしばった。
あの頑なで、復讐のこと──妻しか頭になかった『剣鬼』が、自分に向かってここまで真っ直ぐに謝罪するとは夢にも思っていなかった。
何より、ハインケルの心を打ちのめしたのは、自分はルアンナのことで何一つ前に進めず、立ち止まって震えているというのに。目の前の父親は、亡骸をもてあそばれたテレシアを正々堂々と打ち倒して看取り、完全に前を向いて歩き始めたという事実を突きつけられたことだった。
圧倒的な敗北感と、割り切れぬ感情の渦の中で、ハインケルの唇はガタガタとわななくだけで、結局次の言葉を紡ぐことはできなかった。
「クソッ……! クソッタレが……ッ!!」
吐き捨てるようにそう言い残すと、ハインケルは今度こそ、逃げるように廊下の奥へと走り去っていった。その背中を、ヴィルヘルムは咎めることもなく、ただ静かに見送っていた。
「お祖父様……」
ラインハルトの細い声が響く。
いつも自分を縛り付けていた、最強の化け物としての自分。加護を奪い、お祖母様を実質的に死に追いやったという『剣聖』としての義務と呪い。その冷たい鉄の檻から、祖父の温かい手が一瞬だけ、彼を解放してくれた。
ラインハルトの青い瞳が、ほのかに潤む。
けれど、彼は決して涙を零すことはしなかった。一人の少年としての脆さを、誇り高い騎士の意地で堪え落とすように、彼はしばし強く目を閉じた。
溢れそうになる何かを押し留めるように。
その強がりをすべて見透かした上で、スバルはラインハルトの背中を、パチンと力強く叩いた。
「ほら見ろラインハルト。お前が裏で張ってくれた意地は、ちゃんと届いてたんだよ」
「……。ああ。うん。ありがとう、お祖父様。ありがとう、スバル」
目を開けたラインハルトの顔には、いつも張り付いていた完璧な仮面ではなく、一人の少年としての、瑞々しくも確かな笑みが浮かんでいた。
アストレアの二人が、それぞれの、けれど確かに重なり合う歩幅で歩み出した後。
深く夜の帳が下りた、静寂に包まれた空間。スバルは廊下に一人佇むヴィルヘルムの元へと歩み寄り、声をかけた。
「ヴィルヘルムさん。……ちょっと、聞いてもいいですか」
「何でしょうか、スバル殿」
ちゃんとした壺に移し替えられたテレシアの遺灰を、抱き直すようにして老剣士が振り返る。スバルはその静かな佇まいを見つめながら、先ほどラインハルトから聞いた一番街でのことを口にした。
「ラインハルトと戦ったっていう『傲慢の魔女フランダース』について……何か、知っていることはありませんか。あいつ、ラインハルトを足止めしながら、泣いてたらしいんです。去り際にヴィルヘルムさんの名前を呼んでたって」
スバルの問いかけに、ヴィルヘルムは驚いた様子も見せず、ただテレシアの遺灰壺にそっと手を添えた。遺灰の確かな存在を、あの戦場の大通りを隔てた場所から鳴り響いていた轟音と剣戟の、あの少女の意地の残痕を、その五感のすべてで確かめるように。
ややあって老剣鬼は静かに、しかし明確に首を横に振った。
「さて。私の口から、公に言えることは何もありませんよ。ただただ、一度戦場で剣を交えただけの関係です。私の剣技があの時から成長しているのかどうかなど、尋ねたいことは山ほどありますがね」
「ヴィルヘルムさん……」
「しいて言えば、彼女は邪悪ではない、ということです。剣士の流儀を知り、多様な剣を振るい、……かつて、妻問いに懸命だった若き日の私の背を、優しく押してくれた恩人。──きっと、無邪気なだけなのでしょう」
笑顔でとはいかないが、慈しむように優しく目を細めるヴィルヘルム。
その言葉の重みに、スバルは深く納得した。
あの金髪赤目の少女が水門都市に遺していった、あまりにも傲慢で、あまりにも優しい奇跡の温もり。
「そっか。……うん、そうですね。あいつは、きっとそういう奴です。あ、もちろん警戒はしますよ?」
「ええ」
短いやり取りだった。
それ以上はもう何も言うまいと、互いに思ったのだろう。
しばし静かな時間が流れた後、スバルは小さく肩を竦める。
「さて、と。俺も明日の準備がありますし、そろそろ戻ります」
「ええ。私も少し休むことにしましょう」
ヴィルヘルムは静かに頷いた。
スバルも軽く頭を下げると、その場を後にする。
廊下の先へ歩きながら一度だけ振り返れば、老剣士は変わらずそこに立ち、腕の中の遺灰壺を静かに抱いていた。それを最後に、スバルは視線を前へ戻す。
戦いは終わったのだ。少なくとも今夜は。窓の外では、深夜のプリステラが月明りに照らされ、静かに眠りについていた。大罪司教との激戦によって崩れ落ちた建物。
割れた石畳。
応急処置の施された水路や橋。
傷跡は街の至るところに残っている。
それでも、灯りは消えていなかった。
復旧作業を続ける人々の明かりが、水路の水面に揺れている。
失われたものは多い。暴食に食われてしまった人々、色欲によって変えられてしまった人々。
けれど、この都市はまだ生きていた。夜風がそっと静かに窓をたたいた。
今度こそ原作第五章 『歴史を刻む星々』の範囲は終了です。