傲慢の魔女『フラン』   作:オド・ラグナの対義語

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イ文字とかって何年前からあったんですかね?
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『知恵の魔女と』

 パチパチと小気味よく薪の爆ぜる音が、夜の静寂に優しく溶け込んでいた。

 五大国の一角として無類の隆盛を誇る大国、マグリッツァ。その繁栄を示すかのように、王都へと続く大街道は見事な石畳で隙間なく舗装されている。夜露を浴びた滑らかな石が、遠くの焚き火の光を鈍く、橙色に跳ね返していた。

 

 その街道から少し外れた、野営用の開けた草地。そこには、いくらか距離を離して数組の商人や旅人たちの三角形のテントが点在している。彼らの視線は夜の闇が深まってからも、時折チラチラとこちらへ集まっていた。それもそのはず、暗闇の中に佇むそこそこ立派な旅用竜車と、そこに繋がれたまだ世に生まれたばかりの種──地竜の巨躯は、否応なく周囲の目を引くものだった。

 

 その地竜たちは既に眠りについているらしく、時折、巨体を震わせるような低い鼻息だけが、暗闇の奥から静かに響いてくる。風向きが変わるたび、どこかの旅人が小鍋で温めているスープや、網で焼いている干し肉の香ばしい匂いがふわりと流れてきて、夜露に冷え始めた草の匂いと混ざり合っていた。

 

 外ではアレクが感心したように声を上げていた。

 

「へえ……王都へ続くこの街道も、ずいぶんと賑わっていたと思ってたけど。まさか、近々王太子殿下も出席される晩餐会があるなんてねえ」

 

 遮音性の高い竜車の壁を抜けて、外からアレクの穏やかな話し声が、かすかな環境音として届いてくる。人当たりの良そうなおじさんといった風情だが、その口調は旅の商人を相手にどこまでもフランクで、自然に相手の本音を引き出していく。

 

『いやいやアレクさん、滅相もない。その貴族の派閥がね、最近やけに西の商会を囲い込もうと鼻息が荒くて……』

 

 という商人のひそひそとした警戒声が、薪の爆ぜる音に混ざる。

 

「なるほどねぇ。──────────。」

 

 アレクが軽快に商人の裏の意図を巧みに探りつつ情報交換を進める声を遠くに聞きながら、停車した竜車の中では、魔石灯の橙色の光に照らされて、もう一つの静かな時間が流れていた。

 

 車内を満たしているのは、バニラやアーモンドを思わせる古い紙束の甘い香りと、ツンとした独特な鉄っぽさを帯びたインクの匂いだ。

 

「……ねえエキドナ。僕にかかればこれくらい容易いものだけどさ。やっぱりこの本、マジで見づらいよ。何これ、インクをケチったの?」

 

 手にしたずっしりと重い金属製のペンを机にコツンと当てて、フランは目の前に広げられた教本たち──マナⅠ、火Ⅰ、ロ文字──と、書き取り用の分厚い紙束を不満げに睨みつけた。前世で使い慣れていた使い捨てのボールペンとはまるで違う、指先に伝わる無骨な重量感。それが、文字の難しさと相まって、自分が今本当に異世界にいるのだという実感を五感から補強してくる。

 

 この世界特有のイ文字・ロ文字・ハ文字の形状は歪で難解極まりない。フランはふと、前世の日本で小学生の頃、泣きそうになりながら漢字の書き取りに苦しめられた記憶を思い出していた。画数の多い複雑な漢字の羅列に比べれば、この世界の文字などまだ可愛いものかもしれない。

 

 もっとも、子供の身体になった今の自分の脳は、あの頃よりもずっとスポンジのように素直に、驚くほどの速度で知識を吸収できている気もした。ただ、この本自体の物理的な読みづらさだけはどうにもならない。

 

 そんなフランの額を、細く白い指先がパチンと容赦なく弾く。

 

「贅沢を言わないでおくれ、フラン。それは僕がマナの残滓を編み込んで、君のために急ごしらえで作った教本だ。魔法初心者である君の未熟な目には、マナが少々チカチカと霞んで見えるかもしれないけれど、内容自体はまったく基本だよ。むしろマナの制御の練習にもなって、まさにそう、一石二鳥というやつだね? ──さあ、お喋りをしていないで、文字の書き取りを続けなさい」

 

 冷涼で、けれどどこかまだ少女のような瑞々しさを残した声。

 対面に座る『知恵の魔女』エキドナは、手元のお気に入りの本に視線を落としたまま、滑らかに告げた。ページをめくる彼女の白い指先は驚くほど細く、まるで精巧な陶器細工のようだ。魔石灯の光に照らされた長い白髪が、夜風に小さく揺れる。伏せられた長い睫毛の影が白い頬に落ちる様子まで、妙に整いすぎていて、初めて会った頃のフランは本気で人形か何かだと思ったものだ。

 

 たまにフランが的外れな質問をすると、ペンのお尻で自分のこめかみをトントンと叩いたり、少しだけ子供っぽく頬杖をつき直したりする。世界のすべてを識る彼女は、夜な夜なこうして、フランに世界の地理や文字の読み書きを叩き込んでいた。

 

 同時に、フランの体内に脈打つ、下手をすれば暴走しかねないほど莫大で制御しがたいマナを、定期的に徴収して安全弁の役割を果たしてくれているのも彼女だ。

 

「────ふむ。そろそろまずいか」

 

 エキドナがおもむろに顔を上げ、フランの頬にそっと柔らかな手を添える。その瞬間、フランの体内でパンパンに膨れ上がっていた熱──フランドールが抱える、理由もなく何かを壊したくなる、あの胸のざわつき──が、彼女の指先へ向かって涼しい川のようにスッと引いていった。張り詰めていた神経がほどけるような安堵感が身体を満たしていく。

 

 

 

 

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 一度、冗談半分に「効率がいいからね」と不意打ちのキスでマナを吸い上げられたときは、顔を真っ赤にして本気で文句を言ったものだが、こうして頬に触れられるだけの今は、理屈抜きの心地よさにただ身を委ねることができた。

 

「現在の君の戦闘スタイルは、有り余るマナを強引に肉体へと回した、ただの粗野な身体強化による肉弾戦だね」

 

 エキドナは手元のノートの余白に、恐ろしいほどの筆速でさらさらと幾何学的な魔法陣のラフを書き殴り、いくつかの要素を箇条書きにしながら、横目で一瞥をくれた。

 

「けれど君は、以前僕に言っていただろう? 君の前世の記憶にある、フランドール・スカーレットという存在の技──『すぺるかーど』とやらを、この世界で再現してみたいと」

 

「! ……ああ、言ったよ。僕の持っているマナなら、あれくらい派手に再現してみせないと格好がつかないからね」

 

 かつて愛した幻想郷の吸血鬼の弾幕。フランはペンを止め、熱を帯びた瞳でエキドナを見つめた。

『スターボウブレイク』、『クランベリートラップ』、『カタディオプトリック』、『レーヴァテイン』も。

 彼女が思い返すその鮮烈な光景の描写を聞きながら、エキドナは白磁の顎に手を当て、この世界の魔法体系へと冷徹に当てはめていく。

 

「君の話を聞く限り、まず『スターボウブレイク』……その色とりどりの光弾を放つ術式は、現段階では不可能だね。君が言う光の色を完全に再現するには、火、水、風、土、陰、陽の6属性すべてのマナを寸分の狂いもなく同時に制御せねばならない。魔法初心者どころか、歴史上の大魔導でも至難の業だ。もちろん、僕にとっては容易なことだけどね」

 

 エキドナはフフン、と目を細める。

 

「じゃあ、使いたかったら六属性全部覚えろってこと?」

 

「そうだね。義務教育だよ」

 

「鬼か」

 

「悪ーい魔女だよ」

 

 ふふ、とエキドナは悪戯っぽく唇を吊り上げる。フランは「べー」と不満げに頬を膨らませながら舌を出した。

 

「じゃあ、『カタディオプトリック』は? どうかな」

 

「打ち出した魔法弾を操作するか反射させるかして軌道を曲げる術式かい? 陰属性の応用で不可能ではないけれど……操作する場合は単純に打ち出した魔法を操る技術が必要だし、陰魔法で反射するには跳ね返る方向の計算が複雑怪奇すぎる。これも今の君の頭では無理だね。不採用だ」

 

 手厳しい魔女の分析に、フランはぐぬぬと喉を鳴らす。

 

「では、その『クランベリートラップ』とやらはどうだい? ……ふむ、そういえばこの『すぺるかーど』、聞きなじみのない言葉が多いのだが、フラン、その言葉の意味を君は知っているのかい?」

 

「え? ああ、クランベリーっていう果物だよ。たしか、別名でコケモモとも言ったかな。それの罠って意味」

 

「なぜ魔法に果物の名前を? 君は罠師にでもなりたいのかい? 」

 

「神主に言ってよ、それは」

 

 突然目の前に現れた未知の言葉に、眼前の魔女の眼が爛々と煌めいた。キラーん。

 

「神主? 神主とは何だい? どんな存在かな? そんな奇妙な魔法を考えるような智者かい? なぜその神主は果物の名前を魔法につけたんだい? その者の行使した魔法は? どんな術式を好む? どのような書物を遺し、どこに住んでいる? 知りたい、識りたいねえ! フラン、君の記憶にあるその男のすべてを僕に語ってくれないか!」

 

 おもむろにエキドナが竜車に取り付けられた小さな机に両手を突き、額と額が触れ合いそうという距離まで顔を詰め寄せてきた。魔石灯の橙色の光を浴びて、彼女の黒い瞳の奥に狂気的なまでの知的好奇心がギラリと明滅する。世界のすべてを識らんとする魔女の剥き出しの執着が、狭い竜車内の空気を一瞬でぴりぴりと圧迫した。

 あまりの勢いと顔の近さに、フランは思わず上体をのけぞらせ、椅子の背もたれに背中をぶつける。前世でネットの片隅で見かけた、好きなジャンルの話になると急に早口になるオタクの熱量を、何倍にも凶悪にしたようなプレッシャーだ。

 

「うわ、顔が近いってばエキドナ……。それに神主はただの酒好きの、帽子被った普通のおっさんだよ。魔法使いでも何でもないってば」

 

「酒好きの智者! ますます興味深いね。酒を飲みながら未知の体系を構築するような人間かい?」

 

「いや、ゲーム作ってる人」

 

「げえむ?」

 

「ああもう説明めんどくさい!」

 

 ウガー、と威嚇するとやれやれという風にため息をつきながら、エキドナは続ける。

 

「いいよ、それも後で教えてくれよ。君の脳の髄から、文字通り一文字も漏らさずにその『神主』や『げえむ』とやらの情報を引き出してあげるからね」

 

 エキドナは満足そうに喉を鳴らすと、ようやく元の位置へと腰を落ち着かせ、まだ興奮で小さく震える指先でペンのお尻をこめかみにトントンと当てた。

 

「まあ話を戻すとしようか。この術式は、指先や触媒といった分かりやすい起点からではなく、空中という座標を直接指定して魔法を発生させる必要がありそうだ。魔法陣を宙に展開するとか、空間を正確に把握する能力も必要になるから、これも難易度が高い。──となれば、消去法で一番現実的なのは『レーヴァテイン』、これが一番形にできるだろうね」

 

「炎の、おっきな剣を振り回すやつ?」

 

「そうさ。単純に、火属性の基礎魔法である『ゴーア』を、爆発させるのではなく『剣の形状』としてマナの密度を高めて固定化すればいい。触媒としての何か頑丈なものを核にすることで、比較的容易に形にできるはずだ。ただ……君のゲートは十分以上に多いけれど、それ以上にそこから生成されるマナが多すぎる。今の君がそのまま振り回したら、制御しきれずにこの竜車ごと消し炭さ。形状を維持するためのマナの流動制御をどうするか。……まずはマッチの火を細長く伸ばすような、地味〜な特訓から始めようか」

 

「地味すぎる! もっとドカンとやりたいのに!」

 

「ドカンとやったら君も死ぬよ。まあ、術式の安定化については僕が少し考えておいてあげよう」

 

 エキドナはそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。フランはパッと表情を明るくして、席から身を乗り出す。

 

「本当? さすがエキドナ、話がわかるじゃん!」

 

「ただし、だ」

 

 エキドナはピシャリと、容赦なく教本を指先で叩いた。

 

「なんにするにせよ、まずは文字を完璧にして、術式の基礎を頭に叩き込んでからだ。さあ、文字の書き取りに戻る。ロ文字はまだ完璧にできていないんだからね。さあ早く」

 

「むー。……わかったよ。僕にかかれば、文字の習得なんて朝飯前だけどね」

 

 フランドールらしい不遜さを少しだけ混ぜた口調で自分を鼓舞しながら、フランは再び、マナの残滓でチカチカと明滅する教本へと視線を落とした。

 

 ガタ、と木製の重い竜車の扉が威勢よく開いたのは、フランがロ文字に苦戦し始めた頃だった。もの凄い風圧が車内に流れ込み、エキドナの机の上の書類がふわりと浮き上がる。

 

「っははは! 勉強ばかりでは頭も疲れよう! 余にはよーくわかるぞ、フラン!」

 

 ひんやりとした夜風と共に、少年らしい高めの豪快な笑い声を響かせて入ってきたのは、金髪の瑞々しさを残した少年──フランの義兄であるファルセイルだった。王族とは思えないほどに大雑把で、しかし周囲の空気を一瞬で塗り替えるような、底抜けた太陽の明るさを持つ少年。

 ファルセイルはフランの隣にどさりと遠慮なく腰を下ろすと、大きな手でフランの頭をクシャクシャに撫で回してきた。

 

「やめろよーファル義兄、髪が乱れるじゃん!」

 

「いいではないか、頑張っている証拠だ! どれ、我が妹の勉強の成果を見てやろう。……ふむ、ふーむ?」

 

 ファルセイルが教本を上から覗き込み、ロ文字の並びを指差す。

 

「なんじゃこれは。まるで読めんぞ」

 

「ええー? ちょっとファル義兄、それは無くない?」

 

「いや、いかに余と言えど、こんな文字は読めぬからな。お前が書いたそれは、まるでミミズの踊り食いのようだぞ!」

 

「ロ文字だよ! ファル義兄よりは僕の方が上手だし!」

 

「いやいや、余の文字の方がもっと力強いぞ! 共に並んで勉強するか!」

 

「一国の王族が、妹と並んで初等文字の勉強かい? 呆れたものだね」

 

 エキドナが本から顔を上げ、やれやれと呆れたように吐息をこぼした。けれど、その若き魔女の表情はどこか柔らかい。

 

「ふん、どうせファル義兄はまたアレクに怒られるんだよ。──あ、それよりその袋、なあに?」

 

「おお、忘れるところだった! ほら、お前の分だ。頭を使った後は、甘いものを食うに限る!」

 

 ファルセイルは悪びれもせずに笑うと、抱えていた布袋を差し出した。中には、まだ夜露に濡れたような見事な赤みを持つリンガがいくつか入っている。

 

「ねえファル義兄、これどうしたの? お金ならアレクが管理してるはずだけど」

 

「ん? ああ、外の商人群に変な吟遊詩人が交じっていてな。余が退屈しのぎに、我らの武勇伝を少々派手に語って聞かせてやったのだ。そうしたら、話の対価だと言ってその詩人がこれを余に譲ってくれたのだよ。余の言葉には、リンガ数個分の価値があるということだな。 誇らしい!」

 

 わはは、と小さな胸を張る不器用な義兄。フランはぶっきらぼうに、

 

「その詩人が可哀想だよ」

 

 と言いながらも、ファルセイルからリンガを受け取り、手元の小さなナイフを器用に走らせた。前世の記憶にある、懐かしい『ウサギリンゴ』ならぬ『ウサギリン()』。ずっしりと冷たい赤い果実が、みるみるうちに可愛らしい形へと剥かれていく。

 そのウサギ型のリンガを一つ、エキドナの前へゴロゴロと転がすと、魔女は眉をひそめてそれを凝視した。

 

「……随分と悪趣味な形に剥くものだね、フラン。それは大兎かい? ダフネに毒されてしまったと見える」

 

「違う違う、普通に兎だよ! ああいう化け物魔獣と一緒にしないでよね、もう」

 

 フランは一切れを自分の口に放り込み、もう一切れをファルセイルに差し出しながら、外の気配に目を向けた。

 

「ほら、ファル義兄も食べなよ。……彼が外で情報を持ってきてくれるから、僕たちがこうして呑気に果物を食べられるんだもんね。アレクの分も、ちゃんと残しておいてあげなきゃ」

 

 ──シャク、と瑞々しい破砕音が竜車内に小気味よく響いた。

 口いっぱいに弾けて広がった、鮮烈な甘酸っぱい果汁。皮のわずかな渋みと、果肉のさわやかな甘さと酸味が、難解な文字の勉強で疲れ切っていた脳の芯を、優しく、じわりと癒していく。あまりの美味さに夢中になって齧り付いていると、口の端から溢れた果汁が顎を伝って滴り落ちそうになった。

 それを見たファルセイルが、

 

「子供はこれだからな」

 

 と自分のハンカチでサッと拭き取る。

 

「わっ! 子供じゃない! ……っていうか、ファル義兄だってまだ子供じゃん!」

 

「余はもう立派な男だ!」

 

 そんな二人の様子を対面で見ながら、エキドナは上品に小さくウサギリンガを齧り、

 

「ふむ、糖度は悪くないね」

 

 と満足そうに咀嚼している。ファルセイルはわははと実に気分の良さそうな声をあげて、自分の分のリンガを丸かじりにした。

 

 外からは相変わらず、商人と笑い合うアレクの、タメ口混じりののどかな話し声が聞こえている。

 口いっぱいに広がる瑞々しい甘さは、かつて前世の日本で、一人きりの部屋で齧っていた冷たいそれよりも、ずっと濃厚で、ずっと温かかった。

 今の自分には難解な教本を睨み、不器用な義兄と笑い、皮肉屋の魔女に小突かれながら、夜の闇を行く。前世の閉塞した日々には決してなかった、けれど今確かにこの手にある、言葉にできないほど愛おしい時間。

 

「よし! 余は外で見張り──いや、アレクの冷やかしにでも行ってくる!」

 

 リンガを平らげたファルセイルが、満足そうに立ち上がり、また嵐のように竜車を飛び出していった。

 静けさを取り戻した車内には、リンガの甘い残香と、果汁で少しだけベタついたフランの手が残される。

 

「まったく、騒がしい男だね」

 

 エキドナは呆れたように笑いながら、中空からタオルを広げ、フランの手を驚くほど優しく、丁寧に拭ってくれた。タオルの温もりが、果汁のベタつきを綺麗にさっぱりと取り除いていく。

 

「さあ、夜はまだ長いよ。ロ文字の続きだ。ペンを握りなさい」

 

 静かに微笑むエキドナに促され、フランは再び金属のペンを握り直す。魔石灯の橙色の灯りの下、書き取りの紙束に向き合うフランの横顔を、魔女の優しい眼差しが静かに見守っていた。

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