傲慢の魔女『フラン』 作:オド・ラグナの対義語
『集結する魔女教』
「──London Bridge is falling down, falling down, falling down.」
のどかな陽光が降り注ぐ、水門都市プリステラへと続く一本の街道。
私はこの世界の人たちが誰も知らない、遠い異郷の古い唄を風に乗せて気ままに口ずさんでいた。意味なんて大して考えていない。ただ、これから始まる不穏な劇の幕開けに、この橋が崩れ落ちる歌が妙にぴったりな気がしただけだ。
「London Bridge is falling down. my fair lady」
ふと視線を上に向ければ、どこまでも青い空に、場違いな白の染みが無数に浮かんでいた。
不自然なほどに綺麗な群れを成して、私の歩調に合わせるように上空をゆっくりと旋回する、真っ白な鳥たち。そして──。
「クルッ?」
私の頭の真上で、我が物顔でちょこんと特等席を陣取っている一羽の白い鳩が、不思議そうにコピッと首を傾げた。
「んー? どうしたの?」
「……あ、歌の意味かな。こっちじゃ通じないよね」
異郷の言葉の響きが奇妙に聞こえたのかもしれない。
もちろん、目の前の鳥たちが本物の野生の生き物ではないことくらい、肌にへばりつくような違和感でも分かっている。本体は世界のどこぞで優雅にくつろぎながら茶でも飲んでいるくせに、こうして無数の瞳を介して、私を世界の中心に据えるような偏執的な視線を送り続けているのだ。
私は歩きながら、頭の上の鳩を鬱陶しそうに手で追い払おうとした。だが、鳩はあらかじめ私の手の軌道を知っていたかのように、すっと手をすり抜けて、今度は私の右肩に平然と着地した。
「爪がさあ、くすぐったいんだよねぇ……。いい? これはね、ロンドンってところにある橋が崩れ落ちる歌だよ。これからプリステラは地獄になる、そしてきっと多くの試行錯誤をしてくれる……あんたにはちょっと趣味が合わないかもしれないけどね」
私のぞんざいな講釈に対して、鳩はただ愛らしく喉を震わせ、嘴で私の耳たぶを甘噛みする。
この鳩を操作する術者自身の声がそこから響くことはないけれど、上空を覆う白い羽の群れそのものが、彼女の異常な愛の気配を無言で物語っていた。この200年くらいはここまで大勢の鳥に付かれることもなかったが、何かきっかけでもあったのだろうか。
「ジュースが死んじゃったからとか?」
「クルッポー」
鳩はただ鳴くのみだった。
経験則上、この鳩の術者はあまり多くを知らせてはくれない。他の異常者同様、ただその欲するところを押し付けてくるのだ。
「はぁ……。勝手についてくるのはいいけど、あんまり邪魔しないでよ?」
私は小さくため息をつくと、歩きながら空間の隙間に右手を差し入れた。
取り出したのは、魔女教の信者たちが命より大切に抱え込んでいる、一冊の
「やっぱりいつ見ても気味が悪い本……」
私にとっては心底気色悪く、ヘドが出るほど趣味の悪い代物だ。できるだけ自分の肌に直接触れさせたくなくて、まるで道端に落ちていた得体の知れないばっちぃゴミを触るかのように、人差し指と親指の先だけで嫌そうに、細心の注意を払ってつまみ上げる。
指先で嫌々ページをめくり、そこに刻まれた歪んだ記述をもう一度だけ確認する。
そこには、水門都市プリステラへの潜入の指示。そして──。
「……ねえ、何度見ても、あの話が長くて独善的な男のところに転がり込めって書いてあるんだけど。本当に何なのこの本。焼いていい?」
眉をひそめて、今度は盛大なため息を吐き出した。焼いていいかとの問いには鳩はすっとぼけたように「ポッポー、ポッポー」と鳴いた。
「まぁ、宿代が浮くと思えばいっか! あはは、あいつどんな顔するかなぁ!」
気持ちの切り替えが誰よりも早いのが私の長所だ。ばっちぃ本をすぐに空間の隙間へと放り込んで、私は再び無邪気な笑顔を浮かべると、歩調を早めた。
頭の上の特等席に戻ってきた鳩を揺らしながら、私は再び異郷の唄を口ずさむ。
照りつける陽光は眩いほどに輝き、目線の先──水門都市プリステラを取り囲む巨大な湖の水面をキラキラと瞬かせている。もうすぐ、あの長く伸びた街道から、通行人たちの竜車がひっきりなしに行き交うようになるだろう。きっと、私の待ち人もその中のどこかに紛れているはずだ。
福音書が、魔女である自分と現世の大罪司教全員を一つの都市に招集するなんて、あからさまに特別な何かが起きると言っているようなもの。
私はそっと認識阻害の灰色のローブのフードを深く被り、周囲の景色へとその身体を完全に溶け込ませた。
水門都市プリステラの一等地。本来であればどこかの富豪か名士が優雅に暮らしていたであろう、不快なほどに立派で豪奢な屋敷のある一室、その
「お邪魔しまーす!」
そして偶然にも、そこは現在の家主の部屋のようだった。
家主──魔女教大罪司教『強欲』担当、レグルス・コルニアスは窓が蹴破られたことに数瞬おくれて気が付いたかのように、怪訝な顔で振り向いた。
不自然なほど汚れの存在しない真白い衣服を纏った白髪の青年は突如として現れた私の姿を認めると、その唇を不機嫌そうに歪め、即座にそのマシンガントークの引き金を引いた。
「──おいおいおいおい、久しぶりに会うっていうのに何だい君は? 誰の許可を得て、どんな権利があって僕がこうして静かに、穏やかに、誰の邪魔もせず満ち足りた時間を過ごそうとしていた居住区へと土足で踏み込んできたんだい? あまつさえ窓を蹴破って? ありえないよねぇ、こんな仕打ちを受けたのは久方ぶりだ。挨拶もなく他人のテリトリーに無断侵入するなんて、一体君の親はどんな教育をしてきたんだい? いや、親の顔が見てみたいなんていう陳腐な言葉じゃ生温いね! それは僕の平穏な権利に対する明確な侵害であり、僕という存在への不当な不敬、いや、独善的な暴力と言っても過言じゃない! 僕はただ、自分の割り当てられた部屋で、自分の満たされた権利を静かに主張しているだけなのに、どうして君といい魔女は僕のささやかな平穏を脅かそうとするんだ!」
相変わらずの、息を吸うタイミングすら疑わしくなる言葉の濁流。普通の人間なら頭を抱えて逃げ出すところだけど。
「あはは! 相変わらず話が長くて自分勝手だなぁ、レグルスは」
私は彼の言葉を1ミリたりとも耳に入れず、完全に右から左へと聞き流しながら、部屋の奥──窓から入ったから手前側かも──にあるふかふかの高級ソファへと勝手にダイブするように腰掛けた。
「おい! 聞いているのかい君は! 人がこれほど親切に、懇切丁寧に君の無作法を指摘してあげているというのに、それを無視して勝手に座るなんて! それは僕の話を聞かないということであり、すなわち僕の存在そのものを否定する、君個人の身勝手な独善だ! 僕はただ、他者との対等な関係を望んでいるだけで、決して君に蔑まれるような非を犯してはいないはずだよ!? そりゃあね、僕だって久しぶりに顔を合わせるお調子者の魔女が、僕に会えた嬉しさのあまり冷静さを欠いて、少しくらい性急な行動に出てしまったというその事実自体は、理解できなくはないんだ。僕は心が広いし、他人の未熟な感情にだって寄り添ってあげられる優しい人間だから、その程度の事情ならちゃんと理解してあげられるアピールだって吝かではないさ。だけど! 良くないところは良くないと話を戻させてもらうよ! 事情がどうあれ、他人の居住区の窓を物理的に粉砕して不法侵入したという明確な非を前にして、素直に謝罪の一つもできないというのは人間性の問題だ! 世の中さ、自分の非も認められずにぐじゃぐじゃ言い訳を重ねるような見苦しい人間もいるけど、あれって過ちも認められないって意味じゃ器が小さすぎて嫌になるよね! 自分が何一つ間違えない、生まれてからこの瞬間まで全部において正しいとか勘違いしてるからそういうことになるんだと思うけど、どれだけ傲慢なんだろうね? 普通はわかるよね? 常識だよね!? いや、でも僕は本当に優しいから、多少の粗相くらいなら多めに見てあげられるよ? だけど君のこの態度は、僕が許容してあげられる大人のレベルを完全に越えてるよねぇ!? 挨拶も謝罪も放棄して僕のささやかな平穏を害しようとするその根性は、僕の正当な権利に対する明確な侵害そのものじゃないか!」
身振りを交えて謝罪の重要性をくどくどと熱弁するレグルス。その身勝手極まるモラハラ気質な難癖に対し、私はソファの上で足をぶらぶらと揺らしながら、心底楽しそうに笑い飛ばした。
「あはは! 謝らないよ? だって窓があったのが悪いんじゃん。私はちょっと某スパイ映画みたいに潜入してみたいなーって思ったからやっちゃった」
「ま、窓があったのが悪いぃ……? あのさぁ、何を言っているのかなあ君は! 窓はそこに嵌め殺され、光を通し、雨風を防ぐために存在する正当な権利があって、それを君個人の下らないスパイとやらの身勝手な娯楽のために破壊していい理由になんてなるわけがないだろう! 映画がどうだの潜入がどうだの、そんなのは君の都合であって僕には何の関係もない! 自分の過ちを窓のせいにするなんて、どれだけ傲慢なんだい君は!」
顔を真っ赤にして喚き散らすレグルスを見上げながら、私は空間の隙間からあれを取り出した。鳩の群れに導かれる道中、街道で指先だけで摘まみ上げていたあの気色悪い『福音書』だ。
できるだけ肌に触れないよう、今度もばっちぃゴミを触るかのようにページの端を指先だけで摘まみ、レグルスの目の前へとひらひら提示する。
「怒るなら私じゃなくて、この本を書いた誰かさんに言ってよ。ほら、見てみなよ。何度見ても、プリステラに着いたらこの話の長くて迷惑な男の屋敷を間借りしろ、って書いてあるんだからさ。って、他人の福音書は見れないか」
あちゃー、とわざとらしくお茶目に額を抑える私に対し、強欲の大罪司教は心底嫌そうな、汚物でも見るかのような歪んだ顔を向けた。
「福音書が……? いや、だからといって、それが僕の生活の平穏を無条件に脅かしていい理由にはならないはずだろうが! いくら福音書の意志が含まれているとはいえ、僕には僕の、この部屋を専有する正当な──」
「──ねえ、レグルス」
ブツブツと権利を並べる男の言葉を、私は一段低い、冷え切った声音で遮った。微笑みを浮かべたまま、身体の内側からじわりと『傲慢』の魔女因子を沸き立たせ、手の平の上にレグルスの『目』を引き寄せる。
「部屋一つ貸して? ──それとも、私とここで本気で殺し合いっこしてみる?」
その瞬間、レグルスの饒舌な口がピタリと止まった。 レグルス・コルニアスという男は、他人の権利を平気で踏み潰す独善的な強欲の塊だ。自分が常に満たされており、世界で最も正しいと本気で思い込んでいる。そのように、自分は強欲でなく謙虚なんだと大罪を否定している男だ。
けれど、彼は目の前にいる私が、自分たちのような現世の大罪司教とは一線を画す、四百年前に理外の化け物たちと渡り合ってきた本物の魔女であることを、その圧倒的な格を知っている。
無敵を誇る彼の権能をもってしても、私と正面からやり合えば、この美しい屋敷も、彼の自称する平穏な時間も、すべてが塵に帰る。そうなれば、この屋敷にコレクションとして並べている、自慢の愛しの妻たちが一体何人生き残れるか分かったものではない。
「……チッ。偉大なる福音書の差し金とあっては、僕としても寛容を示さないわけにはいかないね。僕は度量が広いし、女性のワガママに対しては常に紳士的であるべきだと自負しているからね。勘違いしないでほしいけれど、君の暴力的な脅迫に屈したわけじゃない。僕が僕の正当な権利に基づいて、君に部屋を一つ『恵んであげる』という話だ」
レグルスはぶつぶつと負け惜しみを並べ立てながら、不機嫌そうに顔を背けて部屋の外へと去っていった。どうやら不法占拠の交渉は無事に成立したらしい。
その時、テーブルの上に無造作に置かれていた、三つある手のひらサイズの携帯用の鏡──対話鏡というミーティアの一つが、不気味な光を放って明滅し始めた。きっと大罪司教の誰かからだろう。レグルスに従う魔女教徒って見たことないし。
私は面白がって、勝手にその鏡を手に取って起動させた。
『きゃははははっ! 魔女教大罪司教『色欲』担当、カペラ・エメラダ・ルグニカちゃん様でーす! あァ? 誰かと思えば、あのパンドラ様の飼い犬の小娘様じゃねえのォ? 』
鏡の向こうから響いてきたのは、下着同然の姿をした童女の姿でありながら、他者を完全に見下しきった慇懃無礼な声。
「あはは、カペラ! 相変わらず口が汚くて安心したよ! 元気そうだね」
対話鏡に映る醜悪な童女を見つめながら、私の唇は無邪気な弧を描いていたが、その瞳の奥は一切笑っていなかった。パンドラの飼い犬、などという手垢のついた挑発に、今更動じるような可愛い情緒は持ち合わせていない。
自称「博愛主義者」のくせに人間を肉塊としか見ないカペラも、他の大罪司教たちも私から見れば、ただの歪んだおままごとに興じているだけの耳障りな雑音に過ぎないのだ。彼らがどれほど狂おうが、どれほど私の神経を逆なでしようが、その全てが劇場の外から聞こえる犬の遠吠えと同義だった。
『なーんであいつじゃなくてテメー様が出やがるんですかね? あ、まさか殺っちゃいましたかぁ、見た目だけしか見てないクズですし。まさかついに肉欲丸出しで襲い掛かったりしたんです? あのクズ』
『はっはァ! そんなにすぐ死ぬ奴じゃァないだろ、あいつ。どうせまた自分の安い権利とやらを侵害されたって喚き散らして、奥でひっくり返って引き籠もってるだけさァ』
二つ目の対話鏡にも像が映る。そこから聞こえてくる少年の声の持ち主は大罪司教『暴食』担当、ライ・バテンカイトスである。膝下まである濃い茶色の髪を揺らした、病的に痩せ細った少年であるが、その武芸はフランにも劣らない。あくまでも技術は、だが。
「まっさかー。失礼しちゃうわ。レグルスは隣の部屋にいるよ。入れ違いになっちゃったってだけ」
『きゃははは! ですよねー、アタクシの福音書にもそんなこと書かれてませんしぃ。んで、高貴な高貴なおばあちゃん魔女サマは何しに来たので? あ、ひょっとしてー、アタクシ様の極上の舞台を特等席で鑑賞しに来てくれやがりましたかぁ?』
『──なこと、どうだっていいでしょう?!』
突如として、三つ目の対話鏡から耳を突き刺すような、機械的で人工的な不気味な高音が炸裂した。左目以外を包帯でくまなく覆った怪人──魔女教大罪司教『憤怒』担当のシリウス・ロマネコンティが、項垂れて自身の頭を狂ったように掻きむしりながら、憤怒に満ちた声を上げる。
『どうして今更になって出てきたのですか、『傲慢』!! あの人の、私の最愛のペテルギウスの死を悼むこともなく、この五十年間一度として魔女教に協力することもなかったお前が! どうして、どうしてどうしてどうしてどうして今になって現れるのですか! お前が、その傲慢の権能が、あの人の献身のために少しでも牙を剥いていれば、あの人は死ななかった!! あんな、あんな薄汚い半魔や傭兵風情に、あの高潔で愛に満ちたロマネコンティが引き裂かれることなんてなかったのです!! 何故、何故なの……どうしてぇぇぇえぇえええ!! 』
『あァ、いいさ、いいね、いいよ、いいとも、いいだろう! 怠惰を討った英雄が、この街にやってくる! 俺たちを裁きに来てくれる、最高の経験を積み重ねた輝かしい英雄が! その前菜を、メインディッシュを、俺たちのこの底なしの胃袋で喰らい尽くすためならさァ! どんな暴飲暴食だって、いくらでも耐えられるってもんさァ!! 最高のイタダキマスのためなら!! 幾らでも!!』
シリウスの怨嗟の叫びと、ライの異常なハイテンションによる類義語の反復。対話鏡から漏れ出る狂気の三重奏が部屋の空気を限界まで喧しく掻き回した、その時だった。
廊下の奥から、ドタドタと床を踏み鳴らす、これ以上ないほど怒りに満ちた乱暴な足音が近づいてくる。
直後、バァァァンッッ!!! と、蝶番が悲鳴を上げるような勢いで、この部屋の持ち主が扉を蹴り開けて再登場した。レグルスは顔の血管をこれでもかと浮き上がらせ、私からミーティアをひったくるように奪い取ると、鏡の向こうの全員に向けて凄まじい難癖の引き金を引いた。
「あのさぁ、いい加減にしてくれないかい君たちは!! 勝手に人の所有物であるミーティアを起動して、ギャーギャーと中身のない騒音を撒き散らすなんて、一体全体どういう神経をしているんだい!? そりゃあね、僕だって大罪司教同士の連絡という最低限の義務が大事であることは分かるし、久しぶりに現れた魔女の存在に、君たちのような思慮の浅い人間が盛り上がってしまうその気持ちだって、理解できなくはないよ? 僕は心が広いし、他者の感情を思いやって寛容になれる紳士的な人間だから、その程度の興奮くらいなら、ちゃんと理解してあげられるアピールだって吝かではないさ。だけど! 良くないところは良くないと話を戻させてもらうよ! いくら久しぶりの連絡だからといって、僕の静かで穏やかな部屋の中で、鼓膜を破壊せんばかりの悪口雑言や身勝手な愛の不満を怒鳴り合うのは明確によろしくない! 理解できる点があったのは確かだけど、それを遥かに超越して、僕の静かな生活習慣をここまで害する君たちの凶行は、到底許せるものじゃあないんだ! 普通はわかるよね? 僕が部屋でゆっくりと英気を養っているんだから、少しは縮こまって静かに発声するのが一般常識だよね!? いや、それでも僕は優しいから、多少の無作法や賑やかさくらいなら大目に見てあげる度量はあると言っているんだ! だけど君たちのそれは、僕の寛容のレベルを完全に超えてるよね!? 僕はただ、自分の満たされた権利を静かに主張しているだけなのに、どうしてどいつもこいつも僕のささやかな平穏を脅かそうとするんだ! これは僕の、この部屋で平穏に過ごすという正当な権利の侵害だ!!」
一気に捲し立てられた完璧なレグルス構文。
相変わらず自分への特大ブーメランに1ミリも気づいていない白髪男の難癖を聞きながら、私はソファに寝転がり、手元の『福音書』──全知の『叡智の書』の、出来の悪い劣化コピーを宙へと放り投げた。
(本当……魔女教の連中って、身近にいるとろくでもないやつが多すぎるよ。半分は気持ち悪いし、半分は狂っちゃったやつらだし)
あいつらの歪んだ思想や言葉なんて、私にとっては本当にただの雑音。
だけど──だからこそ、これから何が起こるのか、楽しみで仕方がなくなってきた。この出来の悪い劣化コピーの指示が、わざわざ大罪司教たち全員をこの都市に招集したんだ。真面目にあれの指示に従ってあげる気はサラサラないけれど、これからこの水門都市で、一体どんな最高の大騒動が幕を開けるのだろう。
「あはは! 派手にやっちゃってよ、みんな!」
背後でなおも通信相手とヒステリックに怒鳴り合っているレグルスをBGMに、私の胸は、未だ見ぬ混沌とした劇への無邪気なワクワク感と、抑えきれない『傲慢』の期待感でいっぱいに満たされていた。