傲慢の魔女『フラン』   作:オド・ラグナの対義語

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原作の大幅なコピーと判断されたため、とりあえずの措置でAIにダイジェストにしてもらっています。改稿は完結後になると思います。









『既視感』

 目を覚ましたスバルは、まず自分が生きていることを確かめた。

 

 胸がある。

 腹もある。

 手足も、頭も、ばらばらになっていない。

 

 その事実を、両手で何度も確かめてから、ようやく周囲の光景が目に入った。

 

 蔦に覆われた緑の部屋。岩の寝台。傍らで心配そうに覗き込むエミリアとベアトリス。足を畳んで控えるパトラッシュ。もう一つの寝台で眠り続ける青髪の少女。

 

 プレアデス監視塔の、緑部屋。

 

 何も変わっていない。何もかも、見覚えのある光景だった。

 

「……また、ここかよ」

 

 口から零れた言葉に、エミリアとベアトリスが顔を見合わせる。

 

 彼女たちの反応は、スバルの知るものとほとんど同じだった。突然姿を消し、タイゲタで倒れていたスバルを連れ戻したこと。目覚めたスバルの態度が妙におかしいこと。エミリアの呼び方に違和感を覚えること。ベアトリスが、事情を話せと詰め寄ること。

 

 細部は少し違う。

 だが、流れは同じだ。

 

 そのことに気付いた瞬間、スバルの背筋に冷たいものが走った。

 

 これは、もう一度繰り返しているのではない。

 自分は、少し先の未来を見たのだ。

 

 タイゲタで倒れ記憶喪失を打ち明ける。皆が驚き、戸惑い、それでもどうにか前を向こうとする。あれはきっと、未来を見る力。

 

「……なるほどな」

 

 スバルは、震えそうになる指先を握り込んだ。

 

 未来予知。

 異世界召喚された自分に、遅すぎるほど遅れて与えられた切り札。

 

 そう考えれば、意識が途切れた前後の曖昧さにも説明がつく。夢というものは、目覚めた瞬間からどんどん輪郭を失っていくものだ。なら、最後の部分だけが曖昧なのも不自然ではない。

 

 問題は、その力をどう使うかだ。

 

 スバルは、エミリアとベアトリスに記憶喪失の事実だけを告げた。未来を見たことは話さなかった。

 

 的中率を確かめたい。下手に流れを変えれば、未来予知としての価値が測れなくなる。そう自分に言い聞かせた。

 

 だが、本当はそれだけではない。

 

 エミリアの心配も、ベアトリスの不安も、ラムの痛切な叫びも、一度見た出来事として処理しようとしている自分がいた。優しさを検証材料にしている自分が。

 

 その自覚が、喉の奥に苦く貼り付いた。

 

「……何やってんだよ、俺」

 

 それでも、話は進んでいく。

 

 エミリアは自分を奮い立たせ、ベアトリスは怒りながらもスバルの隣に立った。ラムは妹のために静かな声で縋り、シャウラは相変わらずスバルを「お師様」と呼び、メィリィはどこか他人事のように微笑んだ。

 

 ユリウスは青ざめた顔で言葉を選び、エキドナは必要な整理を淡々と行う。

 

 おおよそ、スバルの見た通りだった。

 

 完璧に同じではないけれど、あまりにも近い。

 

 未来は、変えられる。だが、そのまま放っておけば同じ場所へ流れていく。

 

 そう理解したスバルは、胸の内にあるざわつきを隠したまま、皆をタイゲタへ向かわせた。だだっ広い書庫は、相変わらず人間の都合など知らぬ顔で広がっていた。

 

 死者の名を抱えた本棚が、どこまでも続いている。

 エミリアたちは手がかりを探し、スバルは探索から外され、メィリィとシャウラの近くで待機させられることになった。

 

 本来なら、記憶を取り戻そうと焦るべき場面だけれど、スバルは結果を知っている。

 

 何も見つからない。

 誰も、記憶を取り戻す決定的な手段には辿り着けない。

 

 分かっているのに、何も言えない。

 

 その居心地の悪さから逃げるように、スバルはメィリィやシャウラと軽口を交わした。シャウラの過剰な愛情表現を押し返し、メィリィの乾いた価値観に眉をひそめる。二人とも厄介だが、少なくともエミリアやベアトリスのように真っ直ぐ心配してこない。

 

 その距離感が、今は少しだけありがたかった。やがて、エミリアたちが戻ってくる。

 

 結果は、やはり不発だった。

 

「本当にごめんなさい。みんなで一生懸命探したんだけど……」

 

 エミリアが深々と頭を下げる。

 スバルは慌てて手を振った。

 

「いやいや、エミリアが謝ることじゃないって。むしろ、俺のためにそこまでしてくれただけで十分すぎるくらいで……」

 

「そうそう。エミリアが謝ることじゃないよ」

 

 書架の奥から、軽い声が割り込んだ。

 

 灰色のローブを揺らしながら、フランがひょいと本棚の影から顔を出す。手にしていた本を棚へ戻す仕草は、ひどく慣れていて、そして少しだけ雑だった。

 

「この書庫、探す人に優しくないからね。名前が分かってても、縁があっても、必要でも、見つからないときは見つからない。こっちの都合なんて、死んだ人たちには関係ないし」

 

「……フランダース」

 

 エミリアが小さく名を呼ぶ。フランは片手を上げて、気の抜けるような挨拶を返した。

 

「探し物って、焦ってるときほど見つからないでしょ? 部屋の鍵とか、片方だけ消えた靴下とか、推しの限定グッズとか」

 

「最後だけ急に俗っぽいな」

 

「フーちゃんには分かりやすいかなって」

 

「分かるけど! 分かるから余計に嫌なんだけど!」

 

 思わず突っ込むと、フランはくすくすと笑った。

 

 その軽さに、スバルの肩からほんの少し力が抜ける。

 

 この世界に来てから、スバルの言葉は何度も空振りした。エミリアは真面目に受け止め、ベアトリスは呆れ、ラムは容赦なく切り捨てる。メィリィとシャウラは別の意味で会話にならない。

 

 けれど、フランは違う。

 彼女には、こちら側の冗談が通じる。

 

 それだけで、今のスバルには救いだった。

 

「それ、自分に言い聞かせてるのか?」

 

 気が緩んだせいか、そんな言葉が口から出た。

 

 フランの指が、本の背表紙の上で止まる。

 

 しまった、と思った。

 

 だが、フランは怒らなかった。少し困ったように笑って、肩をすくめる。

 

「うん。半分くらいは」

 

「半分なのか」

 

「残り半分はフーちゃんたちへの忠告。つまり、今の私はすごく親切なお姉さんというわけです」

 

「おお……胡散臭いな。そういうのはたいていスキマ妖怪の役目じゃないか?」

 

「えー、ひどいなぁ。私、今かなり優しいつもりなんだけど」

 

 フランは頬を膨らませるような仕草をしたあと、すぐに小さく息を吐いた。

 

「でも、まあ……見つからない方がいいのかもしれないって、ちょっとは思ってるよ」

 

「……お義兄ちゃんの本、だっけ」

 

「うん。ファルセイル・ルグニカ。私の、大事な人」

 

 その名前を口にするときだけ、フランの声が柔らかくなる。

 

「ずっと、見たいとは思ってた。あの人が最後に何を思って死んだのか。どんな顔で、何を考えて、何を遺していったのか。知りたいって思わなかった日は、たぶん一日もなかった」

 

「────」

 

「でも、見たくないとも思ってた。死んだ人の中を覗くなんて、生きてる側のわがままだし。見たところで、どうにもならないことも知ってたから」

 

 軽い口調だった。

 けれど、軽いからこそ重かった。

 

 長く抱えすぎて、もう泣き方すら忘れてしまったみたいな軽さだった。

 

「だから今の私は、あんまり偉そうなこと言えないかな。『そんな本、探しても都合よく見つからないよ』って言いながら、私も自分の欲に負けて、ここで本を探してるんだから」

 

 フランは、スバルの知らない言葉を知っている。

 スバルの冗談に笑ってくれる。

 由来の分からない「フーちゃん」という呼び方で、当たり前みたいに近づいてくる。

 

 その距離の近さは怖い。

 けれど同時に、少しだけ救いでもあった。

 

「フーちゃん」

 

「ん?」

 

「今、何か隠してるでしょ」

 

「ぶっ」

 

 心臓が跳ねた。

 

 思わず変な声が漏れる。そんなスバルを見て、フランは楽しげに目を細めた。

 

「やっぱり」

 

「いや、何を根拠に……」

 

「顔」

 

「顔だけで!?」

 

 フランはくすくすと笑う。

 

 冗談みたいな言い方だった。

 けれど、その紅い瞳だけは、スバルの表情よりも奥を見ている気がした。

 

 皮膚でも、骨でも、記憶でもない。

 自分でも名前をつけられない場所を、冷たい指先でそっと撫でられたような感覚がある。

 

「な、何だよ」

 

 思わず声が上擦った。

 

 フランは答えない。

 

 ただ、ほんの少しだけ首を傾げる。笑っているようにも、笑っていないようにも見える顔で、スバルをじっと──いや、スバルの奥にある何かを確かめようとしている。

 

「フーちゃん、さっきから──」

 

「スバル!」

 

 フランの言葉を遮ったのは、エミリアの声だった。

 

 反射的に振り返ると、エミリアが不安そうな顔でこちらへ歩み寄ってくる。彼女はスバルとフランの距離を確かめるように一瞬だけ視線を揺らし、それからスバルの手をそっと取った。

 

「ごめんね。あんまり離れたところに行かないで。スバルがまた何か危ないことをしちゃわないか、すごーく心配なの」

 

「あ、いや、今のは俺が勝手に動いたっていうか……」

 

「スバルはこっちにいるかしら」

 

 反対側からベアトリスにも袖を引かれ、スバルは半ば強制的にフランから距離を取らされる。

 

 振り返ると、フランはまだこちらを見ていた。

 

 人形じみた美貌の奥で、紅い瞳だけが妙に静かだった。

 

「……フラン?」

 

「ううん」

 

 彼女は小さく首を振った。

 

「何でもないよ。フーちゃんが変なのは、元からだし」

 

「今の誤魔化し方、すげぇ雑じゃなかった?」

 

「うん。雑に誤魔化した」

 

「認めるなよ!」

 

 スバルが反射的に突っ込むと、フランは少しだけ安心したように笑った。

 

「じゃあ、今はそれでいいよ」

 

「……今は?」

 

「うん。今は」

 

 そう言って、フランはまた本棚へ向き直る。

 

 その声はいつも通り軽かった。

 けれど、最後に零れた小さな呟きだけは、紙擦れの音に紛れて、誰の耳にも届かなかった。

 

「……まさかね」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 タイゲタでの収穫はなかった。

 

 だが、スバルにとっては十分だった。

 未来予知は当たる。大筋は外れない。ならば、これを共有すれば、塔の攻略に使えるかもしれない。

 

 そう考え、皆に合流しようと大部屋の前まで戻ったときだった。

 

 

 

 

「──現状のナツキくんを、このまま二層へ連れていく判断には賛成できないね」

 

 開け放たれた扉の向こうから、エキドナの声が漏れた。

 

 スバルは、反射的に壁へ身を寄せる。

 

 盗み聞きするつもりではなかった。

 けれど、足が動かなかった。

 

「エキドナ、それはスバルを置いていくべきだという意味だろうか」

 

 ユリウスの声。

 静かで、慎重で、それだけに余計に怖い声だった。

 

「言葉を強くするなら、そうなるね。少なくとも、昨日までの彼と同じ判断を期待するのは危険だ」

 

「……バルスが足手まといになる、という話なら同感ね」

 

 ラムの声が続く。

 

 冷たい。

 だが、その冷たさの下に焦りがあるのを、スバルはもう知っている。

 

「ラム!」

 

 エミリアが咎める。

 

 だが、ラムは退かない。

 

「記憶を失ったバルスは、昨日までのバルスではありません。悪人だと言っているのではないわ。ただ、信用する材料がない。関係が白紙に戻った相手に、命を預けろと言われても困ります」

 

 信用する材料がない。

 

 その言葉が、胸の奥を深く刺した。

 

 それでもスバルは耐えようとした。

 ラムの言葉は辛辣だが、間違ってはいない。今の自分は、彼女たちの知るスバルではない。信頼を求める方が傲慢なのかもしれない。

 

 そう言い聞かせようとした。

 

 だが、続いたエキドナの声が、その逃げ道を塞いだ。

 

「問題は戦力だけじゃない。ボクが気にしているのは、記憶喪失という現象の方だ」

 

「現象?」

 

 ベアトリスの声が低くなる。

 

「昨夜、ボクはナツキくんに一つの仮説を提示した。彼とこの塔、そして四百年前の人物たちとの関係についてね」

 

 その言い方だけで、スバルには分かった。

 

 フリューゲル。

 

 その名前が、扉の向こうにある空気を重くする。

 

「シャウラは彼を『お師様』と呼ぶ。フランダースは彼を『フーちゃん』と呼ぶ。王都以前の経歴は空白。にもかかわらず、彼はこれまで幾つもの大きな事件の中心にいた。さらに、彼は強欲の魔女エキドナについて、本来なら知り得ないほどの知識を持っている」

 

 エキドナは淡々と言葉を積み上げる。

 

 断定ではない。

 だが、一つ一つの材料が、スバルという存在を知らない何かへ近づけていく。

 

「そして、その話をした翌日に記憶喪失だ。偶然と片付けることはできる。けれど、ここはプレアデス監視塔だ。偶然という言葉に、どこまで身を任せていいかは分からない」

 

「スバルが、嘘をついているって言うの?」

 

 エミリアの声が震える。

 

「そうは言っていないよ。本人が嘘をついている場合と、本人にも分からない何かが起きている場合は分けるべきだ。彼自身が善意であっても、彼の内側にあるものまで安全とは限らない」

 

 スバルは息を止めた。

 

 内側にあるもの。

 

 それは、自分にも分からない。

 自分が何者なのか、自分でも分からないのに。

 

「私は、スバルを疑いたいわけではありません」

 

 ユリウスの声が聞こえた。

 

「ですが、今の彼を昨日までと同じように扱うのは、彼自身にも酷です。記憶も、関係も、判断の理由も失った相手に、同じ責任だけを背負わせるのは、信頼ではなく押しつけになりかねない」

 

 正しい。

 

 あまりにも正しい言葉だった。

 

 だからこそ、痛かった。

 

 結局、自分は守られるべき相手で、観察されるべき対象で、判断されるべき不確定要素なのだ。

 

「それでも、スバルはスバルなのよ!」

 

 ベアトリスの声が震える。

 

「記憶がなくても、事情が分からなくても、スバルはベティーの契約者かしら。勝手に危ないものみたいに扱うんじゃないのよ!」

 

 守られている。

 庇われている。

 

 なのに、スバルは扉を開けられなかった。

 

 今すぐ飛び込んで、「俺を信じろ」と言えるだけのものが、自分にはない。

 

「お兄さんにでも直接聞いてみたらあ?」

 

 メィリィの甘い声が、軽く場を撫でた。

 

「お兄さん、今の自分が誰なのか分かってるのおって。昨日までと同じつもりでいるのおって。それとも、別の誰かになっちゃったのおって」

 

 悪意のない毒が、喉元に刺さる。

 

 直接聞かれたら、答えられるのか。

 

 自分はフリューゲルではないと。

 記憶喪失は本当だと。

 未来を見たことを隠していたのは、皆を利用するためではないと。

 

 一点の曇りもなく、言い切れるのか。

 

「────」

 

 スバルは、音を立てずにその場を離れた。

 

 誰もいない通路の奥まで歩き、壁に額を押し当てる。

 

「……クソ」

 

 信じてもらえると思っていた。

 エミリアとベアトリスがあまりに優しくしてくれるものだから、どこかでそれを当然だと思っていた。

 

 けれど違う。

 

 今の自分は、足手まといで、不確定要素で、得体の知れない何かかもしれない存在だ。

 

 予知夢のことを話しても、きっと同じだ。

 便利な力として使われるか、あるいは塔の異常やフリューゲルの痕跡として処理される。

 

 彼らが必要としているのは、今の自分ではない。

 

 昨日までの『ナツキ・スバル』だ。

 

「最初から……掛け違えてたんだ」

 

 そう呟いて、スバルは当てもなく歩き出した。

 

 通路の先で、視界が開けた。

 

 巨大な螺旋階段だった。

 

 塔の内部を縦に貫く、底の見えない空洞。

 見覚えはある。案内された時に見たはずだ。だが、それとは別に、身体の奥がざわついた。

 

 嫌な汗が背中を流れる。

 歯の根が合わない。

 心臓がうるさい。

 

 夢で見た。

 ここを知っている。

 

 いや、違う。

 

 ここで、自分は──。

 

「……ぁ」

 

 背中に、軽い衝撃があった。

 

 振り返る暇はなかった。

 

 一歩、足が出る。

 だが、そこに床はない。

 

 身体が宙へ投げ出され、世界がぐるりとひっくり返る。

 

「うあああああああああああああ──ッ!?」

 

 転落。

 

 それを理解した瞬間、スバルは必死に手を伸ばした。だが掴めるものはどこにもない。白い石の壁、遥か下の暗がり、回転する視界。すべてが遠い。

 

 夢と同じだ。

 

 そう思った直後、身体が階段の一部に叩きつけられた。

 

「く、ぁ」

 

 右半身に、雷のような衝撃が走る。

 

 痛みが遅れてやってきた。

 

 夢ではない。

 予知ではない。

 現実だ。

 

 腕が折れ、骨が皮膚を突き破る。頭が石にぶつかり、視界が白く弾ける。次の段差が腹を打ち、肺から空気が奪われる。

 

 落ちる。

 砕ける。

 削られる。

 

 自分の身体が、人間の形を失っていく。

 

「ぁ、が、ぁあ……!」

 

 悲鳴にならない声が漏れた。

 

 痛い。

 痛い。

 痛い。

 

 だが、痛みよりも恐ろしかったのは、理解してしまったことだった。

 

 これは未来予知ではない。自分は一度、ここで死んでいる。そして今、また同じように死んでいる。

 

 ──記憶が人を形作るんだよ。

 

 誰かの幼い声が、頭の奥で響いた気がした。

 

 記憶が人を形作るなら。

 記憶を失い、誰にも信じてもらえず、今こうして肉塊へ変わっていくこれは、いったい誰なのか。

 

 ナツキ・スバルなのか。

 菜月昴なのか。

 それとも、そのどちらにもなれない、ただの空っぽなのか。

 

 ──オマエハ、ダレダ。

 

 暗闇が迫る。

 

 エミリアの顔も、ベアトリスの声も、ラムの怒りも、ユリウスの苦渋も、もう遠い。

 

 最後に脳裏へ浮かんだのは、白い書庫の片隅で自分の冗談に笑ってくれた、灰色のローブの少女だった。

 

 同じように過去に囚われ、死者の本を探していた少女。

 

 フラン。

 

 その紅い瞳の残像だけを握り締めるようにして、ナツキ・スバルの意識は、暗闇の底へ砕け散った。


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