傲慢の魔女『フラン』   作:オド・ラグナの対義語

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『続・剣鬼恋歌 前編』

 

 

 

 

 

 

 水門が開き、『色欲』の大罪司教カペラが撤退したことで都市庁舎がスバルたちによって奪還されて数刻。

 

 水門都市プリステラの夜風は、昼間よりもずっと冷たくて、湿った水の匂いを強く運んでくる。

 お昼間の賑やかだったお祭り騒ぎはどこかへ行っちゃって、いま一番街の大きな水門制御塔へと続く通りを包んでいるのは、肌がピリピリするような重たい空気だ。頑丈そうな制御塔の石壁が、月光に照らされて不気味に夜の闇に浮かび上がっている。

 

 私は認識阻害の灰色のローブの裾をパタパタさせながら、その通りを一望できるすぐ近くの建物の屋根の上に腰掛けていた。フードの隙間から下を覗き込むと、そこには最高に悪趣味で、最高にワクワクする舞台が整えられている。

 

「……うわぁ、蠢いてる蠢いてる。カペラってホント悪趣味だよね。しかも見守ってすらいないなんて、もったいないなぁ」

 

 通りの向こうを埋め尽くしているのは、うねうねと蠢く、妙に肥大化した気味の悪い影──『色欲』の大罪司教の姿をしたナニカと、その配下の屍兵たち。その中に、ひときわ細身の、ボロ布を深く被った剣士の姿があった。

 特別製の優れた聴覚をすっと研ぎ澄ませると、夜風に混じって、通りの手前で足をとめた二人の男の子の会話が、驚くほど鮮明に鼓膜へと滑り込んでくる。

 

「──ガーフィール殿」

「わかってらァ」

 

 凄まじい緊迫感を孕んだ声。金髪の凄腕くん──ガーフィールが、両腕の銀色の盾をガツンと擦り合わせ、獣のような闘志を燃え上がらせる音が聞こえる。

 

「──『焚火に座るオレグレン』ッだ。出てきたッことを後悔させてやらァ」

 

 次の瞬間、ものすごい鬼気を纏った二人が地を蹴ったのは、寸分の狂いなく同時だった。

 踏み込みの衝撃で石畳を盛大に爆ぜさせ、おじいちゃんと金髪の凄腕くんが猛然と突撃していく。

 

 ガーフィールは雑兵を蹴散らしながらクルガンの下へ。ヴィルヘルムは愛する妻の亡骸に。

 ()を振るう。

 

 ガキィィィン──!! と都市の夜空に、鼓膜が震えるような甲高く澄んだ金属音が響き渡る。

 おじいちゃん──ヴィルヘルムの美しい初撃が、その細身の剣士の刃によって鮮やかに受け流されたのだ。さすがは元剣聖の遺骸、冷え切った肉体でありながら、まるで刃同士を躍らせるようなものすごい技量だ。

 だけど、ヴィルヘルムの狙いはそこじゃなかったみたい。激しく交わされた剣圧が爆風となって吹き荒れ、細身の剣士が頭から深く被っていたフードを、強引に引き剥がすように一瞬で吹き飛ばした。

 

「────」

 

 夜気にさらけ出されたのは、冷たく凍りついた青い瞳と、可憐で愛らしい容貌。 背後でたっぷりと長い尾を引く、燃えるような炎の赤毛。

 40年くらい前に流行ったお伽話『剣鬼恋歌』のヒロインにして、伝説の中の剣聖──先代『剣聖』テレシア。

 

「──テレシア」

 

 おじいちゃんの口から漏れ出た、言葉にし得ないほどの激情が混ざった掠れた声が、私の耳にハッキリと届く。

 

「……すごいや。本当に、本物の『剣鬼恋歌』じゃん……!」

 

 思わず、ぽつりと声が溢れちゃう。

 月光に照らされた通りで、運命の円舞を踊るように激しく斬り結び始める白髪の老人と、赤髪の少女。

 鋭い一撃が交わされるたびに、夜の闇にオレンジ色の火花がバチバチと鮮やかに飛び散って、奇跡みたいに噛み合う剣戟の音がチャリン、チャリンと小気味よく耳を叩き続ける。

 

 すぐ側では、金髪の凄腕くんが『八つ腕』の大きな屍兵を引き受けて、派手に大暴れしている咆哮も聞こえてくる。

 

「だァから、そのッ邪魔ァさせられッねェ!! 八つ腕の、クルガン!」

 

 大きな地響きと盾のぶつかる音が響く。その凄まじい衝撃波で通りの街灯がひしゃげ、瓦礫が飛散するが、ヴィルヘルムとテレシアの二人は瞬き一つせず、ただ互いの刃だけを見つめていた。

 

 

 

「はーぁ。演出的には最高だけど、悪趣味だよねえ、ドラちゃんも。わざわざ全盛期にしちゃうなんて」

 

 テレシア・ヴァン・アストレアは15年前、すでに肉体の全盛期を過ぎていた。無論、剣聖の加護があるためにそれでも王国でも一、二を争う剣士であったことは間違いなく。ないがしかし、結局のところ白鯨討伐に駆り出され、無念の敗死となったと知られている。──その死の間際、『剣聖の加護』は孫のラインハルトに継承されてしまっていたことも。

 

 そんな彼女がこうして若い頃の姿で再利用されているってことは、間違いなくドラちゃんの権能のせいなんだろうけど。

 恋愛譚、英雄譚の登場人物がこうして弄ばれているのは、あんまりいい気分ではない。ないが、こうして二人が命を懸けて斬りあっている最高の舞台を見ると、胸糞悪さよりもわくわくが勝ってしまう。

 

 対する赤髪のテレシアは、ピクリとも表情が動かない。よく笑ってよく怒る可愛い人だったって昔聞いたのに、いまの彼女は無音で、無言で、ただ冷たい戦闘人形みたいに無双の剣を振るっている。

 それがなんだか、すっごく悲しくて、悲しいほど美しかった。

 

(あはは、眼下のおじいちゃん、まるで鬼みたいな恐ろしい形相で吠えてるけど、本当に一振りの剣になっちゃったみたい。昔、亜人戦争の時に私に突っ込んできた時は、死に場所を探す飢えた狼みたいにギラギラしてて怖いくらい鋭い剣だったのになぁ。今の剣は全然違う。大好きな、愛おしい人を自分の手できちんと終わらせてあげるための、すっごく一途で純粋な剣だ……!)

 

 ──月明かりが冷たく射し込む戦場、夜風を両断する白銀の軌跡が激しく火花を散らし、鋼の奏でる冷徹な旋律が都市の静寂を塗り替えていく。

 

「しぃぃぃぃっ!」

 

 肺腑を絞り出すような裂帛の気合いと共に、かつて『剣鬼』と呼ばれた老人の双剣が、猛烈な劫火となって死の軌道を空間に刻みつけていく。

 繰り出される無数の斬撃には一分の無駄も遊びもなく、そのどれもが数十年を剣に捧げた求道者の到達点。並の剣士であれば、その洗練された美しさに目を奪われた瞬間に命を刈り取られるほどに、極限まで冴え渡った絶技の連撃だ。

 

 確かに、肉体の全盛期を過ぎ純粋な剣力自体は衰えたろう。それでも、彼の執念が、恋情が、愛情が、剣を折ることを許さなかった。

 

『剣鬼』の技量はあの時あの瞬間、剣神からテレシアを奪った()()()に近づいていた。

 

 迎え撃つ『剣聖』の身のこなしもまた、とうに人間の領域を置き去りにしていた。

 身の丈ほどもある大振りの長剣をまるでもう一本の腕であるかのように軽々と操り、死神の如き双剣の猛攻を寸分の狂いなく正面から弾き落としていく。

 閃光が夜の闇を乱舞し、激しく打ち合わされる煌めきが宙で爆ぜる。その苛烈極まる命の奪い合いは、俯瞰して見ればあまりにも儚く、どこか物悲しい。相手の肉体を断ち割らんと迸る凶悪な一振りのすべてが、皮肉なほどに、かつて固く睦み合った恋人たちの激しい交差のようにすら見えてしまう。

 

 互いのすべてを乗せた刃が噛み合う瞬間、鋼の腹を伝って響くのは、互いの魂が放つ純粋な熱量だけだ。

 不要な言葉も思惑も介さない、ただ相手の存在だけを渇望する極限の対話。握りしめた剣にすべてを乗せ、同じようにする相手のすべてと鍔迫り合う瞬間、鋼越しに伝わるのは互いの熱と熱、それだけだ。不要なモノを全て削ぎ落として、ただただ互いの存在だけを求め合っているように見える。

 

 ──故に、この物騒な逢瀬も、もとより二人の絆がそうして熱く鍛え上げられた鉄塊そのものだったからこそ成立するんだろうな。

 観客である私でさえ、いっそこのまま、決着などつかなければいいのにと不覚にも思ってしまう。そうすればこの残酷な再会が、終わることもないのだからと。

 

「──ぬぅッ!」

 

 刹那、己の頭蓋を正確に狙って放たれた鋭い刺突を、ヴィルヘルムは上体を大きくのけ反らせて紙一重で回避する。だが、その脳裏を過ったほんの一瞬の躊躇を見逃すほど、剣の神に愛された申し子は甘くない。超常の剣戟にあっては、瞬き以下のわずかな乱れが致命的な破滅を招く。

 額を浅く裂かれ、溢れ出た鮮血が瞼を伝って老剣士の視界を赤く染め上げる。乱れた一瞬の隙。そこへ、テレシアの放った非情なる真一文字の横薙ぎが、世界に断末魔の風鳴りを上げさせながら老剣士の胴体へと肉薄した。

 

 ──それは、確実なる『死』の具現だった。

 

 長剣がその胴体を容赦なく両断し、無抵抗に血と内臓をぶちまけて敗死する凄惨な終幕が、見ている私の脳裏にまでよぎる。極限の集中の中、おじいちゃんの身体が一瞬だけ、まるで己の死を幻視したかのように強張ったのが分かった。

 だけど、生涯を剣に捧げてきたあの『剣鬼』が、すべてを取りこぼすような最期を素直に受け入れるはずがない。

 

「おぉぉぉぉ──ッ!!」

 

 老剣士は喉を掻きむしるような咆哮を上げ、迫り来る最悪の結末を力任せに拒絶するように、全身の血を沸騰させた。

 

 迫り来る銀色の死線。その刃が肉を裂くまさに寸前、ヴィルヘルムは踵で石畳を粉砕するほどの力で地を蹴った。迫る長剣の軌道を乗り越えるようにして、宙で側転。横薙ぎの刃の上を軽やかに転がるような、常軌を逸した曲芸じみた挙動で、その絶望的な一撃を紙一重で回避してみせたのだ。

 

 渾身の必殺を躱され、屍たる『剣聖』の動きにわずかな追撃の遅れが生じる。

 その隙にヴィルヘルムは大きく後方へと跳び退き、辛うじて脇腹を抉っていった傷の深さを確かめた。浅くはない。自由な動きを奪うように、溢れ出る血が止まる気配がない。──これが、かつて亜人戦争を終結へと導いた『死神の加護』の不条理。

 

 加護の持ち主が近くにいる限り、その刃が刻んだ傷は決して塞がらず、流血という名の死を強制し続ける。それこそが、テレシア・ヴァン・アストレアを最強たらしめた呪いのような天賦の才だった。

 

「……元より、長く戦えるなどと思ってはいない」

 

 ヴィルヘルムは脱いだ上着を腰に巻いて、乱暴な止血で事を済ませる。その間、相対する『剣聖』は動かず、追撃を仕掛けてはこなかった。

 空っぽな人形めいた青い瞳。おじいちゃんは、その硝子細工のような瞳の奥に、かつての愛しい面影や感情の揺らぎをほんの僅かでも期待してしまったのかもしれない。

 

 老剣士は自身の指で脇腹の傷口を容赦なく抉る。狂おしい激痛によって、己の迷いを強引に焼き切るみたいに。

 

「迷って出たなどとは思わん。天の差配にも期待はない。逢瀬なら、いずれ天上でいくらでも果たせる。──夢など見ない。これは現実だ」

 

 無感情に、生前の剣技を振りかざすだけの屍人を睨みつけ、老いた剣鬼が言葉を叩きつける。

 長く艶やかな紅の髪、白く透き通るすべらかな肌、蒼穹を閉じ込めたような美しい瞳。おじいちゃんにとって、それは目を閉じればいつでも鮮明に思い出せる、愛おしき瞬間のすべてのはずだ。だけど、だからこそ、それは絶対にここにあってはならない悪質な偽物。

 

「テレシア、お前は美しい。──だからこそ、お前はここにいてはならない」

 

 亡き妻の現身を前にして、再び構えるヴィルヘルムから、絶対の氷のような剣気が研ぎ澄まされていく。

 

「いいや、冷えているさ。──刃のように」

 

 再び、合図もなく、互いの剣閃が互いの命を狙って迸る。

 打ち合わされる鋼の響きは、私には悲鳴にも、懇願にも、あるいは狂おしい求愛のようにも聞こえて。終わることを望みながら、同時にこの瞬間が終わらぬことを希うような、そんな尽きぬ睦言の応酬のように、二人の剣戟は夜の闇に響き合い続けた。

 

 鋼の手応えを掌に跳ね返らせながら、老剣士がさらに剣速を上げていく。一介の剣士として極限まで自分を削ぎ落とした、その洗練された双剣の軌道。

 対するテレシアの剣技は見事だけど、屍兵の肉体のせいか、生前の活躍に比べれば剣力に多大な陰りがあるのがここまでの戦いからよく分かった。それを、誰よりもおじいちゃん自身が動きの端々で理解しているのが見て取れた。

 

 テレシアの肩が、ほんのわずかに沈む。

 次は左からの斬り上げ。

 それをあらかじめ知っていたかのように、老骨の双剣はすでにそこへ置かれていた。刃の腹で滑らせるように長剣をいなし、強引にその軌道を逸らすと、彼はそのままあえて自ら距離を詰めた。彼女の剣の根元をこちらの双剣で力任せに抑え込み、十全に振らせない。長年連れ添った夫婦だからこそ成立する、常軌を逸した先読みと駆け引きの応酬。

 

 とはいえ鍔迫り合いを嫌ったテレシアが力任せにヴィルヘルムを押しのける。逆らわず、老剣士はむしろ自分から後ろへ飛び退る。一拍呼吸を整え、再び熾烈な剣戟が飛び交う。

 

 戦いの隙間に、おじいちゃんの引き裂かれるような切ない叫びが投げかけられた。

 

「剣を握る前に悩んでも、剣を握ってからは悩まない。お前はよほど、私よりわかっている女だった」

 

 返事はない。テレシアはただ、冷徹な死神のように長剣を手足のごとく自在に操り、的確におじいちゃんの急所へと刃を滑らせる。

 受け流す。火花の奥で、老いた剣鬼の告白のような独白が続く。

 

「別れ際を覚えているか。大征伐の折、お前は止める私を振りほどいて、この肩に癒えない傷を刻んだ。──あのときの言葉を、私は一言一句忘れない」

 

 テレシアが仕掛ける、容赦のない流麗な連撃。

 上段からの容赦ない振り下ろし。夜気そのものを断ち割るような凶悪な一振りを、おじいちゃんは半歩引いて空振らせる。そこからの瞬発的な切り返しに対しては、まともに受け切らずに双剣をわずかに傾けて威力を逃がし、その破壊力を石畳へと受け流した。

 

 目にも留まらぬ鋭い刺突を紙一重で避け、返される切っ先に対しては肘を引いて角度を殺しながら滑らかに身を回す。死を与えようと猛烈に繰り出される袈裟斬り二連の刃を、自身の鍔元でガチリと噛み取るようにして絡め取り、全てを完璧な反撃へと転じてみせた。

 

 目をつむっていても分かるほど、愛し、焦がれ続けたあの剣技。だからこそ、白髪の剣鬼は瞬きさえせずに、そのすべてを撃墜していく。

 

 そこからだった。二人の戦闘は、常人の領域を遥かに置き去りにしたさらなる高密度な世界へと突入していく。

 ガガガガガガッ! と火花が途切れることなく爆ぜ続け、夜の闇にオレンジ色の線を描く。老剣士の双剣とテレシアの長剣は、もはや残像すら残さない速度で空間を埋め尽くしていた。

 

 

 

 ──どれほど激しい火花が交わされただろう。

 

 気づけば、見ている私のほうまで時間感覚がおかしくなりそうだった。本当ならこんな屋根の上なんかじゃなくて、客席の最前列で特製ポップコーンでも食べながら観たかったなぁ。これ、あとで吟遊詩人が聞いたら泣いて喜んで、新しい英雄譚を百曲は作っちゃうよね。

 

 あまりにも苛烈すぎる猛攻の応酬に、老剣士の呼吸は目に見えて荒くなり、その体からは汗と血が混じったしずくが飛び散る。対するテレシアは、屍兵であるがゆえに疲れを知らず、全く最適解の死の軌道を淡々と、延々と繰り出し続けていた。

 

 普通なら、肉体の限界を迎えた老人が押し切られるはずだった。だけど、白髪の剣鬼の刃は、時間が経つほどに衰えるどころか、むしろ恐ろしいほど鋭さを増していく。

 

 ずっと嵐のように猛烈に動いていた景色のなかに、突如として奇妙な緩急が生まれた。限界を超えた二人の世界の速度が、私の目の前でゆるりと減速し、引き延ばされ始めたのだ。

 剣と剣が激しく交差し、オレンジ色の火花がパチンと弾ける。その一粒一粒が、まるで夜空に溶ける星屑のようにゆっくりと宙を舞うのが克明に見える。二人の動き出し、次の技へと移行するためのほんのわずかな予備動作、老剣士の不自然に盛り上がる硬い筋肉が強張る瞬間や、それを迎撃するために流れるように駆動するテレシアの細い肢体の動きが、驚くほど鮮明に私の脳裏に流れ込んでくる。時間の理が狂ってしまったかのようなスローモーションのなかで、二人は底なしの極限の円舞を踊り続けていた。

 

(あはは、分かっちゃうな。あのおじいちゃん、いま最高に幸せなんだ。死者として亡骸を弄ばれている最悪の再会なのに、大好きな人とこうして誰にも邪魔されずに剣を交えていられるこの戦場こそが、彼にとっての何よりも愛おしい楽園なんだ。ずっと、ずっとこのまま切り結んでいたいって、魂のどこかで願っちゃうくらいの優しい時間。……だけど。だからこそ、おじいちゃんは自分の手でその楽園を斬り裂き、最愛の彼女を終わらせて、この逢瀬に自ら幕を引かなくちゃいけないんだよね)

 

 魂を削り、命を火床にくべて研ぎ澄まされたその双剣は、疲れを知らない死神の刃を完全に互角のまま受け止め、いなし、絡め取り続けていた。

 

 遠くのほうでは別の制御塔が派手な音を立てて崩壊していくのも目の端に見えた。だけど、月の位置がどれだけ傾いたのかすら、戦っている本人たちにはこれっぽっちも認識できていないんだろうな。見ている私のほうまで、一瞬が永遠みたいに引き延ばされる奇妙な錯覚に囚われそうになる。

 

 硬質な手応えと、火花の奥で歪む老剣鬼の凄絶な表情。その全てが、ただ一振りの鋼の手応えへと収束していく、完全なる終盤の極限域。

 お互いの瞳に相手の姿がありありと映り込むくらいの、文字通り息が詰まるほどの至近距離で切り結ぶ二人の逢瀬は、いまや最高潮に達しようとしていた。

 

「あの日の約束を、果たしにきたぞ──っ!」

 

 老剣士の魂の絶叫と共に放たれた双剣が、テレシアの長剣をことごとく、ことごとく打ち払っていく。やっぱりおじいちゃんには、大好きな彼女の次の軌道が、全部愛おしいほどに手に取るように分かっているみたいだ。

 

(いけー! おじいちゃん! 最高のエンドを見せて──)

 

 私が屋根の上で身を乗り出し、劇のクライマックスにワクワクした、まさにその刹那だった。

 

 おじいちゃんの渾身の刃が彼女を捉えようとした瞬間、彼の極限の集中の隙間に、通りの端からひょっこりと余計な『人影』が近づいていくのが見えた。

 

「……あーあ。お邪魔虫だ」

 

 私はにんまりと笑っていた顔をすっと真顔に戻し、窓から外を見る子供みたいに、その無粋な影を冷ややかに見下ろした。

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