傲慢の魔女『フラン』   作:オド・ラグナの対義語

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『魔女二人のお茶会』

 とある国のとある屋敷。温かみのある木目調のティールームで、二人の魔女がお茶会を開いていた。

 

「──うん、まずまずね」

 

 ラインハルトの手刀によって一度は綺麗に切り落とされ、いまや元通りに生え揃った左手で、私は温かい紅茶のカップを傾けた。

 

 対面には私と同じ魔女が座る。現代に残る『虚飾の魔女』パンドラ。

 白金の髪は艶やかに、澄んだ蒼穹の瞳は見るものを優しく包み込むような眼差しでこちらを見やる。

 

「そうですか。それは良かった。せっかくヴァルノーの葉を頂いたものですから。上手に淹れられてなによりです」

 

「……ヴァルノー? 珍しいじゃん、いつもはもっと高級なやつなのに」

 

「ヴァルノーも十分に高級な葉ですよ、フランダース。今回これを選んだのには理由がありはしますが……気にせずとも問題ないかと」

 

「ふーん」

 

 パンドラもその華奢な手でカップを持ち上げ、お茶を飲む。

 上品に喉を鳴らす彼女を正面に見据えながら、正直なところ、私はこの状況をかなり気まずく思っていた。

 少し前まで、私はパンドラに対して『傲慢』の権能をちらつかせ、付きまとうなと本気で脅しつけていたのだ。それなのに、ラインハルトとの死闘で行き詰まった途端、あろうことか「ドラちゃん!」などと彼女を頼って助けを求めてしまった。現金すぎる自分の行動に対する恥ずかしさと、弱みを見せてしまった悔しさが、苦い澱のように胸の奥に居座っている。

 

 そんな私の微妙な空気感を察したのか、パンドラはカップを置くと、澄んだ青い瞳をさらに優しく細めた。

 

「おや、フランダース。何か、私に対して申し訳なく思うことでもあるのですか?」

 

「べ、別に。そんなのないし」

 

「ふふ、嘘が下手なところも愛らしいですね。もし、先ほど私を頼ってしまったことを悔やんでいるのだとしたら、そんな必要はありませんよ。私はあなたに求められて、この上なく幸福なのですから。……ですが、もしそのお心がまだ苦しく思うのなら、あなたに触ってもいいですか?」

 

「はぁ!? なんでそうなるのよ、ダメに決まってるじゃん!」

 

 私の拒絶など心地よい風ほどにも思っていない様子で、パンドラは音もなく席を立った。

 気がつけばいつの間にか私の背後へと回り込み、私の両肩にそっとその白魚の手を乗せていた。それで満足しないばかりか、彼女は私の肩越しに顔を覗き込んできて、テーブルの上に置かれていた私の左手を、自身の両手で包み込むようにそっと握りしめてくる。あまりに『いつの間にか』過ぎる接近と、冷たいはずの世界の隙間で直に伝わってくる彼女の手の温もりに、私の身体がわずかに強張った。

 

「あなたは頑張りましたから。ええ、本当に素晴らしいことですね、フランダース。アストレアの系譜……その最高傑作の存在を相手に一歩も退かず、そればかりか、あなたの望んだ通りの結末を異物として演じきってみせるなんて。──ああ、やはりあなたは、私の特別なお友達ですよ」

 

「べ、べたべた触っちゃって。フン。お友達ねえ……なら、愚痴でも聞いてよ、ドラちゃん! あのラインハルトって化け物、本当に意味が分からないんだけど!」

 

 至近距離から漂う白金の髪の香りに顔をしかめ、握られた左手を不器用に取り返そうとしながらも、私は抑えきれなくなった戦闘の理不尽さを一気に吐き出した。

 

「一度完璧に殺したはずなのに、不死鳥の加護だかなんだかで傷一つない状態で生き返るし、こっちが分身したら一瞬で『慧眼の加護』とかいうメタ加護をその場で授かって見破ってくるし! 『流血の加護』って何?! そもそも『死神の加護』もずる過ぎ! 吸血鬼いじめ反対! 世界のえこひいきが酷すぎる! チーター! もうめっちゃくちゃ疲れたぁ……」

 

「本当に規格外な存在ですよね、ルグニカ王国の最強は」

 

 私が怒りのあまりブンブンと右手を振り回して憤慨するのを、パンドラは握った左手から伝わる体温を確かめるように、そして肩越しに私の横顔をうっとりと見つめながら、子どものお喋りを聞く母親のような慈愛に満ちた笑みを浮かべて聞き入っている。私の激しい愚痴が彼女にとっては極上の音楽であるかのように、その青い瞳は恍惚に潤っていた。

 

「結局なんとか無酸素空間にして逃げられた……わけじゃないけど、まあその……ドラちゃん、やっぱり、ありがとね」

 

「まあ……お礼までしていただけるなんて、今日は素晴らしい日になりました。ですが結構ですよ。もう少しだけ堪能させていただければ、それだけで」

 

 鈴を転がすような甘い声が耳元で弾けたかと思うと、柔らかな感触が背中から全身を包み込んできた。パンドラが私の手からそっと力を抜いたかと思えば、今度は私の首元にその華奢な両腕を回し、嬉々として背後からぴったりと抱き着いてきたのだ。

 

「……そういえば、なぜこの素敵な羽を使用しなかったのですか? ラインハルト相手に出し惜しみしない方が良かったのではないですか」

 

 パンドラが羽の付け根から先端の魔石にかけて、つーッと沿わすのを感じる。彼女はまるで珍しい玩具を愛でるように、その歪な羽の結晶をチリン、と爪先で小さく弾きながら言葉を重ねた。

 

「あー、この羽? これただの外付けマナだし、使わないよ。もったいないし……この大きさの魔晶石だってあんまり出回らないでしょ。ラインハルト相手に使ったら全部マナ持ってかれてたんじゃないかなー。てか、『アル・シャリオ』使うわけじゃないんだしいらないでしょ」

 

 背中から広がる羽を揺らす。枯れた枝に大きな魔晶石が7つずつ、左右対称に取り付けられている奇妙な羽。いつもは陰魔法で異空間に保管しているものだった。

 

「たしか、()()()()、でしたか? 大事な時につけている印象がありましたから。つい気になってしまいました」

 

「そうそう、コスプレね。……ちょっと、さすがに鬱陶しいんだけど。離れなさいよ、ドラちゃん」

 

 額に青筋を浮かべ、イライラとした声を絞り出す。

 いつもなら力任せに引き剥がすか、あるいは『傲慢』の権能をチラつかせて吹き飛ばしているところだ。けれど、今回ばかりはそれができなかった。プリステラの一番街、あの絶望的な死線から私を救い出してくれたのは、やはり紛れもなく彼女の『虚飾』だったからだ。命を救ってもらったという特大の借りを残したまま、彼女を強引に押しのけることなど、私のプライドがどうしても許さなかった。

 

 じっと耐える私を拒絶ではないと受け取ったのか、パンドラはさらに愛おしそうに身体を密着させてくる。

 サラサラと私の頬を撫でる、神秘的な白金の髪。至近距離でのぞき込んでくる、吸い込まれそうなほどに澄んだ青い瞳。──そして何より、この魔女が身に纏っているのは、身体の輪郭がそのまま浮き出るような、あまりにも無防備な白い布一枚だけだった。

 布一枚を隔てただけの生々しい肌の熱が直に背中に伝わってくる。

 

「あのさぁ────じゃなくてちょっと……命の恩人だからって、何してもいいわけじゃないのよ。第一、せめてまともな服を着てよ。目のやり場に困るじゃん」

 

 目のやり場も何も、背後から抱き着かれているのだから視界には入らないはずなのだが、伝わってくる肉体の温度や凹凸があまりにも生々しすぎて、意識がどうしてもそこへ向かってしまう。レグルスではないが、権利の侵害だとわめきたくなる。

 私の文句に対し、パンドラは困ったように眉を下げ、聖女のような無垢な顔で完全にズレた持論を語り始めた。

 

「おや、服ですか? 必要ありませんよ。私は何も隠す必要などありませんし、ありのままの私を、あなたに感じてほしいのですから。本当ならこの服も脱ぎたいくらいです。それとも、私の体温では、あなたを温めるのには不足ですか?」

 

「不足とかそういう話をしてるんじゃないの! 常識を考えろって言ってるのよ、常識を!」

 

「ふふ、あなたのそういう怒ったお顔も、とても可愛らしくて大好きですよ」

 

 耳元に直接吹きかかる吐息の甘さに、胸の奥が妙にむず痒くなる。私の常識的なツッコミなど最初から存在しないかのように微笑むパンドラのせいで、私は完全にペースを乱され、ドギマギとして視線を右往左往させるしかなかった。

 

 

 

 

 

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「──それに、あのラインハルトとあれほど激しく戦ったのです。いくら吸血鬼の肉体とはいえ、脳も心も、ひどく疲弊しているはずですからね」

 

 パンドラはそう言うと、抱き着いたまましなやかな腕を伸ばし、テーブルの上の銀の皿をつかんだ。そして、皿に盛られた色鮮やかな砂糖菓子を一つ摘まみ上げると、私の唇のすぐ目の前へと運んできたのだ。

 

「ほら、口を開けてください、フランダース。頑張ったお友達には、ご褒美が必要ですよ。甘いものは、昂ぶった脳を優しく癒やしてくれますからね」

 

「は、はあ!? いらないよ、そんなの! 自分で食べられる!」

 

 至近距離から突きつけられる砂糖菓子と、パンドラの綺麗な指先に、私の心臓が小さく跳ねる。恥ずかしさとイライラが混ざり合い、顔がカッと熱くなるのが分かった。のけぞって拒絶しようとしたが、背後にはぴったりとパンドラの身体があるため、逃げ場がない。

 

「いいえ、食べさせてあげたいのです。さあ、遠慮なさらずに。あーん、ですよ」

 

「ちょっと、指が唇に当たって……っ、んむ」

 

 これ以上強く拒絶しては借りを返す大人の態度が崩れてしまう──そう一瞬だけ躊躇した隙を突かれ、砂糖菓子が強引に私の口内へと滑り込んできた。パンドラの細い指先が、一瞬だけ私の唇に柔らかく触れる。

 ドギマギ感が限界突破して、私は口をモグモグと動かしながら、完全に真っ赤になって黙り込むしかなかった。確かに悔しいけれど、上質な甘みは酷使した脳髄にじんわりと染み渡っていく。

 

「ふふ、美味しいですか? よかったです。……それにしても、ヴィルヘルムとテレシア。あの二人が最期に交わした想いは、文字通り世界の因果を塗り替えるほどの輝きでしたね。無粋な観覧者はさぞご憤慨でしょう」

 

「フン。おまえもどっちかといえば観覧者側なんじゃないの? それに、私がしたことは大したことないよ。ヴィルヘルム・トリアスが勝ち取った結果」

 

「まあ。他ならぬあなたから、そこまで謙虚な言葉が聞けるとは。さぷらーいず、ですね」

 

「うっさいな。実際そうでしょ? 剣聖テレシアの剣力は生前ほどではなかったけど、『死神の加護』は健在。一発食らったら形勢がかなり傾いちゃう状況で、剣鬼ヴィルヘルムは肉体が衰えている。それを──愛の力で覆して見せたんだ。むしろ、観覧者だって喜んでるかもよ」

 

 私の首筋に顔を寄せたまま、パンドラは濁りのない、心からの感動をその青い瞳に宿して、ささやくように言った。

 

「──愛、素晴らしいですね」

 

 心底、尊いものを称えるような声音。

 けれど、知っている。この女は、その素晴らしい愛の価値を完璧に理解していながら、己の目的のためなら、その愛をどれほど無残に踏みにじることも、引き裂くことも、笑顔のままでやってのける狂人だ。魔女教の連中が揃いも揃って狂っているのは、それこそこの筆頭の性質が伝播しているからだ、と結論付けてしまいたくなる。

 

「……本当、相変わらず気持ち悪いねー、ドラちゃん。愛を褒める口で、平気でそれに嘘を塗るんだから。おまえのそういう歪みきったところが、私は昔から好きじゃないよ」

 

「おや、ひどい誤解ですね。私はいつだって真実しか口にいたしませんよ。あなたが私を嘘にしないように、私もまた、世界をあるべき形に調律しているだけなのですから」

 

 パンドラは悪びれもせずに、空いた手で私のカップに紅茶を注ぎ足す。その動作のたびに白い布が滑り、彼女の柔らかな体温が直に伝わってきて、私は生きた心地がしなかった。私は少し乱暴に紅茶を呷り、過去の苦々しい、けれど確かな記憶を引っ張り出す。

 

「かっこつけちゃってさ……。よく言うよ。かつて、私がおまえの『虚飾』を真っ向から破壊して、その因果の書き換えを力任せにねじ伏せたあの時だって……おまえ、自分の権能が破壊されたっていうのに、怒るどころか子供みたいに頬を染めて喜んでたじゃない」

 

 私のその言葉に、パンドラはハッと息を呑むと、思い出すだけでも身震いがするというように、うっとりと恍惚に満ちた笑顔を浮かべた。

 

「ええ、ええ、あの日の一幕は、私の四百年の歴史の中でも最高の宝物ですよ。あの時は本当に驚きました。私の言葉を、世界ではなくあなたの『傲慢』が上から破壊してしまったのですから。世界を騙せても、あなただけは騙せない。あなたが私の前にいて、そうして私を否定してくれるだけで、私は自分が『ここにある』と、確かに実感できるのですよ」

 

 他の大罪司教たちを都合の良い捨て駒としか見ていないくせに、私にだけは事あるごとに一方的なクソデカ感情を向け、拒絶されてもなお愛おしそうに付き纏ってくる。だからこそ、今回のように私が頼ってあげた瞬間、彼女は文字通り最高潮の喜びを以て、世界を書き換えにやってきたのだ。

 

「……はぁ。もういいわ、おまえと問答してると頭が痛くなる。言っておくけれど、私はあのおじいちゃんたちの劇が終わったから、しばらくは大人しくするもん。ラインハルトなんて化け物と戦うのは、脳みそが沸騰しそうなくらい疲れるんだから。もう当分、あいつみたいなヤバイ奴とは会いたくない」

 

 魔女のワガママを通すための、文字通りの死闘だった。しばらくはどこか特等席に隠れて、世界の進む演目をのんびり眺める観客に戻らせてもらう。

 私のその宣言を聞いて、パンドラはどこまでも慈悲深そうに、私の背中に回した腕にそっと力を込めた。

 

「ええ──その選択を尊重しましょう」

 

 彼女がそう肯定した瞬間、世界のルールがまた一つ、彼女の主観に従って優しく書き換えられたような錯覚が走る。

 

「あなたが休みたいと思う気持ちは、とても大切で、尊重されるべきものですから。あなたがまた、その可愛い声で私を求めてくださるその時まで……私はいつでも、あなたの親友として、次の劇場の幕が上がるのを待っているのですよ、フランダース」

 

 どこまでも噛み合わず、けれど決定的に切ることもできない、四百年目の腐れ縁。

 私は小さくため息をつき、パンドラの温もりと白金の髪の香りに包まれながら、注ぎ足された紅茶をもう一口、ゆっくりと口に含んだ。








後書きあり↓






供養

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ありがとうございました。アニメを見て、原作を見返して、衝動的に書いた一作です。アニメで残骸君が頑張ってるの見て感動してます。ちなみに原作全部で一番のお気に入りは剣奴孤島の『I Know』でのやり取りです。

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リゼロはどこまで見てますか?

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