貞操逆転世界で車好きだっただけなのに   作:ペーパードライバー

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 バトルくらいは書くかと思って書きました。ニワカなので雰囲気で。


第2話

 なんか知らないが「土日配達しなくていいから、FDに勝ってこい」と言われて春名山に行ったら昔の知り合いと鉢合わせた。どうも『関東最速プロジェクト』と表して、各地の峠に遠征を繰り返し、地元のチームとバトルしているそうだ。

 

「今の所無敗ですか。流石ですね」

「でしょ? 玲奈姉は凄いんだから!」

「結奈達の協力があれば、この程度は当然さ。ははっ。(えっ。なんでここで会うのぉ? 化粧も何もしてないって……!)

 

 予想外の再会。長い付き合いがあったわけではないし、特別な因縁があったわけでもないが、こうして会えると何となく嬉しい。結奈さんは挨拶してすぐにフレンドリーだったが、険しい顔をしていた玲奈さんも、いざ話すとすぐに打ち解けてくれた。ただ顔色は少し良くない。失礼と思いつつも、まじまじと見てしまった。姉妹揃って顔が良いのもあって。

 

「……なんだい? (バ、バレたぁ……!?)

「いえ。顔色が良くないように見えて。少々見とれていたのもありますが」

 

 顔を褒められて悪い気はしないだろう。前世ならオヤジのセクハラ案件かもしれないが、こっちならアイスブレイク位にはなるでしょう。

 

「心配してくれるのはありがたいが、そっちのダウンヒル代表はキミだろう? お互い、自分たちのことに集中しよう。(ごめんごめんごめん! うれしい。うれしいけど……!)

「そう、ですね。じゃあ結奈さん」

 

 いつの間にか不機嫌そうな雰囲気をまとっている結奈さん。対戦相手なのに、姉とは言え別な人と話していたら良い思いはしないか。

 

「待たせて申し訳ない。よろしく」

「……何、これ」

 

 差し出した手を胡乱気に見てくる。何って。

 

「いや。握手位すべきなのかなって。これはさすがに馴れ馴れしすぎか……」

 

 外したなと、気恥ずかしくなって引っ込めようとしたら、電光石火の勢いでひったくるようにして右手を掴まれた。表情が必死だ。

 怖っ! 力強っ! 

 

「よ、よろしく!」

「えっ。あっ。うん。よろしく」

 

 ぶんぶんと握手した手が振られる。コーンスープ缶のコーン一粒残らず飲み干そうとせん勢いで。手は女性らしい柔らかさを感じるが、握りしめられて痛みを感じる位。

 そして未だに手を放す気配がない。

 

「……結奈、いくら相手からとは言え、それ以上はセクハラだよ」

 

 玲奈さんの警告にハッとしたように手を離した。

 

「ご、ごめん、啓海くん、玲奈姉! 手加減はなしだから!」

 

 いそいそと車に乗り込んだ。……オレも準備しなきゃ。隣に揃えて停めていたハチロクに乗り込んで、アイドリングしていたエンジンをニュートラルギアでアクセルオン。特に異常は感じない。

 馬力、トルク共に並の乗用車の域を出ないが、吹き上がりが良く、軽快なこのエンジンのフィーリングは好きだ。完全な純正品ではなく、若干手が入っているのだが、自分にはこれが普通だったので違いは特に気にならない。そもそもハチロク自体、チューンされた個体が多いのもある。

 コンコンと、助手席側の窓を叩かれた。クラスメイトの斉生が心配そうに覗き込んでいる。助手席の窓を開ける。

 

「本当に大丈夫? 藤木くん?」

「ん。まぁやれるだけやってみるよ。正直自信ないけど」

 

 だって相手はFDだよ? マツダが生み出した稀代のコーナリングマシン。スペックだけ見れば、ストリートにおいて勝てる車はそう多くない。4WDかつ馬力と電子制御系に優れる32以降の第2世代GT-Rや、ランサーエボリューション辺りなら勝ちうるだろうけど、それでもダウンヒル、舗装路の峠でFDに勝てるかと言われれば、素直には頷けない。平地のサーキットなら32R、ダートならランエボだろうが。

 ハチロク? アウトオブ眼中だよ。前抜けたのは、結奈さんがここに慣れてなかったのが主な原因だし。

 心配してくれる斉生の横からもう一人、年上の女性が覗きこんできた。ここのチームリーダーの池山先輩だ。練習中に事故ったようで首にコルセットを撒いている。

 

「ありがとね。藤木くん。来てもらってなんだけど、勝敗は気にしないで! 無理は禁物!」

「池山さん……。ベストだけは尽くしますよ。……そろそろ始まるんで、閉めますね」

 

 マジでいい人だな池山先輩。プライドとか面子とか一旦おいて、初対面の他人を気遣ってくれてる。良い人過ぎて将来メチャクチャ苦労しそう。走り屋のヘッドにしては地味な格好してるし、車好きというより、車オタクって感じなのか?

 スタート役が中央の白線に立ったのを見て、指示に従い改めて車体をFDに揃える。 一瞬だけ結奈さんと視線が合った。

 手加減はしてくれなさそうだ。そんなこと、望んじゃいないが。

 

「始めるよ! 5秒前、4!」

 

 ステアを握りなおす。馴染んだ感触に、自分のドライバーとしてのスイッチが入る。あれ程煩かったギャラリーの声も、エンジン音のせいか聞こえない。

 

「3!」

 

 踏み込んでいるクラッチペダルは今か今かと解放の時を待っている。

 

「2!」

 

 すっかり感触だけでギアチェンジを行なうようになったシフトレバーは、今は黙って左上に押し込まれている。最初の方はシフトチェンジ一つするにしたって苦労させられた。

 

「1!」

 

 両手に微かに力が入る。今更ながら終わったらタイヤ交換だなと思った。

 

「GO!」

 

 白煙と後輪の空転音を伴ってスタート。山の向こうまで木霊するようなスキール音とギャラリーの歓声。

 同じFR車なのに段違いの加速力でハチロクを置いていくFD。音からしてそうだったけど、大分エンジンを弄っている。ロータリーにターボってリッター何キロ走れるんだか。勝負の後、家まで自力で帰れるのか?

 ウチが金欠気味なのってオレの男性手当がタイヤとハイオク代に消えてるからじゃ? と嫌なことに気が付いてしまった。

 

 

 

 

 

「分かっていたとはいえ、馬力の差は歴然としてるなぁ。無事に終わってくれればいいけど……」

「車好きの男子と知り合えただけでも、今夜はお釣りがくるんだよね。実在するんだ。オタクに優しい男子。神話生物の方がまだ現実味があるよ」

「急に擬態したジョゴスに思えてきたから、ちょっとやめて。……炎の精の召喚、従属ってどんな呪文だっけ?」

 

 

 

 

 

「ちょっといい? 玲奈」

「……馬力はあって150、シフトチェンジの早さからいって、ラリー向けのクロスミッションを組んでいる、足回りの調整は相当深い……、なんだい史美?」

「ずいぶんカワイイ子と知り合いだったのねぇ? ちょっっっっと私のロードスターでお話ししましょう?」

「待ちたまえ。ボクにはあのハチロクを分析する仕事が……、だから待て。力づくはやめたまえ。勝てないのは分かっているだろう!? 松元っ、助けてくれ松元ー!」

「玲奈さん……、あの子を探すために、散々自分のことをこき使ってくれましたよね? 史美さん。話を聞くなら自分のアルテッツァにしましょう。玲奈さんを挟めば後部座席で三人イケるはずです」

「マツモトー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立ち上がりはほぼ予想通り、0発進からのターボによるラグを勘定に入れても、馬力と年代の差はどうしようもない、というのが高原結奈の見立てだった。

 

「やっぱりエンジン回りはノーマルのハチロクと大きく変わらない……」

 

 流石にどノーマルではないだろうが、ベースが120馬力程度のハチロクと250馬力はあるのFDとは、その時点で2倍以上の差がある。ましてやこっちはツインターボやエキゾースト、その他もろもろで武装している。よーいドンのかけっこで、この2台が並ぶという事は本来絶対にありえない。

 だが、それでも以前、結奈はハチロクに追い抜かれた。

 となると、あの時追い抜かれたカラクリは。

 

「コーナリングスピードの差、つまりドライバーの腕ってこと……!」

 

 2つ目のコーナーを抜けると、バックミラーに映るハチロクのヘッドライトが確実に大きくなっている。短いアクセル区間で突き放せるが、間もなくヘアピンコーナー。

 ダウンヒルだから前方への荷重移動はやりやすい。ヘアピンの出来るだけ手前を通るようブレーキを踏みつつ、エイペックスポイントを抜けた所でアクセルオン。

 既にハチロクの顔がすれ違うように、いや。既に腹近くまでヘアピンの頂点に突入しているのが見えた。 

 

(もう追いつくのかよ!)

 

 そして僅かな半直線のあと左コーナー、ハチロクはすぐ後ろに迫っていた。とは言ってもここは競技前提のサーキットではなくただの公共道路。基本的に車2台がすれ違える程度の広さしかない道幅に加え、勾配とコーナーが入り混じるこの環境で追い抜くというのは相当難しい。

 現に後ろにピタリと付いて来てはいるものの、アクセル区間で離れ、コーナーはキッチリインに張り付けばそうは抜かされない。馬力差がはっきりしている以上、外から追い越されると言う事はほぼあり得ないのだから。

 そうこうしている内にトップを守ったままスケートリンク前のほぼストレート区間。ここをアクセル全開で突き放す。ハチロクはみるみる離れていく。それがかえって今までの競り合いの現実味を急激に薄めていく。

 胸中に広がる安堵感は、すぐに怒りに変わって、胸の内を灼く。

 

「屈辱……! アタシってこんなヘタクソだったわけ!?」

 

 間もなく直線の終わりと中盤戦に入ったことを示す左コーナー。バックミラーを見れば、先ほどより随分差が開いている。が、これがまともなマージンにならないことは、否が応でも分からされている。

 左、右、ハチロクはコーナーの度に近づいてくる。

 

「どうしたんだ。今日に限ってFDがやけにノロく感じる!!」

 

 そして左、ハチロクはもうすぐそこにいた。

 直線のマージンはコーナー3つであっという間に食い潰してしまった。

 

「クソッタレが! セカンダリータービンが止まってるんじゃねーのか!」

 

 そんなことがありえないのは、メーター下真ん中のブースト圧を見れば重々承知だ。いつもは頼もしいタービン音が、酷く重苦しいFDの悲鳴に聞こえてくる。すっかり手懐けたはずの神経質なステアリングは、今にも暴れだしそうだ。

 長い夜は、まだ始まったばかり、夏の熱さではない、冷たい汗が背中に滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱりクソ速いな。FD。

 コンペティションイエローマイカの車体を追いかけていてそう思った。

 ロータリーロケットともいわれた13Bの出力、曲がるはずのない速度域で曲げるマツダの技術の粋を集めた車体と足回り。最後のRX-7に相応しい性能だ。

 ドライバーも良い。そのポテンシャル故にピーキーなFDをダウンヒルでうまく使い切っている。

 

「でも、100%使い切っている=常に速い訳じゃないんだよね」

 

 自分がハチロクで追いつけている要因は大きく分けて3つ。

 一つ目は単純にコースへの慣れ。特にブレーキングポイントが明確なヘアピンでは露骨に出てくる。構造上、出来るだけ手前を通った方が速いヘアピンカーブは、分かっていても慣れていないコースでは気持ちブレーキが早くなる。これには2つ目の要素も絡んでくるため、実際に距離が良く縮まる。

 二つ目はアクセルワークとブレーキの使い方。FR車は踏んで曲げると言われる。どういうことかというと、ハンドル切っている時、軽くアクセルを踏むと内側に切れ込んでいく、つまりオーバーステア気味になるのが一般的だ。

 そのため極端な話、速くなればなるほど常にアクセルかブレーキのどちらかは踏んでいる状態に近づいていく。ヘアピンでは確かに0になるポイントはある。が、踏めなくて踏んでいるのか、踏み過ぎて踏めなくなっているのか、どっちが先かは分からないが、彼女のそれは明らかに、アクセルもブレーキも踏めずに調整している時間があるのだ。多分FDのステア特性と、ターボの美味しい所を使いたいっていう潜在意識が悪さをしている。アクセルは大体4~5段階で使い分けていそうだが、あのFDのポテンシャルを活かしきるには倍くらいの踏み分けが必要じゃなかろうか。ブレーキポイントの僅かな甘さを消しきれてない時がある。95点のコーナリングに対して、こっちが100点+地元経験値分の回答を叩き出し続ければ、追いつくのはそこまで難しいことじゃない。

 3つ目はこのダウンヒル。まず車の曲がりやすさを決める要素は大きく分けて3つ、まず構造的には重心の高さとホイールベースの全長+サスペンションの出来、そこにタイヤのグリップ力。おまけで車体重量が加わる。

 本来この中で一番差が出るのはサスペンションの出来なのだが、FR車のダウンヒルという都合上、ドリフトを多用するため影響力は平地に比べてかなり小さい。タイヤは重要だが、走り屋をやっている以上、そこの性能差は大きくない。となると重量差が効いてくる。1トンに満たないハチロクに対してFDは約1.2トン。運動エネルギーは速度の2乗×重量のため、サスペンション分は差し引いても、コーナーを曲がり切れる両車の速度の限界値はおのずと近づいていく。

 総括すれば、派手で速くて走行ラインもキレイだけど、実はつけ込むポイントがある、そんな走りだ。見る人が見ればすぐ分かるだろう。自分ほど時間をかけずに。裏を返せば、どれか一つでも欠ければここまでの接戦になってない。

 あっ。立ち上がりでFDがフラついた。ムキになってアクセル踏み込み過ぎたな? センスがあるからうまく抑え込めているけど、本来かなり気難しい車種だからね。ミッドシップやRRほどじゃないけど、ドライバーに完璧を求めてくる車。ミスがそのままお釣りとして返ってくるタイプだ。一度の軽いミスならすぐに返済出来る。ただし続けてしまうとツケがジリジリと溜まっていく。

 ……溝落としを狙うより、後ろから煽ってミスを刺す方が良いかもしれない。勝負は5連続ヘアピンの途中、アクセルワークの隙を突く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「5連ヘアピン! ここを凌げば……!」

 

 春名山最大の山場、5連ヘアピン、4つ目から5つ目の間に少しだけアクセルを踏める区間があるのと、5つ目の後にすぐまたヘアピンカーブが待ちかまえているため、実際は6連、或いは4連+2連ヘアピンと言うべき難所だ。

 勝負はもう終盤、仕掛けてくるとしたらここだろう。

 

「どっからでもかかってこいやぁ!」

 

 相手が男だという浮ついた意識は、最初のコーナーでとうの昔に消し飛んでいた。最初のヘアピン、速度は十分乗っているためハンドル操作とフットブレーキで勝手にリアが流れ出す。

 

「やっぱり内っ」

 

 ヒールアンドトゥで体勢を維持しながら横を見れば、ハチロクがピッタリと張り付いている。凄まじい圧力だ。間違いなくドライバーとしてはあっちが上だろう。だが、それは承知の上。

 

「でもそれならこっちでラインを塞げばいい!」

 

 馬力が無く、軽いハチロクが抜くには、旋回能力にものを言わせてインをこじ開けるしかない。ならインベタで曲がれば物理的に抜かすことは不可能になる。

 外から抜きに来るのなら願ったり叶ったり。自分はコーナリングに集中すれば勝手に相手は離れてくれる。

 どちらが先に痺れを切らすか。アタシが致命的なミスを犯すか、あっちがヤケになって外から抜きにかかるか、ここは我慢比べだ。

 2つ目のヘアピン、やっぱり内。ここも際どいけど予想通りやり過ごす。

 が、立ち上がりで車体がフラついた。

 

「ダッサ……!」

 

 イン攻めの意識と焦りで、ステアがニュートラルに戻る前にアクセルを踏み過ぎた。アタシはFR乗りたての若葉マークか!

 3つ目のヘアピン。インは守れる。しかし先程のミスが影響でラインが窮屈になりコーナー脱出時の速度の乗りがヌルい。それをカバーするために少しでも長くアクセルを踏む。

 だから4つ目のヘアピンでブレーキのタイミングが僅かに遅れた。RX―7 FD3Sがこれ以上のミスを許容する程、優しい車じゃないことは自分が良く知っている。ミスが重なれば容赦なく乗り手を突き放す。

 

「とにかくイン……っ」

 

 恐怖心を押し殺しながらのドリフト、まだ致命的な崩壊には至っていない。精一杯コントロールしつつ、咄嗟に見た走行ラインにハチロクはいなかった。

 

「は……?」

 

 アウト!?

 

 差し込んできたヘッドライトの光とスキール音がハチロクの位置を知らせてくる。円周距離の差なんて無いかのようにFDとハチロクの頭が並ぶ、しかしそれは一瞬だった。

 

「脱出速度の乗りが全然違う……でもここはっ」

 

 4つ目のヘアピンの後は少しだがアクセルを踏める。暴れる後輪を必死にいなす。それでも頭1つ届かない。

 そこからは不思議な光景だった。アウト側の自分より、何故かインのハチロクのブレーキの方が遅い。

 

 5つ目のヘアピン。ハチロクのテールランプが描く弧は、息を呑むほど美しい。まるで夜空を描くほうき星みたいに。

 

 6つ目のヘアピン。一人になってしまった世界で、己の敗北と初恋を悟った。

 




 もう書きません。
 気になる点や言いたいことがあればぜひ言ってください。好きな車種やウンチクでも構いません。次作があれば参考にさせていただきます。


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