貞操逆転世界で車好きだっただけなのに   作:ペーパードライバー

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 知識は適当です。雰囲気です。
 元ネタに反して頭良くなさそうですが仕様です。笑って許せる方だけどうぞ。


第3話

「母さん。母さんならハチロクでGT-Rに勝てる?」

「急な話ね。まぁ春名なら勝てるわよ」

 

 夕飯後、洗い物をしつつ質問すると、テレビを見ている母親は即答した。背を向けているため、どんな顔をして言っているかは分からないが、さも当然のように言っているに違いない。

 

「……次はGT-R?」

「ん。斉生さんが、うっかりオレの事を口滑らせちゃったみたいで、断れなくなったんだって。今さら中止したらひどい目に遭いそうだし、週末のバトル、受けようかなって」

 

 斉木さんの必死な顔を思い出す。前世の感覚と母親がこんな調子だからか、女性に泣きつかれると、ついつい引き受けてしまう。普通ならにべもなく断るのだろうが、見ず知らずの相手ならともかく、話しててそれなりに楽しいオタクコミュニティだしなぁ。別に負けたら何かある訳でもない。

 洗い物を終えて居間に戻る。母は自分を一瞥して電子タバコを一吸いしつつ一言。

 

「車は貸すけど、やるなら勝ちなさい。負けたら夏休みの配達、全部行ってもらうわよ」

「なんで?」

 

 急に負けられない理由が生えてきた。

 

「ハチロクのガソリンとタイヤ、車検に自動車税に保険料、だれが払ってると思ってんの?」

「ま、まぁ母さんだけど。だからって勝たなきゃいけない理由にはちょっと足りないんじゃ……」

 

 自分の男性手当とはさすがに言えなかった。そんなことを言ったら、母は容赦なく自分の私物を家の外にぶん投げるだろう。昔、ランドセルを居間に放置して遊びに行ったらやられた。

 軒先に転がったランドセルの絵面は未だにトラウマだ。男にしてはだらしない自分を戒めるためにやったのだろうけど。

 

「私が何でアンタに高いガソリン代とタイヤ代払ってまで走らせたと思ってんの。CM代よ。勝たないと目に入らんでしょうが」

「随分局所的なCMだなぁ……。やっぱりやめよっかな」

 

 確かにあの夜の後、見たことがあるようなお客さんが増えたけどさ。特にFDもFC、多少離れに停めてもご近所ネットワークで分かっちゃうのよ。グラサンやらマスク、帽子で誤魔化せているとでも思っているのだろうか。厚揚げより赤来の往復ガソリン代の方が高いに違いない。しかも、何故か二人とも別々に、自分が店番のタイミングを計ったように来たし。

 周りのおば様方にちょっと真剣に心配されたが、事情を話したらしばらく静観してくれることになった。生暖かい視線を向けられていることに、二人は気付いているだろうか。

 

「女泣かせたら、ぶん殴るわよ。自分が昔やらかしたことの意味、分かってるわよね?」

「冗談です。了解いたしました。マム。確実に任務は遂行させていただきます」

 

 了承した後に勝手な都合で断るなんて、自分がぶん殴った先輩と大差ない畜生ぶりである。

 しかし、GT-R相手に勝てか……。結奈さんは手の内がバレてないから勝てたものの、基本スペックが割れた状態で勝てる相手じゃないよな……。

 

「明日も配達でしょうが。風呂入ってそこそこに寝なさい」

「分かったよ。風呂入ってくる」

 

 勝ってるのは精々重さ位か……。ダウンヒルでは大きなアドバンテージだけど、それだけで2倍以上の馬力と足回りの差を覆すのは厳しいよな。……溝落としのポイント、もう一回確認しておくか。

 

 

 

 

 

「GT-Rね……。バラスト外して、ちょっと弄っておくか。また太客が増えたところだし。次はアイツにとうふ切り出させるかな? 不格好でも言い値で売れるでしょ。ついでに時間帯指定サービスでも始めるか」

 

 

 

 

~週末~

 

 

「結奈、このバトル、特等席で見る気はあるかい?」

「玲奈姉……、もちろん」

 

 妙技の中村と藤木くんの様子を見るべく、春名山のダウンヒルのスタートポイントに向かうと、かなりのギャラリーがいた。見たところ普段は、こんなところに縁がなさそうな人種まで来ている。恐らく目当てはバトルではなく、藤木くんだろう。中村とあいさつするために車から降りた時、会場がざわついたことからも明らかだ。

 藤木くんは特別格好いい訳では無い。ただ、人畜無害そうな顔とカジュアルな地味めのTシャルとズボンが親しみやすさと、男性とは思えない庶民感を演出している。こんな子がこれから走るのかと、オーディエンスは動揺している。

 素人は黙っていて欲しいと思った。車に乗り込んだ時、ふっと人の良さそうな微笑みが剥がれて、本質であろう冷静な勝負師の顔を覗かせたのだ。ただ人が良いだけでは自分とFDに勝つことなんて出来ないのだから。

 アタシも初めて見た。惚れ直した。すき(語彙力消失)。

 そして呆けていた自分に、玲奈姉が声をかけてくれたので白のFCに乗り込む。

 

「玲奈姉の助手席なんて久しぶり」

「そうだね。初めて乗った時は随分顔を引きつらせていたけど、今日はどうかな?」

「さすがに観察する位の余力はあるって。それに二人を追いかける形になるからそこそこ余裕は持たせるでしょ」

「まあね。(バトルを観察するだけだから。これ自体はストーカーじゃないから……大丈夫。イケるイケる)

 

 始めて助手席に乗った時は自分と心中する気かと思った。座ったFCの助手席、部屋も車も小奇麗にしておく姉にしては、珍しくビニール袋があることに気が付いた。

 

「厚揚げに油揚げ……? これ藤木屋とうふ店のじゃ?」

「あぁ。折角こっちに来たからお土産にと思ってね(入念な下調べの後先週1回、今週2回)。美味しいんだよ? ……結奈も行ってるのかい?」

「夜中トースターの音*1が聞こえると思ったらこれだったんだ。玲奈姉こそ。アタシはバトルのお礼に(2週間で5回)行っただけだけど?」

 

 しばらくの沈黙。「ボールは玲奈姉に投げたよ」と言うと、やっと口を開いた。

 

「そろそろスタートだね」

「逃げた」

「ところで結奈は、今日のバトルはどこに注目しているんだい?」

「……そりゃ重量でしょ。ハチロクは1トンないけど、32Rは1.4トン以上、それに構造上フロントヘビーだから、ダウンヒルでは余計に誤魔化しが効かなくなるはず」

 

 気にはなるが、本当にバトルが始まったので追撃はやめておこう。自分も前の動きを追いたい。

 滑らかな発進。300馬力以上のエンジンと、ストリート用の足回りをしているはずのFCとは思えない。サーキットよりは粘り重視とは言え、だ。

 

「その通り。どれだけパワーがあっても質量だけは変えようがない。500キロ近いウェイト差はハチロクにとって間違いなく有利な条件さ。ただし」

 

 どうやら中村のヤツ、最初のコーナー脱出後からが勝負だと思っているらしい。スタートのストレートではハチロクに付き合って、ほぼ並列でコーナーに突入していった。

 

「その重さが効いてくる後半戦まで、彼が付いていけたらの話だね」

 

 コーナーを抜けた途端、32Rがハチロクを突き放す。4WD特有の低速からの加速力、RB26の暴力的な馬力も相まって、決して長くない直線でも不敗伝説のRが一体どういうものなのかをまざまざと見せつけてくる。

 ただし、これはGT-Rというモンスターマシンの半分に過ぎない。

 コーナー、その重量と速度を受け止めるために設計されたブレーキが、それをがっちりと受け止め、重量級4WDのグリップ走行とは思えないキレを以って、コーナーをクリアしていく。

 

「『ATTESA E-TS』に『SUPER HICAS』*2。日産の生んだテクノロジーと、技術者達の魂の結晶だ。アレに匹敵するテクノロジーは三菱ランサーエボリューションの『AYC』*3くらいだろうね」

「凄いのは認めるけど、結局性能差のゴリ押しじゃん。やっぱ走り屋は腕で勝負すべきだよ」

 

 どうにもハイテク過ぎるのは気に入らない。個人の感情もあるが、目の前に座っているのにわざわざ電話で話すような、そんな違和感を感じるのだ。ハンドル、タイヤ、地面、の間にあまり多くのものを入れたくないというか。姉は「結奈らしい。ボクもロータリーに拘っている身の上、ローテクを愛してる側だけどね」と言って苦笑した。

 

「確かにそれはあるが、マシンの性能をスペック通り発揮させるのもドライバーの腕さ。そういう意味ではハイテクを活かしきっている中村はかなりの凄腕だよ。それにハチロクを見てみるといい」

「思ったよりは離されてない……ね。あれ、ホントにドリフト?」

 

 白黒のパンダトレノは非力なエンジンを目一杯回して追いすがる。コーナー入り口から出口に向かって、一本の紐が繋がっているように、スルスルとコーナーを抜けていく。

 いや。何とも言えない。後ろから良く観察すると、滑っているはずなのに地面に食いついているというか、表現しにくい違和感があった。

 

「こうして近くで見るとまるで曲芸だな。四輪全てのタイヤグリップ限界点付近でドリフトしている。カウンターもほとんど当ててない」

「玲奈姉、ちょっと詳しく説明してくれる? 自分のもやもやがもうちょいで言語化できそうなんだ」

 

 玲奈姉は自分の違和感の正体が分かっているらしい。頭脳労働は姉担当だ。

 

「少しは言語化する努力をしてほしいんだけどね……。極論を言えば彼はFR車に乗りながら、4WD車の様なコーナリングを行なっているのさ」

「いや。それは無理でしょ玲奈姉」

「あぁ。その通り。これは、4輪全てのタイヤグリップをフル活用して曲がっているという意味さ。各タイヤの100%から、滑り始める101%を駆使して曲がっている。だから、滑っているのに滑ってないんだ。4輪全てに動力を伝えきっているのならある意味4WDと言って差し支えないだろう。加えてラインが恐ろしく正確だから、最大の減速ポイントとなるコーナー脱出時の向き調整もほとんど行っていない。……ペースが上がったね。中村のヤツ、チギりにいく気か」

 

 玲奈姉の目がスッと細められる。ちょっとマジだ。これ。

 

「逆にGT-Rは限りなくグリップの99%を使い切れるようドライバーをサポートする。そういう意味では藤木くんがやっているのは、さながら逆『ATTESA』 とでも言うべきか。すまないが少し本気を出さないといけないようだ。しばらくおしゃべりはやめるよ。結奈」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクシングが何故17階級もあるのか考えてみろ。

 

 前世で読んだ格闘漫画のセリフを不意に思い出してしまった。

 それ位ハチロクと32Rには差があった。立っている土俵があまりに違い過ぎる。フライ級ボクサーがヘヴィ級に挑むような無謀さだ。明らかに基準としているスピードレンジが違う。母さんがちょっとイジったおかげで何とか見失わずに済んでいる、という状況だ。

 FDは確かに性能差は感じたが、なんというか、中量級のチャンピオンと言った感じだった。基本勝てないが、まだ手応えは感じる。

 32Rはどれだけ追ってもパワー差と使用されているテクノロジーに跳ね返される。その上低速コーナーの立ち上がり一つで簡単に離されるので、万が一こっちがコーナーの処理をミスると一発で墜とされかねない。

 一番厄介なのは馬力よりも『ATTESA』。ざっくり言えば低速域では4輪駆動となり、スピードが乗るにつれ前輪の駆動率を減らし、加速しきった後は操作性に優れるFRに移行するというシステム。これで立ち上がりの加速力とコーナーリングを両立させている。

 お子様ランチ染みた詰め込み具合だが、絶大な効力を発揮し、同時にドライバーに独特の技術を求めるシステムだ。何せ『ATTESA』が介入する条件は、厳密に言えば後輪が滑ったタイミングでのアクセル、コーナーの脱出時の急加速には慣れが必要だし、中途半端なアクセル開閉は余計に挙動を不安定にする。

 しっかり減速して、ライン通りにコーナーを曲がり、踏める時にキッチリ踏む。そんな運転の基本動作の精度が求められる車だ。闇雲にアクセルを踏んでも、早くは走れない。世間一般のイメージより、実態は遥かに真面目な車なのだ。

 

「しかも明らかにペースを上げてきてるでしょ。チャンスっちゃチャンスだが……、分かっててやってるかもしれないな。これ」

 

 GT-Rは最新技術の塊だ。しかし、それ故に重い。特に32Rはフロントヘビーが顕著、ダウンヒルでの長期戦になれば前輪のダメージは無視できなくなる。

 これの対策は主に2つ。労わりながらの運転か、ペースを上げ、マージンを作ってブレーキとタイヤをクールダウンさせる時間を作るか。中村さんは後者を選択したらしい。

 コーナー中ほどまでは距離を詰められる。が、立ち上がりであっという間に離されてしまう。再びのコーナー突入でフルブレーキから丁寧なコーナリング。派手さは無いが、巧い。こっちの一番通りたいルートをある程度封じつつ、内のスペースを消してくる。多分FR車の経験があるな。正直現段階では、結奈さんより総合的な技量は上だと思われる。

 だが、幸いと言うべきか、上手いがGT-Rでドリフトかますレベルではなさそうだ。少なくとも32Rの『ATTESA』は、アクセルを踏まないと機能しない為、実は体勢さえ作ればドリフトが可能だったりする。

 GT-R乗りの中には、わざとドリフトして人力『HICAS』し始める猛者もいるそうだが、彼女からそういった挙動は見られない。

 とにかく今は食らいついて、相手にひたすらフルブレーキと急加速を強要するしかない。少しでも余裕を持たれたらコッチの負けだ。

 

 

 

 

 

「GT-Rの挙動が少し怪しくなってきた」

 

 春名の半高速セクションを抜けて3つ目のカーブ、玲奈姉がやっと口を開いた。

 

「ってことは限界が来たってこと?」

「いや。本当の限界はもう少し先だろう。しかしこうなると中村は厳しい。どこかでマージンが出来る予定だったんだろうけど、ハチロクが想像の上をいっていた」

「ふん。じゃあ中村の自滅か。やっぱマシンの性能に頼ってただけじゃん」

「いや。そうとも限らない」

 

 4つ目のコーナー、GT-Rのライン取りがどこかぎこちない。何かしら無理しているのが自分でも読み取れる。

 

「ステアをこじり始めた。ちょっと構えておこう。春名山のコーナーは幾つある? 結奈」

「……正確な数は分かんない。でも40は下らない、よね?」

「その40あるコーナーを、あそこまで煽られて、重量級のGT-Rをノーミスで扱い切る自信はあるかい?」

 

 出来る、とは言えなかった。ホームならともかく、アウェーでそれは極めて難易度が高い。

 

「熱くなり過ぎたのは間違いない。けど合理的な判断だったとも言える。序盤のやり取りで、ワンミスで喰われるのを察した所で、中村は腹を決めたのだろう。GT-Rと自身の実力を知っているからこその選択だったのは間違いない」

 

 お互いにちょっと上手すぎた。それがこのバトルの感想さ

 

 玲奈姉はそう締めくくった。

 

「……そろそろ本当の限界点だろう。しっかり捕まってなよ。結奈」

「う、うん」

 

 連続ヘアピン1つ目、目に見えてGT-Rのブレーキの利きが悪くなっているのが分かる。ハチロクはひたすらにインを狙う素振りをしている。

 

「もう一つの質問しよう。結奈。ハチロクとバトルして抜かされる直前、どんな思いでハンドルを握っていた?」

「そりゃ抜かされないように必死だったよ」

 

 正直怖かった。だけど、それ以上に負けたくなかった。気持ちに技術が追い付いていたかどうかは別として。

 

「そうだ。ギリギリの中でも限界を超えた勝つための操作をして、FDもそれに応えた。ではGT-Rが限界を越えた時、どういう動きをすると思う?」

「どうって……」

 

 2つ目のヘアピン。相当無理をして内を塞いでいる。いっそ外に行くのかと思ったがハチロクは内に張り付く。

 

「アナログ部分が多いFDやハチロクは乗り手に殉じようとするが、GT-Rは最新技術の結晶。技術者達が自分たちの技術で、乗り手やその周りの人間を殺してしまうように設計するはずがないだろう? つまりGT-Rが限界を迎えると」

 

 3つ目。ここに来て外から抜く素振りを見せたハチロクに、GT-Rがハンドル操作を迷わせてしまった。

 

「制御不能なスピンではなく、ストレートなアンダーが出る」

 

 曲がり切れずガードレールに向かっていくGT-Rを、鮮やかに内から抜き去ったハチロクが、読んでいたかのようにリアバンパーを使って優しく受け止める。そのまま遠心力を逃しつつゆっくりと減速していく。そのおかげか、GT-Rはガードレールを擦る程度の事故で済んだ。

 完全に停止すると、慌てた様子で藤木くんがGT-Rに駆け寄る。

 

「……これは、想像以上かもしれない……。えっ。うそ。そこまでやってくれるの!? これ現実?」

 

 姉妹揃って目の前で繰り広げられた神業より、おとぎ話の騎士染みた対応に胸がキュンキュンさせている。

 白馬の王子様は現実にいないが、ハチロクの王子なら群馬にいる。そう思った。

 

*1
油揚げを焼いてネギと鰹節をかけると結構いける

*2
簡単に言えば高速域で曲がろうとすると、後ろのタイヤが角度を変えて曲がりやすくしてくれる

*3
コーナー時に外側のタイヤの回転数を上げて曲がりやすくする機能




時間帯通知1000〜
時間帯指定3000〜
とうふ切り落とし5000〜(数量限定)

 別に何とは言いませんが。

 本当はFC戦まで書ければキリが良いんでしょうけど、元ネタの人が負けるイメージが湧かなさすぎて。
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