貞操逆転世界で車好きだっただけなのに   作:ペーパードライバー

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第4話

 ボクは昔から周りより少しだけ出来が良かった。

 

「玲奈は私の跡を継ぐのよ」

 

 それが病院の院長である母の口癖。重圧はあったが、自分に向けられていたのは間違いなく愛情だった。でも時々、ワタシにはそれが重くて、いつの間にかボクとして演じる癖がついてしまった。悩んだ時期もあったが、今となっては些末な問題だ。例え最初は演技だったとしても、自分であることには違いない。

 ただ、どうしようもなく一人になりたい時間が欲しくなった。部屋では誰かが入ってくる時がある。家族ですら煩わしい。高校の時、暇つぶしに免許を取りに行った際ふと、車運転している時なら誰にも邪魔されない空間を作れることに気が付いた。

 免許を取り終えると、親にねだって成績維持を条件に買ってもらえることになった。最初、車種に興味はなかったが、人を乗せる機会が少ないクーペタイプが良くて、たまたま在庫のあったマツダのFCを購入した。

 そこからはFCの虜だ。自分の操縦がダイレクトに反映されるステアリング、高速域のロータリーエンジン特有の高音、FCは自分の手足より自由だった。新しいことが出来るようになる度に、己を縛っていた枷が剥がれていくような気さえする。近くに赤来山という丁度いい峠があったが、自分と同じように走っている人間がいたため、とにかく一人になりたい自分はそれすら避けたかったので、走るのは夜というより深夜、未明という時間帯になっていた。

 無事医科大学に合格した春。夜な夜な独り、夢中で赤来の峠にチャレンジしていたある日、後ろから1台の車に煽られた。詳細は覚えていないが、楽しみを邪魔されて猛烈に頭にきたことと、いつの間にか一人で赤来山を降っていたことは憶えている。今思えば、初めてのバトルだった。

 数日後、また違う車に煽られたので今度は適当に撒いた。2回目という事で冷静に立ち回れた。バックミラーから消えたのは、コーナー3つほどだったか。

 そんな日々が3カ月ほど続いたある日、帰ろうとした自分の前に発煙筒を焚いたロードスターが止まっていた。流石に見ていられなくて路肩に停めて車を出る自分を、持ち主であろう女は笑顔で出迎えた。

 

「やっと会えた。初めまして彗星さん。まさか自分より若い子が幽霊の正体だとは思わなかったけど」

「……彗星?」

「覚えてないと思うけど、ここで一度アナタと走ってるのよ? 笑っちゃうくらいの惨敗だったけど。どんな人か顔を見てみたかったんだ」

 

 それが史美との初対面だった。いつの間にかボクは、赤来屈指の走り屋、夜と朝の狭間を切り裂き、黎明に輝く『赤来の白い彗星』として噂になっていたそうだ。今だったらそんな通り名なんて丁寧に返上するが、当時の自分はちょっと痛々しいビョーキの気があったため、ノリノリで受け入れてしまった。今はその名で呼ばれるたびに必死に無表情を装っている。

 その後はちょっとした世間話をして別れた。日々の流れは特に変化は無かったが、その日から明け方に赤来にいると、麓でロードスターが待ちかまえるようになった。

 それがキッカケになったのか。日が経つにつれ一台、また一台とふもとで待つ車が増えていった。別に実のある話をする訳でもない。車好きが集まると、自然とそれを整備する側の人間が訪ねてきた。

 

「自分は松元と言います。高原さん」

「玲奈でいい。妹がいるからそっちの方が慣れてる」

「玲奈さん。自分整備士見習いやってるんです。FCをほぼノーマルで走らせてるそうじゃないですか。代金は要らないんで、どうか自分に弄らせてもらえませんか? 他の方も点検程度で良ければ見ますよ」

 

 その日からノートの片隅に赤来のレコードラインに加えて、車高とダンパーレートとスプリングレートの式が加わった。放課後になれば松元の所に行くか、自分の手でFCの足を微調整する習慣が加わった。エンジン回りはブローの危険があったため、この段階では手を加えなかった。結果的にそれは自分や松元にとってもいい方向に向かって行ったと思う。特にロータリーエンジン車の強みは、軽さを活かした車体バランスの良さだと身を以て認識出来た。

 動力系に手を入れたのは、医科大学1年の冬、赤来で走っている人間の大半と知り合いになってからだった。

 

「玲奈、サーキットに出てみたらどう? 結構やるでしょ。アンタ」

「燐先輩……、サーキットですか」

 

 大学の先輩である渋谷燐*1先輩に誘われて、サーキットでも走るようになった。ここでも、その後のジムカーナでも負けることは無かった。得難い経験ではあったが、整えられた路面、定位置に置かれるパイロンを見て、こうも思った。

 

 車というのはサーキット(閉じた世界)ではなく公道(自由な世界)を走るものだと。

 

 あと燐先輩の恋人のせいで一時期男性がトラウマになったが、ここは割愛しよう。あの三白眼は今でも偶に夢に出る。「燐先輩、趣味悪っ」とも思っていた。ちなみに現在は正妻戦争中で休職をとっており、あちこちでバトルしているらしい。各地で喪女を量産していることから、通り名は『死神GT-R』だそうだ。近々『緑の悪魔』*2のフェアレディZとやり合うらしい。

 とても職業が医者とは思えない。『白い彗星』の方がまだマシだと思っている。

 多少トラブルはあったが、大学生活も走り屋としての活動も上手くいっていたある日

 

「ごめん玲奈姉。アタシ捕まるかも」

「何をやらかしたんだ。結奈。とにかく事情を話してくれ」

 

 当時自分と比べられて、あまり良くない仲間とツルんで荒れていた妹。親からプレッシャーから逃げるために、FCを運転していた自分にとって心当たりが多すぎて、自分はどうしても突き放せなせなかった。

 そんな妹が血相を変えて相談してきたものだから、何事かと聞けばふざけて見知らぬ男にナンパしたようだ。

 

「事情は分かった。もう一度そこに行って、会えたらボクも頭を下げよう。会えなかったら諦めるしかない。名前と特徴は憶えているかい? 少なくとも近くに住んでいるかどうかは分かるかもしれない」

「玲奈姉……」

 

 話を聞くにあくまで話しかけただけで、強要したわけでもなさそうだ。相手方も事を荒立てるタイプとも思えない。それに勘違いされやすいが結奈は他人に分かるようアウトプットするのが苦手なだけで、インプット能力は自分に負けていないと思っている。

 要はナンパして良い相手かどうかの判断は間違ってないはずだ。そして結奈の感性に合うなら自分の感覚的にもアタリのオスだろう。

 そんな打算も含めて会ってみれば、レコードラインのど真ん中だった。

男っていうのはこういうので良いんだよ。こういうので。変に格好つけてアクセサリーとか、いかにもな化粧をしている男は見ていて胸やけがする。その上趣味も合うときた。

こんなの運命に違いない。

 

「でも、本当に全てを託すことになるかもしれなくなるとはね……」

 

 彼との決戦前、FCで春名山を登っていると色々と思い起こされた。

 結奈には言ったが、今夜もし自分が彼に負けたら、彼が自分を超える資質を持っているのなら、自分の計画を託して最前線からは身を引こうと考えた。

 関東最速プロジェクト。自分と結奈以外にそれを達成し得るドライバーがいるのなら、自分が裏方に回れるなら、本当の目的を達成できるかもしれない。

 いずれ走り屋という存在は世間から駆逐される。今は順番じゃないだけで、いずれ法で明確に規制されるだろう。それは皆、薄々分かっている。その前に準備しなくてはいけない。

 最初は絵空事だと思っていた。独りでいいと思っていた自分に仲間をくれたこの世界に、滅びた後でも語られるようなおとぎ話を遺してやろうと。仲間たちが等しく笑えるような、きれいな思い出を作りたかった。

 だけど仮に、彼がそうなら、ボクの公道最速理論の最後のピースになってくれるのなら、行政相手に必要な資金、権力、支持、理論、恐らく全てが間に合う。なにせボクは、人より少しだけ出来が良いから分かるんだ。果たし状(ラブレター)なんて初めて書いたよ。

運命がカードを混ぜ、我々が勝負する。賭場は一度、勝負は一度。

 何が出ようとボクはオールイン。

 

「キミはどうだろう。応えてくれるかな? 愛しい人」

 

 

*1
混ぜるな危険

*2
混ぜ過ぎ注意




 これにて完結です。元ネタの方って冷徹だけどそれ以上に義理堅い人だと思ってます。
 連載当時考えられていたかは分かりませんが、確かにやるかもしれないと思って納得しつつ続編読みました。
 感想返しは夜にやらせていただきます。




以下どうでも良いおまけ





「全然離れねぇ……!」

 白のFCがピッタリ食いついてくる。最初、珍しくハナを取れたと思ったら後は執拗にストーキングを受けていた。スケートリンク前のストレート区間でも、この後半戦のアクセル区間でも抜かさない徹底ぶりだ。
 後半戦が始まったことを告げる左ヘアピン。ブレーキポイントは完璧、路肩ギリギリをスピンターンに近い形でエイペックスをクリア。回頭時、一瞬だけ前後のGが釣り合うが、横の慣性を可能な限り前に変換して折り返す。
 そんな精密動作の連続をあざ笑うように、録画映像のごとく自分が通ったラインをなぞってくる。
 自分もやっていたが、やられるとこんなキツイのか! 「FDに比べればFCなんてスポーツカーモドキ」、「和製ポルシェ(笑)」なんてバカにしてた奴は出てこい。このまま轢いてやるから。
 裏返せば結奈さんのFDはまだマージンを取ってたってことか? 逆に玲奈さんのFCは相当煮詰めてあるのだろう。もしかしたら本人以外乗れない程に。

「こうなったら使うしか……!」

 でもどこで使う? 最後に抜きに来るだろう5連ヘアピンの後か? でもそこまで自分は持つのか? 抜かされたら最後、奪い返すことは出来ないだろう。
5連ヘアピンまでコーナーは3つ。どれもヘアピン程ではないがキツイ角度だ。『溝落とし』はここでも効果を発揮する。

「負けたくねぇ……!」

 こんな気持ちは初めてだった。以前までのバトルは普段やっていることを出せば、自然と勝てた。
 今回は違う。意識的にギリギリのラインを意識しているのに相手が易々とついてくる。追われる苦しさを初めて知った。
 ゴールが遠い。運転っていうのはこんなにも緊張するものだったのか。
 結局、我慢が出来なかった。
 右コーナー、ブレーキを遅らせ、右前輪を舗装路ギリギリではなく、更に内側の排水の役目を果たすコンクリート部分に落とす。アスファルトとの高低差に引っかけて、オーバースピードによるコーナリングを可能にする。
 結果的に差はわずかに広がった。

「よし! このまま」

 コーナー2つ目、これの恩恵は単純なツッコミの速さの補強だけではなく、使える道幅がタイヤ1つ分広がるのも大きい。失敗すれば足回りにダメージを負うから多用はしたくないが……、ここは連続で使わないと振り切れない。
 再びの『溝落とし』。成功。

「……離れてない。寧ろ縮まってる。まさか」

 3度目の『溝落とし』もやはり差は付かない。むしろ立ち上がりで詰められる。

「これもトレースしてるのか!? 写○眼でもお持ちで!?」

 コイツ、考えた事を齟齬なく運動機能に出力できるタイプだ。ハンドルじゃなくてバットとかラケット握る方が向いてるんじゃないかな!?
 マズい。こうなるとあとは、今まで1回しか試してない『立ち上がり重視の溝落とし』しか残ってない。
 半ば錯乱している状態で5連ヘアピン、それで何も起きない程、春名山は甘くない。

「あっ」

 やった

 突入時の単純なブレーキミス。姿勢を崩した自分の横をサラリと、白いFCが抜き去っていく。
 別に顔が見えたわけじゃない。
 ただ運転している彼女が、酷くつまらなそうにしているのが目に浮かんで。

 自分の中で何かがキレた。

「まだだ。まだ終わってない!」





 予定が狂った。思ったより早いタイミングで抜いてしまった。が、こうなった以上は最後まで押し切らせてもらう。

「思ったよりあっけなかったね……。マイペースなようで意外と脆い……なんてカッコつけたい所だけど」

 左のヘアピン、ハンドルから伝わる微かな違和感。さっき排水路のラインをなぞった時、恐らくサスペンションにダメージが入った。元々かなり切り詰めた足だ。想定外の挙動をすれば、何かしらの不具合が出てもおかしくない。
 あれは軽いハチロクだからやれることだ。こんな判断も出来ない時点で、自分もとっくに熱に浮かれていた。中村のことをとやかく言う資格なんてない。

「後生だFC、耐えてくれ」

 バックミラーをチラリと見る。抜いた時は完全に崩壊したと思ったが、まだ闘志はある。基本を忘れたかのように挙動は荒々しい。普通ならミスが重なってさが拡がるものだが……。
 むしろ追い上げてくる。何が何でも抜き返すという強烈な意志をマシンが発している。
 労わるようなコーナリングをすれば、簡単に食いつかれる。そして一度食いつかれれば……

「お行儀が悪いな。そんな君も魅力的だけどね……!」

 嬉しいよ藤木くん。君が必死になってくれて。
 それでこそボクが全てを賭けて倒す甲斐のある相手であり、倒される甲斐のある相手だ。
 5連ヘアピンを抜けた最終区間。コーナーの度にハチロクが近づいてくる。ここに来て地元との経験値の差が表れた。トレースしていた時に比べ、自分のラインは少し甘いのだろう。
 加えてサスを庇いながらタイムを作った影響か、タイヤとブレーキにもダメージが入り始めた。

「けれど抜かせる気は無いよ」

 ここまで近づけば音と光、バックミラーで走行ラインは予測出来る。相手のレベルが高ければ高い程、それは予知に近い形で収束していく。
 同じ方向を向いてのパラレルドリフト。これではドッグファイトというよりランデブーだ。メトロノームが刻むように2台揃ってコーナーをクリアしていく。
 もう仕掛けられる場所は多くない。一番何かをしやすいのはもう少し先の、緩いS字と勾配の絡んだ複合コーナーだが……。

「なっ」

 突然ハチロクが消えた。



 発想は小学生並みの短絡さだった。コーナーで抜こうとしても、悉くこちらのラインを潰される。フェイントをかけても位置関係から、本命のラインを完璧に読まれてしまう。「何で読まれるのかな」って思ったら原因はヘッドライトだよなって。車の向きに対して垂直だから、玲奈さんならこっちの体勢も読んで来るだろうと。
 だから車のライトを消した。急に帳が落ちたような暗さだ。
 6年間毎日走った道だ。眼を瞑ってでもとは言わないが、時々ある頼りない街灯と相手の車のライトでどのあたりを走っているかは想像がつく。

「ここだ……!」

 何でかは知らないがFCのコーナリングの円がたわんだ。なりふり構わず突っ込んだ。




エンジン音に気付いた時には、ハチロクの頭が懐まで食い込んでいた。
 まだ抜かれてはいない。だが、このドッグファイトに前輪が耐えてくれるかどうか。
 ハチロクがライトを点ける。何故かはっきりと顔が見えた。彼は歯を食いしばって前しか見ていない。

「……ははっ」

 思わず笑ってしまった。だって一瞬でも、

 ここまでされたら負けてもいい

 そう思ってしまったから。




 お目汚し失礼しました。元ネタ的にどうしても正攻法で勝てなかったので。
 あくまでワンチャン勝つとしたらコレ位に思ってください。
 これにて本当に終わりです。ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
 こんなマイナーテーマを読んでくださっただけでなく、わざわざ換装、評価、お気に入り登録、ここすき、しおり等手間を割いてくださった方々には感謝してもしきれません。
 何か察している方もいらっしゃるようですが、昔とあるカードゲームをテーマにしてそれなりに読まれました。その程度です。だから説明系は得意な方かもしれません。



 ちなみにあとがきのルートだと、玲奈は「息子さんをボク(のチーム)にください」と言って藤木母に土下座します。

そういえばエンジンスワップで思い出したのですが、当時の読者の方は

  • エンジンスワップしてハチロク続行派
  • 車種乗り換えた方が良かった派
  • その他
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