貞操逆転世界で車好きだっただけなのに   作:ペーパードライバー

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 おまけです。
 こういう話、やってなかったなっていうことで。


第5話

「ハチロクを買いたい?」

 

 昼休みの談笑中、斉生がそんなことを言った。

 

「そう! やっとバイト代貯まってさ! 安い中古なら買えそうで」

 

 染めてるか染めていないか微妙なラインで遊ばせた毛先、適当に後ろで纏めた髪を揺らして嬉しそうにしている。

 自分の初バトルのきっかけとなった走り屋チームに入りたがっている子で、そのチームのリーダーが働いているガソリンスタンドでバイトしている子だ。

 素行優良とは言わないが、自分で稼いだお金を自分の好きなものに使うという割りと真っ当な遊び方をしている。なんというか、素朴なちょいワル? かわいい不良? 成績は良くなくとも、学校には毎日出席している。

 美少女と言うには語弊がある。ただ庶民的で見てて安心する。玲奈さんや結奈さんみたいな、ちょっと浮世離れしたタイプを見た後だと特に。

 

「んー。乗ってる身としては良い車だとは思うけど、わざわざオススメもしないかな? どうしてもってなら止めはしないけど」

「えっ。なんで? 確かに古いけど、メチャクチャ速かったよ?」

 

 純粋に不思議に思っているらしい。

 

「中古ゆえの当たりはずれは一旦置いとくとして、まずシンプルにエアコンの効きが悪い。足回りの設計が古いから地面の振動が露骨に伝わって来て、運転して疲れる。斉生さんが想像しているような、車の乗り心地は想像しない方が良い」

 

 それでもウチのは母親が手を入れたおかげで大分マシなんだけど。最初だから安くていい、なんてレベルでもないんだよ。ならいっそ軽自動車の方が良い。

 

「……ま、まぁ元々そういう車じゃないのは承知の上だし……」

「分かってると思うけど、走りに関しても別に速い訳じゃないからね? 馬力はもちろん、オレがドリフト覚えたのは下りでちょっとスピード出すと、勝手に滑り出すリアを制御するためのものだから。今の車なら春名山の下りで60キロ出しても問題ないけど、ハチロクは簡単にアンダー出すよ?」

「そ、そこは腕の見せ所ってヤツで……。ほら。ボディが軽いから弄りがいあるし、最悪いつかエンジンを凄いのにすれば」

 

 エンジンスワップねぇ。実際は法律が絡む手続きがあるから面倒なのもそうだけど、そもそもハチロクに積み替えられる最新エンジンなんて、そう多くないだろう。

 

「それは昔の安全基準で作られてるペラペラの鉄板だからだよ。それで軽さが売りのFR車に考え無しに大容量エンジンを積むと、バランスが崩れて扱いようがなくなって、万が一事故が起きたら『グシャッ』といくからね? ぶつかる方向によっては車体が横に裂ける。RR車のポルシェみたく、そのままエンジンに潰されるってことは無いだろうけど」

 

 仮にそれをやったら、ボディもシャシーも剛性が足りないから、まっすぐ進まないのに曲がらない、エンジン付き棺桶みたいな車が出来る。どっかのバラエティ番組に出たら「Rubbish!」確定だろう。

 車の性能は年々向上している。いくら憧れと言っても、もっと良い車はあると思うけど。

 

「なんで伊達と酔狂とロマンとケレン味の塊みたいな人に、お母さんの説教みたいなこと言われなきゃいけないの? 藤木くんなら分かってくれると思ったのに」

 

 「むう」と、ちょっと怒った斉生さんが顔を逸らした。

 

「そりゃ伊達と酔狂とロマンとケレン味の塊じゃ車は走らないからね」

「なんかショック。推しVの中身がおばさんだったくらい」

 

 そして「ブーブー」と言わんばかりに口をとがらせる。

 こう言ってはなんだが、怒り方がかわいい。自分が男だから抑えているのだろうが。

 いやしかし、なんでこう、全力でロマンに生きようするんだよ。自分も好きだけどさ。

 ロマンは余力で追い求めるものなんだから。女性のロマンチストは大抵、男より手に負えない。

 

「安い買い物じゃないんだからさ。なんやかんや維持費が一番かかるから。仮に車を買えたとして、思い付く限りガソリンにタイヤ、オイル交換。車検に保険と自動車税と色々かかるよ。ほら、車は自分で買っても保険料や税金を親に払ってもらうのは片手落ちでしょ? 購入だけじゃなくて、そこまで考えると」

「う……。それは確かに」

「逆に交渉にも使えるけどね? たとえば「維持費は出すから最初の資金だけは協力して」とか。前言ってたけど、家の車がFFのディーゼル車なんでしょ。4WDのガソリン車なら親御さんも考慮してくれるんじゃないかな? 例えば中古で4ドアのインプレッサとかありじゃない? WRXクラスはちょっと厳しいかもだけど」

「インプレッサ」

 

 反すうのごとく呟く。きっと彼女の脳内では、あのスポーティな外見を想像しているに違いない。通常モデルでも、ハチロクとは比べ物にならない性能をしているはずだ。ラリーカーに使われる位だから、アフターパーツの融通が利きやすい方なのも魅力だ。

 

「4WDの4ドアならお母さんにギリギリ言い訳できそう……。ちょっと揺らぐな~。でも~」

 

 頭では分かっているが、やはり憧れは捨てきれない。そんな悩み方だ。

 あー。じゃあ現実見たら決心がつくかな? どっちにするにしろ。

 

「じゃあ今度ウチのハチロク助手席に乗ってみる?」

「ホン!? やったー……ってんぅっ!? えっと、つまり……?」

 

 突如頭を抱え始めた。なんだろう。バイトの予定とか、免許の再試験とか、何か大事な予定と被ったかな?

 

「あー、無理なら別に「いつ?」、今週ま「余裕」……分かった」

 

 食い気味に返答された。

 

「確認だけど、運転するのは藤木くんだよね?」

「そうだね。嫌じゃなければ」

「助手席にワタシ」

「そうだね。良ければだけど」

 

 真顔だった。いつもはちょいおバカそうな、緩い笑顔が多い斉生さんが酷く凛々しい。

 

「あの。単なる思い付きだし気を遣ってくれているなら無理をしなくても……」

「ダイジョブダイジョブ。むしろ今週末しか空いてないから。他の日はもうウチの母親のパンツのゴムくらいギッチギチだから。ちょっと席外すね」

「あ、あぁ……」

 

 そう言い残してガララララっと、教室のドアから出ていった。

 数十秒後

 

ッシャアッオラァ!

 

 校庭から聞いたことのある声が響いてきた。あとで小耳にはさんだのだが、全力疾走してきた斉生さんが、校庭のど真ん中でプラ○ーンのポーズを決めていたらしい。恐らく事実だろう。

 何せ昼休みが終わる頃、膝下を絆創膏塗れにして斉生さんが入ってきたから。めっちゃ痛そうだった。

 ちなみにハチロクの使用許可は、母親から気持ち悪い位すんなり下りた。大抵は店番や臨時配達とセットなのに。なんだかボソッと「新サービス、はじめるかー」と呟いていたが一体何を始めるのだろうか。

 

 

 

 

週末

 

「やっぱいいなぁ! ハチロク」

「上りはもっとかったるい感じかと思ったけど、私のシルビアが引き離されるとは夢にも思わなかった……。ダウンヒルはどうしようもないこと分かってたけど、ヒルクライムでも差を見せつけられるのはクルなー」

 

 何故か『春名シューティングスターズ』の池山先輩と日光に来た我々。土曜の夕方からかと思ったが、どうも一日空けてくれたようで、なら春名だけで終わるのはもったいないしコルセットの外れた池山先輩のリハビリを兼ねて、一方通行で勾配とコーナーがキツい『はにほ坂』へ行く運びとなった。ほぼ夏だからか、幸運にも観光客はあまりおらず、所々それなりに攻めて運転してみたのだが。

 

「そりゃそうですよ池山センパイ! 下りなんてヘアピン曲がるのにアクセル踏みっぱなしの流しっぱなしで、途中から記憶無いんですから! なんで無事なんですかね? 自分」

「いや。母親が色々弄った結果だからね? 素じゃこうはいかないよ?」

 

 乗った時からテンションが高めだった斉生さんだが、上りで軽いスピンターンを披露してからずっとこんな調子である。想像以上に喜んでくれたのは嬉しい誤算だが、興奮しすぎで、精一杯オシャレをしてくれたのだろうミニスカートが非常に際どいことになっていたので、別な意味で運転に集中しなくちゃいけない羽目になった。夜までこんなんだと思うと気が滅入る。

 池山先輩を待ちつつ、とりあえずギリ混まずに昼飯を食べられそうな時間帯という所で、適当なラーメン店に入って今に至る。一般車を見ながら部分的にしかやってないし、初見コースでかなり加減してたとはいえ、昼飯を普通に食べれるのは大分タフだな。自分が初めて母親の春名の下りに同乗した時は、一食抜いたもん。

 

「いいの! 藤木くんを目標にして頑張るんだ」

「目標にされてもね……。もっといい車の方が上達は早いだろうし。それこそ外に止めてあったランサーエボリューションあたり目指して頑張った方が……」

「高い! だったらいっそGT-Rの方が良い!」

「いい加減うるさいぞ斉生」

 

 ペシーンと池山先輩に頭をはたかれる斉生さん。

 ちょーっとデリカシーが足りないかな。かなり手入れされたランエボだ。きっと相応に拘っている人が持ち主に違いない。

 周りを見るに我関せずといった感じだ。怖いお姉さんに詰め寄られることはなさそうで助かった。

 

「あのね。斉生さん。ランエボって相当だからね?」

「凄いのは分かるけど次のがどんどん出るから、名前以外ピンと来ないんだよ。GT-Rは32Rから不人気の33R、最高の34Rって分かりやすいじゃん」

「32Rより33Rの方が基本的に性能良いんだよ? 個人的に初期の純正のハンドルはいただけないけど」

「ああ。ファミリーカーなら良いけど、GT-Rでアレはな……」

 

 池山先輩が同意してくれた。

 ハンドルがイマイチGT-R感が無くて好きじゃない。NISSANじゃなくてRって書いてあればもうちょいマシだったかも。

 

「ランエボは元々ラリー向けに設計されたし、勝つために色々改良されたからモデルチェンジが早かったんだ。『AYS』が搭載されたⅣも良いけど、やっぱり基本構造が完成したⅢも良いよね。外に停めてあるのも、随分手入れがされてたよ。マフラーも純正ではなさそうだったけど、特に足回りが凄く綺麗だった」

 

 洗車は車の状態を見る最も基本的な整備と、母親が言っていた。どんなに良いブレーキパッドも汚れていれば、制動や放熱に影響が出るかし、下手をすれば足回りを直接傷つけるから、洗車は基本にして大事な事だろう。

 湯気の無効で店員さんの身体が一瞬固まったのがヤケに気になった。

 水を飲んでいた池山先輩が興味深そうに見てくる。

 

「詳しそうね。藤木くん。モデルチェンジが多いのもあって私も追い切れてない部分があるんだ。『AYS』の差は結構大きいと思うんだけど?」

「『AYS』自体は画期的ですけど、新機能なだけあってちゃんと使うには手入れと調整が必須なようで。Ⅲの方が軽いから、セッティング次第ではかなり小回りがきくんですよ。初代と、国際大会でエボシリーズのラリー初優勝を果たした二代目で、成熟させた技術で作られましたから。実際ドライバーズチャンピオン獲得者が乗ってますし、ラリーとサーキットの違いはあるにしても、エボの方がGT-Rより大分軽いんで、公道でトータル性能を求めるなら最強クラスじゃないですか?」

 

 店員さんがしきりに頷いている。

 

「Ⅲで一旦の完成、とは雑誌にもあったね。1.2トンの270馬力で4WD、それが300万しないのなら高いけど値段以上かぁ」

「ハイパワーに加えて、安定感と旋回性能を両立するためにかなりメチャクチャな事してますからね。だから足回りが壊れやすい、って言う人がいますけど、あれ、ある程度狙っているそうですよ。あえて弱い所を作って、初めから修理しやすい箇所にダメージを蓄積させるっていう。基本設計がラリーカーならではの発想ですよ」

 

 作っていた人が配膳員を手で制して、お盆を持った。

 

「走り屋やってればメンテは付きものだし、ただ速いだけじゃないってのも良いな。斉生、もっと辛抱するのもありじゃない? どんな車であれ、維持するっていうのは大変なんだから」

「池山先輩まで……! 1人だけ4WDなんて仲間外れじゃないですか」

「お待たせしました。醤油ラーメン3つです」

「おっ。きたきた」

 

 黒っぽいスープの、オーソドックスな盛り付けのラーメンから湯気が立ち上っている。鳥ガラベースのスープから漂う香りとネギの香味が食欲をそそる。一番人気を選択して正解だった。

 

「あっ。ありがとうございます。あれ?」

 

 何故か自分のだけ、スープに浮いている煮卵が1つ多い。

 

「サービスです。勤勉な青年に対しての、な。見たところ高校生位に見えるが、運転歴は随分長そうだ」

 

 運んできたのは頭をタオルで纏めた女性だ。目力が強いせいか威圧感を感じる。

 ただ、サービスしている位だから別に脅している訳では無いのだろう。見た目でそう連想してしまうだけで。斉生さんや池山先輩が明らかに警戒しているが、そこまでしなくても。

 

「あんまり大きな声では言えないんですが、中学の時から親の手伝いで配達してまして」

「……苦労しているのだな。ハチロクはその時からか?」

「はい。毎日山の上に配達していたので、古い車だから降る時に勝手に滑るんですよ」

「そうか」

 

 何か感じ入ったらしい店員さんが目を閉じた。そして改めて自分を見つめてきた。

 

「ちなみに車を買い替える予定はあるか?」

「いえ。ウチ貧乏なんで、しばらくはないと思いますよ」

「……もしEVOに興味があるなら、ここにまた来い。セミナーをしてやる。非力なFR車の限界についてもな。邪魔をした。ごゆっくりどうぞ」

 

 そう言って調理場に戻って行った。

 

「なんなのあの人! 非力なFR車は一言余計じゃない?」

 

 斉生さんが小声で怒っている。それを見て池山先輩が「まぁまぁ」と窘める。

 

「ハチロクが非力なのは事実だしね。早く食べないとラーメンが伸びちゃうよ?」

「そこは自分も否定する気ないです。じゃあ、いただきます。……ウマいですね。オレ、好みかもしれません。ここのラーメン」

 

 でも次来たらセミナーもセットなんだよなぁ。うーん。惜しい。

 この日は折角ここまで来たと言う事で、『はにほ坂』をもう一度上り、観光して戻ることになった。池山先輩も久しぶりの長距離運転で疲れていたみたいだし、みんな明日があるからね。斉生さんが不服そうな顔をしていたが仕方ない。結局油断した時に見えたスカートの中が、思ったより派手だった気もするがそんなことは憶えてない。

 

 

 

 

 

後日

 

「ほら見てよ! ワタシも自分の車、買ったんだよ!」

「おめでとう。斉生さん」

「これでワタシも春名のハチロク乗りだよ! 今夜から攻めちゃうもんねー!」

 

 心底嬉しそうに喋る斉生さん。いくら中古車とは言っても、自分のお金で車を買うって凄いよな。保険とか、状況によっては車検代も払って買う訳だから。

 日光に行った翌週、やっぱり中古のハチロクを買ったということで、放課後、バイト先のガソリンスタンドに寄らせてもらった。あったのは自分の家にそっくりの白黒……。

 あれっ? なんか雰囲気違うな。なんというか、ウチのと比べてちょっと親しみやすいというか、グレードとかカスタムの違いか?

 

「おい斉生、これ……」

「待ちな池山。斉生、ちょっとエンジンルーム確認させてもらっていい?」

「いいですよー」

 

 上機嫌でエンジンルームを開ける。今なら大抵のお願いは聞いてくれそうだ。何なら頼んだらヤラせてくれそう。いや、しないけど。

 

「……やっぱりね」

「……ですよね。店長」

 

 エンジンルームを見たスタンドの店長さんが顔を顰めた。池山先輩も形容しがたい、とても言いづらそうな顔をしている。何か問題でもあったのだろうか。実は事故車の跡があったり。

 余程悪質な業者じゃない限り、パッと見るだけで分かるようなエンジンで、引き渡すとは思えないのだが。

 

「水を差して悪いが斉生。これハチロクじゃなくてハチゴーだよ」

「ハチゴー?」

 

 意を決したように言った池山先輩の言葉の意味が、斉生さんには分からなかったようだ。

 自分もあまり聞いたことがない。

 

「見た目は似てるんだけど、中身はまるっきり別物。ハチロクはいくら古いったってスポーツカーって言えるけど……」

「ハチゴーは、軽より20馬力上乗せた時代遅れの普通自動車だ」

「……つまり?」

 

 その言葉に笑顔のまま固まった斉生さん。声にも温度がない。見ているこっちまで心が痛む。

 耐え切れなくなったらしい店長さんが、タバコを取り出して火を点ける。煙を吸うと覚悟が決まったようだ。

 

「ぶっちゃけオマエんちのFFディーゼル車のがマシかもねぇ」

「ウソだぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 絶叫がこだまする。

 空は白々しい位青かった。

 




 言ってることは大分適当です。
 実際この時代の公道最速ってなんなんですかね?

そういえばエンジンスワップで思い出したのですが、当時の読者の方は

  • エンジンスワップしてハチロク続行派
  • 車種乗り換えた方が良かった派
  • その他
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