メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ 作:ひのき
栃木県のとある立体駐車場跡地。
秤君は現在、そこを拠点に何らかの活動をしているらしい。
地図の座標だけを渡されて、向かってみたところにあったのはショッピングモールのような大きな建物。
そこに隣接する立体駐車場。
ここが、秤君が拠点にしているという場所とのこと。
「こ、これ…………大丈夫なんでしょうか」
私は頬をひきつらせてつぶやく。
入口には思いっきり立ち入り禁止の看板が立て掛けられていて、バリケードも設置されている。
かつて賑わっていただろうその施設は、今では使われてない様子の完全な廃墟。
ここが拠点っていったい何をしているの?
と、心配になる。
というか、絶対これ不法占拠というか、勝手に拠点にしてるでしょ。
許可とか取ってるとは思えない。
秤君って根は良い人なんだけど、普通に不良だから。
「入っていいのかな?」
立ち入り禁止の看板の前で右往左往していると、奥の方からこちらにやってくる人影が見えた。
見覚えのある人物だった。
会うのは何ヶ月ぶりだけど、連絡は今でも欠かさずによく取り合ってる同級生。
綺羅羅だった。
「桜ちゃん!」
「ほ、本当にいた」
「久しぶり、桜ちゃん。『あいつなら不法侵入にビビって二の足踏んでるだろう』って、金ちゃんが。やっぱりだったね。迎えにきたよ」
「ビビってというか…………お久しぶりです、綺羅羅」
「こっちこっち」
手招きする綺羅羅。
私は少しだけ躊躇したけど、結局バリケードをまたいで入ることにした。
ここまで来て回れ右するわけにもいかないし。
「あの、これ。勝手に入っていいんですか?」
「私も金ちゃんも許可してるから大丈夫!」
「別に、二人がここの権利者じゃないでしょうに」
「でも、金ちゃんが
「ボス…………?」
綺羅羅の案内で歩く。
目的地は聞いていた通り、モールの方ではなく立体駐車場の方。
荒れ果て、寂れた印象のある施設内を歩きながら、私と綺羅羅は言葉を交わす。
ボスって、なんだろう。
変な単語だ。
普通に暮らしていたらそんな単語は出てこないし、なかなか馴染みのない言葉である。
道中、人とすれ違うことがあった。
しかしその誰もがガラの悪い人たちばかりで、言ってしまえば要するに不良。
カタギには見えない人しかいない。
驚くべきは、その中に呪術師らしき人までいること。
そんな彼らは歩く私たち——正確には綺羅羅を見ると道を開け、『お疲れ様です』と頭を下げる。
何してるの綺羅羅。
秤君も。
私は頭が痛くなってきた気がして、ため息を吐く。
「ボスって、マフィアでも始めたんですか?」
「違う違う! そんなんじゃないって。ちゃんと金ちゃんが説明するから、今はついてきて」
「…………わかりました」
いったん、疑問を閉じ込めておくことにする。
どうやら綺羅羅は立体駐車場の屋上に向かっているみたいで、きっとそこに秤君がいるのだろう。
屋上。
その一角には小屋があり、綺羅羅が一声かけてからその扉を躊躇することなく開く。
そこに、秤君はいた。
「おう、来たか」
足を組んでソファに座り、気さくな感じで手を上げて私を出迎えてくれる秤君。
部屋の中にはたくさんのお酒とグラスが整然と並べられた棚があり、ソファに座る秤君の正面には複数のモニター、おそらく監視カメラの映像が流れてる。
モニタールームって感じかな。
というかお酒。
…………まぁ、秤君だし。
「お久しぶりです、秤君。元気そうですね」
「ま、お前よりは元気だろうな。まさか、あの生粋な真面目ちゃんの桜が停学んなるとはなあ」
「災難だったね〜」
「どうせただのいつもの嫌がらせだ。話聞く限り桜は悪くねえ、むしろよくやっただろ。変に落ち込んだり、気にしたりはする必要ねえからな」
「そうそう! 私たちは桜ちゃんに会えて嬉しいけどね」
「別に、気にしてはないですけど……ふふ」
励ましてくれる秤君と綺羅羅。
思わず笑ってしまう。
こうして久しぶりに会えたのはもちろん、私も嬉しい。たった三人の同級生だ。
変な形での再会にはなっちゃったけどね。
「それで、秤君と綺羅羅はこんなところで何を?」
「そいつは直接見てもらうのが一番早い。後ろだ、ちょうど始まるぜ」
「?」
秤君が私の後ろを指差す。
振り返る。
そこにいくつもある監視カメラのモニター。
その中の一つが、自然と目に留まった。
二階の床が壊され吹き抜けになったスペース、その一階部分で向かい合う二人の人間。
二階部分にはたくさんの人。
貼られたラベルには『闘技場』という文字が書かれていた。
そうして始まるのは戦いだった。
本気の殺し合いというよりも、魅せ合い。リングの上で殴り合う競技的な戦い。
ただその戦いは普通ではなかった。
いわゆる、普通——非術師同士の戦いを競技とするボクシングやプロレスのような格闘技ではない。
普通ではありえないパワー、速度、応酬。
向かい合う両者は激しく殴り合う。尋常ではありえない高度な戦いに観客たちが熱狂する。
見る者が見れば、すぐにわかる。
呪術師だ。
そのリングの上で行われているのは明らかに呪術師同士の殴り合いであった。
術式こそ使ってないみたいだけど、とにかく非術師ではありえない人外じみた戦闘が起こっていた。
しかし、その戦いを二階から見下ろす人たちはその多くが呪術師ではない非術師に見えた。
「…………ボスっていうのは?」
「正しくは胴元だ。呪術師同士によるガチ殴り合いの賭博場——『ガチンコファイトクラブトーナメント』の、な」
ニヤリと笑って言う秤君。
私は頭を抱えた。
「呪術規定八条」
短く言うと、秤君はきょとんと、わざとらしく何もわかってなさそうな顔をして首をかしげた。
「なんだろ。俺バカだからわかんねえや。綺羅羅知ってる?」
「さあ?」
「秘密です!!! ひ、み、つ、です!!!!」
すっとぼける秤君と綺羅羅に、びしっと指を突きつけて教えてあげる。
「『非術師に呪術の存在を明かしてはならない』——あたりまえの大原則ですよっ!!!!」
「へえ。桜って意外と物知りなんだな」
「勉強になったね、金ちゃん」
「俺ほどじゃねえけど、桜も座学の成績悪いのにな」
「ね」
「い、今は私の成績関係ない!! 任務が多くて一般科目のお勉強する時間ないんですっ!!!!」
煙に巻くような二人の態度に憤慨する。
知らないわけないもん。
呪術規定八条、『非術師に呪術の存在を明かしてはならない』なんて、誰でも知ってる呪術師にとって前提のような大原則なんだから。
この二人、わかっててわかってないフリしてる!!
「まあ、待て待て。そいつにはたしか続きがあったろ。ほら、なんだったかな、綺羅羅」
「『非術師に呪術の存在を明かしてはならない——ただし、脅威が迫っている場合はよし』」
「おお、なんだ。ならいいじゃん」
「よくないっ!!! 脅威って何の脅威ですか!!!?」
「そりゃあ…………"熱"、かな?」
「意味わかんないですって!!!」
良いことを言ってる風なキメ顔をして、よくわかんないことを言う秤君に私はキレた。
いくらなんでも、やって良いことと悪いことがある。
これはやっちゃダメなことだ。
秤君も綺羅羅も、呪術師としての自覚はあるのかな。いくら停学中だからってさ。
というかやっぱり知ってるじゃん!!
呪術規定知ってるじゃん!!
「まあまあ、落ち着いて桜ちゃん」
「ほら、いったん何か飲めよ。ここには色々あってな、お、これなんか桜にいいんじゃないか?」
「これ、お酒じゃないですか!!」
「オレンジジュースあるよ。カルピスも」
「じゃあカルピス!!!」
「ほら、飲め飲め」
「いただきます!!!」
私は秤君の注いでくれたカルピスの入ったグラスを、取り落とさないように両手で持って口に運ぶ。
甘い。
冷たい。
大きな声を出した喉に、すっとその甘さと冷たさが入ってきてちょっとだけ体が冷える。
「…………はあ」
ため息を吐く。
たしかに糾弾しても仕方ない。
仕方ないんだけど、でも。
「そもそもな、桜。お前は少し勘違いしてるんだ」
「…………勘違い、ですか?」
「よく考えてみろ。別に呪術規定には反してないんだ。術式を使用するのは禁じてるし、観客たちには呪術の呪の字も明かしてねえぜ。非術師の視点から見れば、あそこで戦っているファイターは表の舞台で戦ってる格闘家よりも派手に動けるアングラな実力者ってだけの話だ」
「ふんっ。そんなの詭弁ですもん」
私は鼻を鳴らし、じとっとした目で秤君を睨んだ。
「だが、明確に反してると言えるか?」
「……………………それは、えと」
「言えないよね〜」
「で、でも! 仮に呪術規定に反していないとしても、公営じゃない賭け事は法律で禁止ですよ!」
「違うんだ、桜」
秤君は真面目くさった顔で言う。
「あれは金銭を賭けてるんじゃない」
「…………? でも」
「客は金を払って景品を買うんだ。その景品を賭けて、ゲームの勝敗を予想しオッズによって景品が再分配される。そうやって賭けで増やした景品を持ってぶらぶらしてると、なんか
「???」
な、何?
賭けてるのはお金じゃなくて景品?
それをたまたま買い取る買取所?
客は
問屋が卸す??
頭がこんがらがってきた。
「そ、それってでも、実質的にお金を賭けてるってことになるんじゃ…………」
「いや、実質も何も金銭は賭けてねえだろ。賭けてるのは金銭じゃなくて、あくまで景品だ。それを買い取ってるのは古物商、こいつは当然合法。さらにそれを買い取り、改めて闘技場に卸す問屋もあたりまえに合法。超健全なんだぜ、このシステムってのは」
「い、いや…………そんなの詭弁」
「言いがかりはよくないぜ。金銭を賭けてねえならそれは法律違反にはならねえんだ」
「〜〜〜! な、納得いかない…………!」
「納得いくいかないじゃない。合法なんだよ」
法の抜け穴じゃん!!!
私は頭を悩ませる。
こんなの、果たして許されていいのだろうか。どう考えても健全には思えない。
だけど法律的にはまったく問題ない合法。
法の抜け穴を突くような姑息なシステム。
ひどい。
こんなことが許されていいのだろうか。
「理解したか、桜。呪術師同士が戦っているところを非術師に見せても、それが呪術師とわからないなら呪術規定には引っかからねえ。そして、一見すると賭博に見えても賭けてるのが金銭じゃなきゃ賭博罪には当たらねえ」
「っ!」
「さて。これでもまだ何か言いたいことはあるか?」
「な、ないですけど…………!」
「ふっ」
秤君は勝ち誇った顔で足を組み、優雅なしぐさでくるりとワイングラスを回し、そして口に含んだ。
「お、お酒飲むのダメですよ…………?」
「桜ちゃん。それは弱いよ」
「これ以上は見苦しいぜ、桜。今回はお前の負けだ」
「くっ…………!」
私は無力だ。
崩れ落ち、己の弱さに情けなく床を叩いた。
「当然、敗者は勝者に従ってもらうぜ」
秤君は勝ち誇った顔で、無様に地に倒れ伏す私を見下ろしながら告げた。
これ、そういう感じの話だったっけ。
「綺羅羅。例のものを」
「はい、桜ちゃん」
「これは…………?」
綺羅羅から差し出された袋。
その中を確認すると、何やら大きな服のようなものが入っていた。
加えてなぜか、サングラスも。
私は袋から服を取り出し、広げてみる。
それは、ペンギンだった。
ペンギンを模したようなシルエットの、大きなフードが付いたペンギンパーカーだった。
「こ、これは…………!!」
私は震える。
なぜ、これがここに。
いや、よく見たら細部は違う。
しかし、それはまごうことなく私という存在にとって"運命的"に縁のある例のペンギンパーカーの類似品——否、リヴァイアサンパーカーであった。
「桜ちゃんに似合いそうだなって。ドンキで買った」
「ククク…………」
秤君はわなわなと震える私を前に、ワイングラスを回しながら上機嫌に笑う。
そして。
「桜、お前にはこの闘技場を盛り上げるための——トップスタァになってもらうぜ!!」
勝者として、敗者へ。
秤君は有無を言わさず、力強く命じるのであった。