カーボンナノファイバーの量産化はついに人類と宇宙を繋いでくれた。
その新たな可能性に夢中になって夢を追いかける大人たちがいた…
地球温暖化による影響か、
年々高くなっている水位。
そのせいで海に沈んで住めなくなる島国まであるという。
その島国だけの問題では無い。
このままいけば、他の国、特に海に面した土地を持つ国だって、
海岸線の土地を削られ、人の住める土地は減ってしまう。
地球温暖化を止めれば良い?
それが一番難しいのだ。
余裕の無い国ほど二酸化炭素を排出している。
金銭的余裕と言う意味では無い。
今まさに急成長を遂げる自国の発展に忙しいのだ。
対策を講じるのに時間と人材を割く。
そんな事をして発展しつつある経済に水を注したく無いのだ。
結局、世界は有効な手段も見つからないまま、
ジリジリと水位だけは上がって行った。
そんな人類に明るいニュースが流れた。
宇宙エレベーターを作る為に必要なカーボンナノファイバーの
長尺化に成功したのだ。
これにより、理論上宇宙エレベーターの開発が可能になる。
宇宙という新天地の開拓、その玄関口となるそれが、
あと一歩で人類の手に入るというところまで来たのだ。
しかし、待ちに待った素材の誕生に世界中で宇宙エレベーター
開発競争が起きるかと思いきや、
新たに開発されたカーボンナノファイバーの
信頼性を担保する様な実績が無いという事で、
いまいち、どの国も二の足を踏んでいる。
丈夫で切れない夢の素材。
それを証明する為に全長100㎞の
カーボンナノファイバー製のチューブを作成、
宇宙の人工衛星からそれを垂らすという実験が行われた。
結果、実験は大成功。
宇宙から垂れ下がる一本の長いチューブは
切れる事も、変形する事も、燃える事も無く、
無事、海に届いた。
全世界が新たな素材と可能性の誕生を絶賛した。
しかし、その垂れ下がるチューブを見つめながら、
何やら思案する男がいた。
彼の名前は望月綾人。
某大学で魚の養殖研究に明け暮れている。
彼は近年養殖不可能と言われたウナギの卵からの養殖に
成功し、日本中知らないものがいないほどの人物である。
最近は新たな養殖の可能性を探っていた。
そんな折、たまたまつけたテレビに写っていた中継映像。
宇宙から海まで伸びた長い長いチューブ。
その先には広大に広がる宇宙空間。
望月は思わず、
「こりゃ、大きな吸水ポンプだな」
と呟いていた。
そして、その自分の呟きに自分で衝撃を受ける。
海の水を大量に直接宇宙へ吸い上げ、
それで魚を養殖する。
この思い付きに頭では、
「いやいやいや、流石にそんなのは無理でしょう」
と否定するが、今までに無いほどのワクワクを
抑える事が出来ない望月であった。
次の日、望月はとある大学の教授と会っていた。
仕事の知り合いを通じてアポを取ったのだ。
宇宙物理学者の西門寺哉太(さいもんじかなた)は
頭を掻きながら、
「まあ確かに宇宙の真空状態を利用して、吸い上げる事は理論上は可能ですが…」
困った様に言う。
「でしょ!でしょ!それで、遠心力を使えば重力も作れるんですよね?」
食い気味に望月がにじり寄る。
「いや理論上可能というだけで、それに耐えうる設備が現実的かというと、別問題ですから」
なだめる様に西門寺が言うが、望月の勢いは止まらない。
「やるならやっぱりマグロですね!最低でも直径30メートル、深さ10メートルの生簀が欲しい。でも、本音で言えば直径50メートル、深さ20メートルが理想的かな!」
と早口で捲し立てる。
「えっ、いや、だからね。出来るとは…、ってその大きさの生簀って水だけでも中間値で2万トン弱いるじゃ無いですか!…あっ!だから吸水ポンプが必要なのか…」
始めは否定的だった西門寺もやはり学者、段々と楽しくなって来た様子で、
「そうすると1Gの創出の為に直径2000mの回転装置を…えっ?!鉄柱一本でも2000mともなると1万トン以上はゆうに超えるな。大型のロケットの積載量丸ごと使っても100トン程度と考えると…」
何やらブツブツ言いながら考え始める。
望月は西門寺が何事かを思案し始めたので、期待の眼差しで少し待つ。
「ロケット数千回。それだけ飛ばさなきゃダメでしょうね」
研究者として面白そうなテーマではあったが、
それだけのロケットを飛ばす事など、
到底無理である事を知っている西門寺は少し落胆して答える。
「へぇー!それは素晴らしい!ロケット数千回で宇宙に生簀が作れるって事ですね!」
宇宙についてはど素人の望月は喜んでいる。
「不可能ではない」
という事が分かって嬉しいのだ。
望月の様子に、これが絶望的な数字である事が伝わっていない事を知り、
「良いですか望月さん。ロケットを一回飛ばすだけでも安くても100億円、天気やトラブルで打ち上げのやり直しで何度もすれば多い時で1,000億の金が掛かるんですよ」
今度こそ望月氏の無謀な絵空事に終止符を打つべく、
少し強めの口調で言い放つ。
「いっ、1000億円!という事は3,000回飛ばせば、300兆円ですか…」
流石の望月もあまりの大きな金額に驚愕している。
西門寺は、これで諦めるだろうと、ホッとする反面、
少し寂しい気持ちになっていると、
研究室にあったホワイトボードに近づくと、
何やら数字を書きながら呟き出す。
「40メートル級の生簀で獲れるマグロが年間200トン、え〜4000匹だろ、ダンベル型だとそれが2基で8000匹。一匹のマグロからマグロ寿司が3000貫分獲れると考えると、300兆円を割ると…1貫1250万!ワッハッハ!高いなぁ〜。これを10年で減価償却するとしたら…それでも125万円かあー。これに養殖スタッフの人件費やらマグロの餌代も乗っかるからなあー」
と散々、一人で驚いたり、笑ったりしながらぶつぶつと
ホワイトボードと睨めっこした結果、
「いやいや、これは無理ですな」
と西門寺に向かってにこやかに笑いかけた。
落胆するものとタカを括っていたその楽しそうな顔に
虚をつかれる。
「こりゃ300兆円ってのはなんとかならんのですかね?」
となおも可能性を見出そうとする望月に、
「確かに300兆円というのは一番高く見積もってその数字って事ですが…」
早く切り上げ望月を返らせようと考えていたはずのに、
思わず可能性がある様な事を言ってしまう。
それを聞いて、望月の目が再度期待の眼差しで自分を
見るのを見て、心の中で、
「しまった!」
と思うが、既に後の祭り。
「これほどまでに無邪気に宇宙に夢を抱く人を宇宙の研究に携わる者の一人として邪険になど出来ないな」
と自分が思ってしまっている事に、
少し誇らしさすら抱く西門寺であった。
「こうなればとことんまで付き合うか」
結局、西門寺はこの無謀なる計画話しに付き合う覚悟を決める。
「そもそも全長2000mもの回転装置が必要なのは、回転のスピード影響を円周が長ければ長いほど抑えられるからなんですよ」
ホワイトボードに円を書き、そこに人間の絵を書く西門寺。
「そもそも人工重力は回転の遠心力で作り出します。例えば、円の中心に近づく程円周が短くなるので、生み出される重力も小さくなる。極端な話、人間が立った時、足元と頭の重力に差が起きるわけです。これが車酔いの酷い版みたいな症状を引き起こします。さらに短時間に回転数が多過ぎると三半規管に異常が出る。それを少しでも緩和する為に、長さが必要な訳です。」
西門寺は先ほどの円を囲む様にさらに大きな円を描く、
「だから少しでも快適な環境を作るには、大型化する必要がある訳です。」
望月が西門寺の説明に、
「なるほど、なるほど」
と相槌を打っている。
「しかし、先ほどの2000メートルという数字はあくまで人間をベースにしたものです。人間と違ってマグロは立って動くという事はございません。人間で言えば、寝た状態のまま生活します。だから頭の上から下までの長さは…あれっ?マグロの頭から腹までの厚みなんて考えた事まなかったな、望月さん、どれくらいですか?」
流石の宇宙物理学者も魚の事までは分からない。
目の前に専門家がいるのだからと望月に尋ねる。
「マグロの厚みですよね。だいたい30センチから長くてせいぜい50センチですね」
学者先生に教えるというのがむず痒く感じながらも答える望月。
「それだとだいたい人間の約1/4ですね。あと、マグロは回遊魚ですよね?」
西門寺の問いに、
「そうですね。マグロは生まれてから死ぬまで泳ぎ続ける生き物なんですよ」
魚の事を話すのはやっぱり楽しいと改めて思う望月。
「なら、わざわざ地球と同じ重力を作り出す必要はないですね。地球の半分程度でもいけると思いますよ。そう考えると、回転装置の大きさは半径200メートル、すなわち全長400メートル程度でも充分ですね」
ホワイトボードで何やら計算をしながら、西門寺が言うと、
望月は目を輝かせる。
「スカイツリーよりも小さくてもいけるんですね!」
2000メートルという前人未到の大建造物から
身近な地上の建造物より小さなサイズになった事で
現実感が一気に増して希望が再び湧き始めたのだ。
「あと、先ほどは打ち上げ一回1000億円で計算していらっしゃいましたが、あれはかなり多めに見積もっての金額なので。そうですね、平均すれば500億、いや、300億円は下回るでしょうね。」
初めに大きな数字を言ったせいで、
望月氏が再度「宇宙生簀」の実現に可能性を感じ
始めている事に不安はあったが、
事実は事実として伝えておきたい、その上で望月氏が
どの様な反応をするか見てみたいと西門寺は思っていた。
そんな西門寺の懸念を他所に、望月はまたしても
ホワイトボードに向かってぶつぶつ言っている。
「全長が1/5って事は少なくとも長さ分は資材を減らす事は出来きる上、打ち上げのコストも1/3以下抑えられ訳だから、18兆円か!300兆円で1貫125万円だったから…」
ホワイトボードに一生懸命計算し、
「約7万5000円!いける!宇宙マグロってブランドで、しかも、タンパク源の取れない宇宙だから競合他社もいないし!」
とドヤ顔で笑う望月氏に、思わず西門寺も笑ってしまう。
「ハハっ、喜ぶのは良いですけど、今のはあくまで資材運ぶだけのコストですからね。あとこれに、回転装置作ったり、生簀と吸水システム繋げたり、さらに膨大なお金掛かってきますから」
あまりぬか喜びをさせても悪いと思い、
厳しい現実を伝える。
「あ…、そりゃそうか…」
明らかに意気消沈と言った体の望月。
西門寺は少し可哀想になり、
「ただ、このアイデアの良いところは、海水を大量に海に運ぶって所なんですよね。」
と助け舟を出す。
望月は「へ?」と言う顔で、
「まあ、生簀ですから海水を吸い上げるのが大前提ではありますが、それが?」
と西門寺に質問する。
「売れるんですよ!宇宙では海水が!多分そこそこの値段で!」
と今度は西門寺がドヤ顔になる。
「海水っていうか水は、それだけで宇宙線などの有害なものから人を守ってくれるんですよ。だから、それが大量に手に入るシステムって言うのはそれだけで宇宙開発を格段に進歩させる。それに水は分解すれば酸素と水素になる。酸素は言うに及ばず、水素だって貴重な燃料になります。あと、ちょっと裏技的な話ですが、今、地球は温暖化の影響で、年々海水の水位が上昇しています。これを大量に外に汲み出して抑制するって方向で攻めれば、環境関連の利権も取り込めるかも…」
と言ったところで、気がつくと望月が何やら考えている。
この短時間で話した印象からそんな事はないと考えていたが、
望月とも今日が初対面。
ゴリッゴリの環境原理主義者の可能性もあった事を考慮して
いなかったと、後悔する。
望月の思案しているのを少し緊張して待つ西門寺。
しかし、再び顔を上げた望月の顔は笑顔だった。
いや、笑顔というよりイタズラをする時の様にニヤリと笑い、
「僕、あいつらにツテあります。利用出来るものは大いに利用しましょう」
と語る望月に頼もしさすら感じる西門寺であった。
その日から2人は大忙しだった。
西門寺は、
「宇宙開発における海水を使ったインフラシステムの有効性」
と言う論文を大急ぎで作り、学会で発表。
「宇宙開発200年進める論文」
として、世界より大絶賛される。
同時に望月は、海洋環境の維持の為に宇宙を含めた海水の循環システム
を提唱し、循環システムの一環として海水を宇宙にあげる事で、
海水の水位上昇を一時的に抑え様と言った運動を起こす。
当初はあまり受け入れられなかったその主張も、
海→宇宙→海という循環の流れを、
海→宇宙→サハラ砂漠と変更したところ、
「サハラ砂漠の真ん中に海を作ろう!」というキャンペーンとなり、
一気に加速化。モロッコなどの石油王が面白がって多額の投資を
してくれた事もあり、軌道に乗り始める。
宇宙開発の真正面からと、経済力の確保という面の両方から
進めた計画は見事、功を奏し、
多額の資金力を背景に、宇宙開発の最前線の知能を結集させる。
そして数年後、
海水の貯蔵庫としても活用される宇宙生簀は見事着工される。
完成予想図は当初のダンベル型ではなく、
さらに大きな車輪型。
車輪状の大きな回転装置と、車輪の外周にまさにタイヤの様に、
ぐるりと一周する生簀。
これによりマグロは延々と真っ直ぐに泳ぐ事が出来る、
マグロにとってもストレスのない環境だ。
しかも、生簀の底50センチ程は金網で仕切られ、
エビやカニなどが生簀の掃除をしてくれる。
まさに宇宙生簀のパワーアップ版!
その分、運ぶ資材も桁違いに増えたが、
巨大給水ポンプの完成により、海水だけではなく、
ある程度の資材を宇宙に組み上げることができる様になったのだ。
防圧性の高いカプセルに入れ、
海水と一緒に宇宙へ吸い上げてもらう。
乱暴な様に聞こえるが、物資の運搬が難しい宇宙では
欲しい時にすぐに受け渡しの出来るこの方法は重宝した。
まだ小さ目の物しか出来ないが、チリも積もればなんとやら、
大幅に資材の供給が進んだのである。
ならばダンベル型よりも貯水能力25万トンとなる
車輪型を作ろうとなったという経緯があった。
もちろん望月氏は大賛成だった。
今は一足先に宇宙に向かい、
試作品の回転装置でくらげの養殖に取り組みながら、
車輪型生簀の完成を今か今かとソワソワしながら待っているという。
「望月氏は相変わらずみたいだな」
自分の研究室で宇宙からのメールを見ながら、コーヒーをすする。
私はと言うと地上居残り組である。
一応、発起人の1人としてプロジェクトの進捗を
見届けなければならないという役目はあるものの、
実際には特にやる事など無い。
自分の役目は既に終わったのだ。
まあ、あとは後進の育成にでも専念させてもらおうかなと
わがままを言って、大学に戻らせて貰っている。
「やはり自分にはこれが性に合っている」
そんな事を考えながら今日も教鞭を取っている。
若い学生たちを見ながら、眠そうなやつもいるが、
真剣に授業を聞いて、必死にノートに私の雑談まで
びっしりと書き綴っているやつもいる。
頼もしい限りだ。
授業が終わり、研究室に戻ろうとしていると、
「教授!」
と呼び止められる。
見ると、先ほど授業で一生懸命ノートを取っていた学生だ。
「さっきの授業で何か質問かな?」
意欲的な学生は大歓迎である。
にこやかに彼の呼び掛けに答える西門寺。
学生は少しどう伝えようか考えた後、
「先程の授業についての質問というわけでは無いのですが、卒業したら、自分は小惑星を使った第二の地球を作たいと考えています。小惑星の中をくり抜いて、小惑星ごと回転させる事で地球と同じ重力を生み出す事は可能でしょうか?」
と想像もしなかった質問をされる。
しかし、その真っ直ぐに自分の回答を見る期待に満ちた眼差しに、
数年前に初めて望月氏と会った日のことを思い出す。
そして、その一見荒唐無稽と思える様な学生の話に、
あの頃と同じワクワクを止められない西門寺であった。