錢形さんと銭形警部で漢字は違うけど身内ということで。多分オマージュだろうし。
滅多に鳴ることのないその電話が鳴ったのは年が明けて割とすぐの頃だった。寮の自室でコーヒータイムを楽しんでいた時に、気の抜けた着信音を奏でた携帯を取ると耳に当てる。
「もしもし、こちら平介」
『久しぶりです、平介くん』
「乃莉
なんの自慢にもならないが俺の
「いくら仕事が忙しいからって正月くらいは帰ったらどうだ。
『そうも行かないのです。と言うか私だって久しぶりに帰ろうとは思っていたのですよ?』
「そうかい。外務省のエリート様ってのは相当に忙しいんだな」
なまじ優秀なのも考えものだな、といいながらお茶請けのクッキーを齧る。セール品の安物ではあるが俺は甘けりゃそれでいい。
『そんな理由ではないのです。今回受け持つことになったのが、その、割と面倒な相手なのですよ』
「面倒?お貴族様とかか?」
『…なんで分かるのですか。その通りなのです』
「おいおいマジかよ。適当に言ったんだがな」
そりゃ話を聞くだけでも可哀想だ。ただでさえ外務省なんてのは国同士の軋轢で板挟みになるだろうに、その上に扱いの面倒な貴族様とは運がない。心の中で合掌しつつ話の先を促す。
『おまけにその相手は…平介くんと同じ武偵なのです。しかも凄腕の。おかげで上もかなり扱いに困っているのです』
「なるほどなあ。
笑いながらそう言うと、自己紹介ですか?とため息混じりに言われた。何言ってやがる、俺なんてめちゃくちゃまともだろうが。
『そういうことなのです。ついでに言えば日本での拠点は東京武偵高にするようなのです。平介くんと同じ』
「…俺とも関わりあるじゃねえかそれ」
『なのでこれは
あのホームズ一族の1人ですよ。
ピタリと俺の動きが止まった。それからゆっくりとコーヒーの入ったカップを傾けて心を落ち着ける。その様子を義姉さんは無言のまま待っていた。
「…そいつは一体何が狙いだ」
『そっち方面で心配する必要はありませんです。そもそも平介くんはルパン一味の血を引いているだけ。それだけで罪に問うことは不可能なのです』
「……………」
そもそもそれをする気ならとっくにインターポールがやっているのです、と義姉は笑った。
『ですが、相手はルパン一味と因縁深いホームズ一族。何かしら因縁をつけられる可能性はなくもないです。ですがルパン3世について聞かれても穏便に知らぬ存ぜぬを貫き通して欲しいのです』
「…まあ元々何も知らないしそうするつもりだけどよ。要は関わらなきゃいいんだろ」
実父と暮らしたのなんて物心つくかつかないか、くらいの頃だしそれは問題ないが面倒ごとが転がり込んできやがった。そう思って大きなため息をつくと義姉さんは焦ったように電話口で叫んだ。
『いいですか?絶対ですよ!?間違ってもイラついたから撃ったりとか絶対しちゃダメですよ!じゃないと私が外務大臣に搾られるんですよ!』
「…いや自分のためなのかよ!?」
『当たり前なのです!平介くんは知らないのですよ!怒った大臣は本当に怖いのですよ!?』
「んなこた俺が知るわけねぇだろうが!」
俺の心配かと思えば自分の保身のためだった。いや魔境であろう霞ヶ関で生きていくには必要なことなんだろうが─心配してくれたのかと言う感動を返してほしい。早急に。
「俺は心配してくれたのかと思ったんだがねえ!?どうも身体がちっせえやつは心もちっさくて困るなぁ!」
『ちっさいって言った?今私のことをちっさいって言ったですか!?もう許さないですよ平介くん!自分がちょっとばかし成長期が仕事したからって─』
気がつけば俺たち電話は昔のような口喧嘩へと発展していた。
「…の、はずだったんだがな」
数日後の午後、
周りには見物人の同級生たちが群がっている。あ、この勝負で賭けを始めた。クソ野郎どもだ。
「次元、だったわね。あんた、強いの?」
「…さあな。あんたよりは弱いんじゃねえの」
「ふうん」
そう言って不機嫌そうに片眉を吊り上げる神崎が持つのは黒と白のガバメント。それに対して今の俺は無手。愛銃であるコルトは今もズボンのベルトに挟んでいる。
(…それにしてもちっせえな)
神崎の身長は140とちょっとと言うところか。俺とは40センチ近く離れている。武偵として、どころか一般人としてもあまりにも小柄。近接戦なんて身体がでかい方が圧倒的に有利だろうに、こいつは俺より格上のSランク。つまり─絶望的な
「よっしゃ!ほんなら死ぬまでやれえ!」
ガハハ、と笑いながら蘭豹が叫んで空砲─いや実銃をぶっ放す。それと同時に弾かれたように神崎が動き出した。ピンク色のツインテールを翻して横へ跳びながら両手のガバメントを俺に向け、狙いを定めて俺に銃口を向ける。速い。流石はSランクだ。だが─
俺より遅い。
およそ他の武偵では目で追うことしかできない神崎の動きが、俺にはスローモーションのように見えている。おそらく神崎の狙いは速攻。俺の両足を撃って動きを止め、得意の格闘戦で仕留めるつもりだろう。悪くない選択肢だ。むしろ得意を押し付けると言う点では最良とも言える。
地面に着地するのと同時に神崎が引き鉄を引いた。銃声が体育館内に響く。
「…え?」
だが、それは神崎のものじゃない。カメリアの瞳を見開いた神崎の両手から拳銃が吹き飛ばされる。それと対照に腰の位置に構えられた俺のコルトから細い煙が立ち上がった。
「…で、出た」
周りの
これが俺の
人呼んで─異次元の早撃ち。
「…とんでもない早撃ちね。ヨーロッパでもあんなスピード見たことないわよ」
「そいつはどうも」
吹き飛ばされた銃を捨てて神崎は今度は2振りの日本刀を構えていた。今度は速攻をしてこないつもりなのか、ジリジリと間合いを詰めに来ている。
「今思い出したけどあんたのこと噂程度には聞いたことがあるわ。東京にとんでもない
「そうかい。お貴族様の耳に入るたあ俺もえらくなったもんだ」
笑いながら銃口を下に向ける。基本的に銃は直線にしか攻撃できない以上、手練れの武偵は銃の向きで攻撃を察知してくる。それを避けるためだ。狙いを定めるのは撃つ直前。それ以外はあえて的からずらしておく。
(…と思わせておいてだ)
曲がりなりにも俺は1年近くをこの体育館で訓練してきた。だからこそ、この建物の床の凹み具合や傷痕は頭に入っている。その地の利を活かさせてもらおうか。
「……っ!」
何かを察知したのか俺が撃つ直前に神崎が後ろへ跳んだ。恐ろしい直感というべきか。中折れ帽子の位置を直しながらこっそりと舌打ちする。今の神崎の位置はダメだ。狙いにくい。俺たちの間に膠着がうまれた。
「「………」」
ジリジリと踵を浮かせながら絶妙に間合いを詰めようとする神崎。それを視線で牽制する俺。蘭豹を含めて観客は全員が黙って戦況を見守っている。気がつけばお互いに冷や汗を流しており、神崎の頬から流れ落ちた汗が顎を伝って床に落ちる。
「「……っ!!」」
俺たちが動いたのはポタリ、とほんのわずかな音がしたのと同時だった。神崎は2振りの刀を自分の正中線に沿うようにして防御しながら身を屈めて突貫。盾よりも防御に不向きな以上確実に急所を守るのは最適解だ。
それに対して俺は横っ飛びに転がりながら射撃。刀を持った神崎に対して拳銃しか構えていない俺は近距離で不利。だから距離を詰められる前に仕留める。
響く銃声と金属音。その直後に倒れ込んだ俺が受け身を取る音が聞こえて─神崎が倒れ込んだ。観客たちのどよめく声が聞こえる。
「…こいつは
神崎に目立った外傷はない。ただ一つ、顎を擦るようにできた軽い火傷跡以外は。立てなくなったのを確認してシリンダーを開け、空薬莢を排出する。その数─5発。最初に拳銃を撃った2発分を除けば3発が今撃たれた計算になる。
俺のしたことは単純だ。3発のうち2発を神崎の持つ日本刀に当てて、無理矢理に神崎の顔面に弾1発が通る隙間をこじ開ける。そして最後の1発で神崎の顎を射撃する。それも直撃ではなく掠めるように。そうすれば弾丸の回転と衝撃で脳震盪と同じ現象が起きるというわけだ。
もっとも実弾だとこううまくはいかない。鉄よりも柔らかい非致死性の模擬戦用ゴム弾だからこそできたことではある。
「…久しぶりに負けたわ。ここまで綺麗に負けたのなんていつ以来かしら」
しばらくして脳震盪から回復した神崎が頭を振りながら立ち上がった。思ったよりも速い。
「言っとくが今回俺が勝ったのは俺の間合いだったからだ。お前の間合いなら俺なんざ何もできずにお前が勝ってただろうさ」
「そうでしょうね。ま、それは置いといて─あんた、私のドレイになる気はない?」
さらりと言われたその言葉に場の空気が凍った。数秒してから男子は指笛を吹き始め、女子はひそひそと陰口を叩き始める。蘭豹は爆笑しながら酒をあおり始めた。それに対して俺は、
「ちょ、待ちなさいコラーーー!」
後ろを向いての全力ダッシュ。観客をかき分けながらの逃走を選択した。
「助けろ義姉さん…!」
『ね、苦労するでしょう?』とサムズアップする義姉の幻影を見ながら、俺は狙撃科棟の方へと全力で走り出した。
なおこの後誤解は解けた模様。
決まり手はアリアの「さっきの無し。あんたなんかしっくり来ないし」という言葉。
なんで誘われたはずの俺が振られたみたいになってるのか分からねえ、と愚痴る平介の姿が狙撃科で見られたとのこと。