もしも卒業ライブで彩葉たちが勝ちそうになったらヤチヨはどうしただろうと考えたもの

1 / 1
第1話

 バッドエンドになんか、させない。

 

 

 迫りくる月人を斬って斬って、私は前に進んでいく。

 数えることが出来ないほどの大群、普通なら勝てるはずがないってすぐに分かる相手。

 それでも、かぐやを守るという思いが私を突き動かす。

 聞こえてくるかぐやの歌声に背を押されて更に前へ。

 

 そうして戦いは進んでいき、七福神を模したような月人がリスポーンしてして月人側の残機はゼロ。

 だけど、それはこちらも同じ。

 芦花と真美は落ちてリスポーン待ち、残機はもうない。

 まだまだ月人は大量に残っている、不利なのは私たちの方。

 

(―――っ!このままじゃ!)

 

 負けてしまう、そんな考えが頭をよぎって足が一瞬止まってしまう。

 その瞬間、私を大きな影が覆い隠した。

 見上げると、伝説の獣を模した月人、2本の槍と2本の剣を手にした半人半龍が武器を構えて降ってきた。

 喰らえば確実に落ちる一撃。

 

「彩葉!」

 

 その一撃が私に届く直前、兄が、帝アキラが半人半龍の月人の一撃を防いだ。

 衝突で発生した爆風はすさまじく、両手の剣を地面に突き刺しても吹き飛ばされそうになるほどだ。

 そんないつ潰されてもおかしくない攻撃を兄は踏ん張って耐えている。

 だが、そこに追い打ちをかけるように両手にエネルギーを蓄えた月人が現れる。

 そのエネルギーがビームのように発射される瞬間、

 

「おらあああ!」

 

 兄が叫んだ。

 それと同時に周りの空間が歪み、帝アキラのアバターに変化が起きる。

 髪が長くなり、左目の周囲に赤く禍々しい紋様が浮かぶ。

 チートモード。

 プログラムをいじってHP、攻撃力、防御力をぶっ壊れレベルまで引き上げるそれは、禁止技でツクヨミからBANされてしまうはずのもの。

 それは兄だけでなく、雷と乃依も同じ。

 すべてを失うことになるかもしれないのに、ブラックオニキスはかぐやを守るためにそれを使っている。

 それなら、私も。

 かぐやを守るために―――

 

「見ててね、かぐや」

 

 卒業ライブの開始前に兄からもしもの時にと渡されたチート。

 そのもしもが今だ。

 チートモードをオンにすると同時に警告が周囲に浮かび、私のアバターが変化していくのがわかる。

 尻尾は9本に増え、額からは一本の角が生え、左目の周りに赤い紋様が浮かぶ。

 感覚が研ぎ澄まされて、流れ込んでくる大量の情報で身体に一気に負荷がかかり、全身が悲鳴を上げそうになる。

 ただ、それ以上に今まで感じたことないほどの高揚感に身を包まれる。

  

「はああああああ!!!」

 

 一歩、地面を蹴って加速する。

 速く、光のような速さで私は前へ進む。

 KASSENのルールは7VS7、勝利条件は2つ。

 1つ目、残機を消耗させたうえで相手チーム全員を倒す。

 数えることが馬鹿らしくなるほど大量にいる月人相手にこの条件の達成はほぼ不可能。

 2つ目、対戦相手の天守を獲る。

 私たちの天守はかぐやのいるステージ、月人にとっての天守はおそらくあの巨大な菩薩を模した月人。

 月人よりも早く天守、巨大な月人を落とせば私たちの勝ち、かぐやは月に帰らなくていい。

 そんな私の狙いに気づいたのか、大量の月人が私の行く手を阻む。

 だけど、

 

「もう遅い!」

 

 私はさらに加速し、月人の反応できない速度でその体を切り裂いていく。

 私が、紫の光が白い月人の海を割るように進んでいく。

 その光を止めることは誰にもできない。 

 そして、巨大な月人が目前まで迫った時、七福神を模した月人が目の前にワープするかのように現れた。

 危機を感じた菩薩を模した月人が呼び戻したのだろう。

 あと少し、あと少しの所で巨大な壁に阻まれる。

 

「走れ、彩葉!ここは任せろ!」

 

 こんなところで止まっていられないと月人を相手にしようとした時、兄の声が聞こえた。

 振り返ると赤い光、兄が月人を蹴散らしながら近づいてきていた。

 そうだ、私は一人じゃない。

 みんながついている。

 七福神を模した月人の相手は兄に任せ、私は宙へ跳ぶ。

 月人の攻撃が全方向から飛んでくるが、ワイヤーを使ってそれを避け、提灯のような頭をした月人を足場代わりにして菩薩を模した月人の下へ。

 

「これでおしまい!」

 

 菩薩を模した月人、跳躍で加速した勢いのまま飛び掛かり、その頭に向かって剣を振り下ろし―――

 

 

 ガキンッ! 

 剣と何かがぶつかる音が聞こえた。

 何かを切った時とは違う感触。

 私の振り下ろした剣、月人の頭を切り裂くはずだったそれをあと数センチのところで和傘が防いでいた。

 その傘はいつも見ていた、見間違えるはずのない、

 

「ヤチヨ…?なんで…?」

 

 月見ヤチヨのもの。

 私と月人の間に居たのは傘を構えたヤチヨ。

 どうしてヤチヨが月人を守るの?月人はかぐやを月に連れ去ろうとしてるんだよ?そもそも、ヤチヨは卒業ライブ開始前にここから先に自分は行けないことになっていると言っていたはずなのに、どうして。

 疑問、それだけしか頭に浮かばない。

 

「だめだよ」

 

 月人の発する光でヤチヨの顔は陰になり、その表情は見えない。

 だけど、その声はあの時、ライブに月人が乱入してきたときに発していたものと同じ、冷たい声。

 軽く、傘が振り払われる。

 

「っ!?」

 

 勢いのついていない動作。

 それなのに一瞬で私は地面に叩きつけられ、すさまじい衝撃が全身を襲った。

 だけど、今はそれくらいで動けなくなるわけにはいかない。

 チート使用の反動と衝撃で思うように動かない身体を無理やり動かし、月人の下へ駆け出し、

 

「ヤチヨ…!」

 

 ヤチヨが私の前に立ちふさがった。

 再び振るわれる傘を剣で防ぐ。

 重い、チートを使って攻撃力を限界まで引き上げているというのに、ヤチヨの攻撃を振り払うことが出来ない。

 

「どうして邪魔するのっ!」

 

 混乱した頭のままヤチヨに問いかける。

 

「……そういう運命だから」

 

 返ってきたのはヤチヨが時々使う言い回し。

 答えになっていない。

 そう言おうとしたところではっと気づく。

 ヤチヨは無表情、それなのに青い瞳が涙で潤んでいるように見えることに見えることに。

 

「ヤチ――

 

 名前を呼ぼうとした。

 だけど、できなかった。

 

「ごめんね、彩葉」

 

 ヤチヨの人差し指が振るわれると同時に私の身体は後ろへ吹き飛ばされる。

 コラボライブの時にかぐやに詰め寄る月人を吹き飛ばしたのと同じものが私に使われたのだと理解する。

 最後の瞬間、ほんの一瞬見えたヤチヨの顔、悲しそうな表情が浮かんでいた。

 

 

 

 吹き飛ばされ、後ろへ、後ろへ。

 その最中、これまで私が駆け抜けてきた戦場が目に入る。

 芦花と真美は大量の月人を相手に善戦したが、数には勝てず、月人の海に呑み込まれた。

 兄の援護に駆け付けた雷は七福神の一体に執拗に狙われ続け、真っ二つに。

 乃依も右半身を吹き飛ばされ、リタイア。

 兄は七福神を模した月人の半数を相手に善戦していたがチートモードが解除された隙をつかれて、脱落。

 

 そして私は吹き飛ばされ続けてスタート地点、かぐやの下へ落ちる。

 かなりのスピードで吹き飛ばされていたはずなのに、衝撃はない。

 そして、着地と同時に警告メッセージに囲まれ、チートモードが解除される。

 

「……かぐや」

 

 かぐやの歌が終わる。

 同時に大量の月人が出現し、ステージを、私を、かぐやを取り囲む。

 カランと何かが落ちる音がした。

 私の武器が地面に落ちた音だ。

 

「まって、まってよ――」

 

 まだ、まだやりたいことが、したいことが沢山あるのに。

 決して届くことのない手を必死に前へ伸ばす。

 その先でかぐやは雲に乗って月へと消えていく。

 

「彩葉―――大好き」

 

 ぬくもりを感じる。

 現実でかぐやが私に抱き着いてきた。

 だけど、そのぬくもりはすぐになくなり、どさりとなにかが床に落ちる音がした。

 それと同時に視界が光に包み込まれ―――

 

 気が付くと私は現実世界、配信部屋に立っていた。

 足元にはピンクのヘッドホンに黒いシャツ、かぐやの身に着けていたものが落ちていた。

 

 

 

 

 

 

「ヤチヨ、これで本当によかったのか?」

 

 ツクヨミを見下ろす天守。

 そこからぼうっと景色を眺めていると、FUSHIが私に聞いてきた。

 

「うん、これで月に帰ったかぐやのところに彩葉の歌が届く。物語がちゃんと廻る」

 

 かぐや()のためにチートまで使って戦った彩葉の邪魔をして、私が関わった部分の記憶を消したうえで月人とのKASSENに力及ばず負けたという記憶に書き換えて。 

 卒業ライブの映像も改竄して、卒業ライブを見ていた人たちの記憶も書き換えた。

 こうしないといけなかった。

 輪廻が廻るためにはかぐやは月に帰らないといけない。

 そこに彩葉の曲が届いて、かぐや()はもう一度地球を目指すのだから。

 そのためには彩葉たちがKASSENに勝ってはいけない。

 

 だから後悔はない、そう思っているはずなのに。

 

「…あれ?」

 

 いつの間にか一筋の涙が頬を伝っていることに気づく。

 ああ、後悔はないなんて嘘だ。

 後悔しかない。

 自分の手で愛する人の望みを叶わないようにして、そのくせ自分が嫌われたくなくて記憶を書き換えて。

 

「でも―――」

 

 これでいい。

 この胸の痛みは私だけが抱えておけばいい。

 

 見下ろしたツクヨミの夜景はいつもと変わらず、輝いていた。

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。