ようこそ実力至上主義の教室へ※ 作:ラム肉
高育に用意された一つの部屋。そこは普通の生徒が気軽に利用していい部屋では無かった。昼休みにその部屋で三メートルを空けて堀北鈴音と垂金権造は向かい合いながら座っていた。
そして堀北鈴音は思う。この男をいつか殺す、と。
退学させるとか、試験で蹴落とすという段階をはるかに超えて純粋な敵意すらでない。そこにあるのは――殺意だった。櫛田桔梗ですらそんな気持ちになった回数は少ない。
けれども荒れ狂った内心とは別に、堀北鈴音の表面上の態度は猫ミームの怒られる猫のようだった。
そして垂金権造の言葉に小さく「…………ハイ」と消え入るように返事をする。
事の発端はクラスポイントシステムの説明が終わり、少し経ったあくる日。暴虐の限りを尽くした堀北鈴音に対する断罪の刃を垂金権造はつきつけた。
その権造の隣には冷や汗を掻きながら座る一人の男。
この学園で生徒会長を務める三年生最優秀生徒――『堀北』学。
そう堀北である。
堀北鈴音はあろうことか兄の前で同級生にSEKKYOUを食らっていた。内心は涙目で絶対にこの男は許さないと思っていながらも態度は猫ミームのソレ。
事実陳列される度に実の兄の口数が少なくなっていった。この前、かっこよく「必ずAクラスに上がってみせます」と啖呵きったのに(鈴音の脳内でのみ)どんどんと評価下がっているのを感じる。
許さないわ、垂金権造……ッ。
◇ ◇ ◇
「ふむ、それで何のようだ、垂金。生徒会へ所属したいという話ではあるまい」
生徒会長である堀北学にアポを取り、面談の約束をとある日の昼休みに取り付けた垂金少年。生徒会長の隣には秘書のように橘茜が佇んでいる。
生徒会室の中には垂金権造、堀北学、橘茜の三人だけであった。垂金少年の希望によりなるべくなら漏れることなく少人数でお話したいとのことであった為に選択肢は自ずと限られていた。
入室してすぐに小さく悲鳴を漏らした橘書記。初対面だから仕方ない。写真よりも凄いと思ったのは内緒である。
「お忙しい中、時間を取って頂き誠に申し訳ありません、生徒会長」
ニチャァァと笑う垂金。その邪悪な笑みに二人は警戒心を二つほど挙げる。ちなみに本人は友好的な笑みを浮かべているつもりである。その成果が過去に一度たりともあったことなどないが諦めなければいつかは通じると信じていた。それに日々、改良しているつもりなのだ。雀の涙ほども成長は見受けられないが。
「前置きはいい。さっさと話せ」
「ふむ、それは失礼……では単刀直入に述べさせて貰いますが妹君にお話がしたいのですが立ち会って貰いたいのですじゃ」
「断る。この学園は実力至上主義だ。クラスの問題ならばクラスで解決するのが道理だろう」
「いえ……そのワシが直接声をかけても……その……意訳すると不細工の言うことに価値は無いと仰られて本当に参っております」
橘が「可哀想……」と呟く。同情を貰ったのは久々だった。もしかしてこの三年生、わしのこと好きなんじゃなかろうか……? そんな甘酸っぱい気持ちが垂金の胸に湧く。純度百パーセントの勘違いである。
「……なれば担任に頼ってはどうだ」
「相談した所、欠片も動く気配なくて……」
ほんま聖職者という単語に喧嘩を売る茶柱である。全国の茶柱に謝れって言う前にお前が茶柱に謝れって思ったのは垂金少年の墓場まで持っていく秘密の一つである。
「いや、本当に聞く耳持たないので兄君である生徒会長を含めて話し合いがしたいと思うております」
「悪いがこの学園の方針に背いてまで兄妹という肩書を優先するつもりはない」
「いや、兄妹じゃなくてもいいので生徒会長として、いやこの学園の一生徒として、いえもう一人の人間として協力して欲しいのですじゃ」
「そこまでの事態なのか?」
「もしかして妹君がどれだけヤバいのかご存知でない……?」
「いや、確かにアレは孤独と孤高を取り違えてる気はあるが……」
「そんな生優しいものじゃありませぬ! あやつ、隣の席のやつをウトウトしていたからといってコンパスで刺したのですぞ!」
その言葉に橘書記は「それはヤバいですね……」と戦慄していた。堀北学は脳内で『そんなにヤバいことだろうか?』と思った。流石は妹をコンクリに叩きつけようとするだけの男である。常人とは違う価値観の持ち主だ。多分、堀北家は日本の生まれじゃなくヨハネスブルグとかそこらへん。
「そ、そうか……」
「それだけじゃなく、無理やり男子生徒にお願いという体で奴隷の如く扱ったり、勉強を教えると意気込んで始めてみれば自分の思う通りにならないから癇癪起こして十分も経たずに罵倒と挑発を始めて解散。人の心! 勉強会するよりも! 実力つけるとかよりも! 社会性、協調性よりも! まずは最低限の道徳心、倫理観! 必要ですじゃろ!」
「……言いたいことはわかった。だが」
「だがもかかしもありませぬ! いくら相手方が訴えていないからといって人が見てる前で平然と傷つけるのは流石に不味いですじゃろ……クラスがどうとか実力主義がどうとかの前に学校存続レベルで不味いですじゃろ」
先ほどから微妙に堀北さん家の学くんにも刺さっている。
「別にワシは暴力反対って言ってるわけではありませぬ。目的達成の一つの手段として暴力が世の中に存在しているのも存じ上げていますし、それを是とした価値観があるのは理解します。されど十五にもなろう娘が初手傷害の小学生にも劣る精神性は流石に不味いですじゃろ……」
「う、むぅ……」
垂金の言葉は確かに一理あるのかもしれない。
暴力系ヒロインなんてものは昭和平成くらいにしか許されていない。コンプラ意識の高い令和には許されないのだ。ゼロの使い魔もとらドラ!もISも化物語も平成の作品なのだ。無職転生だってWEB連載時は余裕で平成なのだ。
「確かに今回の件はクラスのために見えるかもしれませぬが、もしもこれが別のクラスじゃったとしてもワシは同じように生徒会室を訪れて訴えますぞ……いや、流石にコンパスはあかんじゃろ……」
「そうか……」
本来、これが別クラスの全然関係がない範囲での揉め事だったのならば何の問題も無かった。生徒会役員を派遣するなり、教師にこちらから連絡を取ったり、直接的に呼び出して通告したりと幾らでも手は思いつく聡明な頭脳を持つ生徒会長であった。
だが、駄目ッ。
碇ゲンドウのようなポーズを取り始めてうーむと悩む学くん。
流石は妹のことになると迂闊すぎて数多の二次創作で録音録画されてはポイントを恐喝されてきた男である。一見すればわからないが妹の出来事は明確なアキレス腱、あからさまな弱点。言葉や態度はツンツンしてて高尚な考えがあったとしてもその内情は完全にシスコンのソレッ……。一年Dクラスにも同じような奴がいる。やっぱり遺伝子って凄い。
「……それで貴様はどうしたい?」
「妹君が生徒会長を尊敬してるのは理解しています」
尊敬って生優しいものじゃないがオブラートに包んだ。故に。
「この後、再度、妹君を呼び出して話し合いをするつもりですじゃ。兄君にはその様子を見てもらうだけで十分」
「それだけでいいのか?」
「えぇ、お任せくだされ。この垂金権造、きちんと妹君の成長を一助しましょうぞ」
橘茜はその光景を想像して身震いした。
敬愛する生徒会長の前で目の前の少年に説教かまされたら軽く死ねると。
◇ ◇ ◇
滾々と説教される。それも大好きな兄の前で。堀北鈴音のメンタルはボロボロだった。
二日前に苦言を呈しに来た時に――。
「不快ね。貴方、自分の見た目を理解しているの? 人の行動に口を挟む前に自分が女性に声をかけたらどうなるか想像したら?これ以上、クラスポイントを失いたくないからセクハラ問題にはしないけれど二度と声をかけないで頂戴」
「それと議論の余地もない下らない話を持ってこないで。彼らの低脳さには慈悲のかけようはないわ。その上、自分がマズイ状態にある自覚も薄い愚か者が優しく教えてほしいなんて本当に図々しい。自分の不勉強さを棚に挙げて、寄生虫のように他人を頼る人を切り捨てるのは今後のためを考えたら合理的な判断よ。それにそんな愚か者に割く時間なんて無駄なの」
「理解できた? それともう二度と話しかけないでって綾小路の時に言ったの忘れたの? テスト勉強は出来ても頭は悪いのね」
この三つの台詞を僅かワンブレスで召喚し、す瞬殺した男子に滾々と説教される。
曰く、コンパスで人を刺してはいけない。
曰く、人の夢を軽んじてはならない。
曰く、見下すのは自由であるが口に出して罵倒するのはいけないだとか。
堀北鈴音にとってここまでの辱めがあるだろうか。敬愛している兄の前でここぞとばかりに説教をかましてくる卑怯者。虎の威を借る狐ッ。絶対に許さないわ……と内心では怒り心頭であるが。態度は猫。
流石に憧れの人の前でブサイク国民不名誉賞があれば受賞してもおかしくないわね、なんて酷い言葉など使えない。というか実兄の目がどんどんと冷たくなっている気がする(被害妄想)。
堀北家の鈴音ちゃんが涙目でプルプル震えているのを堀北家の学くんは非常に居た堪れない気持ちで見ていた。俺は果てして必要だったか? と自問自答すらしている。
そして十五分、一通りの罪状を並べては一つ一つの贖罪方法を提案される。堀北妹はそのすべてを言われるがままに受け入れた。どうして駄目なのかをみっちりと理路整然と口にした垂金権造も流石に効果が抜群すぎてヒイてる。多少ブラコンの気質が見えてはいたから効果はあるだろうと思っていたが予想以上であった。
早めに終わらせたくなった垂金は最後にコンパスを刺した綾小路と罵倒した池と山内との仲を取り持とうと提案した。
それに堀北家の妹は「……ハイ、アリガトウコザイマス」とお礼を言って解散となる。もしもこの光景を堀北退学させたい欲求マシマシ女が見ていたならば絶頂間違いなしであった。
そして堀北妹は先に解放されて残る生徒会長と垂金権造。気まずい雰囲気の二人である。
そんな気まずい雰囲気であることを予想だにしていない鈴音ちゃんは廊下を歩きながら復讐方法を考える。
本来なら聡明な少女も、依存に近しい信奉者状態で信ずる者の前で恥を欠かされた(思い込み)のならIQというものは飛んでいくもの。愛と云う感情がIQを低下させることは秀知院学園が証明している。
そこで堀北鈴音に電撃が走るッ……。
あの垂金とかいういけ好かない同級生をギャフンと言わせる方法を思いついたのだ。そして教室に辿り着いて目的の男を見つける。そして、近づいては第一声――。
「綾小路くん、付き合いなさい」
昼休みも残りわずか、単刀直入に告げた言葉はまるで勘違いを誘発するような内容だった。聞き耳を立てていた池と山内だけでなく女子も騒ぎ立てはじめていた。
「あのなぁ……堀北、急に言われてもさっぱりわからん。何についていけばいいんだ?」
主語がなくて勘違いさせるなんて古典的なやつだな。ラブコメ漫画に載ってるような奴だ、と博士はニヤリと笑った。同じく察していたと組も目的地も告げないコミュ障っぷりに引いていた。
「……? 何を言ってるの? 私とお付き合いしなさいって言ってるのよ。貴方のその耳は飾り?」
「すまん、脳が理解を拒んでいる……」
「察しが悪いのね……私は垂金くんから辱めを受けたわ」
一年Dクラスの女子の中で垂金権造の評価が下がった。
「そうか……」
事前に『綾小路! 今回の問題は必ずワシが何とかしてみせる! お主にはどうか堀北を赦してくれる度量を期待するのじゃ。ほんま理不尽だとは思うが少しだけ我慢してくれ! 必ず頭は下げさせる!』と連絡は受けていた。
それがどう辱めに繋がるのかイマイチ理解出来なかった……。
「よくも兄さんの目の前でっ……」
唇を噛み、キッと綾小路を睨みつける。
「だから貴方としょうがないから付き合うことにしたのよ」
「待て待て待て待て、一気に省略しすぎだ。どういうことだ……」
「本当に察しが悪いわね。あの男に吠え面かかせる方法を取るとすれば綾小路くんと付き合うのが一番だという結論よ」
まったく疑問が解消されなかった。お前は何を言っているんだという疑問をのみ込む。
「あの顔面Dクラスは自分に彼女ができることを夢想しているわ。そんな彼の眼の前で友人である貴方に一番の望みである素敵な彼女ができたのなら精神的ショックは計り知れないでしょう」
なるほど。
綾小路清隆はようやく理解が追いついた。さてはこいつ馬鹿だな? と。そしてクラスメイトは堀北鈴音がDクラスであることに納得した。同時に親近感が湧いた。
「……垂金の友達とかでいいのならクラスメイトの全員がそうだぞ。それなら山内や池とかでもいいんじゃないか?」
その発言を聞いて池と山内は期待した。堀北鈴音の顔は悪くない。いや悪くないどころかかなり良い。それが目的がアレとはいえ付き合えるなら文句なしにオッケーだった。山内なんて背伸びをしながら「んー、しゃーない。俺ってば優しいから協力してやるか」とか言い始めていた。
けれども事の発端は綾小路の無機質な瞳からプイッと小さく顔を反らして小さく呟く。
「それくらい察しなさい……別に誰でもいいってわけじゃないから」
えっ、堀北カワイイかよ……とその光景を見ていた須藤は呟いた。その呟きを聞いた小野寺が須藤の耳を引っ張っていた。
「あー……まー、そうか……」
綾小路清隆は考える。さて、どうしようか、と。学生で恋愛するというのは最近の目標の一つであった。普通の学生ならば恋だの愛だの会いたいだの会いたくないだのするらしい。垂金がそう言ってた。
つまりこれそういう意味では好機なのかもしれない。未知の体験である恋愛。こんだけ早く学ぶ機会が来るとは思わなかったがある意味好都合だ。
そこまで思考を回して清隆は返事をしようと口を開きかけたその瞬間――。
「ちょっと待って!」
前方の席から制止の声がかかる。そこに立っていたのはクラスメイトからみーちゃんみーちゃんと呼ばれては可愛がられている女の子。最近流行りのみぃちゃんではないみーちゃん。
「わ、わたしも綾小路くんが好きッ!」
同じクラスの男子がダメージを受け始めていた。なんで俺たちはモテないのに綾小路がモテているんだろうか。悲しくなってきた。
みーちゃんと呼ばれる少女が綾小路を好きになったのは階段から落ちそうになった時に垂金少年に助けられた時にその恋は始まった。
急な浮遊感から死を覚悟した時に命を助けられた。そして助けてもらった相手にお礼を言おうとしたが鼻血が出ていて怖かったので泣いた。
その時に垂金少年の隣にいた王子様がそっとみーちゃんにハンカチを差し出してくれたのだ。垂金少年は泣きながら自分のハンカチを取り出して涙と鼻血を拭いた。
「えっ! じゃああたしも! あたしも好き!」
便乗したのはギャルギャルしい佐藤であった。普通に可愛い。なんならよう実で一番可愛い女の子である。綾小路くんを好きな理由は足が早くて素敵だから。同じく足が早い小さい怪異は見なかったことにした。
「ちょっと、あなた達! 急になに! 邪魔しないでくれるかしら」
「急なのは堀北さんだもん。それにわたしの方が先に好きだったもん」
猫のように威嚇する堀北に負けじと主張する王と佐藤。男子のクラスメイトは何を見せられてんだろうって虚無になっている。女子は一部は楽しんでいて、一部は便乗したほうがいいか? と策略を練っていた。
そして綾小路はこの混沌とした状況を打開するために――祈っていた。あのホワイトルーム最高傑作がただ祈ることしかできない状況。だが、男なら誰だってそう。こんな観衆の目の前で三人に同時に告白されてベストな解答など存在しなかった。堀北学だって祈る。
じゃあ全員と付き合うかなんて抜かした日には翌日から席がなくなる。かといって誰か一人を選ぶにしても判断材料なんてあってないようなもの。殆ど好み。
1.堀北を選ぶ
2.みーちゃんを選ぶ
3.佐藤を選ぶ
4.誰も選ばない
そんな選択肢が浮かんでいる中――。
教室の扉が開く。ガラガラと音を立てて開けばそこには。
「えっ? なにこの状況? なにがあったん?」
ハンカチでおでこをふきふき拭いてる垂金少年の姿。完全におっさんのソレである。そんな呑気な言葉に山内が吠える。
「垂金ぇ! てめぇのせいで綾小路が三人に告白されてるじゃねぇか! どうしてくれんだっ!」
その剣幕に女子は引く。平田は相変わらず何も悪くない垂金少年に同情する。
「ピエッ」
垂金少年が小さく悲鳴を挙げてはギギギとロボットのように綾小路清隆を見つめる。そして視線の先には女子生徒三人。
聡明な彼の頭脳はこの一瞬だけブーストされた。そのレベルはこの学校一、いや世界で一番と言っても過言ではないほどに。人類のレベルを大幅に超えた状況判断能力からすべてを悟った。
そして答えを全て得た瞬間にすべてを悟った仏のような顔になって――崩れ落ちた。その様子を見ていた池が近づき脈を測るために近づき手首に指を当てる。そして恐る恐る口を開いた。
「……し、しんでる」
ちなみに池が押さえた部分は神門。自律神経を整えるツボである。
【本日の勝敗】
堀北鈴音の勝ち(復讐を果たした為)
尚、垂金くんの今回の行動は善意と心配百パーセントでお送りしています。