問題はその博士がカスの煮凝りであった。
時刻は朝の3時過ぎ。怪人の現れる都市F県外門市、その郊外にある研究所へと俺は走っていた。
「博士!
「おぉ、来るのが早いなぁ。そんなに楽しみじゃったのか?」
「勿論!」
「ほっほっほ、では早速お披露目といこう。」
「コレこそワシの最高傑作、『エルダーズバックル』。」
そうバックルを手渡される。
黒く深みのある蒼を基調にしており中央には白銀の門のような意匠がある。おそらくここが開くのだろう。天面には鍵穴のような窪みがあり、何か挿入するのだろうことが伺える。
「ほれつけてみぃ。腰に巻くのじゃ。」
「そのバックルにキーとなる『コスモサインキー』をセットし、『招来』と唱えれば一瞬に満たぬ時間で強化スーツが成形されるという優れ物じゃ。」
「おぉ!」
「どうじゃ、すごいじゃろ〜?キーは全部で3種類作っておる。」
そう言って指さす先には3つの鍵型のアイテムとその下に詳しい解説が机の上に置いてある。
確かにすごい、のだが…
「あのさ博士。」
「なんじゃ?感動のあまり声も出せんか?」
「なんで変身ヒーローのアイテムって言って碌でもないモンしかないの?」
要約すると右から順に、使用後全身の筋繊維がズタズタになるやつ、使用者の負の感情以外を封印するやつ、変身解除すると強制的に自爆させられるやつの3種である。
「なんで全部カスなんだよ!?3種類あっても何も変わんねぇよ!右から順に日常的死、社会的死、物理的死だろ!要らねぇよこんなゴミレパートリー!」
「ほっほっほ、最初はマト…デメリットの無い奴を作ろうとしてたんじゃがのぅ、気がついたらこんなのしか作れんくなってしもうた…」
「哀しきバケモノ…?つーか今マトモって言いかけたよな。やっぱ自覚あるよな?」
「なんの事かのぅ…それよりほれ早く選ばんか。ワシのオススメはコレじゃ。」
「いや、それ社会的に死ぬやつ。どこがオススメなんだよ。」
「決まっとるじゃろ、ワシがパブリックエネミーを生み出してしまった悲しき過去持ち博士になれる。」
「今この場で変身してやろうか?」
「安心せい。いざとなればそのバックルに仕込んでおいた爆弾が起爆する。」
「全く安心できねぇよ!それで安全なのアンタの社会的地位だろ!」
「当たり前じゃろ。どんな綺麗事抜かそうが我が身が一番。」
「クソが!こんなゴミバックルさっさと外して警察に…外れねぇ!?」
「こんなこともあろうかと一度利用者登録した者が身につけると絶対に外れないようにしとる。」
「今そのセリフ言われたくなかった!?そういうのはもっとピンチの時に新アイテムとか引っ提げて言うモンだろ!」
「ちなみにお主が死ぬとバックル内のデータも破壊され、復元不可能となる。誰もワシの存在に気づける者はおらんというワケじゃ。」
「ちゃっかりしてんなこのカス…。」
「あぁ、ついでに言っとくと今この街を脅かしとる怪人もワシが創った。」
「お前何してんの!?」
「狼狽えるでない。どれだけ公僕共が汗水垂らそうがワシらに辿り着くことはない。」
「"ら"ってなんだよ。単独犯だろ。」
「ワシは…ただ哀しき過去を持つ正義の科学者になったかっただけなんじゃ…」
「もう無理だろ。」
「そしてあわよくば富、名声、この世の全てが欲しかった…」
「やっぱこの場で殺したほうが良いか?」
「いつでもそのバックルごとお主を破壊できるが?」
「クソが!」
「まぁ、ワシも鬼ではない。自爆は変身を解除する前にフォームチェンジする事で免れる。じゃから…」
「日常生活を殺すかパブリックエネミーになるか好きな方を選ぶんじゃ。」
「死ねぇ!」
腰の入った良い一撃を博士の顎にぶち込む。
「グフッ…ワシもこんな事は出来ればしたくない…じゃが…ワシは…」
「博士…」
「例え化物として蔑まれようと、どんな代償があろうと目の前の命の為に傷つくことを恐れない。そんな奴こそヒーローに相応しいのじゃ。」
「で、本音は?」
「人間と化物の狭間で揺れ動いたり傷つきながら戦うヒーローに最高に興奮する。」
「もうアンタが怪人でいいよ…」
「どうしてもデメリット無しのヒーローに興奮できんのじゃ」
「お前やっぱ正義の科学者は無理あるって。」
「なんの悲哀もなく戦うヒーローでは抜けん!」
「これで抜けねぇ言ってんの異常者だろ普通に。」
そんなことを言い合っていると突如天井が突き破られる。
「何だ!?」
「馬鹿な、レーダーに何の反応も無かった筈…」
土煙が晴れたがそこには何もいない。訳も分からず困惑しているとナニカがジジジ…と小さなスパークを出しながら透明化を解除し、その姿を現す。
黒く刺々しい外装に迸る電流のように全身に走るライン、そして輝く蒼のツインアイ。
まさしく特撮に出てきそうな怪人がそこにはいた。
咄嗟のことで動けずにいると怪人は博士の方に向き直る。
「地獄から舞い戻って来たぞ…!」
「何故、お主が…お主は確かに…」
博士を知っているということはつまり⸺
「まさかお前…」
「究極怪人・ロプト…ワシが持ちうる知識全てを集約して作った最強の怪人。再生能力は勿論、毎秒数億通りの予測能力、無限の進化の可能性を持つ文字通りの究極怪人じゃ。」
「何してくれてんの?どう考えても初戦に戦う相手じゃないだろ。」
「いやー、しっかり手足を捥いで心臓を貫いた上で動力を奪い崖に捨てたんじゃがのぅ…まさか生きておったとは。流石ワシ。」
「貴様のような外道は生かしてはおけない…!」
「おいどうすんだよ。メチャクチャキレてるぞ。いや待て、一度アイツを倒したってことは、まさか既に自分自身も改造して…」
「いや?親からもらった健康なこの体にメスを入れるなど言語道断。生命に対する冒涜以外の何物でもないわい。前回は普通に小学校を人質にした。」
「すげぇなお前。」
「君、悪いが離れていなさい。間違っても止めようなんて思わないでくれよ。」
「いや、俺は別にこのカスが死のうと構わん。むしろ俺の分までやってくれ。」
「ワシが死ねばお主を機密保持の為に死ぬが?」
「は?」
「当たり前じゃろ。ワシがそんな初歩的ミスをする訳なかろう。分かったらさっさとそいつを潰し合うのじゃ。勝った方にワシの理想のヒーローになる権利をくれてやろう。」
「淀みないなコイツ。」
「待て、まさかそこの少年も⁉」
「あぁ、お察しの通りじゃが?だから何だと言うんじゃ、とっとと殺しあわんかい。」
「そんな非道、許される訳がない!」
「もうアンタがヒーローだよ。俺要らないじゃん。」
「年かのぉ、許しなんぞ乞うた覚えはないんじゃが。」
「私と彼は貴様に弄ばれた被害者、言わば兄弟。傷つける訳にはいかん!君、安心してくれ!すぐに救ってみせる!」
「今死ぬかワンチャンに賭けて死ぬか。ワシとしてはどっちでも良いからはよ決めい。」
「一応聞いとくけどあっちが怪人でこっちがヒーローだよな?」
戦いたくはない、だがまだ死にたくもない…だったら…!
「クソがァァァァ!」
ヤケクソで筋繊維断裂キーを鍵穴に入れて捻る。そして横に倒しキーを認証させる。
『 CERTIFICATION』
とてもヒーローとは思えない禍々しい音声だがなりふり構っていられない。
「招ッ来ッ!」
『OPEN』
バックルの門のような部分が開きグレーの粒子が溢れたかと思うと次の瞬間には身を包み外装へと変わる。
『TYPE:Qu エクスクロピオス』
その行動を敵対行為と見なしたのかロプトが動き出す。
「仕方ない、向かってくるのであれば無力化させてもらう。」
とりあえず距離を取って――そう思った次の瞬間ロプトが目の前にいた。
「は?」
反応することもできず鳩尾に衝撃が走る。肺の空気が全て吐き出される。
「思ったより硬いな。意識と飛ばすつもりでやったんだが。」
不味い。予想以上に速いし重い。
だが今の攻撃で大体のスピードは分かった。手加減してくれているからかまだ経験のない自分でもなんとか追いつける速度だ。問題は俺がこの力に振り回されてるって事だ。
今度は肩峰、頸部、下肋部。ほぼ同時に来る。精密な動作はできない。だったら!
「おッッらァ!」
狙いを下肋部に絞りなんとか手を掴むことに成功する。これなら⸺
「ならばこうしよう。」
そう呟いた瞬間、掴んだ手から電流のようなものが放出される。
不意を突かれた動揺と痺れで手を放してしまう。
やられ――
目を閉じる間もなく拳が迫り…
胸の前で止まる。
「…やはり、私には出来ない…未来ある若者の将来を奪うことなど、私には…」
「アンタ…」
張り詰めていた空気が弛緩する。
「ホイっ。」
その時だった。
空気の読めないカスが懐から取り出したボタンを押し、ロプトの胸元が内側から爆ぜる。
「グワーッ⁉」
「兄弟ーッッ!?」
「案外つまらんかったの。折角作ったんじゃが…まぁええか。」
「クッ、やはり貴様はどれだけ…」
「あぁ、そりゃ生きとるか。寝とってええぞ。どうせお主の再生能力では動けるようになるまであと2分はかかる。」
「…そうさせてもらう。どの道私のできることは終わったのでな。」」
なんでこんな聖人を怪人にしたんだろう。本当に。ヒーローの素質カンストしてんじゃん。
しかし、このまま動かないでいいのか?このままではあの人は今度こそ死ぬ。それでいいのか?彼は俺を命がけで助けようとしてくれていたのに?だが…
「私の役割はレーダー等の妨害、そして射線の確保だからな。」
「何?まさか――」
意識の外から朝焼けを切り裂いて一筋の弾丸が博士の首を穿つ。
咄嗟のことに動けないでいる俺を差し置いて入り口の方から特殊部隊装備の集団が雪崩込んでくる。
そのまま一糸乱れぬ連携で瞬く間に博士を捕縛してしまう。
「私が…呼んだのだ…」
「き、兄弟⁉大丈夫か!」
唖然としていると口を動かせるまでに回復したロプトがそう教えてくれる。
「あぁ、私には予測機能と再生能力があるからな。ある程度は計算の内さ。まぁ、痛いものは痛いのだが…」
「すげぇ…」
「それより、君に謝らなければいけない。いくら助かる見込みがあるからといって君に負担を背負わせてしまった。本当にすまない。」
なんてできた人なんだ。そこで伸びてるカスと違って。
兄弟が担架に乗せられているのを眺めていると一人、コートを羽織った髭面の男性が話しかけてくる。
「理外生命体特別対策課第7班所属の獅子 鍵人という者だ。悪いが君たちの身柄を拘束させてもらう。と、言っても形だけの物だから安心しろ。本命は事情聴取と君たちの保護だ。」
「あのー、それは良いんですけど…担架ってもう一個あります?」
「は?」
「俺これ解いたら全身の筋繊維がズタズタになるらしくて…」
「ちょっと待て。一体何を言って…」
「ふーッ、いきまァす!」
一度深呼吸を挟み変身する際と逆の手順でキーを引き抜く。瞬間、身体から縄が勢いよく裂けたような音が響く。本能的にヤバイと思ったのが俺の覚えている最後の記憶だ。
⸺「えー、一昨日車に撥ねられたそうで…あー、その、見ての通り全身包帯ですので、出来るだけ優しくしてあげて下さい。」
殺せよクソが。
主人公…名前はまだない。可哀想な高校生。学校でトイレットペーパーというあだ名を得る。
究極怪人・ロプト…圧倒的なコミュ力と善性、恵まれたルックス、スポーツ万能でかなり充実した生活を送っていた。怪人になった後も治癒能力や動物の気持ちが分かるようになったりと得た可能性で誰かを助けようと思っている。
博士…カス。監獄に収監されるが持ち前の頭脳を活かし、国と取引をすることで死刑を免れる。主人公やロプトの活躍を見る度、んほぉ~^と悦に浸る。2人が怪物となってもそれはそれで喜ぶ。無敵か?余罪がまだまだあり、それを餌に独房を自由に改造している。カス。