踏み台の理想 作:非表示
「「あなたを超えて、私は更なる力を手に入れる」」
姿も声もまったく同じ二者の声が重なった。
綺麗な長い黒髪を靡かせ、腰に刺した銀色の直剣を抜き放つ。
態度は堂々としていて、所作は上品で、存在は高貴さすら感じさせた。
「「ありがとう。オルンくん、君のお陰で私はもう一歩先へ行ける」」
彼女と彼女が感謝と共に俺の名前を呼んだ。
その次の瞬間、彼女と彼女は常人には追うことも不可能な速度まで加速し、同時に剣撃を放った。
超人的な戦闘は加速していく。
舞台に選ばれた荒野に亀裂が走り、クレーターがいたるところに出現する。
砲弾やミサイルでも降り注いでいるかのような破壊の中、彼女と彼女は笑っていた。
両者の実力はまったく同じ。均衡を保っていた。
しかし、激化する戦闘はある時点を境に一方の勝利に傾いていく。
「そっか。こうすればよかったんだ」
「はぁ……はぁ……」
疲労困憊の一方と、宝物を見つけたように喜ぶ一方。
戦闘は後者の勝利で幕を閉じる。
それと同時に、前者の姿が崩れる。
全身から泥のようなものが溢れ、元の姿に戻っていく。
「セツナ、どうだった?」
「うん。剣の神髄を掴めたよ」
「そりゃよかった」
――スワンプマン。
それが、俺が持つ能力だ。
選択した対象とまったく同じ外見、能力、記憶、人格を手に入れる。
だが、コピーは所詮コピーであり本物には勝れない。
何故ならスワンプマンがコピーするのはその時点での対象の能力であり、『成長性』まではコピーできないからだ。
俺の目の前にいる彼女のような【英雄】は、何度も自分を超えるてその地位へ至る。
俺はただその手助けをするだけの脇役だ。
いつも、俺は負けて彼女は勝つ。
そして彼女は新たな力を見出し、更なる高みへ至るのだ。
それを成し遂げる者だけが英雄なのだ。
その強さを羨ましいと思ったことは一度や二度じゃない。
だけど、そんな感情はもうとっくに消え失せた。
英雄に尽くせる幸せを俺は尊ぶべきなのだろう。
そもそも俺のコピーは対象が近くにいる必要があるし、1日に5分しか発動できない。
そんな半端な能力じゃダンジョンでも役に立たない。
しかも同族嫌悪という言葉があるように、人間は同一の存在が別にいることを許容できないようにできている。
端的に言えば、コピーと本物は必ず殺し合いを始める。
それが致命的すぎる、俺の能力の欠点だ。
「いつもありがとね、オルンくん」
セツナと知り合ったのは五年前、俺とセツナがダンジョン探索者になって数カ月も経っていない頃だった。
自分と戦う。
そんな通常では不可能な訓練方法によって、セツナのあらゆる能力は飛躍的に向上していった。
今や探索者の最高峰である『特級探索者』の称号を得ている。
対して俺は下から三つ目の『四等級探索者』。
この五年で俺とセツナの間には途方もない差が開いていた。
「いいや、好きなだけ俺を踏み台にしてくれていいぞ」
「……そんな風には思ってないわよ」
「あぁ、悪い。別に文句を言いたいわけじゃないんだ。ただ俺はお前らが活躍してくれてることが嬉しいって、そう言いたいんだ」
俺の力じゃ
でも、
そう……それでいいんだ……
「俺さ、探索者引退しようと思ってるんだ」
「え!?」
「あぁ、心配しなくてもまた訓練には付き合うよ」
「引退して……どうするの……?」
「家の近くに個人経営の小っちゃいパン屋があるんだけどさ、そこでバイトしよっかなって」
「アルバイト……」
今の俺の収入は調子が良い月でも二十万いくかいかないかだ。
別に不満があるわけじゃないけど、命を懸けるにしては安すぎる。
十六で探索者を始めて五年。今までの仲間が一級や特級になっていく姿を何度も目撃した。その度に思い知らされる。
俺に才能はない。
「オルンくん……オルンくんさえよければ私のギルドで特別指南役として……」
「バカ言うなよ、そんなことしたらギルドの評判に響く。それに、もう決めたことだから」
「そう……じゃあ気が変わったら連絡して」
俺の顔を見つめる『金城セツナ』は少し悲しそうに呟いた。
俺にとってもセツナにとってもお互いが初めての仲間だった。
でも引退をお前みたいな天才に悔やんでもらえるなら、俺が探索者になったことにも多少の意味はあったのだろう。
「ありがとな。お前こそ、たまにパン買いに来いよ」
「うん、わかったわ」
そして、俺は探索者を引退した。
◆
迷宮都市『ヘレンドロア』は異界と繋がるダンジョンゲートを中心に造られた都市である。
ダンジョンは世界中に多く存在するが、ここヘレンドロアの迷宮は世界最大とも呼ばれまだその最奥に到達した探索者は存在しない。
ダンジョンで得られる富と名声を夢を見る若者が毎日のようにこの都市にやって来て、迷宮の中で人知れず死んでいく。
光と闇を内包するこの都市は、しかしダンジョン探索者だけで構成されているわけじゃない。
普通の街と同じようなありふれた施設と、それを経営する者たちも当然に存在する。
それは決してこの街の主人公ではないのだろうが、それでもこの街に必要不可欠な存在だ。
俺の働くパン屋もその一つ。
「おやっさん、玄関の掃除終わりましたよ」
「おう」
無骨な偉丈夫が短く返事をする。
パン作り35年。この不愛想な男はこの店の店主だ。
ボディビルダー並みの筋肉を持っている彼だが、探索者経験はなく彼いわくその筋肉はパン作りに必要だから身に着けたとのこと。
意味不明だ。
でも、ここのパン美味いんだよな……
この店で働き始めてそろそろ一カ月が立つ。
基本的にパン作りはおやっさんがやってくる。
俺の仕事は接客や掃除、店頭にパンを並べたりする雑用だ。
でも、マジで楽しい。
良い匂いするし、死ぬとか戦いとか考えなくていいし、なにより英雄になれない自分への自己嫌悪が軽くなる。
「売れ残りのパン持って帰っていいぞ」
「いつもすんません。ありがたく貰っていきます」
「探索者に比べたらうちの給料なんて安月給だろ。悪いな」
「いえ俺は底辺寄りだったんで、正直そんな変わんないですよ」
「そうか」
いつも無口な人なのに、今日はやけによく喋る。
「なぁオルン……お前結婚とかしないのか?」
「ブッ、なんですかそれ。まぁ今のところその予定はないですね。彼女もいませんし」
「そうか……」
まだ俺は21だし、そういう話は早いと思ってる。
「例えば、自分の娘が探索者になりたいって言ってたらお前ならどうする?」
なるほど……
「娘さんおいくつでしたっけ?」
「15だ」
若っか……
「まぁ、この街に住んでる子供で探索者に憧れない方が珍しいですからね」
この街の主役。
この街の最たる高給取り。
それはどちらも探索者だ。
とはいえ、それは上澄みの話だ。
探索者の九割九分は一般職とほとんど変わらないかそれ以下の収入しかないし、誰からも相手になんてされない。
人気も強さも財力も、ただトップが飛びぬけているだけだ。
「俺はおすすめはしないですね。あの業界は参入者が多くて競争も激しいし、夢見た存在になれるのは一握りの天才だけです。それに、命の危険がある」
勿論、才覚に恵まれればおやっさんの娘さんも英雄になれる可能性はある。
だが、特殊能力や技術以前に努力し続け自分を超え続ける胆力が何よりも必要になる。
それを持ち得る人間は少ない。
「なんとか引き止められないんですか?」
「一度叱った。だがそれが悪かったのだろう。今は口も利いてくれん」
「あぁ……そりゃ……」
「すまん。お前に言っても仕方ないことだな。俺の家族の問題だ、忘れてくれ」
今更忘れてくれとか言われても……
というか実は俺にとってもそれは危機的状況なんじゃないか?
仮にその娘さんが死んだとしよう。
おやっさんは絶対に気に病むだろう。この店は店長のパン職人としての腕でもっている。
おやっさんが体調を崩せば経営は不可能。
となれば俺は無職……
「あの、おやっさん……」
結局、俺にできることはそれしかないか……
「俺には娘さんが探索者になるのを止めることはできないですけど、娘さんが簡単に死なない程度に稽古をつけるくらいはできますよ」
「いいのか?」
「えぇ、それくらいなら」