機動戦士ガンダム Beyond the Axis   作:Hisa/Coco

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続きです、今回も硬い用語が多いですが・・・



※タイトルが分かりにくかったので、リネームしました。※


第18話 限定回答(前編)

Scene 1 限定回答

 

ハルは自席に座り、業務端末の認証画面を開いた。

 

FAB局の朝は、いつも通り乾いた音を立てている。誰かの端末が起動し、遠くでプリンタが短く唸る。短い業務連絡が飛び、隣の列では紙の資料を揃える音が重なっていた。

 

昨日から変わったものがあるとすれば、それは机でも、照明でも、端末でもない。

 

急がない。

でも、閉じない。

 

その形だけを、ハルは机の上に持ち込んだ。

 

答えをもらったわけではなかった。資料を渡されたわけでもない。誰かが裏で道を開いてくれたわけでもない。

 

ただ、記録の前に座る時の重さだけが、少し変わっていた。

 

「おはよう、ハル」

 

横から声が飛んできた。

 

ソウマだった。片手にカップを持ち、もう片方の手で端末ケースを抱えている。朝から少し雑な格好に見えるのは、たぶん本人の仕様だ。

 

「おはよう」

 

「朝から監査モードだぞ」

 

「監査官補だからな」

 

「そういう返しが出るなら、まあ生きてるな」

 

ソウマは勝手に納得したようにうなずいた。

 

ハルは短く息を吐く。軽い言葉のほうが、今は助かった。余計な説明を求められない。昨日の休日に誰が来たのかも、何を話したのかも、ここでは誰も知らない。

 

知らなくていいこともある。

 

少なくとも、業務上必要のないことは、ここに置かない。

 

「昨日、ちゃんと休んだ?」

 

今度はリアの声だった。

 

隣の列の端末前に立ったまま、リアがこちらを見ている。いつものように、声は大きくない。けれど、見ているところは外さない。

 

「休んだよ」

 

「ならいいけど」

 

「何」

 

「休み前より、少し落ち着いてる。でも、軽くはなってない」

 

ハルは返事に迷った。

 

リアは、それ以上踏み込んでこなかった。代わりに、自分の端末へ視線を戻す。

 

「無理に軽くする必要はないと思う」

 

「……ありがと」

 

「仕事中に倒れなければいい」

 

「そこは普通に心配してくれ」

 

「してる」

 

そう言ってから、リアは何事もなかったように認証キーを差し込んだ。

 

ソウマが小さく笑う。

 

「リア式のやさしさ、今日も切れ味あるな」

 

「うるさい」

 

いつもの朝だった。

 

誰かの軽口があり、誰かの画面が点き、誰かが残った処理に小さく舌打ちする。連邦監査局の朝は、人間味がないようで、結局は人間の音ばかりでできている。

 

ハルは認証コードを入力した。

 

端末が立ち上がる。白い画面が一度暗くなり、内部システムのロゴが浮かび、次に業務ポータルが開いた。

 

―――――――――――――

新規通知。

定例確認。

部署内連絡。

照会管理。

―――――――――――――

 

いつも通りの項目が、いつも通りに並ぶ。

 

その中で、照会管理欄だけが、ひとつ多く色を持っていた。

 

「イルマ」

 

斜め後ろから、アヤの声がした。

 

ハルが振り向くと、アヤは自分の端末から目を離さずに言った。

 

「照会管理の回答欄、朝一で更新入ってる。開くなら、先に回答区分と範囲を確認して」

 

「中身より先に、区分ですか」

 

「そう。限定回答は、そこを飛ばすと読み間違える」

 

アヤの声は淡々としていた。親切ではあるが、手取り足取りではない。開けてよいものと、開ける前に見るべきものを示すだけ。その先を代わりに読んではくれない。

 

「了解です」

 

「それと、急いで判断しないこと」

 

ハルは少しだけ苦笑した。

 

「昨日から、そればかり言われてる気がします」

 

「言われるだけの理由があるなら、聞いておいたほうがいい」

 

アヤはそこで会話を切った。

 

その短さが、ありがたかった。

 

ハルは画面へ戻る。

 

照会管理。

 

一つ目を送ったあと、残っていた二つも、そのまま放置されていたわけではない。

 

所管確認と対象範囲の再整理を経て、休みに入るまでの数日のあいだに、必要な範囲まで削り直した照会がそれぞれ送付されていた。

 

更新通知は三件あった。

 

1.支援受領実績に関する照会。

2.現地応答状況に関する照会。

3.外部支援申請処理状況に関する照会。

 

どれも、あの日、ひとつの大きな問いとしては出せなかったものだった。

 

大きすぎる問いは通らない。

判断に近い言葉は削られる。

強い判断も、疑義も、告発も書かない。

確認できるものに落とす。

 

マカベの前で削り、分けて、言葉を置き換えた照会だった。

 

戻ってきたのは、あの案件そのものではない。

 

C-17本体の記録が開いたわけではなかった。

凍結されたものに手が届いたわけでもない。

上位管理の壁が消えたわけでもない。

 

戻ってきたのは、周辺に出した照会の一部だった。

 

だから、答えではない。

 

少なくとも、答えそのものではない。

 

ハルは、アヤに言われた通り、件名ではなく回答区分から確認した。

 

――――――――――

回答状況:受領

 

回答区分:一部回答

 

回答範囲:限定

――――――――――

 

指が止まった。

 

画面の白さが、少しだけ強くなる。

 

限定。

 

その二文字は、拒絶ではない。けれど、全面的な開示でもない。見せられる範囲だけを切り出したもの。照会した側が望んだ全体ではなく、返す側が返せる形に削ったもの。

 

それでも、戻ってきている。

 

「……戻ってきた」

 

声にしたつもりはなかった。

 

けれど、隣の列でソウマが少し反応する。

 

「何が?」

 

「照会」

 

「お、例のやつ?」

 

ハルは答えを少しだけ選んだ。

 

「分けたやつの、一部」

 

「一部か」

 

「一部」

 

「それ、喜んでいいやつ?」

 

ハルは画面を見たまま、首を横に振った。

 

「まだ分からない」

 

「じゃあ、喜ぶ前のやつか」

 

「どんなやつだよ」

 

「画面に吸われる五秒前」

 

ソウマは軽く言って、すぐ自分の端末へ戻った。

 

その軽さが、境界線になった。

 

ここから先は、ハルが読むものだ。けれど、ひとりだけで抱えるものではない。必要になれば、手順通りに上げる。必要な範囲で、必要な人に共有する。

 

今は、まず読む前に確認する。

 

―――――――――――

回答区分。

回答範囲。

照会番号。

対象期間。

対象資料の種別。

―――――――――――

 

ハルはひとつずつ目を落とした。

 

画面の上段に並んだ件名のうち、最初の一件に視線が止まる。

 

――――――――――――

支援受領実績補足回答。

――――――――――――

 

その文字列は、静かだった。

 

派手な警告色も、緊急表示もない。

ただの件名。

ただの補足回答。

ただ、分けられた照会のひとつに対して、返された処理結果。

 

回答が来たからといって、真相が来たわけではない。

 

限定回答は、答えではなく入口だ。

 

読める範囲だけを見る。

見えないところを、勝手に埋めない。

見えているところから、外さない。

 

ハルは、まず回答範囲を開いた。

 

白い照明の下で、端末の画面だけが静かに明るくなっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

Scene 2 支援受領実績補足回答

 

回答範囲の画面は、本文より先に開くようになっていた。

 

ハル・イルマは、まず上段の表示を確認した。

 

――――――――――――――――

【支援受領実績補足回答】

 

回答区分。

一部回答。

 

回答範囲。

支援受領実績照会範囲内。

 

対象。

旧式居住区支援計画関連搬入実績。

 

照会番号。

通常監査補助照会、分割項目一。

―――――――――――――――――

 

 

それ以上の欄は、まだ開かない。

 

画面の右端には、細い注意表示が出ている。

 

 

――――――――――――――――――――――

回答は、今回の照会範囲に限る。

上位管理案件は対象外。

関連案件の本体記録は開示されない。

――――――――――――――――――――――

 

硬い文だった。

だが、必要な線引きでもあった。

 

これは、あの案件そのものではない。

 

戻ってきたのは、支援受領実績という、分けられた問いの一部だった。

 

「本文より先に、範囲を見てる?」

 

横から声がした。

 

アヤ・ミナセだった。

自分の端末を片手に、通路を通りかかったところらしい。

足は止めたが、ハルの画面を覗き込む距離までは来ない。

 

「見ています」

 

ハルは答えた。

 

アヤは小さく頷く。

 

「限定回答は、何が返ってきたかだけじゃなくて、何が返ってきていないかも見ること」

 

「はい」

 

「それと、補足欄は本文じゃない。でも、消していい欄でもない」

 

言い方は淡々としていた。

正しい手順だけを、短く置く声だった。

 

「分かりました」

 

「補足欄だけで意味を決めないこと」

 

ハルは、その言葉に頷いた。

 

本文を見る前に、範囲を見る。

項目を見る前に、何が対象外かを見る。

 

ハルは、回答範囲をもう一度確認してから、本文欄を開いた。

 

画面が切り替わる。

 

―――――――――――――――――――

【照合項目】

生活物資搬入

医療物資搬入

環境維持設備補修材

非常用酸素・水供給記録

 

【対象期間】

照会指定期間内

 

【回答】

搬入完了実績 該当期間内追加記録なし

―――――――――――――――――――

 

短い。

 

あまりにも短く、整っていた。

 

ハルは、その行をしばらく見ていた。

 

該当期間内追加記録なし。

 

それは、予想していなかった答えではなかった。

むしろ、これまで見てきたものと同じ形だった。

 

三か月前で止まった搬入完了実績。

生活物資。

医療物資。

補修材。

非常用の酸素と水。

 

最初に引っかかった搬入実績の空白は、ここでも埋まっていない。

 

新しい搬入完了実績は、ない。

 

ハルは、息を吐いた。

 

落胆、というには早い。

予想できていた。

確認するために開いたのだから、予想通りであることも、記録としては意味がある。

 

それでも、画面の白さは少し重かった。

 

増えていない。

 

ただそれだけの表示が、待っていた時間の長さを、逆に浮かび上がらせる。

 

「追加なし?」

 

斜め後ろから、ソウマ・ナギが低く言った。

いつものように大きな声ではない。

画面を覗き込んでいるわけでもない。

ハルの手が止まったことに気づいただけだった。

 

「搬入完了実績は、増えてない」

 

ハルは答えた。

 

「戻ってきたのに?」

 

「戻ってきたのは、補足回答だから」

 

「補足って、増えたって意味じゃないのか」

 

「そうとは限らない」

 

ハルは、もう一度回答欄を見る。

 

該当期間内追加記録なし。

 

そこに、感情を入れる余地はない。

だが、読み方を間違えれば、すぐに結論へ飛びそうになる。

 

支援はなかった。

何も動いていなかった。

誰も受け取っていなかった。

 

そこまでは、まだ言えない。

 

この欄が示しているのは、搬入完了実績が追加されていないということだけだった。

 

届かなかったのか。

届く前で止まったのか。

受け取られなかったのか。

受け取る手前のどこかで処理が切れたのか。

 

それは、この欄だけでは分からない。

 

ハルは、回答の下に続く小さな折りたたみ表示を見た。

 

補足。

 

その一語だけが、本文欄の下に控えめに置かれている。

 

開く。

 

――――――――――――――――――――――

【補足】

受入側連絡欄あり

――――――――――――――――――――――

 

ハルの指が止まった。

 

受入側。

 

その言葉は、搬入完了実績とは違う場所にあった。

届いたという記録ではない。

受け取ったという確認でもない。

完了印でも、現地到達でもない。

 

ただ、受け入れる側の連絡欄がある。

 

ハルは、表示をひとつ下へ送った。

 

――――――――――――――――――――――

【受入側連絡欄】

M. Taurus

――――――――――――――――――――――

 

短い表記だった。

 

役職もない。

所属もない。

説明もない。

その人物が今どこにいるのかも分からない。

 

ただ、名前らしきものだけが残っている。

 

M. Taurus。

 

ハルは、その文字列を声に出さなかった。

 

出した瞬間、何かを決めてしまう気がした。

だから、画面の中でだけ読む。

 

M。

Taurus。

 

イニシャル付きの連絡者表記。

受入側連絡欄。

補足欄。

 

搬入実績そのものではない。

受領確認でもない。

誰が何を求めたのかも、この欄からは分からない。

 

普通なら、流す欄かもしれない。

 

実績がない。

追加記録なし。

補足欄あり。

受入側連絡欄。

連絡者表記。

 

監査用の一覧の中では、本文ではなく、付随情報として処理される行。

画面を急いで読めば、そこに止まる理由はない。

 

けれど、ハルの目は止まった。

 

受け取った実績はない。

だが、受け取る側の連絡欄はある。

 

その欄に、誰かの名前が残っている。

 

ブライトの言葉が、ほんの一瞬だけ戻った。

 

長い回想ではなかった。

茶の席の空気も、父の名前も、休日の静けさも戻らない。

 

ただ、その一文だけが、端末の白い画面の上に重なった。

 

記録の向こうには人がいる。

 

ハルは、小さく息を吸った。

 

感傷にするな。

名前だけで判断するな。

見えないところを埋めるな。

 

それでも、見えているものから外すな。

 

「何かあった?」

 

リア・セレスの声がした。

 

リアは自席から顔を上げていた。

無理に覗き込むことはしない。

ただ、ハルの手が止まったことだけを見ている。

 

「補足欄に、名前がある」

 

ハルは言った。

 

言ってから、少しだけ言葉を直す。

 

「名前らしきものがある」

 

リアは短く頷いた。

 

「普通は、そこは流す」

 

「だろうな」

 

「でも、流せないんでしょう」

 

ハルは答えなかった。

 

答えなくても、たぶん伝わっていた。

 

リアは少しだけ視線を落とし、それから静かに言った。

 

「名前は、空欄より重い」

 

それ以上は言わなかった。

 

ソウマも、今度は茶化さなかった。

フロアの音が、また少しだけ戻ってくる。

 

端末の起動音。

誰かの短い確認。

プリンタが紙を送る音。

椅子を引く音。

 

ここには音がある。

 

あの欄の向こうには、まだ音がない。

 

ハルは確認メモを開いた。

 

判断を書く場所ではない。

感想を書く場所でもない。

意味を決めるための欄でも、責任を置くための欄でもない。

 

確認できたものを、確認できる形で置くための場所だった。

 

彼は、ゆっくり入力した。

 

――――――――――――――――――――――

支援受領実績補足回答。

回答区分:一部回答。

回答範囲:支援受領実績照会範囲内。

搬入完了実績:該当期間内追加記録なし。

補足:受入側連絡欄あり。

受入側連絡欄:M. Taurus。

――――――――――――――――――――――

 

そこで、手を止める。

 

それ以上は書かなかった。

 

フルネームは書かない。

肩書きも書かない。

その人物が何を求めていたのかも、まだ書かない。

 

まだ、何もつながっていない。

 

ただ、名前がある。

 

それだけだった。

 

だが、それだけでも、空欄とは違った。

 

ハルは保存前に、もう一度画面を確認した。

 

搬入完了実績は、増えていない。

三か月前で止まった欄は、三か月前のままだった。

 

空白は、埋まっていない。

 

けれど、その端に、ひとつの連絡欄が残っている。

 

M. Taurus。

 

ハルは、その文字列を確認対象として保存した。

 

画面上段の回答一覧へ戻る。

 

支援受領実績補足回答の下に、次の件名が並んでいた。

 

現地応答状況補足回答。

 

ハルは、まだ開かなかった。

 

先に、今見たものを作業表へ反映する。

それから、次を見る。

 

端末の白い光の中で、M. Taurusという短い表記だけが、しばらく目の奥に残っていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 

Scene 3 現地応答状況補足回答

 

作業表へ移したあとも、ハル・イルマの視線は、しばらくその欄に残っていた。

 

受入側連絡欄。

連絡者表記。

搬入完了実績ではない補足欄。

 

そこに残っていたのは、名前の一部らしき文字列だけだった。

 

それ以上の意味を置いてはいけない。

 

ハルは、作業表の欄を確認する。

 

――――――――――――――――――――――

支援受領実績補足回答。

搬入完了実績:該当期間内追加記録なし。

受入側連絡欄:M. Taurus。

――――――――――――――――――――――

 

そこまで。

 

フルネームも、肩書きも、役割もない。

 

だから、次を見る。

 

ハルは回答一覧へ戻り、次の件名を開いた。

 

現地応答状況補足回答。

 

画面が切り替わる。

 

――――――――――――――――――――――

【現地応答状況補足回答】

 

回答区分:

一部回答

 

回答範囲:

現地応答状況照会範囲内

 

対象:

旧式居住区支援計画関連応答記録

 

注意事項:

本回答は照会対象項目に限定される。

関連案件本体記録の開示を含まない。

上位管理案件の閲覧解除を意味しない。

――――――――――――――――――――――

 

ハルは、まずそこを読む。

 

二つ目も、回答範囲は限定されていた。

 

内容より先に、何が見えていないかを確認する。

 

「応答種別を分けて見て」

 

横から、アヤ・ミナセの声がした。

 

ハルは画面から目を離さずに頷いた。

 

「機械応答と手動応答、ですね」

 

「そう。応答あり、だけで読まないこと」

 

アヤはそれ以上、説明を重ねなかった。

 

答えをくれるわけではない。

ただ、読む順番だけを間違えないように線を引く。

 

ハルは表示を下へ送った。

 

――――――――――――――――――――――

照合項目。

定期通信応答。

区画管理端末応答。

環境維持端末応答。

現地担当者応答履歴。

――――――――――――――――――――――

 

まず、機械側の欄が表示された。

 

――――――――――――――――――――――

区画管理端末:

定期応答あり

 

環境維持端末:

状態信号あり

 

生命維持設備監視端末:

自動確認信号あり

 

通信中継端末:

断続応答あり

――――――――――――――――――――――

 

応答はある。

 

画面上は、そう読める。

 

だが、どれも端末の応答だった。

状態信号。

自動確認。

定期送信。

機械が決められた間隔で返す、短い信号。

 

そこに、人の声はない。

 

ハルは、次の欄を開いた。

 

現地担当者応答履歴。

 

一覧の行数は、機械応答の欄より少なかった。

 

――――――――――――――――――――――

現地側手動応答:

該当期間内に減少

 

受入確認連絡:

断続

 

現地状況コメント:

最終記録以降、更新なし

 

支援受入確認関連:

手動応答記録あり

 

最終人的応答:

U.C.0114年 二月下旬

――――――――――――――――――――――

 

ハルの指が、そこで止まった。

 

二月下旬。

 

搬入完了実績が止まっていた時期と、遠くない。

 

だが、ここでも断定はできない。

 

同じ時期に見える。

近い位置にある。

それだけだった。

 

それでも、画面の見え方は変わった。

 

応答は残っている。

 

しかし、その多くは機械の信号だった。

 

人の応答だけが、途中から薄くなっている。

 

「応答あり、でも人とは限らない」

 

少し離れた席から、リア・セレスが言った。

 

ハルはリアの方へ視線を向ける。

 

リアは自分の端末から目を離さないまま、静かに続けた。

 

「何が返したか。誰が返したか。分けないと、同じ応答に見える」

 

ソウマ・ナギが低く息を吐いた。

 

「画面上は、生きてるみたいに見えるってことか」

 

リアは、少しだけ間を置いた。

 

「機械が返しているだけなら、そこに人がいるとは言えない」

 

その言葉に、フロアの音が一瞬だけ遠くなった気がした。

 

ハルは画面へ視線を戻す。

 

機械応答は、残っている。

完全な沈黙ではない。

だから、管理画面上では応答確認中と処理できたのかもしれない。

 

だが、人の応答は減っていた。

 

誰かが手動で返す言葉。

現地側の受入確認。

状況コメント。

支援を受ける側からの短い返答。

 

そういうものだけが、薄くなっている。

 

ハルは、現地担当者応答履歴の詳細を開いた。

 

――――――――――――

過去応答者。

 

Marek Taurus。

――――――――――――

 

名前が残っていた。

 

 

ハルは動きを止めた。

 

Marek Taurus。

 

今度は、イニシャルではない。

 

姓も、名もある。

 

だが、それだけだった。

 

役職はない。

所属もない。

現地代表とも書かれていない。

その人物が、何を求めて応答していたのかも分からない。

 

ただ、過去応答者として名前がある。

 

ハルは、さっき保存した作業表を横に開いた。

 

――――――――――――――――――――――

受入側連絡欄:M. Taurus。

 

 

過去応答者:Marek Taurus。

――――――――――――――――――――――

 

同じ姓。

同じ頭文字。

 

同一人物の可能性はある。

 

だが、まだ同一とは書けない。

 

ハルはメモ欄に、新しい項目を作った。

 

――――――――――――――――――――――

現地応答状況補足回答。

回答区分:一部回答。

回答範囲:現地応答状況照会範囲内。

機械応答:記録あり。

人的応答:該当期間内に減少。

最終人的応答:U.C.0114年 二月下旬。

過去応答者:Marek Taurus。

――――――――――――――――――――――

 

そこで、手を止める。

 

その下に、もう一行を加えた。

 

――――――――――――――――――――――

支援受領実績補足回答内「M. Taurus」と照合要。

――――――――――――――――――――――

 

照合要。

 

判断ではない。

同一人物とも書いていない。

ただ、確認すべきものとして置く。

 

アヤが画面の端を見て、短く言った。

 

「その形ならいい」

 

「まだ、つなげません」

 

「つながって見えるものほど、欄を分けて残して」

 

「はい」

 

ハルは頷いた。

 

名前が出た。

 

だが、それは答えではない。

 

空欄ではなくなった。

けれど、そこに何を背負わせるかは、まだ決められない。

 

M. Taurus。

Marek Taurus。

 

短い表記が、少しだけ人の名前に近づいた。

 

それだけだった。

 

それでも、何もない欄とは違う。

 

機械は応答していた。

人の声は、途中から薄くなっていた。

その薄くなる前の欄に、名前が残っていた。

 

ハルは、二つの名前を並べたまま保存した。

 

保存完了の表示が出る。

 

フロアの音が戻ってきた。

 

端末の起動音。

誰かの業務連絡。

プリンタが紙を送る音。

椅子を引く音。

 

ここには、まだ人の音がある。

 

画面の向こうでは、機械の信号だけが長く残り、人の応答は細くなっていた。

 

Marek Taurusという文字列だけが、端末の白い光の中で、静かに残っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

Scene 4 外部支援申請処理状況補足回答

 

 

Marek Taurus。

 

現地応答状況補足回答の過去応答者欄に残っていたその名前を、ハル・イルマは作業表へ移した。

 

過去応答者。

Marek Taurus。

 

受入側連絡欄の M. Taurus と、過去応答者の Marek Taurus。

 

つながって見える。

 

だが、まだ同一人物とは書けない。

 

ハルは作業表を保存し、回答一覧へ戻った。

 

支援受領実績補足回答。

現地応答状況補足回答。

 

その下に、まだ開いていない件名がある。

 

外部支援申請処理状況補足回答。

 

現地側には、応答していた人がいたのかもしれない。

 

では、外から支援しようとしていた側は、どう処理されていたのか。

 

ハルは、外部支援申請処理状況補足回答を選んだ。

 

画面が切り替わる。

 

――――――――――――――――――――――

【外部支援申請処理状況補足回答】

 

回答区分:一部回答

 

回答範囲:外部支援申請処理状況照会範囲内

 

注意事項:本回答は照会対象項目に限定される。

     上位管理案件の閲覧解除を意味しない。

     関連案件本体記録の開示を含まない。

――――――――――――――――――――――

 

ハルは、まずそこを読む。

 

三つ目も、回答範囲は限定されていた。

 

「申請処理状況と、支援実績は分けて見て」

 

横から、アヤ・ミナセの声がした。

 

ハルは画面から目を離さずに答える。

 

「はい」

 

「申請があることと、支援が届いたことは同じじゃない」

 

「分かっています」

 

「なら、処理状況の言葉をそのまま読むこと」

 

アヤは、それ以上は言わなかった。

 

答えを教える声ではない。

読み方の線を引く声だった。

 

ハルは表示を下へ送った。

 

――――――――――――――――――――――

申請元:

Earth Sphere Regional Support Agency

 

登録略称:

ERSA

――――――――――――――――――――――

 

その文字列に、ハルの指が止まる。

 

初めて見る名前ではなかった。

 

公開データと外部支援申請状況を追った時に、一度見ている名前だった。

支援船接近許可。

管制判断待ち。

外から手を伸ばそうとした記録の中に残っていた略称。

 

ERSA。

 

ハルは、その名前を初出として扱わない。

 

作業表へ、静かに移す。

 

――――――――――――――――――――――

申請元:Earth Sphere Regional Support Agency。

登録略称:ERSA。

――――――――――――――――――――――

 

それだけだった。

 

組織の説明は、まだ書かない。

誰が所属していたのかも分からない。

何を見たのかも、ここにはない。

 

ただ、外部支援申請処理状況の中に、申請元としてその名前が残っている。

 

次の欄を開く。

 

――――――――――――――――――――――

申請単位:先行支援班

――――――――――――――――――――――

 

ハルは、その表記を見つめた。

 

名前だけではなかった。

 

申請元という団体名の下に、処理単位がある。

 

先行支援班。

 

支援しようとした何かが、単なる申請書の文字だけではなく、実際の処理単位として残っている。

 

ハルは、確認メモに新しい欄を作った。

 

――――――――――――――――――――――

申請単位:先行支援班。

――――――――――――――――――――――

 

それ以上は書かない。

 

誰がいたのか。

何を担っていたのか。

現地で何を見たのか。

 

そこまでは、まだ言えない。

 

「先行支援班の表記は、確認対象として残して」

 

アヤが短く言った。

 

「役割までは書かない、ですね」

 

「そう。申請単位として残っている。それだけ」

 

ハルは頷いた。

 

画面には、申請種別が並んでいる。

 

――――――――――――――――――――――

支援船接近許可。

物資搬入許可。

現地受入確認。

補給経路一時使用申請。

――――――――――――――――――――――

 

どれも、現地へ何かを届けるための手続きだった。

 

支援船を近づける。

物資を入れる。

受け入れ可能かを確かめる。

補給経路を一時的に使う。

 

外から手を伸ばすための言葉が並んでいる。

 

だが、それらは、届いたことを示す言葉ではなかった。

 

ハルは処理状況欄を開いた。

 

――――――――――――――――――――――

支援船接近許可:

管制判断待ち

 

物資搬入許可:

所管照会中

 

現地受入確認:

優先順位確認中

 

補給経路一時使用申請:

安全確認継続

 

関連搬入経路:

再調整中

――――――――――――――――――――――

 

拒否ではない。

 

だが、完了でもない。

 

画面の中には、不許可の文字はなかった。

支援停止とも、却下とも書かれていない。

 

その代わりに、確認中、判断待ち、所管照会中、再調整中という言葉が並んでいる。

 

止められた記録はない。

 

進んだ記録もない。

 

手続きの中では、まだ処理の途中に置かれている。

だが、現地から見れば、その途中は届かなかったことと変わらない。

 

「確認中は、拒否ではない」

 

アヤが言った。

 

ハルは、画面を見たまま答える。

 

「でも、完了でもない」

 

「そのまま残して」

 

ハルは作業表へ入力した。

 

――――――――――――――――――――――

処理状況:

管制判断待ち。

所管照会中。

優先順位確認中。

安全確認継続。

再調整中。

 

処理結果:

搬入完了記録なし。

受領確認記録なし。

――――――――――――――――――――――

 

それは、判断ではなかった。

 

だが、並べるだけで重かった。

 

申請はある。

許可申請もある。

処理状況もある。

 

それでも、搬入完了も、受領確認もない。

 

ハルは、補足欄を開いた。

 

――――――――――――――――――――――

補足:

現地側連絡照合あり

 

連絡表記:

M. Taurus

――――――――――――――――――――――

 

指が止まった。

 

ここでは、また短い表記だった。

 

支援受領実績補足回答で見た受入側連絡欄。

現地応答状況補足回答で見た過去応答者、Marek Taurus。

 

その二つの間に置かれるように、外部支援申請処理状況の補足欄にも、M. Taurusという表記が残っている。

 

ハルはすぐにメモへ移さなかった。

 

まず、自分の中で言葉を止める。

 

同じ人物の可能性はある。

だが、まだ同一とは書けない。

役職も分からない。

現地代表とも、支援要請者とも書かれていない。

 

ただ、同じ表記がある。

 

現地側連絡照合。

 

支援しようとした側の処理欄に、受け取る側らしき連絡表記が残っている。

 

「また、その名前か」

 

ソウマ・ナギが低く言った。

 

ハルは頷かなかった。

 

頷くには、まだ早かった。

 

「同じ表記があるだけだ」

 

「分かってる」

 

ソウマは珍しく、すぐにそう返した。

 

「でも、嫌な並びだな」

 

ハルは否定しなかった。

 

申請元。

ERSA。

 

申請単位。

先行支援班。

 

現地側連絡照合。

M. Taurus。

 

処理状況。

判断待ち。

照会中。

確認中。

再調整中。

 

支援しようとした側がいる。

受け取る側らしき名前がある。

その間には、処理の途中を示す言葉が並んでいる。

 

だが、搬入完了はない。

受領確認もない。

 

申請はある。

名前もある。

手続きもある。

 

到達だけがない。

 

リア・セレスが、少し離れた席から静かに言った。

 

「来ようとしていた側と、待っていた側が両方出ている」

 

ハルは顔を上げた。

 

リアは、こちらを見ていた。

 

「でも、到達記録がない」

 

ソウマが小さく息を吐く。

 

「それ、いちばん嫌な止まり方だな」

 

リアはそれ以上言わなかった。

 

ハルは作業表に、三つの欄を分けて作った。

 

支援側。

現地側らしき連絡表記。

処理状況。

 

それぞれに、確認できたものだけを置く。

 

――――――――――――――――――――――

支援側:

Earth Sphere Regional Support Agency/ERSA

申請単位:先行支援班

 

現地側らしき連絡表記:

現地側連絡照合あり

連絡表記:M. Taurus

 

処理状況:

管制判断待ち

所管照会中

優先順位確認中

安全確認継続

再調整中

 

結果:

搬入完了記録なし

受領確認記録なし

――――――――――――――――――――――

 

線で結ばない。

 

まだ、線ではない。

 

ただ、同じ画面の中で、近い場所に並んでいる。

 

ハルは、その事実だけを残した。

 

このまま主任へ持っていくには、まだ情報が散らばりすぎている。

判断ではなく、確認対象として整理しなければならない。

 

ハルは、メモの末尾に一行を追加した。

 

外部支援申請処理停滞理由の確認要。

 

入力してから、少しだけ止まる。

 

停滞。

 

その言葉も、強すぎるかもしれない。

 

ハルは考え、表記を少し変えた。

 

――――――――――――――――――――――

外部支援申請処理状況の追加確認要。

――――――――――――――――――――――

 

それなら、まだ書ける。

 

進まなかった理由は、まだ分からない。

誰かが止めたとも書けない。

なぜ止まったのかも、まだ見えていない。

 

だが、確認する必要はある。

 

アヤが、画面の端を見て言った。

 

「その形ならいい」

 

「理由までは、まだ書けません」

 

「書けないなら、書かない。確認対象として残すだけ」

 

「はい」

 

ハルは、作業表を保存した。

 

保存完了の表示が出る。

 

端末の白い光の中で、ERSAという略称と、先行支援班という表記と、M. Taurusという短い連絡表記が、別々の欄に残っていた。

 

まだ、ひとつの線ではない。

 

けれど、空欄でもなかった。

 

外から手を伸ばした側はいた。

受け取る側らしき名前もある。

処理は拒否ではない。

 

だが、到達でもない。

 

ハルは外部支援申請処理状況補足回答へ戻った。

 

その下部に、もう一つ関連項目が残っていた。

 

支援停滞理由照会履歴。

 

次に見るべきものは、少しだけ絞られていた。

 

支援側は、なぜ止まったと見ていたのか。

あるいは、それは止まったと呼べるものだったのか。

 

ハルは、まだその関連項目を開かなかった。

 

画面の上には、未確認の関連履歴が、静かに残っていた。

 

 

 




後編に続く
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