機動戦士ガンダム Beyond the Axis 作:Hisa/Coco
Scene 7 短時間ではない
端末の時刻表示が、さらに進んでいた。
ハルは、何度目かの保存を行った。
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【ローカル記録】
保存済み
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保存済み。
それだけは確実に出る。
外へ届いているかは分からない。レオンと同じ記録を見ているかも分からない。カーンの外側端末に、どこまでこちらの状態が出ているかも分からない。
けれど、端末内には残っている。
ハルは、その一点にしがみつくように、入力欄を閉じなかった。
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【安全確認】
処理継続中
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【推定待機】
短時間
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同じ表示が続いていた。
短時間という言葉だけが、変わらないまま残っていた。
ハルは、記録欄を開いた。
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【ローカル記録】
安全確認処理、継続。
推定待機表示、短時間のまま変化なし。
外部同期、復帰なし。
安全ロック、固定継続。
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そこで指が止まった。
短時間ではない。
そう書くことはできた。
だが、ハルはその言葉をそのまま記録欄へ入れなかった。
短時間かどうかを決める基準が表示されていない。旧式端末の手順上、短時間の定義が何分なのかも分からない。外側の管理端末に別の表示が出ている可能性も、完全には否定できない。
だから、書けるのは結論ではなかった。
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【ローカル記録】
推定待機「短時間」表示と実経過の整合、要確認。
短時間表示の定義、未表示。
解除予定時刻、未表示。
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ハルは、入力した文を読み返した。
冷静すぎる文だった。
今の状況に比べると、あまりにも淡々としている。
だが、淡々としていなければ、記録にはならなかった。
透明パネルの向こうで、レオンが外部端末を操作していた。何かを話している。カーンはその横で、変わらない姿勢を保っていた。
声は、ところどころしか届かなかった。
「上席……報告……」
「通常対応……」
「単独行動……違う……」
ハルはその言葉に、指を止めた。
単独行動。
その単語だけは、記録に残す必要があった。
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【ローカル記録】
外側聞取範囲:上席、報告。通常対応。単独行動、違う。
説明全体の確認不可。
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ハルは、息を整えた。
レオンは外側で動いている。
見捨てられてはいない。
そう思った。
けれど、それも記録には書かなかった。
記録に書けるのは、外側同行者が視認可能であること。外部側で上席報告らしき会話があったこと。単独行動という言葉に対し、否定らしき発言があったこと。
それだけだった。
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【ローカル記録】
同行者、外部側に視認可能。
外部側で上席報告に関する会話あり。
「単独行動」に対する否定らしき発言あり。
前後不明。
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その記録を保存した時、端末がまた短く震えた。
新しい表示はなかった。
ただ、保存済みの文字だけが残った。
◇ ◇ ◇
Scene 8 長い待機
待機は、待機のまま伸びていった。
途中から、ハルは時刻を細かく追うのをやめた。
時刻を追えば追うほど、表示とのズレばかりが大きくなる。けれど、記録をやめるわけにはいかなかった。
ハルは、一定の間隔で状態だけを残した。
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【ローカル記録】
待機継続。
安全ロック固定継続。
外部同期復帰なし。
音声同期、不安定。
空調音、不安定。
体感温度、低下傾向。
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同じことを、同じ形で繰り返さないようにした。
変化がないことも、記録の一部だった。
変化がないまま時間が進む。
それが、いちばん残しにくかった。
外側のレオンは、一度姿勢を変えた。何かを確認し、端末に入力し、カーンへ問いかけていた。パネル越しに見える動きは、止まっていない。
だが、こちらの状態は変わらなかった。
ハルは、自分の端末に残る記録をスクロールした。
安全ロック。
外部同期保留。
ローカル記録。
短時間表示。
実経過との整合、要確認。
解除予定時刻、未表示。
言葉は並んでいる。
並べれば、傾向になる。
以前、レオンに言われたことを思い出した。
結論を書くな。
並べろ。
ハルはもう一度、入力欄に戻った。
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【ローカル記録】
待機状態そのものを記録対象として継続。
表示と実経過の差、確認継続。
原因:未確認。
判断:保留。
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打ち終えたあと、ハルは少しだけ目を閉じた。
眠るためではない。
余計な言葉を入れないためだった。
ここが何なのか。
なぜ解除されないのか。
外側で何が起きているのか。
カーンの説明はどこまで正しいのか。
考え始めれば、いくらでも言葉は出てくる。
だが、そのほとんどは記録ではなかった。
ハルは目を開け、透明パネルの向こうを見た。
レオンの姿は、まだあった。
ただ、声はほとんど届かなくなっていた。
音として届く時もある。だが、言葉になる前に薄れてしまう。パネルの向こうの動きだけが、白い管理導線の中に残っていた。
ハルは記録した。
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【ローカル記録】
外部側視認、継続。
音声内容、判別困難。
こちらからの音声到達、確認不可。
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その時、旧端末室の奥で、小さな音がした。
端末の音ではなかった。
空調の音でもなかった。
壁の向こう側で、何かが軋むような、低く古い音だった。
ハルは、その音をすぐには記録しなかった。
気のせいかもしれない。
旧式設備の駆動音かもしれない。
ただ、待機の中で初めて、外側のレオンでも、端末表示でも、カーンの説明でもないものが聞こえた。
ハルは、画面に短く残した。
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【ローカル記録】
壁面奥より微弱な金属音。
発生源:未確認。
継続性:要確認。
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◇ ◇ ◇
Scene 9 レオンの報告
レオンは、透明パネルの外側で端末を握り直した。
ハルの姿は見えている。
確認ブース内にいる。記録端末を持っている。意識もある。何度かこちらの声に反応した。
だが、位置同期は戻らなかった。
外部端末連携は、更新待機のまま固定されている。音声同期も不安定。安全ロックは解除予定時刻を示さない。
レオンは、外側端末の表示を時刻付きで記録した。
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【同行者確認記録】
対象:ハル・イルマ監査官補
状態:確認ブース内
視認:可能
位置同期:不安定
外部端末連携:更新待機
安全ロック:固定
解除予定時刻:未表示
現地管理側説明:安全確認中
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「カーン調整官」
レオンは声を抑えた。
「解除予定時刻が出ていません。安全確認中という説明だけでは、同行者確認として不足です」
カーンは、外側端末を確認した。
「旧式端末の保護手順です。現時点では、処理中断は推奨されません」
「それは先ほど聞きました。今確認しているのは、解除予定時刻です」
「安全確認の完了後に解除されます」
「完了見込みは」
カーンは、すぐには答えなかった。
ほんのわずかな間だった。
だが、レオンはその間も記録した。
「見込み表示は、現時点では未反映です」
「では、そのまま残します」
レオンは、自分の端末からマカベへ連絡を入れた。
通信はすぐにつながったわけではない。現地管理導線内の通信は、外部中継をいくつか挟んでいた。数秒の遅れのあと、マカベの声が返った。
「どうした」
「イルマが旧応答ログ確認端末の確認ブース内で安全ロック固定。視認はできますが、位置同期と外部端末連携が不安定です。解除予定時刻は未表示。現地管理側は安全確認中との説明です」
マカベは、短く息を置いた。
「イルマの単独行動か」
「違います。同行者確認下での旧端末再認証手続きです。こちらで時刻と説明を押さえています」
「記録を切るな」
マカベの声は低かった。
「カーン調整官の説明は、時刻付きで残せ。イルマの単独行動にはするな」
「了解しました」
「感情で押すな。通常対応として上席報告を継続しろ」
「そのつもりです」
レオンは通信を維持したまま、もう一度透明パネルの向こうを見た。
ハルは、記録端末に向かっていた。
まだ記録している。
レオンは、その事実を自分の記録にも残した。
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【同行者確認記録】
対象者、記録端末操作継続。
意識あり。
外部側呼びかけへの反応、一部確認。
単独行動ではなく、同行者確認下の再認証手続き中。
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カーンは、その記録を止めなかった。
止めない。
だが、解除もしない。
レオンはその二つを、同じ画面の別々の欄に残した。
◇ ◇ ◇
Scene 10 旧い音
ハルの端末には、外側の会話はほとんど届かなくなっていた。
その代わりに、壁の奥の音が少しずつはっきりしてきた。
金属が軋む音。
遠くで何かが叩かれるような音。
空気が細い隙間を通るような音。
どれも小さかった。声ではない。意味のある言葉でもない。
ハルは、音を断定しなかった。
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【ローカル記録】
壁面奥より断続的な金属音。
空調音とは別系統の可能性。
発生源:未確認。
内容判別:不可。
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旧応答ログ確認端末の画面は、相変わらず処理継続を示していた。
だが、端末室の空気は変わっていた。
床に近い位置から、わずかに冷たい流れが入り込んでいる。最初は空調の揺れかと思った。けれど、流れの向きが一定ではなかった。足元から壁際へ、壁際から端末の下へ、細く回り込む。
ハルは、壁の下部を見た。
白いパネルの継ぎ目があった。
現行管理導線の壁に見えていたが、その一部だけが古かった。新しい白い板の下に、別の規格の金属縁が見えている。
ハルは近づきすぎなかった。
安全ロック中に不用意に動けば、手順逸脱として記録される可能性がある。レオンの「動くな」という断片も、まだ記録に残っている。
だから、見える範囲だけを残した。
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【ローカル記録】
確認ブース側面下部に旧規格と思われる継ぎ目あり。
冷気の流入を体感。
発生源:未確認。
接触確認:実施せず。
理由:安全ロック固定中。同行者指示の聞取範囲に「動くな」あり。
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音が止まった。
数秒だけ、何も聞こえなくなった。
それから、また別の音がした。
今度は、金属を叩く音に近かった。
一度。
間を置いて、もう一度。
ハルは息を整えた。
端末の駆動音ではない。
空調でもない。
だが、それが何かは分からない。
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【ローカル記録】
側面奥より打音のような音。
回数:二回。
声ではない。
内容判別不可。
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声ではない。
そう書いたあと、ハルは自分の指が止まっていることに気づいた。
声ではない、と書けるということは、声かどうかを考えているということだった。
白い管理導線の向こう側。
見せられなかった場所。
人の気配があるようで、表示には出てこなかった場所。
そこへ、自分は近づいているのだろうか。
ハルは、その考えを記録には入れなかった。
代わりに、未確認事項として残した。
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【ローカル記録】
側面奥の音について、追加確認要。
現時点では設備音、作業音、その他の判別不可。
判断保留。
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その時、また音がした。
今度は、少し近かった。
◇ ◇ ◇
Scene 11 壁の向こうの声
三度目の音は、打音だけでは終わらなかった。
金属の擦れる音が続いた。壁の下部ではなく、側面の少し高い位置からだった。古いパネルの向こうで、何かが動いている。
ハルは旧端末の画面と透明パネルの向こうを見比べた。
外側のレオンは、こちらに気づいているようだった。だが、声は届かない。パネル越しに何かを言っている。カーンも外側端末を操作している。
ハルは、音のする方へ一歩だけ向きを変えた。
足元の安全ラインは越えていない。
端末の警告も出ていない。
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【ローカル記録】
側面パネル奥より継続音。
位置:確認ブース右側面。
安全ライン内で視認のみ。
端末警告:現時点で追加表示なし。
――――――――――――――――――――――
金属音が止まった。
次に届いたのは、声だった。
「……誰かいるの?」
ハルは動かなかった。
声は、パネルの向こうのレオンからではない。
外側通路からでもない。
白い管理導線の内側ではなく、壁の向こうからだった。
「返事して。聞こえる?」
女性の声だった。
若い。だが、慌ててはいない。短く、現場で確認するための声だった。
ハルは喉の奥が乾いていることに気づいた。
すぐに答えようとして、記録端末を握り直した。
聞こえた。
声だった。
それを先に残す。
――――――――――――――――――――――
【ローカル記録】
壁面側より音声到達。
聞取範囲:「誰かいるの?」「返事して。聞こえる?」
声の発生源:確認ブース右側面奥。
外部同行者側とは別方向。
――――――――――――――――――――――
「聞こえます」
ハルは答えた。
声が向こうへ届いたかは分からなかった。
少し間があった。
その後、金属音がまた近づいた。狭い隙間から、細い光が漏れた。白い管理導線の照明とは違う光だった。やや黄色く、手元を照らすための作業灯のようだった。
「動かないで。今、開ける」
声が言った。
ハルはその言葉を記録した。
――――――――――――――――――――――
【ローカル記録】
聞取範囲:「動かないで。今、開ける」
側面隙間より作業灯と思われる光を確認。
――――――――――――――――――――――
透明パネルの向こうで、レオンが何かを叫んだ。
だが、その声は届かなかった。
代わりに、側面のパネルが小さく震えた。
古い固定具が外れる音がした。パネルの一部が、内側へではなく、横へずれる。そこに、人が通るには狭い開口部ができた。
光が差し込んだ。
その向こうに、人影があった。
白い管理導線の服ではなかった。
濃い色の作業服。肩に装備。胸元に識別タグ。手元には小型ライト。背後にも、もうひとり分の影が動いているように見えた。
開口部の向こうは、白い管理導線ではなかった。
狭く、暗く、配管の影が多い通路だった。
女性がライトを少し下げた。
「立てる?」
「はい」
「記録端末、持って」
ハルは反射的に端末を持ち直した。
女性は、開口部の縁に手をかけた。
「説明は後。ここ、次に閉じる」
その言葉は、命令に近かった。
だが、乱暴ではなかった。
ハルは透明パネルの向こうを見た。
レオンがこちらを見ていた。
届かない声で、何かを言っている。
ハルは記録端末を握ったまま、短く頷いた。
届いたかは分からない。
それでも、頷かずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇
Scene 12 人がいる方
開口部の向こうの女性は、手早く身分を示した。
ライトの光が、胸元の識別タグを照らした。
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【ERSA】
RENA MARBET
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レナ・マーベット。
ハルはその文字を見た。
ERSA。
記録の中で何度も見た名前だった。
だが、目の前の人物は、記録の欄ではなかった。端末上の組織名でも、支援申請の処理履歴でもなかった。
作業灯を持ち、白い管理導線ではない場所から来た人間だった。
「FABの、イルマです」
ハルは名乗ろうとした。
レナは短く首を振った。
「名乗るのは後」
その言い方に、余計な緊張はなかった。
ただ、今ここで優先するものが決まっている声だった。
「足元、見て。端末は落とさないで」
ハルは言われたとおり、足元を見た。
開口部の向こうには、白い床ではなく、古い金属板が続いていた。幅は狭い。壁のすぐ横を配管が走り、手すりの一部は後から付け足されたように見えた。遠くに、人の気配があった。工具の音。短い指示。作業灯の揺れ。
ハルは、まだそこを何と呼べばいいのか分からなかった。
旧い通路。
白い管理導線ではない場所。
作業灯と人の気配がある場所。
今のハルに書けるのは、その程度だった。
レナは、開口部の外から手を差し出した。
「こっち」
ハルは一瞬、透明パネルの向こうを振り返った。
レオンは、まだ外側にいた。
カーンもいた。
白い管理導線の中にいる二人は見えている。だが、声は届かない。こちらの記録も外へ届いているか分からない。
レオンが何かを言った。
ハルは、聞き取れなかった。
聞こえなかった言葉を、勝手に補うことはできなかった。
だから、ハルは端末を開き、短く残した。
――――――――――――――――――――――
【ローカル記録】
ERSA識別タグ確認。
RENA MARBET。
開口部の向こうに狭い通路あり。
白い管理導線とは別構造。
作業灯、人の気配あり。
レオン先輩の姿、視認可能。
音声、判別不能。
――――――――――――――――――――――
「早く」
レナの声が、すぐ近くで響いた。
ハルは端末を胸の前で抱えるように持った。
開口部をくぐる時、肩が金属縁に触れた。冷たかった。白い確認ブースの空気とは違う、湿った冷たさだった。
足が狭い通路の金属板に乗った瞬間、床の感触が変わった。
固い。
薄い。
下に空間があるような響きだった。
レナはハルの腕を軽く支えた。
「立てるね」
「はい」
「なら進む。ここでは止まらない」
「どこへ――」
ハルの問いに、レナは前を向いたまま答えた。
「人がいる方」
その言葉は、短かった。
説明ではなかった。
地図でも、許可でも、手順でもなかった。
けれど、ハルが何時間も白い確認ブースの中で残し続けたどの表示よりも、はっきりしていた。
人がいる方。
書類の向こう側。
記録の中で空白になっていた場所。
ハルは記録端末を持ったまま、レナの作業灯の光を追った。
背後では、白い管理導線の光が細くなっていく。
外部同期は戻っていない。
ローカル記録は、まだ端末の中にある。
レオンとは、まだ再合流していない。
それでも、ハルは初めて、管理導線ではない通路へ足を踏み入れた。
作業灯が揺れた。
その先に、誰かの声があった。
次話に続きます。