Beyond the Axis   作:Hisa/Coco

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続きです。


第6話 届かない支援(前編)

Scene 1 公開データ

 

支援は、続いていることになっていた。

 

少なくとも、公開されている情報の上では。

 

ハル・イルマは、通常業務の合間に連邦公開復興進捗データを開いていた。FAB内部の監査端末ではなく、外部向けに整えられた公表情報だ。誰でも閲覧できる。少なくとも、連邦政府はそう説明している。

 

専門用語は減らされ、見出しは丸く整えられている。住民向けというより、外に向けて見せるための資料だった。

 

ハルは検索条件を入れた。サイド2外縁居住区、第七環境維持区画、旧式居住区支援計画。C-17という文字は、まだ入れなかった。正面からそこへ触れることが何を意味するのか、この数日で少しだけ学んでいた。案件を追うな、周辺を見ろ。レオンの言葉は、まだ残っている。

 

画面に、公表用の一覧が表示される。

 

――――――――――――――――――――――

旧式居住区支援計画:継続中

生活物資搬入:順次対応

環境維持装置更新:段階的実施中

現地通信:応答確認中

安全確認:継続中

――――――――――――――――――――――

 

どれも、きれいな言葉だった。

一見すると、問題はない。支援は止まっていない。作業は続いている。確認も行われている。そう読める。いや、そう読ませるための言葉なのだと、ハルには思えた。

 

端末の横に作業表を開いた。

 

――――――――――――――――――――――

第七環境維持区画 周辺支援記録比較

C-15 / C-16 / 空欄 / C-18 / C-21

――――――――――――――――――――――

 

その中央に残した空欄を、ハルは一度だけ見た。

公開データでは、そこに空欄はない。支援計画全体として、きれいに整えられている。

 

公開用の言葉は、内部記録よりも滑らかだった。角が落とされ、読みやすくされ、余計な引っかかりが消されている。けれど、ハルにはその滑らかさが気になった。その向こうにあるはずの生活音だけが、妙に遠く感じられた。

 

誰かが水を使う音。古い空調が回る音。廊下を歩く足音。配給を待つ列のざわめき。

 

そういうものが、この画面にはない。もちろん、公開データに生活音が載るはずはない。それでも、支援継続中という言葉の向こうに、人の気配が薄すぎる気がした。

 

「公開データまで見るのかよ」

 

斜め後ろから、ソウマ・ナギの声がした。

 

「内部記録だけだと、届いたかどうかが見えない」

 

「で、公開データなら見えるって?」

 

「……見えるはずだった」

 

ソウマは少しだけ黙り、ハルの画面を横から見た。整然と並ぶ公表文。継続中、順次対応、応答確認中。

 

「便利だな。この言葉」

 

「便利?」

 

「続いてるように見える」

 

続いているように見える。たぶん、それは正しかった。断言しているわけではない。ただ、続いているように見せている。順次対応、段階的実施中、応答確認中。進んでいるようにも止まっているようにも見えるが、誰かが責任を取らなければならないほどにははっきりしていない。

 

「嘘ってわけじゃないんだろうな」

 

「たぶん。だから厄介なんだと思う」

 

ハルは詳細欄を開いた。

 

――――――――――――――――――――――

支援対象:サイド2外縁居住区群、第七環境維持区画を含む外縁保守対象区域

実施内容:生活物資搬入支援、環境維持装置更新、医療支援再開準備、通信確認、安全確認

進捗:継続中

――――――――――――――――――――――

 

その下に、小さく補足があった。

 

――――――――――――――――――――――

一部区域については、管制および安全確認の都合により、段階的対応を実施中。

――――――――――――――――――――――

 

指が止まる。

 

一部区域。それがどこを指しているのか、公開データには書かれていない。理由はいくらでもつけられる。住民保護のため、混乱防止のため、安全確認のため。けれど、そのぼかされた一部区域の中に、あの空白が含まれているのではないか。そう考えると、画面の見え方が少し変わった。

 

「一部区域、ね」

 

ソウマがぼそりと言う。

 

「広い言葉だな」

 

「広い方が、便利だから」

 

言ってから、その言葉が少し嫌になった。便利、表示上、確認中、通常監査対象外。この数日で、覚えたくもない言葉ばかり増えていく。

 

画面の右側に、関連項目が表示されていた。

 

――――――――――――――――――――――

公開更新履歴

支援物資搬入公表記録

環境維持装置更新公表一覧

外部支援申請状況

――――――――――――――――――――――

 

ハルの視線が、最後の項目で止まる。内部資料ではこれまで中心に出てこなかった項目だった。

まず支援物資搬入公表記録を選んだ。

 

――――――――――――――――――――――

サイド2外縁居住区群

支援物資搬入:順次対応

直近更新:確認中

搬入経路:安全確認後に再開

対象区域:一部調整中

――――――――――――――――――――――

 

止まっているとは読ませない。けれど、届いたことまでは示さない。

 

周辺区画の記録が、ハルの頭に戻ってくる。予算は動いていた。委託報告もあった。完了の印もあった。公開データでも、その欠落は形を変えなかった。言葉は動いている。制度も動いているように見える。だが、届いたことを示す記録はここにもなかった。

 

「ハル」

 

ソウマの声が少し低くなった。

 

「これ、公開データなんだよな。外向けで、これか」

 

ハルは頷かなかった。頷いてしまえば、何かを認めることになる気がした。

 

公表情報はきれいだった。支援は続いている、確認は行われている、必要な手続きは進んでいる。だが、そこには受け取った側の声がない。誰が受け取ったのか、いつ届いたのか、どの区画でどれだけの生活が支えられたのか。その部分だけが、公開用の言葉の奥へ沈んでいた。

 

外部支援申請状況を検索すると、結果が出た。

 

――――――――――――――――――――――

対象区域を含む支援申請あり

詳細確認には追加照会が必要です。

――――――――――――――――――――――

 

「まだ先があるってことか」

 

「たぶん」

 

内部記録でも、公開データでも、支援は動いていることになっていた。それでも、あの区画に届いたことを示す記録だけは、どこにも見つからなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

Scene 2 外部支援申請

 

外部支援申請状況の画面を開いた。

 

公表用に整理された申請履歴が、一覧として表示される。

 

――――――――――――――――――――――

生活物資搬入支援:外部支援団体からの申請/処理状況:搬入経路再調整中/最終更新:U.C.0114年二月十七日

医療物資輸送支援:地球圏地域支援機構からの申請/処理状況:医療支援優先順位確認中/最終更新:二月十九日

環境維持装置補修部品搬入:登録補修支援事業者からの申請/処理状況:安全確認および所管照会中/最終更新:二月二十日

――――――――――――――――――――――

 

拒否という文字は、どこにもなかった。却下も、不許可も、支援停止もない。ただ、確認中、再調整中、所管照会中、優先順位確認中。現地到達、受領確認、搬入完了の欄だけが、どの申請でも空いている。

 

「これ、止まってるってことか?」

 

ソウマ・ナギが、横から低く言った。

 

「手続き上は、まだ動いてる扱いだ。でも、現地に着いた記録はない」

 

少し離れた席にいたリア・セレスが、画面を一度だけ見た。

 

「届いてないなら、現地から見れば同じ」

 

短い言葉だった。それだけで、十分だった。書類上では確認中、手続き上では再調整中、公表上では継続中。だが、待つ側から見れば、今日も届かない。

 

申請一覧の時系列を開いた。

 

――――――――――――――――――――――

生活物資搬入支援:初回申請 → 補足資料提出 → 搬入経路再照会 → 回答済み → 搬入経路再調整中

医療物資輸送支援:初回申請 → 優先順位照会 → 回答済み → 医療支援優先順位確認中

環境維持装置補修部品搬入:部品型式照会 → 回答済み → 安全確認 → 所管照会中

――――――――――――――――――――――

 

支援側は、一度だけ申請して終わったわけではなかった。補足資料がある。照会への回答もある。再提出の記録もある。外から手を伸ばした者はいた。けれど、その手は記録の中で途切れていた。

 

「なかったことには、なってないんだな。申請は残ってる」

 

「じゃあ余計に嫌だな」

 

「どうして」

 

「来ようとしてたってことだろ」

 

ソウマの声は、いつもより少し硬かった。

 

「来ようとしてて、届いてない」

 

その通りだった。支援がなかったわけではない。誰も動かなかったわけでもない。外から見ても、あの外縁区画には何かが必要だと判断した者がいた。それでも、支援は現地到達の手前で止まっている。

 

一覧の下部へスクロールすると、もう一件あった。

 

――――――――――――――――――――――

申請区分:支援船接近許可

申請元:Earth Sphere Regional Support Agency

登録略称:ERSA

処理状況:管制判断待ち

最終更新:U.C.0114年二月二十二日

――――――――――――――――――――――

 

ハルの視線が、そこで留まった。

 

「支援機構か?」

 

「たぶん」

 

詳しい説明は出ていない。登録支援団体、支援船運用資格あり、医療・生活物資輸送対応。それだけだった。だが、支援船接近許可という項目は、これまで見てきた申請より少し具体的だった。生活物資や医療物資を届けるための入口そのものだ。その入口が、管制判断待ちで止まっている。

 

詳細を開こうとすると、表示が出た。

 

――――――――――――――――――――――

詳細確認には追加照会が必要です。

――――――――――――――――――――――

 

「追加照会って、また申請か?」

 

「たぶん」

 

「たぶん多いな、今日」

 

「断定できることが少ない」

 

そう言ってから、少しだけ息を吐いた。必要な言葉だけを選んでいるうちに、届く前で止まっているという事実まで薄くなっていく気がした。

 

確認中、再調整中、所管照会中、管制判断待ち、優先順位確認中。それぞれは別の言葉だった。だが、どれも同じ場所で止まっているように見える。届く前、現地へ向かう前、受領記録が残る前。支援は、その手前で止まっている。止まっているとは書かれていないまま。

 

リアが、静かに言った。

 

「拒否じゃない方が、待つ側は長く待つ。拒否なら、別の道を探せる。確認中は、待つしかない」

 

怒りはなかった。だからこそ、重かった。

 

ハルは作業表に項目名だけを追加した。

 

――――――――――――――――――――――

外部支援申請状況

各申請の処理状況:確認中または再調整中

現地到達記録:未確認

――――――――――――――――――――――

 

感情は入れない。推測も入れない。ただ、並べる。

最後にもう一度、ERSAという略称を見た。外から手を伸ばした者のひとつとして、その名前は記録の中に残っている。ハルは、その名前を覚えた。それだけだった。

 

支援は、なかったわけではない。申請も、補足資料も、再照会への回答も残っていた。それでも、現地到達の欄だけは空いている。拒否とは、どこにも書かれていなかった。けれど支援は、届く前で止まっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

Scene 3 待つ側

 

確認中。

 

その言葉は、何度見ても同じ形をしていた。見るたびに、リアの言葉がハル・イルマの中で重なる。確認中は、待つしかない。

 

ハルは外部支援申請状況の画面を閉じずにいた。一覧をもう一度開くわけではない。ただ、処理状況の欄に並ぶ短い言葉だけを見ていた。確認中、再調整中、所管照会中、管制判断待ち。どれも終わったとは書かれていない。拒否されたとも書かれていない。だから、手続き上はまだ動いている扱いになる。

 

「確認中って、つまりまだ動いてるってことだよな」

 

ソウマ・ナギが言った。画面を覗き込むというより、距離を置いたまま聞いている。軽口にするには少し重い。けれど黙っているには、画面の言葉が引っかかる。そんな声だった。

 

「手続き上は」

 

「手続き上は、か」

 

ソウマは小さく息を吐いた。

 

「拒否じゃないなら、まだ可能性はあるってことじゃないのか」

 

少し離れた席で、リア・セレスが画面を見ていた。長く説明するつもりはなさそうだった。ただ、短く言う。

 

「空気も、薬も、食料も、待ってくれない」

 

ハルは画面から目を離せなかった。リアは現地を直接見ているわけではない。それでも彼女の言葉には、古い居住区で暮らす人間の感覚があった。補給が遅れること、確認が長引くこと、次の便を待つこと。それが生活の中でどういう重さを持つのか。地球の行政都市で育ったハルには、まだ実感としては足りない。

 

一覧の最終更新日を確認した。二月十七日、二月十九日、二月二十日、二月二十二日。それぞれの申請が、そこで止まっている。

 

現在日付との差を、ハルは頭の中で数えた。数えるほどに、それは単なる待機ではなくなっていった。

 

公開データ上では支援は継続中、申請状況では確認中、手続き上ではまだ処理の途中。けれど待つ側にとって、その途中は生活の時間そのものだった。

 

最終更新日。それは手続きが最後に動いた日だった。同時に、そこから先が見えなくなった日でもある。現地では、その日付のあとにも朝が来る。夜も来る。空調は今は動いているが、いつかは止まる。薬は有るが、減っていく。食料は届かない。記録の上では、ただの経過日数だった。だが、誰かにとっては、待たされた日数だった。

 

ハルは、自分の指が机の端を軽く押していることに気づいた。力を抜く。

 

違和感は証拠ではない。待っているように見える、というだけでは記録にならない。だから言葉を選ばなければならない。何を聞くべきか、どこまでなら通常監査の範囲で問えるのか。

 

照会文の下書きを開いた。白い入力欄が、端末の端に小さく表示される。件名のところで、指が止まった。

 

強く書けば、弾かれる。弱く書けば、届かない。その間にある言葉を探す。

 

「どう聞くつもりなんだ」

 

「わからない。でも、聞き方を間違えると、たぶん入口で止まる」

 

「またかよ」

 

「まただ」

 

少しだけ、ソウマが苦い顔をした。

 

「じゃあ、何なら通るんだ」

 

候補として考えられる言葉を並べた。

 

――――――――――――――――――――――

外部支援申請に係る処理継続理由

管制判断待ちとなっている申請の現在状況

最終更新日以降の処理履歴

現地応答確認の実施状況

受領確認記録の有無

搬入経路再調整の根拠資料

安全確認報告の更新有無

――――――――――――――――――――――

 

どれも正面から断罪する言葉ではない。問題の中心を直接刺す言葉でもない。だが、聞ける可能性がある。

リアが、画面を見た。

 

「処理継続理由」

 

「それがいいと思う?」

 

「理由があるなら、出せる」

 

「理由がないなら?」

 

ソウマが聞く。リアは答えなかった。その沈黙が、答えのようにも聞こえた。

 

件名欄にカーソルを置いた。

 

――――――――――――――――――――――

対象区域に係る外部支援申請の処理継続理由について

――――――――――――――――――――――

 

入力してから、足りないと思った。処理が続いていると言われれば、それで終わってしまう。ハルは、その先を問うための言葉を、まだ見つけられずにいた。

 




後編へ続く。
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