「みんな、
「……はい?」
ある日の就寝前。
敬愛する主人の唐突なる宣言に、エルフリーデは気の抜けた返事で応えた。
ルチルはこのアゼ村に来て初めて
そののめり込みっぷりには、少々付いて行けていないところがあった。
従者として、それではいけないと思い、彼女なりに学ぼうという意欲はあるのだが。
何度もどこをどう見ても愛らしさを感じられることはなく、命じられたことを命じられたままに動く様は、無機質にしか思えなかったのだ。
そのため、
「この村は恵まれているわ。防衛用の大型
「は、はぁ……(恵まれている…………?)」
しかも今度は理解を周囲の人間にまで求め始める始末。
皇女という身分とはいえ、少々横暴ではないだろうか。
趣味趣向というものは、時として人を狂わせるものなのかもしれない。
エルフリーデとしては、流石にそれは民草に迷惑をかけるのではないのだろうか、と陳情しようとも思ったが、とりあえずは話の続きを聞くことにしたようだ。
「それで……、如何なさるおつもりです?」
「知っての通り、ワタシはこの寄宿舎からはみだりに出られない身。村の中心で演説なんかは出来ないわね。惜しいわ」
「(よかった……)」
じゃあなにか、また宮廷に戻ったら、帝都で街頭演説でもする気なのだろうか。
もしくは、この村でも自由の身になったら、村の中心で演説をおっぱじめる気なのだろうか。
もしそうなったら身を挺してでも止めようと密かに決意し、エルフリーデは無言で先を促した。
「だからそうね、まずはアンナに布教する辺りから始めようかしら」
「アンナ殿に?」
「えぇ。彼女から彼女の両親へ、そこから他の村人へ、ゆくゆくはこの村全体から他の村へ、そして最後は帝国全土へ!」
「(それは無茶ではないのかなぁ……)」
普段は聡明だが、趣味の話となると年相応に幼くなるのだろう。
誰が聞いても無茶だと判断されるような夢物語を熱く語っている主人を、エルフリーデは微笑ましいような呆れたような目で見ていた。
いや、どちらかといえば呆れが半分以上を締めている顔であった。
流石に普段から敬愛してやまない殿下であろうと、無茶なことを言われれば呆れが勝るのであろう。
帝国全土に
成人前の、未だ幼子と言える年齢だから多少の微笑ましさがあるのであって、そうでなければすぐ辞めるよう陳情する。
そう顔に書いてあるようだった。
「明日が楽しみだわ」
「(哀れ、アンナ殿……)」
互い違いの思いを抱えながら眠りにつく両者。
その日エルフリーデは、帝都の中心で
◆
「えっ、
「そうよ!」
そして次の日。
ミナカミがやってくる始業前、さっそくアンナに声をかけ、布教と言う名の一方的な趣味トークを炸裂させているルチルの姿があった。
エルフリーデは教室の後ろでそれを眺めてハラハラしている。
不安なのか心配なのか、いやその両方なのか。
もし真っ向から拒絶されたら果たしてどちらのフォローに回れば良いのか。
流石にアンナを責めるわけには行かないだろうか、と既に頭の中ではぐるぐると考えが回っているようだ。
「ふーん、どのへんが?」
「(乗った!?)」
物怖じしないのか寛容なのか、一言で一蹴せずに話に乗ってくるとは。
確かにアンナは基本的に他人の話を否定することは少ないが、まさか興味関心がなさそうな話にまで肯定的だとは。
自分なら“わかりません”とか“そうは思えません”と言っているところなので、エルフリーデは少しびっくりしていた。
自身の頑なさを少し顧みていたとも言える。
「あら、わからないの? あのフォルム! 愛くるしい動き! 人間味のない音声! 健気な可愛らしさで一杯じゃない!」
「へぇー、ルチルちゃんは目の付け所が違うなぁ」
「そうでしょう、そうでしょう。貴女もそう思わない?」
「いや? あたしは別に思わない」
「……」
と思っていたら、一蹴した。
聞くだけ聞いておいて。
目の付け所を褒めてまでおいて。
上げて落とすとはこの事か。
ただ真っ向から拒絶するよりよほどダメージが大きいのではないだろうか。
既にエルフリーデはいつでもフォローに入れる体制になっている。
「あたしあのでっかいのが村をうろうろしてるの見慣れちゃってさー。特に見てもなんとも思わないや」
「…………信じられないわ……」
「そう?」
「そうよ!」
「えー?」
なにやら雲行きが怪しくなってきている。
このままでは口論になるかもしれない。
と言うより、ルチルが一方的に捲し立てるだけだろうが。
止めるべきか、とエルフリーデが悩んでいると、ようやくミナカミが教室に現れ、水が差された。
「はいはい静かに静かに。授業前に何を騒いでいるんだ」
「ルチルちゃんが、
「はっ、そうだ先生! 先生なら分かるはずよね! あの可愛さが!」
「なに?
藁にも縋る思いでルチルが吠える。
もしくは、救いの手を見つけたと勘違いしたか。
とにかく、今度は教師のもとに布教しに行ったようだ。
もう布教できれば誰でも良いのかもしれない。
「うーん、まあ、そりゃそうなんじゃないか」
「ほら!」
「えぇ?」
今度はどうやら好感触のようである。
意外な人物に刺さったな、後ろで見守るばかりのエルフリーデがそう思っていると。
「まあ、ルチル君の元に渡した
「………………」
「あ。そゆことか」
まさかの狙って作られた可愛さだった。
ルチルが健気だと思っていた愛らしさとは、そう思うだろうと教師の手により調整されていたものだったのだ。
何も知らず、自らのために作られた作り物を無邪気に愛でていたとは。
そうとは知らずにいた本人の胸の痛みはいかほどか。
流石に案じたエルフリーデが声をかけた。
「で、殿下……、あまりお気になさらず……」
「フフ、フフフフフ…………」
「殿下…………?」
怪しい笑みを浮かべている。
情緒が傷ついたのだろうか。
だとしたらどうお慰めするべきだろうかとエルフリーデが思案していると、勢いよく顔を上げた。
その顔は喜び一色に輝いている。
すわ乱心なされたか、とエルフリーデが不敬なことを考えていると。
「なるほど! ワタシ専用機だったというわけね! それもまたいいじゃない!」
「…………」
この皇女、どこまでも前向きである。
特に、こと
「それはそれで、愛らしさを布教するのが惜しくなるわね……。悩ましいわ……」
「なんかよくわからんが、とにかく授業を始めるぞ」
「はーい」
「(殿下は無敵でいらっしゃられる?)」
敬愛する殿下の趣味について、また一歩理解から遠ざかったエルフリーデであった。