田舎村の魔導塾   作:鵲一号

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010:魔導塾の閑話

今日もろくに頭に入ってこなかった座学が終わって、放課後。

あたしはルチルちゃんに気になったことを聞いていた。

 

「そーいえばルチルちゃんさー」

「なにかしら?」

「宮廷での暮らしってどんな感じだったの?」

「あら、聞きたい?」

「聞きたい~」

 

そこんとこがどうも気になっていたのだ。

あたしは普段は村で暮らしていて、帝都にだってろくに行ったことがない。

帝都に納税しに行ってきて、あれがああだったこうだった、と土産話をしてくれる村の人はいるけど、そのくらいだ。

だから、初めて出来た村の外の友達、それも宮廷なんて豪華な所で暮らしている様子が気になってしょうがなかった。

秘密と言われたらどうしようもないけど。

 

「そうね、まあ、今の暮らしに比べたら退屈なものだったわ」

「そーなの?」

「ええ」

 

だけど、返ってきたのは想像と違う答えだった。

退屈なんだ。

あたしはもっと、毎日豪華ですんばらしい暮らしをしているものだとばっかり思っていたのに。

 

「退屈って、どんな風に?」

「毎日勉学の日々だからよ。ダンスのレッスンに、礼儀作法。教養を学んで、剣術の稽古をして、皇女に相応しい振る舞いを押し付けられて……」

「うへえ」

 

なるほど、勉強がぎっしり詰まっているんだ。

それは確かに、息が詰まるかも知れない。

というか、あたしなら確実に息が詰まっていることだろう。

 

「この村に来てからは楽しいわ。確かに寄宿舎からは出られないけど、この塾で学ぶことは新鮮なことが多いし、いつも礼儀を守れとうるさくされないし、友達と何気ない雑談だってできるもの」

「宮廷に友達、いなかったの?」

「……そうね、“そういうことになっていた人物”はいたけど、本当はいなかったのかも知れないわ」

「……?」

 

どういうことなんだろう。

友達なのに友達じゃない?

あたしにはあまりピンとこなかった。

なんとなく言い辛いような事だってことは分かったので、話を変えることにした。

 

「食べ物とかはどうだったの?」

「食事? 冷めたものばかりだったわ」

「冷めてるんだ。どうして?」

「毒見をされた後のものだもの」

「ふーん……」

 

毒見っていうと、毒が入ってないか調べたあとってことだよね。

それに時間を掛けるから冷めちゃうってことか。

じゃあ毒見なんてしなければいいのに……っていうわけにはいかないよね。

そのくらいのことはあたしにだってわかる。

皇女様なんだから。

なんせ他でもないお兄さん達が殺されているのだ。

その妹の皇女様であるルチルちゃんが狙われないとは言い切れない。

 

「それに比べれば、先生が出してくれる食事は暖かくて美味しいわね。焼き立てのパンなんて産まれて初めて食べたもの」

「あたし毎日食べてるよ」

「羨ましいわ」

 

そう言ってルチルちゃんはころころと笑った。

焼き立てのパンを産まれて初めて食べたなんて、どんな気分なんだろう。

パンの原材料を育てている農村産まれからしたら、いまいちピンとこない。

あたしもお豪華な料理なんて一度も食べたことがないので、それに置き換えたらわかるんだろうか?

でも、いつでも食べられるパンと、お豪華な料理を同じように考えるってのも……?

わかるような、わからないような……?

 

その後も宮廷の話を色々してもらったけど、あまりに違う世界の話しすぎて、あまりピンとくることがなかった。

やっぱり住む世界が違うんだなぁと、再認識したあたしなのであった。

 

 

「珍しいですね、卿が夜更けに研究室を尋ねるとは」

 

その日、私は夜分も遅くに、ミナカミ殿の研究室へ訪問していた。

以前から気安く何時でも尋ねてきて構わないと言われていたが、あまり研究室に向かうことはなかった。

魔導に精通していない者が不用意に触れると危険な物が多数転がっていると注意されたのもそうだが、用事という用事が今まで無かったからだ。

だが、そろそろはっきりさせておかなければならないと思い直した事があり、こうして殿下も就寝なさった深夜に訪問したのだ。

深夜に起きているかどうかは不確定だったが、なんとなくいつまでも起床していそうな気配があったので、不躾だとは思うがこうしてやってきたら、やはり起きていた。

そもそもこの者、就寝するのだろうか。

そこからしておおよそ疑わしい。

 

「うむ。我々もそろそろ、この村に滞在して長い。いい加減、腹を割って話すべきではないか、と思ってな」

 

目的は、ミナカミ殿の正体について。

正体というのは、そのフードに隠された容貌であり、特異体質と言っていた身体の事でもあり、秘密にしている全般を指す。

確かにこの者は皇帝陛下から親書を、そして殿下を託されるだけの人物だ。

だが、殿下の護衛としてこの目、この耳で真偽を確かめなければ。

それこそが護衛騎士としての役割だろうと思ったからだ。

 

「え? キャッ、もしかして、愛の告白ですか?」

「違う」

 

真面目な話をしているというのに、茶化されてしまった。

何が“キャッ”だ。

一切声色を変えないまま気色の悪い声を出すな。

 

「申し訳ないですけど、私、伴侶は持たない主義でして……」

「だから違う! しかも告白していないのに振るな!!」

 

私の繊細な部分に触れられた気がして、思わず声を荒げてしまう。

誰が愛の告白の一つもマトモにしたことがない婚期逃し女だ、このやろう。

私のデリケートな部分に不用意に触れるとは覚悟の準備はできているんだろうな。

ぶちのめすぞ。

そう声に出して言わなかっただけ褒めてほしい気分だった。

 

「まあそう大きな声を出さず。ルチル君が起きてしまいますよ」

「誰のせいだ、誰の……!!」

 

いかんな、完全に向こうのペースに乗せられている。

彼は飄々と本質を躱す所があるので、侮れない。

どこかで宮仕えをした経験でもあるのだろうか。

その辺も聞いてみたいところだが。

咳払いをして、話の流れを強引に戻す。

 

「オホン、ともかく、私が聞きたいのは貴殿の事についてだ」

「えー、ご趣味は……?」

「見合いではないと言っとろーが!!」

 

先ほど大声を出すなと言われたばかりであるのに、私は大声を出してキレた。

誰が見合い全敗女だ、誰が。

……誰もそんな事は言っていないな。

先ほどもそうだが独り相撲がいつの間にかうまくなっている気がする。

気を取り直そう、気を取り直そう。

努めてそう尽くそう。

 

「ま冗談はこの辺にして。私の何を知りたいのです?」

「この男……!」

 

話の緩急に付いていくのが辛くなってくる。

もういっそ、こういう輩ということで終わりにしてしまおうかと思ったが、そうこうしていたら一生本質を知れないままで居ると思ったので、グッと堪えることにした。

 

「…………、諸々含め、聞きたい。貴殿は()()()?」

()()()、ですか」

 

私の真面目な雰囲気がようやく通じたのか、彼も真面目な声音で応えた。

 

「ふむ……」

 

何を思案しているのか、顎に手を当て、首をしきりに傾げている。

どうでもいいが、完全に暗闇に覆われている顔面に手を当てているのに、手そのものは影に隠れないのだな。

容貌隠しの魔導でも使っているのだろうか。

そういった魔導があるのかどうかは、魔導に精通していないため、知らないのだが。

しかし有ってもおかしくはないだろう。

魔導とはそういうものだと伝え聞いた覚えがある。

非常に自由度が高いものなのだとか。

まぁ、それはさておき。

 

()()()、ね。まあ、別にいいですけどね。あれこれ他人に話さなければ。貴女達になら、話しても」

「……!」

 

腹の探り合いをするつもりで赴いたのに、素直に話してくれるとは。

それとも、有ること無いことを雑に仄めかすだけで終えるのだろうか。

それはそれで、そういう人物なのだという収穫にもなるのだが。

ミナカミ殿は、姿勢を正し直すと、机に肘をつき、組んだ手に顎を乗せて話し始めた。

 

「まァ、薄々感じ取っているとは思いますが。私は人類ではありません」

 

だろうな、と内心独りごちる。

 

祖人(ホミネース)ではない、と言う意味ではなく。どの人類種にも該当しません」

 

再確認するように追加でそう言ったが、それもそうだろうな。

多種多様な人類種が存在する現代において、“人類ではない”とは、“人類として認められている種族ではない”という意味になるからだ。

その辺りの知識が疎いと思っての発言だろうが、帝国騎士の教養を舐めてもらっては困る。

無言で先を促す。

 

「では何なのか? と聞かれると、複雑すぎて私としても答えに窮しますが。そうですね。まあ、この惑星(ほし)の生命体だとだけは」

「……そうなのか?」

 

我々の住まう世界とは、宇宙という広大な空に浮かぶ星々の一つである、と解明した魔導師はなんという名前であったか。

ともあれ、本人の言を信じるのならば、彼はこの惑星の住民であるのは間違いないようである。

異星から突如として降ってきた、理外の生命体と言われる可能性まで考慮していたので、少々拍子抜けといえばそうではあった。

というか、むしろそっちの可能性のほうが大きいとまで考えていたので、逆に意表を突かれた気分である。

 

「ええ、まあ。以前にお話しした、“事故でこの体質になった”というのも、嘘ではありません」

「その事故というのは……」

「若気の至りですよ。生半可な知識で出来もしない魔導を使おうとしたら、このザマで。笑い話のネタにして頂いて構いませんよ」

「……」

 

本当に根幹までの詳細は話す気はないようだ。

隠したいのか、理解できないと思われているのか。

それだけ言うと、ミナカミ殿は口を噤んでしまった。

 

「……それだけか?」

「これだけでも開示した方ですよ。誰にだって隠したい秘密はある。そうでしょう?」

「それは違いないが……。その顔も見せたくないのか?」

 

普段からフードを目深に被って隠している容貌。

何処から見ても不審者にしか見えないそれは、隠すだけ社会的に損を被ることだろう。

だと言うのに、見せる気もないのだろうか。

 

「見せたくない、ではなく、見せられないの方が正しいですね」

「と言うと」

「以前のように片手を短時間だけ、というならまだしも、顔面ほど大きな物を露出しては、周囲に与える影響が甚大すぎるもので」

「私は別に……」

「ルチル君にまで被害が及ぶかも知れませんよ」

「────」

 

殿下にまで被害が、と言われると何も言えない。

その言葉が虚偽が真実かは分からない。

ただの脅しかもしれない。

だが、そう言われては“構わない、見せてくれ”と言えないのも事実である。

 

「…………」

「申し訳ありませんね、こればかりは、どうも。私も自分の生徒を害したい訳ではないので」

「……そこまでしなければならない理由は、件の特異体質とやらが原因か?」

「その通り」

 

一体その特異体質とはどのような体質なのだろうか。

顔に出ていたのか、尋ねる前に語られてしまった。

 

「肉体組織がマナ化する体質でしてね」

「……つまり、今の貴殿の身体は」

「マナで構築されています。身体の全てが」

「馬鹿な……、そんなの、生きていられるはず……」

「生きているから、特異体質なのですよ」

「…………」

 

到底信じられる話ではなかった。

私とて多少はマナに関する知識はある。

人体には不可欠なものだが、程度がすぎると死を招くと、一般常識として学んだものだ。

それが、人体全てがマナだと。

それはもはや……。

 

「生き物ではない、ですね。自分で言うのもなんですが」

 

もはや何も言えなかった。

陛下が親書をお渡しして、殿下を託すような人物が、生物ではないなどと。

本人以外から聞いていたならば、信じられるような話ではなかった。

だが、眼の前の者は、このような無駄に混乱を生むような嘘を吐く者ではない。

今までの付き合いから、その程度の信頼は育まれていた。

 

「……最後に、これだけは聞きたい。陛下とはどのような?」

「これでもそれなりに長生きですので、まぁ。旧交など多少は」

「旧交……」

 

長生きか。

どれだけ生きているのだろうな。

 

「貴殿、今の齢は?」

「おや、先程の質問が最後だったのでは?」

「これくらいいいだろう」

「まぁいいですけど。そうですね、わかりません」

「……わからない?」

「えぇ。数えていませんもので」

 

数えていないほど長く生きているということか。

まさか魔導文明歴以前から……。

……まさかな。

虫食いが多いが、聞きたい要点は聞けたので、私は研究室を後にすることにした。

 

「今宵は、個人的な話を話してくださり感謝する。今後も殿下をどうかよろしくお願いしたい」

「あれま、まだ卿の話を聞いていませんけど」

「だから見合いではないと!」

「いえいえそういう意味ではなく、腹を割って話すと言ったのは卿ではありませんか」

「む、確かにそう言ったが……」

「少しは語ってくださいよ、そちらの話も」

「……つまらないぞ」

「私の話もつまらなかったでしょう? お相子ですよ」

 

後にしようと立ち上がった席に、そのまま座らされる。

結局、するつもりもない自分語りまでさせられることになった。

婚期を逃していることを揶揄され笑われたのは、言うまでもない。

 

なんとなくだが。

その日聞いたことは、殿下には話せなかった。

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