「今日の授業は魔導師の仕事についてだ」
「うぇー」
「へぇ、なかなか興味深いわね」
本日も塾での授業が始まる。
方やいつものように気だるげに、方や目を輝かせる生徒達。
アンナは特に興味も感心もありませんと顔に書いてあるようなげんなりした様子で。
ルチルにとってはなかなかに興味深い題材だったようで、気色が全面にあふれ出している。
「さてと。二人とも、公認魔導師の仕事について、どこまで把握しているかな?」
「なーんもわかりません!」
「正直でよろしい。ルチル君は?」
「そうね……」
元気良く無知を白状するアンナを尻目に、ルチルは少し首を傾げ思案している。
最低限の教養として宮廷で教わっていたのだろう。
宮廷の中にも宮廷魔導師がいるため、把握しておくのは間違いではない。
逆に、自らの臣下のことも把握出来てない皇女など、沽券に関わるというものだ。
ある程度まで専門的なことを脳裏から引っ張り出しているようだった。
「魔導を使った商売ができる……わね」
「合っている。では商売にはどんな種類がある?」
「えぇと、確か……。魔道具及びスクロール、魔導書の販売、各家庭の魔道具の点検・整備、ライフラインの点検・整備……。かしら?」
「合っているな。しかし、まだ足りない」
「えぇーまだあるの」
ミナカミが情報をチョークで黒板に書いていく。
ルチルは板書の準備をするが、アンナはぼーっと見ている。
始めから覚える気がないのか、聞くだけで覚える自信があるのか。
どう見ても呆けた顔をしているので、明らかに前者であろう。
ミナカミもミナカミで、とりあえず一度聞かせればいいとだけ思っているのか、特に咎めることもなかった。
魔導師について興味を持てないのならそれでも良いと思っているのかもしれない。
「まず、弟子入りを志願する者へ魔導を教える魔導塾の開講」
「あぁ、この塾みたいなものね」
「そうだな」
黒板に情報が追加されていく中、アンナは白けた目でそれを眺めていた。
その顔つきは、また小難しい話が始まる、としか考えていないような顔をしていた。
「
「へえ、
「実際、うちでもルチル君に貸し出しているだろう」
「あ、そうだわ」
もはや自分のものになっている換算なのか、ルチルは貸し出されている二体の
名前をつけて可愛がっているせいでもう貰ったものだとばかり思っていたが、確かに彼らはルチルの護衛を立派に果たしている。
そう言われると、本来の護衛であるエルフリーデがへそを曲げるかもしれないが。
「宮仕えでの国家魔導研究員」
「宮廷魔導師みたいなもの?」
「そうなるな」
ルチルは宮廷で見かけた魔導師の事を思い出していた。
ミナカミほど簡素ではないが、地味なローブを羽織った、いかにも研究者というような顔つきの臣下たち。
宮廷内のライフラインの整備や、よりよい生活など国のためになる魔導の研究。
一部は政治にまで口を挟むことを許されているのだとか。
「軍属となり攻撃魔導を用いて戦争に参加する行為」
「それは、宮廷魔導師とどう違うのかしら……」
「良い着眼点だ。宮廷魔導師などの宮仕えになった魔導師は基本的に戦争に参加しない。国全体の魔導の根幹を任される立場になるからね。それとは違い、軍属は始めから戦争に出る前提のものだ。そこが違う」
「成る程……」
このあたりになると、アンナは若干船を漕ぎ始めている。
年下の同級生の手前、どうしても本格的な居眠りだけはしないようにしようとしているらしいが、眠気にも勝てないらしい。
「国から研究局に寄せられた要請で村、及び街に赴任しライフラインの点検への専従」
「先生の本来の仕事、だったかしら」
「そうだね。私はもともとこのアゼ村に赴任するために滞在している」
黒板に“上下水道の整備など”と書き加えられる。
実際、この村は水田もある影響からか、ミナカミの仕事は水回りのものが多い。
そのせいかアゼ村は水資源が豊富な村として少し有名になっていたりもする。
「医療魔導師となり病気や怪我を癒やす」
「病院に務めるということ?」
「そうだね。医院を建て医院長になる事が許されているとも言う」
この世界では医療も魔導によって行われているので、当然医師も魔導師である。
「違法に魔導を使い犯罪行為を行う者、もしくは研究局による指名手配魔導師の逮捕権・及びそれらを軍か研究局に突き出し報奨金を貰う行為」
「違法に魔導を使う……。確か、魔導研究局の本部か支部から認められた人物でなければ、違法に当たるんだったかしら」
「その通り。良く勉強しているね」
「まぁ、このくらいはね」
「で、そういった現行犯をとっ捕まえる権利があるってことさ」
「成る程」
事実、そういった手合は本来はその国の軍部や警察組織が対応することになっている。
それをある程度無視して、直接逮捕することが出来るということだ。
この世界での魔導師の影響力の強さというものが伺い知れる。
「以上かな」
「ハッ。はーい先生多いでーす!!」
「文句だけは立派だけど貴女聞いてたの?」
話が途切れたことに気づき、アンナが居眠り半分から復帰した。
とりあえず内容にケチをつければ聞いていたという主張になると思ったのだろう。
もちろん二人ともまるで聞いていないことはお見通しであったが。
「まあ……、今言ったことを全部今すぐ覚えろとは言わないけど……、ノートに書き写すくらいはしてもいいんじゃないかと、私は思うんだよ……」
「いやほんと、それくらいしなさいよ……」
顔も見えていないのにどこか悲しげな顔でミナカミが呟く。
肩も落としたその姿は悲壮感が漂っていた。
とはいえ、板書した内容だけでノートの一枚が半分ほど埋まったので、アンナの気持ちも解らないでもないとルチルは内心思っていた。
この授業はどちらかというとルチル向けであり、アンナに見合った内容ではないのだろう。
それでも、一応聞く態度くらいはするべきだと二人とも思っていたが。
「これ以外の行為は越権行為となり、研究局により禁止されている。それを侵した者は重罰を与えられ、破門されるので、将来魔導師を目指す場合は注意するように」
「皇女様が魔導師になるわけないじゃん」
「お前に言ってるんだぞ」
「ヴェッ」
指摘する箇所を得たり、としたり顔だったアンナは逆に指摘され、よくわからない悲鳴を出していた。
最もアンナが将来魔導師になるかどうかもわかったものではなかったが。
「さて────、では何が越権行為か解るかな?」
「わっかんない!」
「はいはい、ルチル君は?」
「……魔導師がしてはいけない行為、よね?」
「そうだ」
「えっと……」
ルチルはまたも暫く考える。
アンナはなにも考えていなかった。
方や思案し、方や呆けている。
「……魔導により、麻薬を生成し密売すること」
「正解だ」
魔導は麻薬を生成することが出来る。
ルチルは過去にそう聞いたことがあった。
帝国は過去に麻薬の横行が厳重に罰せられることで表向きは排除されたが、一部で密売をしているものは絶えていないことを知識として知っていた。
そして、それが違法な魔導師の仕業であることも。
「それと……、軍属でない魔導師が戦争に介入し殺戮を行うこと……?」
「正解」
これは先程の質疑応答から導き出した答えである。
軍属の魔導師はあくまで軍属である、ということは逆に言えば軍属ではない者がその領域を侵犯することは違法なのではないか、と。
一を聞いて十を知る、大した聡明さであると言える。
「研究局が定めた規定価格以上の値段で、違法な商売を行う……」
「正解」
「あとは…………」
そこまで答えを出していたが、そこで止まってしまった。
しばらくうんうん唸っていたが、どうしても出てこないようであった。
「……ダメね、これくらいしか分からないわ」
「よくわかるねルチルちゃん」
「あくまで教養の範囲内よ」
「専門分野でもないのに、それだけ分かれば上出来だろう」
照れくさそうにルチルがはにかむが、どこか悔しさが滲んでいた。
完全に回答できなかったことが悔しいのだろう。
それをミナカミが慰めると、答えを黒板に書き始める。
「他の越権行為は、まず、軍属でない魔導師同士での殺し合い」
「越権と言うより常識ね」
「まあね」
常識的に考えて殺しはご法度である。
それはどこの業界でも同じであるようだ。
「他の魔導師の仕事・商売を奪う行為を行う」
「例えば?」
「この村に無認可で他の魔導師がやってきたら、ダメだよな」
「あぁ、そういう……」
実際、赴任している魔導師が急に上からの指示で人事異動させられることはある。
が、だからといって何の理由もなしに仕事を奪って良いわけではない。
「魔導研究局支部のない国家での商売」
「へえ、支部がない国では魔導師はやっていけないのね?」
「そういうことになるかな」
世界各国の中には支部がない国も存在する。
そう言った国は大抵、独自の魔導の形態を築いており、そこに介入することは許されないケースが多い。
もちろん、そういった国では名称も異なり、魔導師ではない別の呼ばれ方をされることになる。
呪い師、だとか、魔術師、と言った呼び名が普遍的だとされている。
「研究局の許可なく弟子を公認魔導師に認定する行為。ま、普通しないけどね、これは」
「なにも後ろめたいことがなければ、普通に研究局に認可してもらえばいいだけだものね」
「その通り」
それでもたまにやらかす輩が出てくるから恐ろしい、とミナカミは語る。
時として自尊心は身を滅ぼすのであろう。
「規定を越えたオーバースペックの魔道具の販売」
「規定って?」
「魔導研究局が定めた規定があるんだよ。例えば冷蔵庫なら、一定以下の温度にしてはいけない、とか」
「ふーん……」
物は使いよう。
何事も度を越せば凶器に成り代わってしまうものである。
その辺りの規定を定めているラインを越えてしまえば、罰せられるのは当然だ。
「
「
「ま、簡単に言ってしまえば人造人間だね」
「そんな事まで出来るの……」
やろうと思えば、命まで生み出せてしまう。
魔導文明の、闇の部分の象徴のようなものである。
余談だが、
魔導研究局本部では寿命を伸ばす研究が日夜行われているのだから、恐ろしい話だが。
「戦闘用の
「戦闘用じゃなければ許可はいらないの?」
「うん、そうだね。雑用程度なら特に申し出もなく作って問題ない」
「それで……」
すぐに自分用の
「最後に、研究局への申し出無しに、公認魔導師を辞める行為」
「勝手に辞められないのね」
「責任が伴う仕事だからね。嫌になったから辞めます、は出来ないんだ」
「大変ね……」
なんとなく王族に親しいものを感じて、ルチルはシンパシーを覚えていた。
「以上かな」
「だから多いってー!!」
「貴女ね……、覚えるために板書するんでしょうが……」
「ヴァー」
またも文句だけは一丁前のアンナである。
とは言いつつも、先程半分埋まったノートのさらに半分がもう埋まっていた。
たしかに多い、とはルチルも思っているようだった。
「特に
「取り締まる際にも、記憶しておくほうが便利ね」
「そういう事だ。それと、研究局に許可さえ貰えれば、
「
「ちょっと皇女様?」
やはりこの皇女、
皇族を辞めて魔導師になるのもありかと本気で考え始めているようだから恐ろしい。
「先生ぇー、ぜーんぜん頭に入ってこなかったんだけどぉー」
「まぁ、今回の授業は“さわり”だ。細かくは今後覚えればいい。そのために私がいる」
「そうは言うけどさぁー」
「あら、貴女は魔導師になる気はないの?」
「うーん、まだわかんないけど……」
「てっきり、魔導師に師事しているんだから、魔導師を目指しているものだと思っていたわ」
「……その方が良いのかなぁ?」
将来の進路の話。
特にアンナは真面目に考えていなかった話である。
皇女であるルチルは、産まれながらに決められたレールに沿って生きるのだろうと理解していたが、一介の村娘であるアンナはそうではない。
そのまま農民として暮らすも良し。
帝都に出て、何かの職に就くのもいいだろう。
魔導の道を志すのだって、悪くないのかも知れない。
そこのところが、まだピンときていないようであった。
「ま、そこも今後の課題だな。今度御母堂を呼んで三者面談でもしようか」
「えぇー、お母さん来るのー?」
「いいことじゃない、じっくり相談なさいな」
「うーん……」
普段授業している場に肉親を呼ばれるのが恥ずかしいのだろうか、やけに嫌がっていた。
その日の授業が終わった後日、実際に三者面談が行われたが、その時アンナは終始恥ずかしそうな素振りをしていた。