「今日は金銭について学ぼう」
「おー、お金だ」
「なにげに本物は初めてみるわね」
「おー、お嬢様だ」
貨幣制度。
この世界では、魔導文明の成り立ちとともに、世界中に広がって久しい文化である。
一部の種族の中では、未だ金銭のやり取りをせず、物々交換で暮らしている文化が有るが、そういった例外を除き、ほとんどの種族・国家は貨幣制度を用いている。
用いられる貨幣は世界共通であり、前述した例外を除けば、どの国へ行っても同じように売買ができる。
これもまた、魔導文明の始まりとともに世界に如かれた制度となる。
「まずはこれ。商品の売買などに使用されるのは、アウルム硬貨と紙幣だな」
「ふうん、結構種類があるのね」
「あぁ。硬貨の方は順に、1・10・50・100・500アウルム。紙幣は1000・5000・10000アウルムがある」
「あ、500アウルム。うちの一ヶ月のおこづかいだ」
「………………、そうなの」
「ん?」
「あ、いえ、別に、なんでもないわ」
「? そう?」
あまりの金銭感覚の違いに、ルチルが軽く驚いていた。
さもありなん。
宮廷内では文字通り桁が違う金銭がどれくらい動いた、などという会話が日常的に交わされている。
皇女として将来公務に付く際、それらの額が常識となるよう教わってきた身からすれば、なにかにかかる税未満の額が一ヶ月の小遣い、というのはギャップが激しいものだった。
自分の一ヶ月の生活にかかっている額がどの程度か知っているから、なおさらのこと。
「各国の経済状況、時代によってその価値は変動するけれど、現代の帝都では、大体130アウルムでパンが一斤買えるくらいだ」
「へえ、意外と安いのね」
「帝国は農村が多く、食料自給率が高いからな」
「パンってお金出して買うもんだったんだ……」
身分の差に驚いているものがここにも一人いた。
基本的に自分たちで作った小麦から自分たちでパンを焼く自給自足の生活を送っているアンナにとって、わざわざ購入するものではないということなのだろう。
というより、農村出である身分としては、むしろ売る側とも言える。
売っているのは成果物ではなく原材料だが。
さらに言うと、国には納税という形で収めているので、実際に売っているのは帝国だが。
「これらは世界共通で使われ、基本的にアウルム硬貨が使えない地域はない」
「はい先生ー、使えないとこって例えばどこ?」
アンナから質問の声が上がる。
興味を惹かれたのか、授業を聞いているフリだけしたいのかは不明だが、とにかく質問をするだけすることは多々あった。
ミナカミもそういう姿勢に慣れっこなのか、特に気する事もなく返答していく。
「離島などだな。独自の文化が発展している国などでは、その国独自の通貨が使われているケースがある」
「そういう国に行く時はどーしたらいいの?」
「為替と言って、その国の通貨とアウルム硬貨を交換してくれることが殆どだ。そのままでは使えないので注意するように」
「ははぁ、なるほどね?」
アンナが生返事で返している。
よくわかっていないのだろう。
特に“為替”の部分がまるで分かっていないようである。
そういう時分かったフリをするのも多々あることだった。
その後も授業は続けられたが、アンナの生返事の回数はいつもより多かった。
◆
「あぁ、そうだルチル君。塾の近くなら、外に出て遊んでもいいよ」
「え?」
塾の授業が終わった後、アンナが帰宅し、ルチルも私室に戻ろうとしていた際、ミナカミが声をかけた。
今まで寄宿舎に軟禁生活だったところに、いきなりの外出許可を出され、目を丸くして驚いている。
「本当?」
「もちろん。とはいえ、いくらか制限はあるけどね」
「ミナカミ殿、良いのか」
「えぇ。いつまでも室内では不健康だし、息も詰まるでしょう。あれから刺客の類いも来ないことだし、ある程度はと」
「ふむ……」
エルフリーデが心配の声を上げるが、確かにルチルの命を狙う不逞の輩は現れていない。
村人も変な気を起こすものは現れていない。
もっとも、実際に皇女が目の前に現れたらなにを仕出かすか分かったものではない。
咄嗟に攫って身代金でも要求しかねないのが人の心というものだ。
村の一角でそんな事をしてもすぐにお罠に付き罰を与えられるだけだが、無いとは言い切れないのは確か。
すぐに頷くことは出来ないようだった。
「それで、制限って何?」
「うん、まず、エルフリーデ卿の護衛の元であること。次に、日の出ている時間帯であること。日が落ちたら必ず帰ってくること。見知らぬ人に自分から声をかけに行かないこと」
「ふむ、それなら……」
常に自分が護衛出来ているなら、と。
エルフリーデは納得がいっているようだった。
ルチルも同様で、特に文句はないのか口を挟むことがない。
「あと……」
「あと?」
「防衛用の大型
「………………」
訂正、文句はあったようだ。
小さく舌打ちが聞こえた。
自由にされたらあれこれ弄くり回す気満々だったのだろう。
先んじて釘を差された不満を一切隠していない。
眉間に皺をこれでもかと寄せ、明後日の方向を睨みつけ歯を食いしばるその顔は、仮にも皇女がしていい顔ではなかった。
それでも、文句を口に出していないだけ自制心が働いたほうなのだろう。
ひとしきり顰めっ面をしたら気は済んだのか、ため息を一つ付くと元の顔に戻った。
元の顔に戻って一番安堵していたのはエルフリーデだった。
「それだけ守ってくれれば、外出していいよ」
「わかったわ、わざわざありがとう」
「どういたしまして」
要件は告げた、と。ミナカミは研究室に戻っていく。
その背中をある程度見送ると、ルチルは喜色満面で勢い良く振り返った。
「エル!」
「は」
「付いてきなさい!」
「御意」
普段は落ち着き払って、授業中でも騒ぎ立てることは一切ない彼女だが、なんだかんだで、幼い面もあるということなのだろう。
ルチルは早速目を輝かして、塾の外に駆け出していった。
久しく見ていなかった主人の微笑ましい側面に、思わずエルフリーデも破顔する。
「弄らなければいいだけよね!」
破顔したはずのエルフリーデは即座に真顔にさせられていた。
駆け出していって、まずルチルが真っ先にやることは、普段は窓から眺めているだけの防衛用の大型
それはもう、堪能し尽くすように触り続けている。
頬ずりするわあちこちべたべた触るわ、なんなら舐めるんじゃないかという勢いまであった。
相変わらずの理解できない趣味に、エルフリーデは固まることしか出来ていない。
それは弄るのうちに入るんじゃないか、と思ったところで、
かといってこの程度でミナカミを呼びに行くのも気が引ける。
いざ触りすぎて誤作動でも起こそうものなら大手を振って呼びに行けたのだが、その気配は一切ない。
好きこそもののなんとやらというのか、壊さないように丁寧に扱うことに関してはルチルは一枚上手であった。
「クォーツ一号二号とは手触りからして違うのね……! 近くで見ると大きいわ……!」
「で、殿下が楽しそうで何よりです……」
緊急時でないため、静止し続けている防衛用の大型
彼女の体躯より数倍大きい巨躯を、輝くような瞳で見つめては触っている。
時折関節部を触ったり指や手を可動させたりしているのは“弄る”の範疇なのではないかとエルフリーデが不安そうに見つめている。
そんな心配そうな顔もつゆ知らず、本人は
「あれっ、ルチルちゃんだ」
そこにアンナから声がかかる。
彼女も遊びに外出していたのだろう、年少の村の子供達を連れている。
特に
子供達は若干名“なにやってんだこいつ”という目で見ていたが、不敬に当たるかはちょっと疑問だったのでエルフリーデはスルーしたようだ。
「アンナ。奇遇ね」
「外出ていいの?」
「ええ、ついさっき許可されたの」
「へー、よかったね!」
防衛用の大型
よほど気になっていたのだろう、話している最中も手は止まっていない。
やっぱり子供達は“なにやってんだこいつ”という目で見ているが、気にする様子もない。
誰に憚ることもないということなのだろう。
趣味に関してはこの皇女、無敵と言えた。
「おねーさんだれー」
「はじめてみた」
いい加減に奇行が気になったのか、子供達からも声がかかった。
興味半分、不審半分という感じの声音だったが、エルフリーデは努めてスルーしていた。
いちいち村の子供達に目くじらを立てるのも大人げないと思ったのか、これは奇行と捉えられても仕方がないと思ったのか、どちらかは定かではない。
「あら、ワタシ? ワタシは……」
「殿下、あまりみだりに村の者と交流をなされては……」
「子供達よ? 万が一もないでしょう。それに、アンナの友達のようだし」
「は、左様ですか……」
若干の不審視が気にかかっていたのか、エルフリーデが止めようとするが、言われてみれば確かにそれもそうか、と納得し下げられる。
仮に度の過ぎたイタズラをするようなワルガキが居たところで、自分がブン殴って躾けをすれば良いのだと。
身分の差もあるが、若干脳筋が混ざっている思考だったが、さもありなん。
実際エルフリーデは体罰アリで厳しく躾けられてきたのだ。
聞かん坊には同じようにしてやればいいと思うのも仕方なかった。
そんな物騒な思考に気づかないまま、ようやく
「ワタシはルチル。ただのルチルよ」
「ルチルおねーさん?」
「きれー」
「かみがひかってる」
「……フフン」
村の少年少女たちから容姿を褒めそやされ、気分良く髪をかきあげて見せるルチル。
なんだかんだで末っ子だったため、こういう扱いをされると気分がいいのだろう。
“お姉さんぶれる”というのは新鮮な気分だったようだ。
「みんなで“おにごっこ”して遊んでたんだ。ルチルちゃんもやろーよ!」
「おにごっこ?」
「先生が教えてくれたんだよ。えーとね、おにごっこっていうのは……」
ルチルはアンナから、初めて外遊びを教えられて、興味津々な様子でいた。
まさか村のあちこちを全力疾走し続ける子供達にひたすら付き合わなければならないとは思わず、子供達が満足して終わる頃には汗だくになる羽目になったが。
それでも、初めて体験する遊びと風景は、とても楽しいものだったようで、疲れてなお彼女から笑顔が絶えることはなかった。
ぐったりしながら防衛用の大型
というか、もしかして
エルフリーデからそう訝しまれていたが、幸いなことにルチルには気づかれていなかった。
皇女が大型
その後、帰宅する約束の日が暮れるまで、存分に初めての外出を堪能できたようだった。