「残ったのは私と卿だけ、ですか」
「あぁ……どうやらそのようだな。ミナカミ殿」
諸々の全てを端折るが。
我々は窮地に立たされていた。
味方は独りしか居らず、孤立無縁。
親愛なる殿下も、もはや敵の手に落ちた。
護衛失格であるが、そのお命が繋がれている限り、必ず救い出してみせるとしか言いようがない。
「……どうしてこうなったのだろうな?」
「卿、悪い癖ですよ。すぐ原因だの要因だのを思考するのは。今は眼の前の事に集中しましょう」
「──それもそうだな、すまない」
ミナカミ殿に悪癖をたしなめられる。
確かにそうだ。
今この状況で、原因の追求をした所で、何も事態は好転しない。
考えるよりは行動を起こさなければならない。
分かってはいるのだが、どうしても思考してしまう。
殿下は今何処で何をしているのだろうか。
いや、考えても詮無きことか。
それが分からないから窮地だというのに。
「それより、他の者達は……」
「……。残念だが、十中八九……」
「………………。ともかくどう逃げ延びるかです」
「あぁ」
行けども行けども味方の姿が見えないということは、残念だが全滅したということだろう。
悲痛な現実だが、受け止めなければならない。
現状残っているのは我々だけなのだから。
我々が現状を打破しなければどうしようもない。
事態はまさにそういった局面まで迫ってきてしまっているのだ。
その事を再度自覚する。
「マナでの探知は使えませんな。逆に此方の位置を知らせる事になる」
「となると……、五感」
魔導師としての技術をアテに出来なかったのは痛手だった。
曰く、敵は魔導を行使した際にそれを逆探知できる魔導具を持っているとのこと。
確かに戦端が開かれる際に、そのような言葉を耳にした覚えはあった。
であれば、言葉が過ぎると思われるかも知れないが、今のミナカミ殿は只人と変わらない。
そういう考えでいなければならない。
役に立たないとまでは言うつもりはないが。
むしろ、思う存分役に立ってもらうつもりではあるが。
「しかし、下手に身を乗り出すのも危ないな……」
「……空気の流れで物体の動きを感知しろ、という話ですね」
「聴覚、嗅覚、触覚、味覚はもとより無意味……。もはや視覚に頼る他あるまい」
「いよいよ大事になってきましたね……」
二人で顔を見合わせ、嘆息する。
匂いを嗅いだ所で無意味。
味が何の役に立つというのか。
相手は足音を消す手練。
触れ合うような範囲にまで近づいてしまっては、こちらが圧倒的に不利。
であれば、目で見ることで逃れるしか無いのだ。
だが、視覚で捉える範囲まで顔を出しては補足されるのはこちらである。
補足されるだけで危険が増大するのだ。
不用意な真似はできない。
「だが、一所にとどまり続けるのも危険だ」
「向こうはどうせ、虱潰しに探すでしょうからね」
そうだ。
多勢に無勢、敵のほうが我々より数が多い。
常に同じ場所に陣取っていては、それほど時間も立たないうちに発見されてしまうことだろう。
そうすれば一巻の終わりだ。
「隙を付き、奴らが捜索し終えた場所に身を隠すべく隠密行動を取るしか無い。できるな」
「誰に言っています?」
「よし。────行くぞ」
「ええ」
目を見合わせ、行動を開始する。
なるべく音を、気配を、姿を消して隠密行動を取る。
今まで騎士として堂々たる行いをしてきた自分には不慣れであったが、人間その時になってみれば案外なんとでもなるものだ。
無事に発見されずに、移動することが出来た。
「────フゥ。無事だな」
「足跡がある。ここを通った痕跡ですな」
ミナカミ殿が敵の痕跡を発見した。
敵とは言え、あまり侮りたくないものだが、所詮は浅知恵。
一度探索した場所はもう一度探索するような真似はしないだろう。
しばらくはここを拠点とし、敵の探知を行える。
「しばらくはやり過ごせ────」
そう、思っていた。
「犯人は~いつか現場に~舞い戻る~。そう教えたのは先生だった、よねえ?」
敵の楽しげな声が我々に降りかかる。
それはまるで、首を落とすことを楽しむ処刑人のような声音であった。
「────!!」
「アンナ……」
「くッ、張られていたか……」
そう、足跡が妙に多かったのは、敵の策だったのだ。
敵に寝返ったアンナ殿の入れ知恵か、我々の足跡が消されていた。
そうだ。
思い返してみれば、この地点は我々が最初に隠れ潜んでいた場所だったではないか。
「おーいルチルちゃーん! 先生とエルフリーデさんいたよー!」
「はーい!」
アンナ殿が殿下に声を投げかけている。
馬鹿な、それは禁じ手のはず──!
「おいやめろバカ、連携プレイは卑怯だって」
「道理で皆続々と捕まっていったと思ったら……!」
もはや我々に残された手はない。
このまま敗北してしまうというのか。
申し訳ありません、殿下……。
「はいエルと先生、発見と」
「殿下ああああああああああああああああああああああ!!」
「あーあ、私たちの負けかぁ」
殿下の手、いや、足により戦いの終止符は討たれた。
「いやぁ~楽しいね! 缶けり!」
我々は敗北した。
事の発端はこうだ。
せっかく外出して遊べるようになった殿下をアンナ殿が誘い、村の少年少女達も連れて、集団で遊ばないか、と。
縄跳びやかくれんぼ、おにごっこなど、一連の外遊びを堪能していた殿下であったが、村の少年少女達はアンナ殿も含めて、そこまで遊びのレパートリーが多くはないようであった。
自分も何かないかと聞かれたのだが、そう言われても答えに窮してしまう。
今まで騎士として厳しい指導を受けて育ってきた身だ。
遊びなど数えるほどしかしたことがない。
それも騎士の、貴族の嗜みとしての盤上遊戯の類いであり、外遊びと言ったものは経験がほとんどない。
ここで馬で遠乗り、と言っても困るだけだろう。
この村にいる馬など、馬耕に使われるものか、我々が馬車に乗ってきてそのまま停めている個体しかいないのだ。
それに子供達に馬術をさせろというのも酷な話だろう。
なので“私からは何も言えません”と閉口するしかなかった。
己の無力さを痛感したものだ。
そこでミナカミ殿が提案したのだ。
缶蹴りという遊びはどうだと。
初めて聞く遊びであった。
なんでも軍の糧食などに用いられる缶詰の缶を使う遊びだと。
どんな軍事演習なのだ? と思ったが、特に軍事は関係ないものであった。
ルールは至ってシンプル。
かくれんぼに追加ルールを加えたような競技で、鬼はそうでないものを発見し缶を踏む。
鬼でないものは鬼に見つかる前に缶を蹴飛ばせば勝ち。
それだけ聞けば、鬼でない側が圧倒的に有利のように思えるが。
「やはり鬼をどんどん増やしていくルールにするのはダメだったと、私は思う」
「後になればなるほど不利ではないか」
そう、見つかったものは鬼になる。
殿下が“人数が多いから”と仰られ提案されたので、私としては否やは無かったのだが、やってみれば不利この上なかった。
何せ味方がどんどんと敵に寝返っていくのだ。
実際の戦で起こったならば、理不尽過ぎる話になることであろう。
事実、殿下が敵に寝返られた時には泣きそうになった。
それは殿下には内緒だ。
「かと言って鬼一人だと逆に鬼が不利よ?」
「バランス取りが難しいね」
「このゲームそのものが欠陥なのではないか?」
「子供の遊びに無茶を言わないでください」
私はゲームそのものに欠陥があると指摘したが、確かに子どもの遊びに完璧を求めるのは酷だと思い直させられた。
あくまで殿下や村の少年少女らが楽しむことがメインなのだ。
我々大人がどうこうと文句を言うのはお門違いというものであろう。
まあ、殿下は楽しそうに遊んで居られたので、良しとすることとする。
悔しくはない。
悔しくないと言ったら、悔しくはない。
悔しくは……ないのだ……。
「次何やる?」
「ドロケイとかはどうだ」
「泥ケイ?」
ミナカミ殿が提案してきた遊びは、奇妙な響きの言葉であった。
ケイとはミナカミ殿のファーストネームではないか。
それが泥とはどういうことか。
ミナカミ殿が泥でなにかするというのだろうか。
それのどこが遊びなのか。
ミナカミ殿が泥遊びするだけではないのか。
「泥に塗れた先生?」
「なんだそれは、泥遊びか?」
「ワタシ、汚れるのは嫌よ」
「……ううん、違くてね」
その後、ミナカミ殿により詳細なルールの説明がなされた。
“泥棒と警察”なる遊びは、大人でも夢中になってしまうものであったとだけ言っておこう。
殿下より夢中になっていたわけではない。
ない、と思いたい。